第118話 暗闇の路を進む者達

 マスクナと共に姿を眩ませた夜光を探すため、誠児はライカとキルカ、そしてエアルの4人で、グレイブ城の中に隠されていた隠し階段を下りて行った。




 無数に見える階段を一歩一歩降りていくにつれ、豪華なホテルのようなマスクナの団長室から一転、真っ暗な闇の世界が広がりはじめた。


水漏れでもあるのか、天井からひたたり落ちる雫が不気味に鼓膜を揺らず。




「・・・ここは」




 階段を降りると、そこには牢獄のような薄暗い通路が遥か先まで続いていた。


周囲には部屋も窓もなく、闇を照らすわずかな光が、壁に取り付けられている電球からもれているだけだった。


周囲を警戒して思わず足がくすむ誠児達に「急ぎましょう」とエアルが先導して先を進む。




「エアルさん。 ここは一体・・・」」




 エアルの先導で足を動かせている誠児だが、周囲への警戒心は怠ってはいない。


それはもちろん、キルカとライカも同じだ。




「グレイブ夫人のお話はご存じですか?」




「えぇ、確か・・・若返りの薬を作るために、若い人達の命を奪っていったとか・・・」




「ここは彼女が裏の業者に金を握らせて作らせた地下室です。


人を材料にする薬を調合する以上、人目を避けるためにこれくらいの工夫は必然ですから」




 そう説明しつつ、誠児達の前を歩いていくエアルに不信感を抱き続けるライカ。


手がかりもない今の現状では仕方ないとはいえ、内部情報をここまで知っているエアルについていくのは危険ではないかと思い、尋問のように質問を投げ始めた。




「随分、詳しいわね。 探偵でもやってるの?」




「そんな立派な者ではありません」」




「じゃあ、医者? あたし達のケガを治療したんだから、医療の心得はあるのよね?」




「えぇ、まあ」




 一瞬、エアルが言葉を詰まらせたことを感じ取ったキルカが、「その割には医療道具を持ってないのだな」と追い打ちを掛ける。


エアルはオウム返しのように「えぇ、まあ」と返答するだけで、それ以上は口をつむらせた。


その理由はライカとキルカの治療は、以前スパイアに敗北した夜光達を助けた際に使用した、シャドーブレスレットのヒール機能で行ったからだ。


それは精神力を気功術のように相手に与え、ケガを治すと言うシャドーブレスレットにしかない機能。


エアル本人は黙っているが、実は夜光に蹴りを入れてケガをした誠児も、彼がヒール機能で治していた。


城庭の中央で気を失ったはずの誠児が城庭の隅に移動していたのも城庭の中央では危険と判断したエアルが運んだためだ。


無論、それをそのまま伝えれば、2人と無用な戦闘を行うはめになる。


夜光を助けたらすぐに立ち去るつもりなので、2人からの質問には適当な返事で返していた。




「・・・




「・・・」




 ライカとキルカの不信感はますます募り、エアルから少し距離を置くことにした。






 通路をしばらく歩いていると、誠児達は自らの意志で足を止めた。


正確に言えば、足を止めざる終えない状況になっていた。




「行き止まり!?」




 彼らの目の前にあるのは、横を伝わる壁と同じ造りの石でできた壁であった。


誠児は現実を実感するかのように、壁に両手で触れてみた。


手を伝わって感じる壁の冷たい感触が、誠児の心の不安をより強くする。


先ほどの隠し階段のようにまたここにも隠された何かがあるはずと、誠児は手当たり次第に壁と叩く蹴る等して、先へ進もうとする。


普段冷静な誠児からは想像もつかないほど、考えなしに突っ走っている。


以前ミュウスアイランドでもの救出でも、誠児は冷静さを欠いていた部分があった。


その時は大勢の人間が同行していたので、さほど動揺することはなかったが、今は4人しかいない上、


状況をほとんど把握できていない。


何より、突然襲ってきた夜光に何が起きたのか、直接聞きたいと言う思いが、彼の支配していった。




