第125話 欲望の怪物
夜光の催眠が解け、安堵していた誠児達。
だが、顔に傷をつけられて怒り狂ったマスクナが、証拠隠滅用に用意していた起爆装置を作動させてしまった。
「クソッ!!」
ルドがすばやくマスクナの顔に拳を入れ、彼女の体を吹っ飛ばした。
その際落とした起爆装置を踏みつけて粉々に壊した。
大事な顔を殴れらたにも関わらず、マスクナは狂気の笑みを浮かべたまま誠児達を嘲笑う。
「ハハハハ!! 無駄無駄!! 1度起動した爆弾はもう止めることなんてできないわ!!
みんな死ね!! 死んじゃえ!! アハハハ!!」
狂ったように笑うマスクナは、立ち上がると同時に、地下階段を下りて行った。
ライカは「待ちなさい!!」と追いかけようとするが、遠くから爆発音と共に響き渡る地響きがその足と止めた。
「ライカ! 今は逃げるぞ! 奴を追いかけている時間はない!!」
スノーラがライカの腕を掴み、逃げるように促す。
マスクナに怒りをぶつけたい気持ちで一杯だが、命を顧みない訳にはいかないので、「・・・わかったわよ」としぶしぶ了承した。
「よしっ! 兄貴はオレが運ぶから、誰か誠児に手を貸してくれ!」
ルドは自分よりも一回り大きな体である夜光の体を軽々と背に乗せる。
誠児にはミヤが「わたくしの肩に捕まって」と誠児の腕を自分の肩に回す。
ミヤの肩に捕まったまま、誠児はできる限り急いで立ち上がった。
「僕も手伝う! お母さんだけじゃ大変だから」
レイランも誠児の腕を肩に回させ、誠児の歩行を手伝う。
そんな2人に対して申し訳なさそうに「2人共、ありがとう」と感謝を述べる。
ルコールもジルマに対し、「立てる?」と肩を貸そうとするが、ジルマは「大丈夫だ」と自力で立ち上がった。
とはいっても、夜光との戦闘で受けたダメージと疲労で腹部を抑え、息も上がっている。
「無理をしないで」
見かねたルコールは肩を借りることを断られたにも関わらず、ジルマの手を肩に回して歩行の補助を行う。
ジルマは小さく「ごめん・・・」とだけ呟き、彼女の優しさに感謝しつつ、迷惑を掛けたことに対して謝罪を述べた。
「・・・」
そんな2人のことを憎らしく見ていたキルカも、「何してんの? 早く行くわよ!」と手を引くライカによってその場からの非難を余儀なくされた。
そして、地下へと降りたマスクナは多くの薬品が並ぶ実験室で保管されている若帰りの薬をできる限り持ち出そうと、からのトランクケース2つに薬を詰め込んでいた。
「フフフ。 これさえあれば、また美しい私に戻れるわ・・・うっ!!」
マスクナは突然、顔に焼けるような激痛を感じた。
「な・・・に・・・こ・・・れ・・・」
あまりの痛みに悲鳴すら上げられず、顔を両手で覆ったまま膝を付いて倒れてしまった。
その瞬間、顔を覆っている手に生暖かい何かが触れるのを感じた。
「えっ?・・・血?」
マスクナの手は顔の傷から流れて出た血で真っ赤に染まっていた。
だが、彼女が驚いたのはそれだけではない。
なんと、彼女の顔の傷からおびただしい量の血が床に流れ落ちていく。
それはポタポタとひたたり落ちるようなものではなく、水道水から流れる水のような勢いであった。
「何よこれ! 止まれ! 止まってよ!!」
顔の痛みを忘れて、マスクナは必死に顔の傷を抑えるも、血は止まることなく流れ続ける。
床はあっという間に血の池と化した。
それから3分ほど経つと、血は止まり、顔の痛みも感じなくなった。
「とっ止まった・・・えっ?」
安堵したマスクナがふとガラス張りの薬棚をに映る自分の姿を見た瞬間、全身を凍り付かせるほどの恐怖を感じた。
そこに映っていたのは、シワとシミだらけの醜い老婆となったマスクナであった。
マスクナは恐怖に震える手をおそるおそる顔に近づけて、感触を確かめる。
手から伝わってきたのは、ハリのないカサカサのたるんだ肌であった。
「そんな・・・いや・・・」
