第117話 揺るがない決意

 アスト達の排除が完了し、マスクナと手を取り合って城内に戻って行った夜光。


意識を取り戻した誠児が出会ったのは、ライカとキルカに治療を施すエアルであった。


理由もなく攻撃してきた夜光を心の底から信頼し、そして無事を祈る誠児の姿勢に、エアルは心を打たれていた。


一方、川底へと叩き落されたセリア達は、偶然近くにいたウォークの手によって救出されていた。






「・・・うっ!」




 意識を取り戻した瞬間、頭に鈍い痛みを感じたゴウマ。


頭を抑えつつ、ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。




「ここは・・・どこだ?」




 意識を取り戻したばかりで若干ぼやけていたが、それは徐々にはっきりとしていった。


視界に入って来るのは、轟轟たる水音を立てて流れる川と見下ろすかのように聳え立つ木々。


人為的に作られたであろう焚火、そして彼の意識をはっきりとさせたのは、周囲で倒れているセリア達であった。




「セリア!! セリナ!!」




 ゴウマは愛する娘たちの名を呼び、そばに駆け寄る。


安否を確認すると、ケガをしているようだが、呼吸も脈も安定しいる。


娘たちが生きていることを確認し、ゴウマの心の不安がわずかだけ消滅した。


そして、倒れているほかのメンバーの安否を確認しようとした時、背後の草むらから褐色の肌をした若い男性がたくさんの草を抱えて出てきた。




「目を覚まされましたか」




 男性はそう言うと、手に持つ薬草を倒れているレイランの横に置き、そばに落ちていた野球ボールサイズの石で薬草をすりつぶし始めた。


何をしてるのかわからず、言葉が出てこないゴウマに対し、男性は安心させるかのような優し気な声でこう言う。




「この近辺に生えている薬草です。 これをすりつぶして傷口に塗り着ければ、菌による腐食を抑え、自然治癒もある程度早まらせることができます」




 男性はそう説明すると、すりつぶした薬草をレイランの腕や腹の傷に擦り付け始める。


名も知らぬ男性の言葉を信じるのは、本音を言ってしまえば難しいだろう。


だがセリア達がケガをしていることと、自分では治療ができないのは事実である。


ゴウマは男性の言葉を信じ、自分は川の水で濡らしたハンカチでセリア達の汚れた顔や体を拭い、まだ川の水で服が濡れている者は、本人の許可なく服をはぎ取る訳にもいかないので、焚火の近くに寝かせることにした。






「ひとまずこれで大丈夫でしょう」




 薬草による応急処置が終わったことをゴウマに告げると、男性は立ち上がり「では、僕はこれで」とその場を立ち去ろうとする。


ゴウマは「待ってください」と彼を引き止めると、続けてこう言う。




「助けて頂いてありがとうございます。 私1人では、娘達に応急処置を施すことなどできませんでした」




 お礼を言われた男性はゴウマに背中を向けたままこう返す。




「お礼を言われるようなことはしていません。 偶然あなた方が近くにいたので、勝手にお節介を焼いただけのことです」




 突き放すような口調でそう言うと、足早にその場を立ち去ろうとする男性。


だが背中越しにゴウマが男性に尋ねた。




「マスクナさんを殺しに行くのですか?」




 その問いを聞いた途端、男性の足が止まった。


彼はゆっくりと振り返り、ゴウマと初めて目を合わせた。




「あなたですね? キルカの父親のジルマさん」




 男性は「何を根拠に?」ととぼけた言葉を口にするが、ゴウマは確信を得ているような堂々とした顔で続ける。




「根拠というほどではありませんが・・・まず、狩ることができる動物も食べることができる木の実もないこの森で、あなたのようなダークエルフが住んでいるとは考えづらい。


かといって、あなたが劇を見に来られた観客か劇団員ならばここにいる訳がない。


何よりあなたの顔には、キルカの面影があります」




 キルカはどちらかと言えば母親似だが、目の色や鼻筋等、男性と似通った部分はある。


だがそれはあくまで似ているだけで、明確な根拠にはならない。


とぼけられたらそれまでだが、男性は小さなため息をつき、こう返す。




「そうだと言えばどうしますか? この場で僕の命を奪いますか?」




 質問を質問で返してきたが、それはつまり”YES”と言うことであった。


ゴウマは首を横に振り、殺意はないことを伝えた後、こう続ける。




「あなたに1つ聞きたいことがあります」




「なんでしょうか?」




「なぜ、あなたは自分の妻を殺害したのですか?」




 意外な質問に、ジルマは動揺して一瞬「えっ?」と目を見開いてしまうが、すぐに元の無表情な顔に戻った。




「キルカから話は聞いたのでしょう? 僕は自分の妻であり、キルカの母でもあったアールをこの手で殺しました。 それが事実です」




「私が聞きたいのは殺害したかどうかではありません。 あなたがなぜ自分の妻を殺害したかを聞いているのです。 キルカは叔母と一緒になるために、醜くなった母をあなたが殺害したのだと言っています。 でも本当にそうなのか、あなたの口からお聞きしたい」