動揺する誠児の額から一筋の汗が流れ落ちると、「大丈夫・・・」とエアルが、肩に手を置き、落ち着きを取り戻させようとした。




「ご家族は必ず助かります。 感情を抑えろとは言いませんが、感情だけで行動すれば、物事は上手くいきません」




その時見せたエアルの顔はとても穏やかな顔でを見た瞬間、誠児の心は本人でも驚くほどスゥーと落ち着きを取り戻した。


励まされたから落ち着いたと言うような単調な理由ではなく、まるでエアルの心とシンクロしているような、不思議な感覚であった。




「・・・はい」




 落ち着きを取り戻した誠児から手を離すと、エアルは横の壁に埋め込まれている石の中の1つを力強く押した。




「なっ何んだ!?」




 エアルの押した石は壁に飲み込まれ、それと同時に行き止まりであったはずの壁が自動ドアのように開いた。




「隠し階段の次は隠し扉って訳か・・・」




 隠し扉の存在にも驚いたが、それを開ける方法まで熟知しているエアルに対する疑念はより一層強くなっていった。




 開いた壁を通ると、そこには辺り一面に薬品の入った戸棚やテーブルに置かれている実験器具がまるで誠児達を取り囲むかのように置かれていた。


部屋の奥にはドアがあるが、部屋に圧倒している誠児達には足を進めるのに時間が掛かってしまっていた。


「これって一体・・・」




 唖然とする誠児達に、エアルがこう言う。




「ここはグレイブ夫人が薬を調合する際に使用していた実験室です。 当時よりも機具の性能や薬品の種類も増えたようですが、危険な部屋であることに違いはありません」




 それを聞いたキルカが、「・・・もう歩ける」と言ってライカの手から離れて薬品の入っている戸棚を開き始めた。




「・・・驚いたな」




 その薬品の数々を見てキルカは息をのんだ。


キルカが言うにはここにある薬品のほとんどが、取り扱いが難しいため手に入れることが困難な薬品や、毒性が強いため取り扱い事態が禁止されている薬品らしい。


中には1ビンで小さな村を買い取ることのできる超高級なものまであると言う。


おまけに、使われている実験器具も最新の物で、扱っている医療機関はまだほとんどいないほどの優れもの。




「これだけものを揃えるとなると、莫大な金が必要だな」






 その時だった。




「あっ・・・」




 部屋の奥のドアから白衣を着た人物が入ってきた。


顔には包帯を巻いている上、マスクをしているため誰だか判別できない。




「!!!」




 誠児達に気付いた瞬間、白衣の人物は手に持っていた書類の束をその場に落とし、背を向けて走り出した。




「待ちなさい!!」




 ライカが急いで追いかける。


走り出すタイミングとスタートした時に離れていた2人の距離的に考えても、追いかける側のライカには不利な状況であった。


だがこの2人には、それらを覆す致命的な差があった。




「逃がさないっ!!」




 ライカに比べて白衣の人物の足はかなり遅かった。


レイランほどではないが、伊達にスピード重視の旋舞を身にまとってはいないので、足にはそれなりに自信があった。




 あと1メートルで手が届く距離まで近づくことのできたライカはイチかバチか、タックルの要領で白衣の人物の背中に飛びついた。




「このっ!」




「きゃっ!」




 ライカのタックルは見事に成功し、白衣の人物を取り押さえることに成功した。


なおも暴れる白衣の人物だが、背中に乗って押さえつけているライカが立ち上がることを阻止した。


悲鳴と体の細さから白衣の人物が女性であることはわかった。




「あんた誰!? ここで何をしてるの!?」




 白衣の女性はライカの問いに応えようとせず、「助けて・・・」と繰り返し懇願するだけであった。


抵抗は無駄だと悟り大人しくなる白衣の女性の両手を背中に回させ、その手をしっかりと握りしめるライカ。


