第123話 魂の一撃

 マスクナの本を手に入れた誠児はルコールと共に地下室を脱し、城内に戻ってきた。


ルコールに本の解読を頼むものの、本には催眠薬の解毒方法が記載されていなかった。


夜光を戻す手がかりを完全に失ったにも関わらず、誠児は夜光の心の強さを信じ、再び夜光の元へと向かうのであった。






 爆音のした団長室は、地下への階段を塞いでいた床が完全に破壊され、周囲の本棚やベッドなども見るも無残な姿になっていた。


その中で、夜光は倒れているウォークを見下すように眺めていた。


誠児達を逃がすために夜光と刃を交えていたのだが、戦闘に不向きなウォークでは多少の足止めしかできず、少しずつ後退していく内に、団長室まで吹き飛ばされてしまった。




「くっ!」




 ウォークは再び自らの体を水に変化させ、夜光の周囲を取り囲んだ。


普通の人間ならば窒息するが、アストを装着している夜光には効果がない。


それはもちろんウォーク自身も承知で、この技ははあくまで夜光の動きを封じる檻として使用している。




「芸のねぇ奴だ」




 夜光はエクスティブモードを起動し、強化された精神力を闇双剣に込めて、水と化したウォークに衝撃波を喰らわせた。


水となっている今のウォークは、あらゆる物理的な攻撃を無効化することができる。


エクスティブモードで強化されていても、物理的な攻撃ならば効果はない。


だが夜光が放った衝撃波は精神力でできた技。


物理攻撃は無効化でも、精神力による攻撃は無効化できなかった。




「がはぁぁぁ!!」




 ウォークは衝撃波で引き飛ばされ、壁に強く体をぶつけてしまった。




「あぐっ!!」




 度重なるダメージと精神力の使い過ぎによる強い疲労感で、ウォークのリモーションは強制解除されてしまった。


生身となったウォーク・・・ジルマは痛みと疲労感で動けない体にムチ打ち、どうにか立ち上がろうと試みた。


そんな様子を嘲笑うかのうように夜光は言う。




「しつこい野郎だな。 そんなボロボロの状態でもまだ俺に向かってくる気か?」




 ジルマは体力的に立ち上がることを一旦諦め、先ほどぶつかった壁に背を預けて、上半身だけを起こした状態でこう返した。




「そう言う君も、人のことは言えないんじゃないのか?」




「は? 何を言って・・・」




 その時、夜光が突然ふらついて膝を付いた。


闇双剣を床に突き立てて、杖代わりにすることで、倒れることは阻止できた。


だが強い疲労感が全身を襲い、身動きができなくなってしまった。




「なっなんだ? これは」




「精神力がアップしたとはいえ、君にも限界はある。


アストと僕を相手に連戦した上、エクスティブモードを湯水にように使っていたんだ。君はもうとっくに体力も精神力も使い果たしている」




 ジルマの言葉を証明するかのように、夜光の息はどんどん荒くなり、全身が悲鳴を上げるかのように汗だくになっていた。




「ちっちくしょう・・・」




「無理はしない方がいい。 それ以上無理を続ければ君の命に関わる」




「うるせぇ! ハァ・・・ハァ・・・俺はマスクナの・・・愛に応えるんだ!」




 ジルマの忠告ち自分自身の体のSOS信号を無視し、夜光は再び立ち上がった。


かなりフラフラで今にも倒れそうな夜光が、ジルマにトドメを刺そうと闇双剣を振り上げた。


・・・その時!!




