第119話 マスクナ ビュール

 夜光を探しにグレイブ城の地下を進んでいく誠児達。


たどり着いたのは、様々な薬品が並ぶ謎の実験室。


そのに現れた白衣の女性を捕らえ、顔の包帯とマスクを外すと、彼女はキルカの叔母であるルコールであった。






「なぜ、あなたがここに?」




 長年行方不明であった叔母、ルコールが目の前に現れたことで、


キルカの心には驚きとともに巨大な疑問が浮かび上がり、


それが思考をスルーして口から出てしまった。




 だが、驚いているのはルコールも同じ。


目の前にかつて共に暮らしていた姪が現れたことで、彼女の思考回路は現状についていくことができずに、一時停止してしまっていた。




 両者共に口を開きそうにないため、第三者である誠児が話し掛ける。


本来、こういったことは当人同士で時間を掛けて話すべきかもしれないが、


夜光を一刻も早く見つけたい誠児には、1秒でも時間が惜しかった。


もちろんルコールのことがまだわかっていない今、拘束を離す訳にはいかない。


ライカによって外された包帯とマスクは顔に戻させたが、再びライカによって拘束される。


ルコールも現状仕方ないと抵抗はせずに拘束を受け入れた。




「私は誠児と言います。 現状が現状なので、拘束したままの会話を許してください・・・あなたはキルカの親戚ですか?」




 誠児に話し掛けられることで、ハッと我に返るルコール。


挙動不審に目を泳がせ、必死に言葉を選ぶも出たのは「はい・・・」と言うか細い返答であった。




「キルカからあなたの話は聞きました。 聞きたいことは色々ありますが、今はこの質問に答えてください・・・ここに夜光と言う男性はいませんか?」




 ルコールは聞き慣れない名前を耳にしてキョトンとした顔を見せたが、すぐさま「もしかして・・・」と思わせぶりな言葉をこぼした。




「何か知っているんですか!?」




 ルコールの言葉を聞き逃さなかった誠児がルコールに詰め寄る。


感情的になる誠児の心を再びエアルが肩に手を置いて静める。




「まっマスクナさんが先ほど見知らぬ男性を連れてこの先の倉庫に歩いていきました」




 ルコールはそう言うと、通路の奥にあるドアに視線を向けて倉庫の場所を示した。


誠児達もドアに視線を向け、再び歩き出そうとした時、ルコールが「私からも1つ聞いていいですか?」と質問の許可を求めてきた。


ライカが「何? 聞きたいことって」と尋ねると、ルコールはキルカの顔を見ながらこう尋ねた。




「キルカちゃん。 どうしてここにあなたがいるの?」




 ルコールがそう尋ねるも、キルカは答える気はないと言わん掛かりに無言で視線を逸らす。


目すら合わせないキルカに、ルコールはうつ向いたしまい、仕方なくライカが代わりに答えた。




「あたし達はその夜光を連れ戻しに来たのよ。 ここに来れたのは、そこにいるおっさんに案内されたから」




「・・・」




 面と向かっておっさん呼ばわりされるエアルだが、夜光と違って呼び方に興味はないようで、怒ったりせずに平然としていた。




「そうですか。それにしても・・・大きくなったね、キルカちゃん」




 キルカを見るルコールの目が怯え切った目から優し気な眼差しに変わった。


それは純粋に、姪の成長を喜ぶ叔母としての言葉であった。


だがキルカはルコールを一睨みしただけで、倉庫の方へと歩き出した。


キルカにとって、ルコールは叔母ではなく、父親と同じ裏切り者。


彼女が心を許さないのは仕方がないことだと、エアル以外の者達は何も言うことができなかった。


ルコール自身もそれは承知しており、無視するキルカにそれ以上言葉を掛けることができなかった。


誠児達はキルカに続いて、倉庫へと足を進める






