第122話 家族愛
アストの出現により、形勢が一気に不利になったマスクナ。
夜光を人質にしてその場から逃走を図るマスクナであったが、突如現れたウォークによってそれは阻まれてしまった。
「次から次へと・・・あっ!!」
ウォークを疎ましく睨むマスクナの目に映ったのは、彼の手に握られていた毒入り注射器と先ほど誠児達に見せた薬の本であった。
ウォークは注射器を床に落とすと、力いっぱいに踏み潰した。
注射器は粉々になり、中身の毒が床一面に広がる。
「これを」
ウォークは持っていた薬の本を、一番近くにいた誠児に投げ渡した。
突然のことで驚いたものの、誠児はどうにか本を両手で受け取った。
敵として見てきた彼の行動が理解できずに混乱する誠児達。
「貴様・・・」
憎き父親が再び目の前に現れたことで、キルカの目に怒りが灯った。
ウォークもその視線を感じているのか、誠児に本を投げ渡した際、キルカには目を向けなかった。
だがそこへ、本を奪われたことで怒り狂ったマスクナが夜光に向かって怒鳴るように命じた。
「夜光!! 本を取り返せ!! ここにいる奴らを全員、ブチ殺せ!!」
夜光はマスクナの命令を受けた瞬間、マインドブレスレットを操作して闇鬼にエモーションする。
「まずいっ!」
いち早くライカが先ほど捨てたマインドブレスレットを拾おうと動いた。
ほかのメンバーも、後に続いてマインドブレスレットの回収に動こうとした。
「させるかっ!!」
夜光はライカ達の近くにあった箱の山に向かって素早くシェアガンを数発撃った。
衝撃で箱の山のバランスを失い、大きな音を立てて崩れ落ちてしまった。
幸い中の危険な薬草や薬物は飛び出さなかったが、大量の箱がマインドブレスレットが落ちていた床を覆ってしまい、回収が困難になってしまった。
「そっそんな・・・これじゃあどこにマインドブレスレットがあるのかわからないよ・・・」
目の前に広がる大量の箱に思わず弱気な言葉を口にしてしまうレイラン。
普通なら箱をどかして探していけば、おのずと見つけることはできる。
だが夜光が本を狙って誠児に襲い掛かっている今、そんな悠長な時間はない。
だがライカは箱を押しのけてマインドブレスレットを探し始めた。
「泣き言言う暇があるなら、しらみつぶしに探しなさい!! あんた達、あのバカをあのままにさせておく気!?」
『!!!』
ライカの活でマイコミメンバー達もマインドブレスレットの回収作業を開始した。
ただキルカだけは、夜光のためではなく父親との決着をつけるためにマインドブレスレットを求めていた
そして、誠児の持つ本を取り返そうと闇双剣を抜いて突撃する夜光。
だがそこへ、誠児を守るかのようにウォークが夜光の前に立ちふさがった
「薄汚い殺人鬼の癖に人助けに励むってのか!?」
夜光の挑発めいた言葉にウォークは至って冷静なトーンでこう返した。
「僕はただ、君の後ろにいる醜い女が嫌いなだけだ。 それに・・・」
ウォークの視線は一瞬、後ろで震えているルコールに優しく向けられた。
長年行方知れずであった最愛の女性との再会を喜ぶ気持ちがあるものの、
目の端に映るキルカ怒りの顔が、ウォークの感情を相殺させた。
「テメェ・・・マスクナを侮辱しやがって!!」
ウォークの発言に怒りを覚えた夜光は、その場で勢いよくジャンプし、ウォークに向かって闇双剣を振り下ろした。
「くっ!!」
ウォークは闇双剣を槍で受け止めることはできたものの、夜光の方が腕力が上であるため、衝撃で後方に下がってしまった。
回避することはできたのだが、後ろに誠児とルコールがいるため、ウォークは攻撃を受けざるおえなかった。
「はぁぁぁ!!」
ウォークは槍を構えて夜光に突進攻撃を仕掛けた。
だが攻撃は命中したものの、夜光はほとんどひるまず、ウォークに反撃してきた。
「くっ!!」
ウォークは闇双剣を受け止めると同時に、剣を弾き飛ばして隙を作り、距離と取って夜光の腹部目掛けて槍を薙ぎ払った。
