第121話 少女達の選択
永遠の美を求めて、薬に溺れるマスクナ。
女優や舞台を自分の美を輝かせるための道具と侮辱するマスクナに、女優として心から尊敬していたライカは、激しい怒りが湧き起こった。
マスクナに言われるがままに刃を向ける夜光。
そこへ現れたのは、川底に落ちたはずのアスト達だった。
「しぶてぇ、ガキ共だな」
夜光はマスクナを背中で隠して、闇双剣を構えなおす。
2度目でもやはりショックが大きなアスト達だが、スノーラがライカにこう問い掛ける。
「ライカ。 夜光さんについて何か情報はあるか?」
問われたライカはマスクナを睨みつける。
マスクナはアストが集結したにも関わらず、余裕の笑みを浮かべていた。
人数的には圧倒的に不利であるが、夜光に好意を抱いているアスト達は本気で向かってくることはできないと高をくくっているからだ。
ライカは力強くマスクナを指さしてこう返した。
「そこの性悪女が変な薬で夜光に”自分は世界で最も愛している女”って暗示を掛けたのよ。
だから今のあいつは、あの女の操り人形になり下がってんの」
軽蔑のあまり、名前すら口にしたくなくなったライカ。
にわかには信じがたいアスト達だが、夜光の後ろで不敵な笑みを浮かべているマスクナがそれが真実だと強調させる。
だが、人を疑うことを知らないセリナがマスクナに「ライカちゃんの話、本当なんですか?」と問う。
「それがどうかしましたか? 事情がとうあれ、彼が私を愛していることに違いはありませんよ」
マスクナはその証を示すかのように、「夜光、私を愛していますか?」と問い掛ける。
夜光はマスクナにわざわざ目を合わせて、「あぁ、俺は世界でお前だけを愛している」と優しい声で答えた。
「アハハハ!!。 どうですか? 愛する殿方が目の前で自分以外の女に愛を語るのは。 つらいですか?みじめですか? なんなら、あなた方にも同じセリフを言うように命じましょうか?」
愛を勝ち取った勝者のように嘲笑うマスクナに、ライカとキルカ以外のアスト達にも怒りがこみ上げた。
だがそれはいつもの単純な嫉妬ではない。
マスクナは薬の力で夜光に本心ではない愛の言葉を出させたことで、アスト達の夜光への想いを侮辱したのだ。
しかも夜光に愛を語らせておいて、マスクナ自身には全く愛情はないことは明白であった。
怒りを抑えきれなくなったセリアが声を上げる。
「ふざけないでください!! 夜光さんはあなたの物ではありません!! 夜光さんを元に戻してください!!」
「彼は私のものですよ? だって彼は私を愛しているのですから」
「そんな偽りの愛は愛じゃありません!! 愛情を・・・バカにしないでください!!」
普段出さないような声を上げてしまったことで、少し息が荒くなってしまったセリア。
息を整えようとする彼女の肩に手を置いたキルカは、「やめておけ」と静止を呼び掛けた。
「外見の美しさだけに執着している人間が、愛情という内面の美しさを理解できるとは思えんからな」
キルカの言葉を聞き、セリアは「そうですね・・・」と冷静さを取り戻すと同時に、荒げていた息も整えることができた。
「それで、どうやったらダーリンは元に戻るの?」
レイランがそう言って盾を構える。
だがそれは、あくまで防御としての構えであって、夜光に反撃するためではない。
「夜光を操っている薬のレシピをあの女が持っているわ。 もしかしたら、それに解毒剤の作り方が書かれているかもしれない」
ライカの言葉によって、アスト達の視線が一斉にマスクナの懐に向けられた。
そこへミヤがマスクナ目掛けて矢を構える。
「大人しくレシピを渡してください。 城庭では不意を突かれましたが、これだけの戦力差があれば、夜光君を抑えてあなたからレシピを奪うこともきっと可能です。 その場合は、あなたもタダではすまないと思っていてください」
ミヤの警告にマスクナの顔から笑みが消えた。
夜光に手が出せないとはいえ、8人もいれば、夜光1人を足止めする方法はいくらでもある。
もしそうなれば、丸腰で生身のマスクナがいくら抵抗しても無意味だ。
かとって、倉庫内には隠れられる場所はない。
だがマスクナはここで、夜光に耳を疑うことを命じた。
「夜光。 鎧を解きなさい」
マスクナは夜光にエモーションを解除させた。
マスクナに絶対の服従を誓っている夜光は、迷いなく指示に従って生身の姿に戻った。
「なんのつもりだ!?」
誠児がそう問い掛けるも、マスクナは無視してポケットから小さな注射器を取り出すと、夜光の腕に刺した。
「動かないでください。 この注射器には猛毒が入っています。 一滴でも体内に入れば彼の命はありません」
それを聞いた瞬間、周囲の体は一斉に凍りついた。
夜光本人は驚きもせずに、マスクナが注射器を刺しやすいように腕を差し出す。
今の夜光にはマスクナの望みに答えることしか頭にないため、自分の命が掛かっていると理解できていても、マスクナに植え付けられた偽りの愛が最優先になってしまっている。
「やめてください!!」