目の前の現実が信じられず、トランクケースに入れている若返りの薬を服用する。
だがシワもシミも全く治らず、彼女はまるで酒を飲むかのように薬を服用し続けた。
「なんで。 なんで・・・」
マスクナは胸に激痛を感じ、呼吸に苦しみを感じ出した。
深く息を吸おうとしても、咳込んで体内の酸素を余計に出してしまう。
一気に歳を取った彼女の老衰が始まったのだ。
呼吸ができなくなり、持っていた薬を床に落とすと同時に、自らも倒れてしまう。
「(そっそんな・・・私は死ぬの? こんな醜い姿で?)」
自らの死よりも、死に際の姿に納得がいかないマスクナ。
永遠の美しさを追い求めてきた自分の最期の姿がこれなのかと、彼女は憤りのない怒りで歯を食いしばった。
「(認めない・・・認めるものか・・・私はマスクナ ビュール。 この世で最も美しい女!!)」
呼吸がどんどん浅くなり、まもなくマスクナの命は終わる。
もう助かる術も助けてくれる人もいない。
あとは死を待つのみとなった彼女の体をドス黒いモヤのようなモノが包み込んだ。
一方の誠児達は、城庭に出た後、橋を渡って城の外へと出ていた。
観客達もすでに避難を開始していて、まもなく全員の避難が完了する。
「せめて1発くらい殴っておけばよかった・・・次に見つけたらあの憎たらしい顔をボコボコにしてやる」
グレイブ城を見上げながら、マスクナへの怒りに身を震わせるライカ。
そこへルコールが「それは無理だと思います」と近づいてきた。
「無理ってどういう意味?」
ルコールは持っていたマスクナの本を見せて話を続ける。
「この本によれば、若返りの薬には若さを保つ作用と共に、肌をもろくする副作用があるそうです」
「副作用?」
「傷を負えば、一気に老化が進んでしまい、2度と元に戻らないそうです。
運が悪ければ、老衰で死ぬこともあるそうです」
「それ、あの女も知ってるの?」
「・・・たぶん知らないと思います。 彼女にとって重要なのは若さを保つ作用だけなので」
「・・・こう言うのを因果応報って言うのかしらね」
他人を見下し、若さを保つためなら自分の劇団に所属する役者の命も犠牲にするマスクナが、若さを失い、下手をすれば命も失っているかもしれない。
ライカは先ほどまで湧き上がっていた怒りが冷めてしまい、スカっとした喜びの笑みを浮かべようとするものの、それすら馬鹿馬鹿しくなり、憐れむようなため息しかでなかった。
その時だった。
グレイブ城からいくつもの爆発音が鳴りいた。
城はあっと言う間に火と煙に包まれ、積み木のように崩れ落ち始めて行った。
幸いにも、中にいた観客達と団員達の避難は爆発直前に完了していた。
無事に避難できたことに周囲が安堵していた時だった。
燃え上がるグレイブ城のがれきの中から、大量の液体がカンケツセンのように吹き出し始めた。
それは水というよりもスライムのような特殊な液体に近かった。
噴き出した液体は意志を持つかのように空中で1つに集まり、次第に大きくなっていく。
「なんだ? あれ」
誠児を始め、マイコミメンバー達や観客達も空中に浮かぶ液体に目を奪われた。
そして、吹き出す液体が止まると、空中に浮かんでいる液体は炎に包まれがれきとかしたグレイブ城をすっぽり覆うほどの大きさになっていた。
そして次の瞬間、液体はその場で肥大化して下にあるグレイブ城のがれきを包み込んで溶かしてしまった。
さらには2本の手とキリンのような長い首が生え、首からは顔のようなものが浮かび上がった。
『!!!』
その顔を見た瞬間、その場にいる全員が凍り付いた。
あまりの衝撃で言葉を飲み込みかけるライカであったが、震える唇を動かして、浮かびあがったその顔の名を口にした。
「まっマスクナ・・・」
スライム状の液体に浮かび上がっていた顔は紛れもなくマスクナビュールであった。