だがこれも夜光にはほとんど効果がなく、逆に「やる気あんのか!?」と夜光に蹴り飛ばされてしまった。
「うっ!}
少しひるんだものの、すぐさまウォークは態勢を立て直して、再び攻撃を仕掛けた。
だが何度やってもウォークの攻撃は夜光にはあまり通用せずに、ほとんど防戦一方であった。
ウォークは水への擬態の能力や水を自由自在に操る操作能力と言った特殊能力に秀でているが、攻撃力・防御力・スピード等の基礎的な能力はほかの影と比べると平均的なので、真正面からの戦闘には向いていない。
彼が今までアストとの戦闘を避けていたのは、戦意がないのもあるが、自分とアストの実力差を自負していたのが大きな理由だ。
だがウォークが防戦一方なのはそれだけが理由ではない。
「しつけぇぞ! 雑魚が!!」
今の夜光は、マスクナへの愛に満ちている。
偽りの愛とはいえ、彼の一途な気持ちは本物。
マスクナを想う強い気持ちが、夜光の精神力を上げてしまい、結果的に闇鬼の力をパワーアップさせているのだ。
城庭でアスト達が手も足も出なかったのも、この不幸なパワーアップも原因の1つとなっている。
理由はともかく、ウォークが不利であると言うのが結果的なまとめだ。
刃を合わせることでそれを感じ取ったウォークは、誠児に向かってこう叫んだ。
「君! その女性を連れて早く逃げるんだ! 僕では彼を長く押さえつけることができない!」
危険とは理解しているものの、夜光を見捨てることができなかった誠児には、その場から逃げると言う選択肢は頭になかった。
闇双剣を持った夜光が迫っているにも関わらず、誠児の目には一切恐怖はなく、ただただ夜光の身を案ずる強い気持ちが宿っていた。
「急いで」
そんな誠児の腕を握り、ハッと我に返らせたのは、今まで黙っていたエアルであった。
「彼の言う通り、ここは逃げるべきです」
「でっでも・・・」
「ご家族を想うあなたの気持ちには感銘を受けます。 ですが、感情は時として冷静な判断を鈍らせます。 お気持ちはお察ししますが、今は感情を抑えるべきかと」
不思議なことに、誠児はエアルの言葉を聞いて少し冷静さを取り戻した。
今まで夜光が心配で仕方なかった誠児の心は急速に熱を下げていった。
それは焼け石に水のような無理やり冷えたような感じではなく、内側からゆっくりと熱が逃げていくような、心地よい冷め方あった。
冷静になったことで、手に持つ本のことを思い出し、夜光を元に戻すためにも、誠児は逃げることを選択した。
「わかりました」
そう言うと、誠児はルコールの手を掴み、「行きましょう!」とエアルと共にルコールと逃げ出した。
「待ちやがれ!!」
後を追うとする夜光だが、ウォークが立ち塞がってそれを阻止する。
「あなたは僕がお相手します」
「しつこいぞ! テメェ!!」
夜光の闇双剣とウォークの槍が再び交わった。
地下の倉庫から逃げ出した誠児達は無我夢中で走り、気が付いた時にはマスクナの団長室まで戻ってきていた。
エアルはブックキーを元の本棚に戻し、地下階段を閉じた。
「気休め程度ですが、これで少しは足止めできるでしょう」
「でも、ライカ達は大丈夫でしょうか?」
「彼女達は大丈夫だと思います。 それは私よりもあなたの方がご存じなのではありませんか?」
「・・・そうですね」
ライカ達の強さをよく知る誠児は彼女達を案ずる気持ちを抑え、マスクナの本を開き始めた。
本の中はマスクナが言っていた通り、夢物語のような薬の作り方が記載されていた。
「・・・あった!」
さほど厚い本ではないため、ペラペラとページをめくっていく内に夜光を操る催眠薬の作り方が記載されているページを見つけることができた。
だが文字はあらかた読めるが、専門的な言葉や調合法が記載されているため、知識のない誠児には本の解読はできなかった。
「・・・ダメだ。 わからない言葉が多すぎる」
その時誠児の目に止まったのは、ここまで走ってきたことで呼吸が荒いルコールのであった。
