第120話 呪われた本
グレイブ城地下にて誠児達を待ち受けていたのは、悪魔のような笑みを受けべたマスクナと催眠薬によって彼女を守る盾となった夜光。
信じられたない状況の中、マスクナが誠児達に見せたのはかつてグレイブ夫人が手にしていた呪われた本であった。
彼女は本を抱きしめながら、自身の過去を離し始めた。
かつては女神の生まれ変わりとまで言われていたマスクナの美貌だったが、年を重ねるたびに感じる老いによって、それもかつての栄光となりかけていた。
若く美しい新人女優達に、自身の追いを陰で嘲笑われたことによって、彼女の心には若さに対する執念と嫉妬が強く燃え上がっていた。
「ちくしょう!! ちくしょう!!」
控え室での陰口を聞いてしまったマスクナが無意識に走ってきたのは舞台裏であった。
すでに劇は終わっているため、観客達は退場しており、役者や裏方も舞台を後にして後片付けや帰り支度を開始していた。
それを知ってか知らずか、マスクナは狂ったかのように叫び声を上げながら、舞台裏に置かれている小道具を壊し回っていた。
そこにいたのは女優マスクナビュールではなく、美しさを失う恐怖と若さを持つ者達に対する嫉妬を暴れると言う行為によって紛れさせようとしている心の醜い女であった。
「私は女優として、多くの客達に感動を与えてきたわ!! なのになぜ!? この美しさを手放さなければならないの!? なぜ若さを失わなければならないの!? なぜ老いを受け入れなければならないの!?」
暴れている最中、彼女は何度も何度も、同じ問いを繰り返し口にしていた。
年を重ねていても、舞台に立つことはできるかもしれない。
だが彼女にとって、舞台での演技はあくまで自らに美を他者に魅せるための品評会のようなもの。
女優として舞台に立てないことよりも、自身の美を失うことの方が死ぬよりつらいことであった。
しかし、いくら暴れても気持ちは晴れることはなく、長時間の舞台に立った直後で疲弊しきっている彼女が息を切らせて暴れるのをやめるのに、さほど時間は掛からなかった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
膝から崩れ落ちたマスクナは、足元に落ちていた割れた鏡の破片を覗き込む。
そこに映っていたのは、大量の汗によって化粧が流れ落ち、老婆のようになってしまった自身の顔であった。
老婆と言っても、普通の人から見れば、若く見られるには十分な美貌はあった。
だが、完璧な美にしか興味のないマスクナの目から見れば、自分の顔はみすぼらしい老婆にしか映らなかった。
「・・・もう生きていたくない」
鏡が見せる現実を受け入れることができないマスクナは、もはや生きる気力すら失ってしまった。
「このまま老いて朽ちるくらいなら・・・」
絶望しきったマスクナは鏡の破片で自らの手首を切って死を選び、老いから逃げようと決意した。
鏡の破片を握りしめたマスクナは、日祟り落ちる血を気にも止めず、手首に流れる自らの血管を切ろうとした・・・その時であった。
「なっ何?」
舞台裏の壁の一部がマスクナが暴れた際に投げつけた剣が当たったことで、崩れ落ちてしまった。
壁がもともと古いのも原因だが、剣自体もレプリカで強度はないが、収めている鞘はレプリカを衝撃から守るためにかなり頑丈な造りになっているため、壁を破壊するというアクシデントを生み出してしまった。
「・・・」
マスクナはなぜか自殺を中断し、壊れた壁に吸い寄せられるかのようにフラフラと近づいた。
彼女自身も自分がなぜ自殺をやめて、足を動かしているのか理解できなかった。
「・・・何これ?」
壁の中を覗き込むと、そこは空洞となっており、中には1冊の古びた本が隠されていた。
マスクナは本を手に取り、ペラペラと適当にページをめくって読んでみた。
その本には、「あらゆるケガを一瞬で治す薬」や「人を操ることができる薬」といった夢物語にでも出てきそうな薬の造り方が事細かく記載されていた。
「こっこれは!?」
ページをめくり進めていく内に、あるページがマスクナの指を止めた。
そこには「若返る薬」と書かれており、マスクナが喉から手が出るほど欲するような薬であった。
だが、そんな薬は存在しないとすぐに我に返り、本を閉じようとした時、「若返る薬」のページに書かれていた文字が目に着いた。
「永遠の美・・・ホルン グレイブ!」
そこには、かつて若さほしさに多くの若者を殺害していった、グレイブ夫人の言葉とサインが書かれていた。
大昔の人物であるので、当然マスクナは面識はない。
だが、彼女はこれがグレイブ夫人が書いた者だと確信していた。
「確か!!」
マスクナは本を持ったまま、その場を走り去ってしまった。
疲弊しているのを忘れて走るその姿は、餌に飢えた獣のような欲深さが出ていた。
「ここだ!」
彼女が走ってきたのは、売店に飾られているグレイブ夫人の肖像画であった。
遠目からは見えないが、実は絵の隅に、グレイブ夫人のサインが小さく書かれていたのを、マスクナは偶然発見していた。
絵のサインと本のサインを細かく見比べてみると、完全に筆跡が一致していた。
素人目線だが、文字の癖や筆圧等、どれを取っても同一人物の文字としか思えなかった。
「じゃあこれは・・・グレイブ夫人が持っていたあの本?」
この時、マスクナの脳に女性の声が響き渡った。
『マスクナ ビュール。 美を求めし女よ。 私が成しえなかった永遠の美を手に入れるのだ』
それがグレイブ夫人の霊の声なのか、自分自身が作り出した幻聴なのか、それは定かではないが、1つだけ確かなことがあった。