「夜光!!」




 壊れたドアから団長室に入ってきたのは誠児であった。


逃げたはずの誠児を見た瞬間、ジルマは「なぜここに!?」と驚きの声を上げた。


誠児はジルマを一目するものの、すぐに夜光へと視線を移し、そのまま目をそらさずにゆっくりと歩き出した。


抵抗の意志はないと言わんばかりに両腕を左右に広げる。




「夜光・・・俺だ、誠児だ。 わかるか?」




 誠児の呼び掛けを無視し、夜光は「本はどこだ?」とマスクナの本のありかを聞き出そうとする。


だが誠児は答えようとせずに続ける。




「夜光・・・お前は薬に負けるような男じゃない。 もうこれ以上暴れるのはやめてくれ」




 夜光に近づく誠児にジルマは「近づいてはいけない!」と警告するが、誠児は構わず歩き続ける。


誠児は自分がどれだけ愚かなことをしているのかは理解できている。


だが自らの命よりも大切な家族である夜光の身を案じる気持ちの方が強まっている。


エアルのおかげで冷静さを多少取り戻したが、それでも誠児は夜光の心の強さに掛けたのだ。




「本はどこだって聞いてんだ!?」




 夜光は近づく誠児の腹部に蹴り入れた。




「ぐっ!」




 披露しているため、城庭ほどの威力はないものの、闇鬼である夜光の蹴りは生身の誠児にはダメージが大きかった。


誠児はその場で腹部を手で押さえてひざまづくものの、決して倒れることはなかった。


痛みに耐えて、夜光を見上げる誠児。


その表情を見た瞬間、夜光とジルマは驚いた。




「お前・・・なぜ笑っている?」




 痛みと恐怖を押し殺し、誠児は小さな微笑みを夜光に見せた。


殺されてもおかしくないこの状況で、彼はまるで赤子をあやす父親のような穏やかで温かな笑顔を浮かべていたのだ。




「俺が顔を歪ませたらお前が不安がるだろ?」




「何を言っているんだ? お前、死ぬのが怖くないってのか?」




「怖いさ・・・でも俺は、こんなところで死ぬ気はない。 まして、俺はお前に殺されたりしない・・・お前はそんなことができる人間じゃない」




「なぜ、そこまで言い切れる?」




「・・・お前が俺の大切な家族だからだ」




 偽りのない誠児のその言葉を聞いた瞬間、夜光は頭に激しい痛みを感じた。




「なっなんだ!これは!!・・・あっ頭が!!」




 あまりの激痛に耐えきれなくなった夜光は闇双剣を落とし、両手で頭を抱えた。


痛みと共に、様々な記憶や感情が体中を駆け巡る。




「あああぁぁぁ!!」




「夜光!!  大丈夫か!?」




 誠児の言葉とその微笑みが、夜光の過去の”ある光景”を呼び覚ました。


その時も誠児は今のように堪えて、夜光を信じて寄り添うとしてくれていた。


過去の映像と目の前の現実がシンクロし、夜光に投与された催眠薬と彼自身の心が戦っている。


それが激痛となって夜光を苦しめているのだ。




「あがぁっ・・・がっ!」




「夜光!! しっかりしろ!!」






 そこへ地下階段を上ってきたマスクナが夜光に向かって叫んだ。




「夜光! 何をしているの!? その男を締め上げて早く本を取り返しに行きなさい!!」




 本を失ったことで心に余裕のないマスクナは、言葉遣いまで荒々しくなり、顔も鬼のような形相となっていた。


マスクナの言葉を聞いた瞬間、一時的に催眠薬の効果が蘇り、夜光は片手で頭を抑えつつ、闇双剣を1本拾い上げた。




「マスク・・・ナ・・・」




「何をしているの!? さあ早く! 私を愛しているんでしょう!?」




「あぐっ!!・・・があぁぁぁ!!」




 夜光は渾身の力を込めて闇双剣を振り上げた。


誠児はとっさに落ちていたもう1本の闇双剣を手に取った。


生物的な防衛本能なのか、夜光を苦しみから救いたいと願う純粋な気持ちなのか、誠児もこの時はよくわかっていなかった。


だが闇双剣を取った誠児は体中の酸素を全て排出するかのようにこう叫んだ。




「起きろぉぉぉ!!」




 叫び声と共に、誠児は闇双剣で夜光の頭に渾身の一撃を喰らわせた


闇双剣とはいえ、闇鬼である夜光には物理的なダメージはさほどない。


だがその一撃で通ったのはダメージではなく、誠児の心そのものだったのかもしれない。


夜光はまるで糸の切れた人形のようにその場に倒れ、エモーションまで強制解除された。




「夜光! 大丈夫か!?」




 誠児は闇双剣を捨て、倒れた夜光をゆさぶり起こそうとする。




「うっ!・・・あっ!・・・」




 意識は失ってないものの、誠児の一撃と頭の激痛で意識が朦朧としていた。




「夜光!!夜光!!・・・うっ!!」




 夜光の意識を呼び覚まそうと呼びかける誠児の顔に、蹴りを入れたのはマスクナであった。


その拍子に倒れた誠児にまたがると、隠し持っていた注射器を誠児の腕に刺した。




「全く、男と言うのはつくづく役に立たない生き物ね。 本1冊も取り返すことができないなんて・・・もういいわ。 さあ、私の本はどこ?」




 誠児は反抗的な目で睨み「お前のような奴に教える気はない」と回答を拒否した。


だがマスクナは誠児のあごを掴んで、自分の顔に引き寄せてこう言う。




「よくお聞き。 今あんたの腕に刺さっておる注射器には、さっき使い損ねた猛毒が入っているわ。 言ったわよね? これが体内に一滴でも入れば、命はないって」




「あんたって人はどこまで・・・」




「永遠の美が手に入るならなんでもするわ。 たとえ人殺しでもね・・・さあ、これで最後よ。 私の本はどこ? 死にたくなければ答えなさい! それとも夜光のように私の奴隷として生きたい?」




 マスクナが弄ぶかのように誠児の頬をさすり始めたその時であった。




「誰が奴隷だと?」




 マスクナは突然腕を掴まれると同時に、そのまま力強く投げ飛ばされ、ブックキーのあった本棚にぶつかり、そのまま本棚の下敷きになってしまった。






「大丈夫か?・・・誠児」




 誠児の目の前に立っていたのは、意識を取り戻した夜光であった。


彼はマスクナを投げ飛ばした後、誠児の腕に刺さっている注射器を抜き、適当に放り投げると、膝をついて荒い息を整えようとした。


誠児は目の前の出来事が理解できず、「お前、俺が分かるのか?」と無意識に聞いてしまった。




「ハァ・・・ハァ・・・お前の暑苦しい顔なんて、忘れたくても忘れられねぇよ」




 そう言うと、夜光は疲労で震える手を差し出し、小さな声で「ありがとうよ、兄弟」と感謝の言葉を述べる。




「お礼を言われるようなことをしたかな?」




 誠児は少年のような無邪気な笑顔で、夜光の手を掴み、互いの絆を強く感じるのであった。










「(催眠状態を自力で破るとは・・・これがアストの力か、それとももっと強いものの力か・・・)」




 2人の絆を目の当たりにしたジルマは、その姿にかつての自分が守っていこうとしていた家族の姿を重ねていた。


その時、団長室にもう1人の来客が入ってきた。




「・・・ジルマ?」




 名を呼ぶその声に、ジルマは体を震わせた。


鼓動が乱れる心臓を押さえ込み、ジルマはゆっくりと視線を動かす。




「・・・ルコール」




 そこにあったのは、夢にまで見た想い人の姿であった。


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