白衣の女性をそのまま立ち上がらせると、ちょうど誠児達も追い付いてきた。


ライカは白衣の女性を連れて誠児達を出迎えた後、改めて質問をする。




「もう一度聞くわ。 あんたは誰? ここで一体何をしてるの!?」




 無言を貫く白衣の女性にイラ立ち、ライカは「さっさと言いなさい!!」と乱暴にゆさぶる。


まるで夜光のような横暴さに、誠児は「乱暴なことはやめるんだ!」とライカの心にブレーキを掛ける。




 その時だった。


白衣の女性がある方向に視線を集中し始めたのは。




「・・・なんだ?」




 その視線の先にいたのはキルカであった。


白衣の女性は、目を限界まで見開き、目の前の人物がキルカであることを再確認する。


そして、白衣の女性がゆっくりと口を開き、一言こう言う。




「・・・キルカ・・・ちゃん?」




『!!!』




 白衣の女性から出た名に、エアルを覗く3人は言葉を失った。




「貴様、なぜ我の名を知っている?」




 だが白衣の女性は動揺のあまり、耳から入る音が情報として脳の到達していなかった。


ラチがあかないこの状況で、ライカはとうとう「顔を見せなさい!」と白衣の女性の包帯とマスクを強引にはがそうとする。




「あっ! ライカ!」




 誠児が止める間もなく、ライカは白衣の女性の包帯とマスクを取り、その下の顔を露わにさせた。


その顔を見た瞬間、誠児達はその顔に全ての意識を集中させてしまった。


彼女の顔には大きな火傷の跡が、痛々しく覆っていた。


元々の顔立ちは美しい”褐色”の女性のようだが、顎の周囲以外は全て火傷の跡に喰われ、彼女本来の美しさは失われていた。


静寂の中、キルカだけは火傷の跡ではなく、女性の顔そのものに驚いていた。




「なっなぜ、ここにいるんだ?」




 キルカの呟いた言葉に反応した誠児が、「知っている人か?」と声を掛けるが、キルカは動揺のあまり声が聞こえていないようだ。


そして、彼女の口からある単語がこぼれ出た。




「・・・ルコールおばさん」




 それはかつて、家族として共に暮らしていたキルカの叔母、ルコールであった。


火傷の跡で顔が多少変わっていても、長年家族として生きてきたルコールの顔は見間違えたりはしなかった。




「ルコールって、あんたが言ってたおばさん?」




 誠児もライカもキルカの話を聞いて名前は知っていた。


そして、彼女がキルカにとって今はどんな存在であるかも……。










「・・・うっ!」




「いっ痛い・・・」




「セリア!セリナ!気が付いたか!?」




 同時刻、川辺で眠っていたセリアとセリナが意識を取り戻した。


その時はすでにジルマはその場を離れ、またグレイブ城に侵入を試みに行った後であった。


我が子の目覚めに思わず「無事でよかった!」と熱い抱擁を交わすゴウマ。




「おっお父さん、苦しい・・・」




「お父様・・・! 夜光さん!!」




 夜光に襲われたことを思い出したセリアが、体に力を入れて立ち上がろうとする。




「うっ!」




 だが意識と取り戻したばかりで傷も癒えていないセリアには立ち上がる力はまだ戻っていなかった。


それはセリナも同様で、立ち上がろうと地面に手を付けて踏ん張るが、立ち上がることも這って進むこともできない。


そんな2人に、ゴウマは優しくこう語り掛ける。






「今は自分の体を心配しなさい。 みんなの意識が戻ったら、夜光を助けに行こう。 あいつなら絶対に大丈夫だ」




 ゴウマの励ましの中にある夜光に対する強い信頼が、2人の心に冷静さを灯し、2人は静かに頷き、じっと体力とほかのメンバーの意識が戻るのを待った。




そしてゴウマは数キロ離れたグレイブ城を見上げ、心の中で祈った。




「(夜光・・・みんな・・・無事でいてくれ)」


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