「これがあれば・・・若さを・・・永遠の美が私の元に・・・ククク・・・アハハハハ!! 神は! 神は私を見捨ててはいなかった!! アハハハハ!!」
諦めかけていた若さを手にいれ、壊れたラジオのように、笑い続けるマスクナの心はこの時すでに美しさと言う呪いに掛かってしまった。
自らの過去を語り終えたマスクナは、本を再び懐にしまい、誠児達に視線を向ける。
「本を手に入れてからしばらくして、偶然この地下室を見つけたわ。
まさか本だけでなく、薬を作るための施設まで用意してくれるなんて、グレイブ夫人には感謝しきれないわ」
手を合わせてあの世にいるグレイブ夫人に感謝を捧げるマスクナに、冷静を装った怒りの誠児がこう尋ねる。
「じゃああなたもグレイブ夫人のように、若い人達を殺してきたんですか!?」
誠児の質問に笑いがこみ上げてきたマスクナは、たまらずクスリと口元を緩ませる。
「殺したなんて物騒な・・・私は若さを頂いただけです。
美しさの欠片もない不細工な者達が、若さなんて持っていても宝の持ち腐れでしょう?若さとは、私のような美しい女にこそ持つにふさわしい力よ」
自らの行いを恥じるどころか、善行のように言う異常なマスクナに対し、誠児は「狂ってる・・・」と怒りを通り越して恐怖を抱いてしまった。
「・・・さて、もうおしゃべりはここまでとしましょう。
薬の材料と実験室はともかく、その女だけは手放すわけにはいかないですから」
マスクナが夜光に「片付けて」と耳元でささやくと夜光はゆっくりと誠児達に向かって歩み始めた。
誠児は「夜光!!」と名を呼ぶが、やはり耳には届かないようだ。
だがその時、今まで沈黙していたライカが、ルコールから手を離して前に出た。
うつ向いたまま小さな声で、ライカはマスクナに「・・・1つだけ、答えてください」と言う。
今聞いた事実が信じられず、プルプルと悲しみに震えるライカ。
マスクナは「なんでしょうか? ライカさん」と不気味なほどまぶしい笑顔で返した。
「あなたにとって、女優とはなんですか?」
それは女優としてのマスクナに対する問いかけだった。
若さのために人を殺してきたのが事実であったとしても、女優として華々しい活躍をしていたマスクナが、舞台をどう思っているのかがどうしても聞きたかったのだ。
しかし、マスクナの口から出た言葉は信じがたいものであった。
「私の美しさを世に知らしめるための肩書きにすぎません。
私の望みは永遠の美だけ。 それに比べたら、女優だの舞台だの、ちっぽけな物です」
その言葉を聞いた瞬間、ライカの心の中で何かがはじけ飛んだ。
「・・・あたしがここでの演技を引き受けたのは、あなたに女優としてのあたしを見て欲しかったからよ・・・あなたみたいな女優に少しでも近づきたいから・・・あなたみたいに演技で人を魅了したいから・・・きっと他の団員達だって同じよ・・・なのに!!」
ライカはうつ向いた顔を上げ、涙ながらに訴えた。
「それがマスクナ ビュールなの!? あたしや大勢の役者達が憧れを抱いていた女優なの!?」
「・・・で?」
「みんな女優としてのあんたに憧れていたのよ!!
演技で人の心を魅了するあんたが!!それをあんた自身が侮辱したのよ!!」
「フフフ・・・それはごめんなさいね」
涙ぐんで訴えるライカを嘲笑うかのように、マスクナは口元を手で覆って、笑いをこらえた。
この姿を見たライカは確信した。
今まで自分が見知っていた彼女は全てただの演技だということが理解できた。
それと同時に、こんな女に憧れて女優の手本として見てきた自分に対して、猛烈な怒りが込み上げてきた。
「・・・あんたもリックのバカと同じよ・・・くだらないプライドのために薬と欲に塗れた、役者を名乗る価値もないクズよ!!」
かつてライカの父、ガウンを己の身勝手な嫉妬故に薬で破滅に陥れた男リック。
違法薬物にまで溺れた役者くずれのリックに、役者として軽蔑したマスクナ。
だがそのマスクナも、リックと同じ薬物に溺れた役者くずれ。
その時、役者として感銘を受けた自分を心の底から恥たライカ。
「ごちゃごちゃとうるさい小娘ですね。 夜光、その子から始末なさい」
マスクナの命令で、夜光は「わかった」と右手の闇双剣を収め、ホルスターからシェアガンを引き抜く。
「やめろ! 夜光!!」
誠児の静止も聞かず、夜光は引き金を引こうとした・・・その時であった!!
「うわっ!!」
天井が突然、大きく崩れ落ち、巨大な穴が空いてしまった。
そこから飛び込んできたのは、川に落とされたはずのアスト達だった。
「みんな無事ですか!?」
1番に誠児達に駆けつけたスノーラが安否確認を行うと、誠児は「みっみんなどうして・・・」と川に落ちたはずのアスト達が駆けつけたことに疑問を抱いた。
「マインドブレスレットには発信機が付いていて、それを辿ってここへ来たまでです」
誠児の意図を察したつもりのスノーラが、そう説明するものの、誠児が聞きたかった回答が異なっていた。
「いっいやいや。 それも気になるけど、みんな川に落ちたはずじゃ・・・」
「それはあとで説明します。 今はこちらが先です」
そう言うと、スノーラの視線は夜光の方に向けられた。
夜光は助からないはずのアスト達が、ここまで駆け付けたことに動揺を隠せないでいた。
それはマスクナも同じようだ。
しかも、1人2人ならいざ知らず、アスト全員がこの場に集結していた。
「・・・あぁ。 そうだね」
理由はわからないものの、頼もしい味方が一気に増えたことで、誠児の心にわずかばかりの勇気が芽生えた。
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