 誠児達が倉庫のドア開けて中に入ると、そこには山積みになった大きな黒い箱が辺り一面を埋め尽くしていた。


キルカが黒い箱の1つを開けると、中は様々な薬草がびっしりと入っていた。




「先ほどの実験室で使われていた薬品の元になってる薬草だ。 強い毒性を持つ物も含まれているな・・・むやみに触れれば命を落としかねない」




 そう言うとキルカは箱を閉め、元の場所へと戻した。


その時、聞き覚えのある声が倉庫内に響き渡った。




「しぶとい連中だな。 あのまま大人しく死んでいればよかったものの」




『!!!』




 倉庫の奥から現れたのは闇鬼となった夜光であった。


すでに闇双剣を抜いて誠児達に戦意を現わしている。




「夜光・・・お前一体どうしたんだ? なぜ俺達に剣を向けるんだ!?」




 夜光を前にして感情を抑えきれない誠児は、無謀にも剣を構える夜光に歩み寄ろうとする。


だがそこへ、誠児の歩みを制するかのように、エアルが前に立ち塞がった。




「その質問は彼よりも、あちらの方に聞いた方が良いと思います」




「あちらの方?」




 エアルは近くにあった黒い箱を手に取ると、斜め前にある箱の山へ力強く投げた。


投げた箱が命中し、箱の山は雪崩のように崩れていった。


しかし、崩れた箱の影から1人の人物が姿を現した。




「か弱い女性に物を投げつけるなんて、無粋な殿方ですね」




「「マスクナさん!!」」




 誠児達の前に姿を現したのは、不敵な笑みを浮かべたマスクナであった。


その微笑みは今まで見ていた女優マスクナではなく、もっとドス黒い悪魔のような不気味な表情であった。




「マスクナさん!! まさか本当にあなたが夜光をこんな風に変えたのですか!?」




 誠児の問いに対し、マスクナは微笑んだまま「それが何か?」と罪悪感の全くない返答を返した。


その態度に怒りを覚えた誠児は「夜光に何をした!?」と叫び声に近い声を荒げた。


だがマスクナは臆するどころか、小バカにしたように口を押えて小さく笑った。




「私は”催眠薬”を投与しただけです」




「催眠薬?」




「その名の通り。 投与した相手を催眠状態にし、1つだけ暗示を掛けることができる薬です」




「暗示? 夜光に暗示を掛けたのか!?」




「えぇ。 彼には”私を何よりも愛する”という暗示を掛けました。 


そのおかげで、彼は私の言葉しか聞こえない。


私のことしか見えない、完全なるナイトになりましたわ」




 マスクナの口から出た真実を耳にしたと言うのに、夜光はマスクナの前に立ち、彼女の盾となる。


誠児は「夜光っ!」と名を呼ぶが、夜光の耳には全く届いておらず、闇双剣を誠児達に向ける。


それを見たマスクナは、「頼もしいナイトね」と馴れ馴れしく夜光の腕にしがみつく。




「でもね夜光。彼らを殺す前に、あの女を取り返してほしいわ」




  マスクナが媚びるような言葉と共にライカが拘束しているルコールにその目を向けた。


その視線を感じたルコールはまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


気になったキルカが「なぜその女を欲する?」と尋ねると、マスクナは夜光から手を離し、懐から小さな本を1冊取り出した。




「これが何かわかりますか?」




 マスクナの持つ本は、かなり古びており、表紙は緑一色で、絵もなければタイトルも書かれていない。




「これはかつて、グレイブ夫人が所有していた闇のレシピです」




 『!!!』




 誠児達は驚くものの、実物を見たことがないため、それが本物なのかはわからない。


マスクナもそれは察しているが、彼女にとって信じてもらえるかどうかはどうでも良く、そのまま話を続ける。




「このレシピに記されている薬を調合するには、豊富な知識が必要でしてね?