スライムでできたデスマスクのような顔は、目をギョロギョロと動かして、変化した自身の体を見ると、その口から第一声が飛び足した。
「ハハハ!! ついにやった!! 永遠の美しさを手に入れたわ!! アハハハ!!」
狂ったように笑い出すマスクナに恐れをなした観客達はパニックを起こし、「逃げろぉぉぉ!」、「バケモノだぁぁぁ!!」と我が身を案じる言葉を叫びながら山道を下り始めた。
冷静さを失ってはいるものの、道はふもとの駅までの1本道なので迷うことはない。
「まっマスクナさんって異種族だったの?」
人外な姿をしたマスクナを異種族ではないかと疑うセリナだが、すぐにスノーラが「いえ、あのような異種族は存在しません」と否定する。
「ルコールさん。 あれも何かの副作用ですか?」
誠児は若返りの薬の副作用ではないかと考えて、ルコールに尋ねてみたが、ルコールは首を横に振る。
「いいえ・ 未知の薬とはいえ、副作用であのような姿になることはありません」
「じゃあ一体、何が・・・」
状況が把握できない誠児達を、マスクナはゆっくりと見下ろす。
「随分としぶとい連中ね・・・まあいいわ。 永遠の美を得た私の前には何物も無力よ!」
粋がるマスクナの態度と言葉で、再び怒りの炎が灯ったライカが、皮肉を込めてこう返した。
「調子に乗らないでよ!! あんた今、客達に化け物呼ばわりされて逃げられたじゃない!!
あたし達も同意見だけど、永遠の美が聞いてあきれるわ!!」
「ふんっ! 貴様らのような低俗な愚か者共に、永遠の美が理解できてたまるか!」
マスクナは体から生えている手を拳に固めると、伸び縮みするゴムのようにライカ目掛けてその拳を放った。
「くっ!」
ライカはとっさにかわすも、はずれた拳は地面をえぐり、まるでミサイルのような威力を周囲に知らしめた。
マスクナは「はずしたか・・・」と悔しそうに拳を引くと、自分の底知れぬ力に驚くかのように自身の手を見つめる。
「そっちがそのつもりなら、あたしだって本気でやるわ!!」
ケンカ腰になるライカだが、尋常ではないマスクナの力に身の危険を感じ、とっさにエモーション
する。
「なっ! どういうこと!?」
アストのマスク内の画面がマスクナの姿を写し出した時、内臓されているスキャン機能が反応した。
これは、画面に映し出されている相手が影であるかどうかを自動的にスキャンする機能だ。
便利そうに聞こえるが、スキャンできる範囲が視界内のみである上、相手が影の能力を使っていないと動かないため、アスト達にとってはさほど必要ないものだ。
その機能が、目の前のマスクナに反応している。
それはつまり、”マスクナを影だと認識している”ということだ。
「なんでマスクナに影の反応が出ているの!?」
『!!!』
ライカが思わず口にしたその言葉に、誠児達は耳を疑った。
その真意を確かめるために、ミヤはジルマを険しい目を向けて「彼女はあなたの仲間なの!?」と問い掛けた。
「・・・いや、違う。 彼女は僕のターゲットであって仲間じゃない。
だけど僕も感じる・・・彼女からあふれ出る禍々しい影の力の波動を・・・」
仲間ではないと否定するも、マスクナが自分と同じ影の力を有することを認めるジルマ。
ますます状況が飲み込めないマイコミメンバー達をしり目に、マスクナが意識を失っている夜光に目を向ける。
「私の顔に傷をつけた罪・・・死を持って償え!」
マスクナは再度拳を握りしめ、夜光に向けて放とうと構える。
だがそこへ、ライカが立ち塞がる。
「いい加減にしなさいよ、妖怪ババア!!」
ライカの周囲にマイコミメンバー達が集結し、夜光を守る壁となった。
「状況はわからないが、貴様が影であると言うのなら手加減しない!!」
スノーラがそう叫ぶと同時に、マイコミメンバー達は一斉にエモーションの光に包まれた。
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