セリアは思わず足を進めてしまいそうになるが、夜光の腕に光る注射針がそれを思い留まらせた。
「さあ、あなた方も鎧を解いて、そのマインドブレスレットとやらをこちらに放り投げてください」
マスクナは脅しではないと言わんばかりに、夜光に刺している注射器の押子に掛けている指にわずかだけ力を入れる。
中身はまだ体内に入ってはいないものの、手前ギリギリで止めているため、ふとした拍子に毒が体内に入ってしまってもおかしくはない。
『!!!』
アスト達に迷っている暇はなかった。
言われるがままエモーションを解くと、マインドブレスレットをマスクナの足元付近に放り投げた。
「・・・」
キルカだけは、マインドブレスレットを手放すことを躊躇していた。
注射器の中身が毒である確証がないからだ。
マインドブレスレットを手放したりすれば、人数では勝っていても夜光に対抗できなくなる。
何より、ほかのアストと違って、キルカには夜光に対する想いは全くない。
「(あの男の腕はマスクナに捕まれている。 今なら、奇襲をかけることも難しくない)」
この時、マスクナは夜光の左腕に注射針を刺していた。
夜光のマインドブレスレットは左腕にあるため、操作することはできない。
不意をつくなら絶好のチャンスではあるが、攻撃を仕掛けた際の拍子に毒が夜光の体内に入ってしまう可能性もある。
「(どうせ人質は薄汚い男だ。 我が情を掛ける筋合いはない)」
キルカがマインドブレスレットに手を掛けようとしたその時、ライカが腕を掴んで静止した。
「なんのつもりだ?」
「お願い・・・言う通りにして」
ライカは絞り出すような声でキルカに懇願する。
普段、勝気な態度で人に接するライカが、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。
ライカにとって、夜光がどれだけ大きな存在であるか、失ってしまうことがどれほど恐ろしいのかが、
掴んでいる腕を通してキルカに伝わってくる。
「つまらん男のために、命綱でもあるマインドブレスレットを捨てろと言うのか?」
「あんたの言いたいことはわかってるつもり。 でも、お願い・・・」
「そこまでするのか? それほどあの男が愛おしいのか?」
恥ずかしそうに顔を赤らめるものの、ライカは小声でこう返した。
「・・・悪い?」
メンバーの中で最も夜光との口喧嘩が多いライカが、その彼の命を守るために、マインドブレスレットを捨て、キルカしか聞いてないとはいえ、彼に対する愛情を口にした。
驚きとわずかばかりの嫉妬が心に渦まくキルカは、折れたかのようにマインドブレスレットを外して前方に投げた。
ライカはキルカの耳元で「ありがとう」と申し訳なさそうに呟くと、マスクナに視線を向ける。
「さあ、言う通りにしたわ。 夜光を離しなさい」
ライカがそう要求すると、マスクナの顔に微笑みが蘇った。。
アスト達に戦う力がなくなったことで生まれた余裕と
夜光1人のために、躊躇せずマインドブレスレットを捨てる彼女達の理解できない行動が、彼女の歪んだ微笑みを引き出してしまったのだ。
「私がいつ離すと言いました? 勝手な解釈はやめていただきたいですね」
口元を抑えながら小さく笑うマスクナにミヤは「卑怯な」と軽蔑の視線を向ける。
それは彼女1人ではなく、メンバー全員が怒りと恐怖を込めてマスクナを睨みつけていた。
だがマスクナはそんな彼女達の目にすら、滑稽なものに見えていた。
「では、私はこれで失礼します。 わかっているとは思いますが、後を追うなどとバカげたことは考えないでください」
マスクナは夜光の腕に注射針を刺したまま、ゆっくりと後退し始めた。
夜光もまるでリードするかのように、マスクナに合わせて後退していく。
不要に動けば、それは夜光の死を意味する。
どうすることもできない誠児達は、ただただ2人が後退していくのを見ているしかなかった。
マスクナは後ろの壁まで後退すると、壁の一部に手を置いて軽く押し出した。
それは隠しスイッチのようで、彼女の手はまるで壁に吸い込まれていくかのように、壁の中に押し込まれていった。
それと同時に2人の横の壁が自動ドアのように開閉し、外に広がる夕闇の世界が、薄暗い倉庫を怪しく照らす。
「さようなら」
マスクナはそう言うと、外に出るために開閉された壁をくぐり抜けようとする。
外に出られる際の解放感が、注射器に掛かるマスクナの指の力を少しだけ緩めた。
しかし、それが彼女の致命的なミスだった。
「待てっ!」
マスクナを制止させる言葉と共に、天井から大量の水が2人を包み込んだ
「なっ何!?」
「くっ!!」
突然のことに動揺するマスクナと夜光。
闇雲に手で水を振り払うと、水はひとりでに2人から離れた。
「なんだ!? この水」
水は空中で球体のように集まり、姿を変えた。
「おっお前は!!」
そこに立っていたのは、ウォークであった。
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