それもただ豊富なだけでなく、得た知識を応用できる才能ある者でないとこの本は意味をなさない・・・その女のような才能ある薬剤師でないと・・・」




 マスクナはその胸に本を抱きしめると、我が子のように撫でまわした。


キルカが「その本から何を求めている?」と再び尋ねると、マスクナは天を仰ぐように天井を見つめた。




「私が求めるのはただ1つ・・・永遠の若さよ。


そのために私はこの本を手に・・・いえ、グレイブ夫人から授かったのよ」




そこから語られた言葉によって、誠児達は彼女の闇に少しだけ触れることになった。








 マスクナは幼少期から美しい顔立ちで、周囲からは天使と呼ばれるほどの美貌を持っていた。


その美しさは成長するにつれどんどん増していき、10代の頃には女神の生まれ変わりとまで呼ばれるほどであった。


そんなマスクナが人生の演目に選んだのは舞台女優であった。


彼女には美しい見た目だけでなく、演技の才能まであり、周囲からの押しもあったので、彼女がこの演目を選んだのは必然だったのかもしれない。




 マスクナはトレック劇団の新人女優となり、己の演技力と美しさを磨き続けた。


彼女はちょい役から脇役、主役とありとあらゆる人物を演じ、出演するたびに彼女の魅力に引き込まれる人間は増えて行った。


美しい自分がスポットライトを浴びて輝きを放ち、そんな自分を多くの人達が魅了され、拍手喝采を送る。


それがマスクナにとって、人生最大の快楽であった。






 演技力もあり、人気もあり、絶対的な美しさを兼ね備えたマスクナが、劇団のトップとなるのは、さほど時間が掛からなかった。






 美しさ、演技力、人望、財力、男、女が求める全てを手にいれることができたマスクナは、まさに幸福者であった。


・・・だが、そんな彼女に人生最大の恐怖が襲い始めた。




「・・・んっ? 何これ?」




 マスクナが30代になったある日の浅い。


彼女はいつものように、自室で肌の手入れをするために鏡越しに自分の顔を見たマスクナは、ある違和感が目に映った。


記憶がその違和感を検索すると、ある言葉が頭に浮かんだ。


だがそれは、マスクナにとって到底受け入れることのできない言葉であった。




「なっ何かの間違い・・・よね?」




 鏡を綺麗なタオルで拭きながら、見間違いであることを祈る。


そして、再び鏡越しに見る自らの顔に、彼女は絶望した。




「いっ・・・いやぁぁぁ!!」




 それは女性にとって最大の敵とも言えるもの”シミ”であった。


マスクナは毎日肌の手入れは欠かさず行っているため、彼女は30代になった今でも少女のような幼い美しさを保っている。


だがどれほど美しさを保っていても、年齢を重ねるにつれ、その体は徐々に老いを受け入れ始める。


マスクナももちろん例外ではないが、化粧をすればほとんどシミ等見えないため、周囲に知られることはなかった。




だが、年齢を重ねれば重ねるほど、シミやしわは増えるのは人の常。


それをどうしても認めることができないマスクナは、すっぴんを見るのが恐ろしくなり、彼女は入浴時以外の時間は常に化粧をするようになってしまった。






 そんなある日。


舞台を終えたマスクナが控え室に戻ろうとした時であった。


控え室から若手の新人女優達の会話が聞こえてきた。


それだけなら特に気になることはないが、その内容が耳に入った瞬間、マスクナは足を止めた。




「ねぇ、知ってる? マスクナさんってね? 普段化粧してるからわからないんだけど、顔に結構シワやシミができてるだ」




「えっ? そうなの?」




「この間、偶然控え室通った時に、すっぴんのマスクナさんがドアの隙間から見えたんだけどね?


もう完全におばさんよ。 下手したらウチのおばあちゃんより老けてるかも」




「あっ! 私も1回見たことある。 確かに老けてたわ」




「そういえば、最近。 マスクナさんが化粧してる姿って見たことないね? あれってあたし達にすっぴんを見られたくないから?」




「そうなんじゃない? まあ、あの顔は見られたくないわね。


あ~あ、なんかあんなおばさんがトップの劇団なんて、レベルが低く見えてきたわ」




「まあ、仕方ないんじゃない? あの人ももう歳だし」




「そうよね。 もう時代が違うんだし。 大人しく引退してほしいわ。


しわだらけのおばさんを看板にしているこっちが恥ずかしくなる」




「ハハハ!! 言えてる!!」




 その言葉を聞いた瞬間、マスクナは声を殺してその場から走り出した。


彼女の心に芽生えていたのは、怒りや悲しみではなく、若さに対する強い嫉妬と恨みであった。

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