薬に詳しいキルカが地下にいる以上、誠児が次に出す言葉は1つしかなかった。
「ルコールさん! お願いします! 催眠薬の解毒剤を作ってくれませんか!?」
誠児は頭を下げて、持っていた本をルコールに突き付けた。
「えっ? でっでも・・・」
マスクナの命令とはいえ、ルコールはこれまで人の血肉を使って若返りの薬を作ってきた。
薬の知識を悪用して手を汚した自分に、人を助ける薬と作れるとは思えなかった。
仮に薬を作れたとしても、それがきちんと効く保証はない。
何よりも、大切な家族であるキルカを長年苦しめてしまった自分に人を助ける資格はないと自らを否定していたのだ。
「お願いします! 俺の大切な家族を助けたいんです!!」
懇願する誠児の目を見た瞬間、ルコールは”ある人物”の目と重ね合わせた。
家族を想う強い気持ち、無下にできない優しい目。
それを感じ取ったルコールは、自然に誠児の突きつけた本を手に取った。
「やってみます」
「あっありがとうございます!!」
ルコールが受け取った本に目を通し始めると、エアルが団長室のドアを開いて、出ようとしていた。
「お2人共、ここも安全とは言えません。 すぐに移動することをおすすめします」
「エアルさんはどちらに?」
「私は少し野暮用を思い出したので、ここで失礼致します」
「あっ!」
誠児が止める間もなく、エアルはその場から立ち去って行った。
誠児とルコールは団長室から出ると、すぐそばにあった小さな物置に身を隠した。
ルコールは身は物影に隠れながらも、目と指をまるでロボットのように、素早く正確に動かし、本の解読を進めた。
「(・・・夜光)」
身を隠しつつ、夜光の身を案じる誠児。
地下とは違い、冷静さは失っていないのが幸いであった。
「・・・えっ!? そんな!」
身を隠してからしばらくすると、ルコールが声を上げた。
慌ててページをペラペラ捲るルコールに、おそるおそる誠児が「どうしました?」と声を掛けた。
「・・・端的に申します・・・催眠薬を解毒する薬は・・・ありません」
「えっ? どういうことですか?」
「正確に言えば、この本に記載されている薬には解毒剤は存在しません」
「そんな・・・でも確か、ケガや病気を治す薬があったはずです! それなら・・・」
「催眠はケガや病気ではありません。 仮に作ったとしても、効果を打ち消すことは不可能です」
「じゃあ・・・じゃああいつは一生あのままなんですか!?」
受け入れがたい回答に、思わずルコールに詰め寄る誠児。
だがルコールは目をそらさずこう続ける。
「・・・打ち消す可能性があるとすれば、催眠状態を自らの意志で脱することでしょうか。
でもそんなこと、奇跡でも起きないとありえません」
「くっクソッ!!」
抑えきれない怒りを発散するかのように、誠児は壁を殴りつけた。
拳から流れる血はまるで涙のように流れ落ちた。
その時であった。
団長室の方から爆音のような巨大な音が響き渡った。
紛れもなく、夜光が誠児達を追って地下階段を塞いでいた床を破壊して這いあがってきた音だ。
そして誠児はある決意を心に決めた。
「・・・あなたはここにいてください」
「どっどちらへ?」
「夜光の心を取り戻す!」
「なっ何を言っているんですか!? 今近づけば、あなたは殺されてしまいます!!」
「・・・大丈夫。 あいつはそんな訳のわからない薬なんかに負けるような男じゃない。 俺はあいつの強さを信じる」
「・・・どうしてそこまで信じられるのですか? どうしてそこまでできるのですか?」
「・・・あいつは俺の大切な家族です。 これ以上に信じられる根拠を俺は知りません」
優しい声音でそう言い残した誠児はドアを開けて向かった。
夜光を・・・大切な家族の心を取り戻すために……。
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