「なぜそこまで聞きたいのですか?」




「私は職業柄、人から聞いた話で人を判断しないようにしています。


キルカはあなたを最低な父親だと言っていましたが、彼女の話だけであなたの人柄を決めようなどとは思いません。 それに・・・私とてこれでも父親の端くれです。 こうして我々を助けてくださった、あなたのような心の温かな方が、最低な父親だとは思いたくありません」






「・・・あなたは甘い人ですね」




 この時のジルマの顔は、どこかほがらかなように見えた。








 同時刻、城庭で意識を取り戻した誠児は、居合わせたエアルと共に、ライカとキルカの意識が戻るのを待っていた。


本当は、すぐに夜光の後を追いかけたいが、意識を取り戻したばかりで思うように体を動かせないため、体力回復に専念することにした。


城庭に留まっているのは体力回復だけではなく、夜光を見つけてもまた襲い掛かってきたら、誠児ではどうすることもできない。


そのため、アストであるライカとキルカの協力がどうしても必要なのだ。






「・・・うっ!」




「・・・くっ!」




 誠児が意識を取り戻してから数十分後、ライカとキルカが意識を取り戻した。


2人はくらくらする頭を抑えながら上半身のみを起こした。




「2人共、大丈夫?」




 意識を取り戻した2人に、誠児が声を掛ける。


まだ意識がはっきりしていないのか、2人はぼんやりと周囲を見渡している。




「誠児・・・そうだ。 あたし、夜光に吹き飛ばされて・・・」




 意識と共に、記憶も鮮明になっていくライカは、落ち着きを取り戻そうと普段より多くの空気を肺に取り込み始めた。




「うっ!・・・」




 キルカも意識と記憶がはっきりしてきてはいるが、それと同時に激痛が頭に走り、思わず両手で頭を強く抑えた。


誠児が「大丈夫か!?」とキルカの背中をさすって声を掛ける。


普段のキルカなら、大嫌いな男が触った瞬間に拳を放っているが、脳へのダメージが大きいため、それすらもできないでいる。




「やっぱり、ダメージが大きいのか?」




 誠児が心配そうにそう呟くと、ライカが首を振ってこう言う。




「キルカのアストには脳を覚醒させる装置が取り付けられているから、多分、そのダメージも大きいんじゃないかしら」




 ナルコレプシーであるキルカは、昼夜関係なく強い睡魔に襲われて眠ってしまうため、きな子に頼んで、覚醒装置を流孫に取り付けてもらっている。


装置のおかげで戦闘中に眠る心配はなくなったが、強制的に脳を覚醒状態にしているので、キルカに掛かる負担も大きい。


その上、ウォークと夜光の連勝でかなり無理をしていた結果が、この激痛である。




 2人が意識を取り戻してからしばらくしてライカは完全に調子を戻した。


キルカも時間が経つにつれ、頭の痛みは少しずつ引いてきたが、まだ自力で歩けるような


状態ではなかった。


誠児が「どこか静かな所で安静にするんだ」と言い聞かせるが、キルカ本人が「ライカ1人であの男に合わせる訳にはいかん」と断固拒否した。


このまま誠児達3人で夜光を追えば、ライカ1人で戦うことになるかもしれない。


もしそうなれば、今以上にズタボロにされるか、下手をすれば殺される可能性もある。


1番のお気に入り美少女であるライカを危険な目に合わせるくらいなら、脳を犠牲にする覚悟であるキルカには選択肢は1つしかなかった。




 やむなくライカがキルカに肩を貸す形で、夜光の捜索に乗り出した誠児達。




「探すのはいいけど、この広い城の中からどうやって探せばいいんだ・・・」




 城内に戻ったは良いが、観客達と劇団員は夜光が暴れ出した後に劇場に立てこもっているため、夜光の行き先は目撃していないようだ。


その上、ドア越しに誠児が声を掛けると「くっ来るな!!」と威嚇され、ほとんど会話にすらならない。




 目撃証言を諦め、しらみつぶしに探すしかないかと思ったその時であった。




「こっちです」




 突然エアルが、誠児達を案内するかのように歩き出した。




「あっ! ちょっと!」




 誠児達もエアルの後に続き、歩き始める。




「ちょっと。 さっきからいるあのおじさん、誰?」




 道中、エアルのことが気になったライカが、誠児に尋ねた。




「エアルさんだ。 夜光を探すのを手伝ってくれるだって」




 会ったばかりであるにも関わらず、誠児はエアルの言葉を信じきっていた。


なぜここまで信頼できるか本人にもわからないが、彼は悪人ではないと誠児は心から思えてならない。




「・・・」




「・・・」




 エアルの案内で誠児達が足を止めたのは、団長室の前であった。


そこは元々、この城の主であったグレイブの自室であったが、今はマスクナの自室兼団長室となっている。


エアルがドアのノブを回すも、内側から鍵が掛かっている。




「少し乱暴な手段を取ります」




 そう言った直後、エアルはドアに向かって力強い蹴り入れ、ドアを鍵ごと破壊した。


これには誠児達も”何てことを”とあたふたしてしまう。


だが、エアルはそのまま中に入った。




中には高そうな絵が黄金の額縁で飾られていたり、宝石の埋め込まれた椅子や机、ベッド等があり、床も大理石のような美しい石で作られていた。




「・・・ここだな」




 エアルは部屋の隅にある本棚の前で足を止めた。


本棚には、古びた本やトレック劇団で行った劇の台本等があるだけで、別段変わった所はないように見えた。


だがエアルが1冊の本を引き抜いた瞬間、大きな機械音が部屋中に響き渡り、宝石の埋め込まれた机が床ごと動き出し、そこには下に通じる階段が現れた。




「ブックキー・・・」




 ライカの呟いた言葉が、誠児の記憶の一部を呼び覚ました。


それは以前、ギルドリッシュでビンズ達が奪った金を隠すために使っていた装置である。


本棚に置いてあるブックキーを取り出すと、地下へと通じる階段が顔を出す仕組みだ。


大昔に使われていた古いセキュリティシステムだが、このグレイブ城は古びた城をほとんどそのままの形で残しているため、このような装置があっても別段おかしくはない。




「彼はこの下にいます。 急ぎましょう」




 エアルが階段を降りようとした時、不審に思ったライカが「待ちなさいよ!」と足を止めさせた。




「なんであんたブックキーのことを知ってたの? なんで夜光がこの下にいるってわかるの?


あたし達の知らないことを知り過ぎてて気味が悪いわ! あんた何者なの!?」




 ライカが力強い口調でそう問い詰めるも、エアルは冷静な口調でこう返す。




「申し訳ありませんが、答える気はありません。 私は案内役を買って出ただけです。


私のことが信用できないとおっしゃるなら、無理に信じろとは言いません。


ですが、あなた方には助けたい人がいるのでしょう?」




 エアルのその言葉で、誠児の頭に夜光の顔がよぎった。




「(そうだ。 俺は夜光を助けに来たんだ。 エアルさんが何者だとか、なぜ夜光の居場所を知っているのかとか、今はそんなことはどうでもいい!!)」




 誠児はエアルに向かって「行きましょう」と同行することを告げる。




「誠児! あんた、こんな奴のこと信じるの!?」




ライカは誠児を止めようとするが、誠児は吐き捨てるようにこう返す。




「俺は夜光を助けたいんだ!! エアルさんの言葉は真実かどうかはわからない・・・でも、俺にほかに手がかりがないんだ!!」




 普段温厚な誠児が初めて声を荒げた瞬間であった。








そして、ゴウマ達の方は……。




「・・・これが僕の知っている真相です」




 ウォークはゴウマに自身の過去について話をした。


ゴウマは衝撃的な過去に、一瞬言葉を失ってしまった。




「・・・では、あなたがマスクナさんを狙うのも、その過去が理由ですか?」




 ウォークが静かに頷くと、ゴウマは彼に詰め寄る。




「それが事実なら、なぜキルカに伝えないのです! 彼女は何も知らずに、ただただあなたを憎んでいるのですよ!!」




「・・・事実を知れば、あの子はさらに苦しみを味わうことになる。 そうなるくらいなら、永遠に憎まれていた方がマシだ・・・」




 ウォークは感情を押し殺すかのように、ぐっと歯を噛みしめた。


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