第114話 剥がれる仮面

 アンテナ塔の故障でグレイブ城の電話やマインドブレスレットの通信機能が使えない状況に陥った夜光達。


災害用に特殊な構造となっている駅の電話で騎士団に連絡を入れることになった。


下ろせない橋の止め具を壊し、観客達を城の外に出すために夜光達は動き出した。








 夜光達は橋を下ろすために、城庭へと向かった。


単純に止め具を壊すだけなら、さほど問題はないが、橋の前で密集している観客達が危険なので遠ざける必要がある。


ウォークの出現と降りない橋により観客達のパニックはピークに達していた。


大声で助けを呼ぶ者、びくともしない橋を押したり叩いたりして下ろそうとする者、出口がほかにないか探す者、責任を取れと劇団員に詰め寄る者・・・様々な混乱が起こり、事態は一刻の猶予もなかった。


ルドが「エモーションして強引に押し通ろうぜ?」と力任せな提案を上げるが、アストの姿を見慣れていない上に、ウォークを見たばかりの観客達が、アストとなった夜光達を見れば、影だと誤解されて、さらなるパニックを引き起こしてしまうと、ゴウマが却下した。






「おいおい、なんだよこれ!」




 城庭に出たものの、夜光達は押し寄せる人の波で身動きが取れなくなってしまった。


想像以上に混雑している城庭で、夜光達は橋から人を遠ざけるどころか、橋に近づくことすらできない状態になってしまった。






「・・・(ったく! 人が多すぎるだろ!? おまけに誠児達とはぐれちまった)」




 はぐれないように注意はしていたのだが、思うようように動けない人の波で、はぐれないように目的地に進む方が難しい。


しかし。目的の場所である橋は、人の波の中でも視界に入っていたので、迷うことはなかった。




「うわっ! なんだ!?」




 人の波をかき分けながら進む夜光の服を突然何者かが掴み、そのまま力強く引いた。


普段なら、力のある夜光が服を引っ張られた程度で引き寄せられうことはないが、この混雑して人の波の中では倒れないようにバランスを取ることに神経を集中してしまい、その場でふんばることはできなかったのだ。




 引っ張られるがまま歩くと、夜光は人気のない城の隅まで移動した。


幸いここには人がいないため、夜光は人の波を脱することができた。


そして、引っ張ってきた人物・・・マスクナの顔も確認することができた。


人の波にいたため、舞台衣装はよれよれで、髪も乱れていた。


化粧も人とぶつかったのか、少しはがれている。




「マスクナさん、大丈夫でしたか?」




 マスクナは「はい。急に服を引っ張ったりして申し訳ありません」と頭を下げて謝罪し、こう続けた。




「みなさんとはぐれてしまって・・・私、また襲われるんじゃないかと不安になってしまって・・・先ほど偶然あなた様を見かけたので、思わずこんな庭の隅まで・・・本当になんとお詫びして良いか」




「気にしないでください。 あんな目に合った後じゃ仕方ありませんよ」




 相手が美人である故、普段解放している横暴な性格と暴言しか言わない口を封印し、人の良い男を演じる夜光。


マスクナはそばにある古いドアを懐から出した鍵を使って開いた。




「ここは庭の外れで、このドアの先には普段使われていない横道があります。 少々危険ですが、ここを通れば橋にたどり着けると思います」




「横道?」




 "そんな道があるなら最初から通ればよかったのでは?”と言う疑問が頭に浮かぶが、ドアを通り抜けた瞬間、その答えは判明した。


横道とは名ばかりで、実際は断崖絶壁で、道の幅も大人がギリギリ歩けるほどしかなかった。


足元も少しもろく、歩いたら崩れてそのまま下の川に真っ逆さまになりそうだ。


マスクナが言うには、この道はグレイブ夫人が一目につかずに闇商人を招き入れるために、部下に金を握らせて作った横道だと言う。


本当はもっとちゃんとした道であったのだが、時が立ってほとんど崩れ去ったと言う。




 危険ではあるが、横道を通ればすぐに端までたどり着くことができる。


夜光は護衛もかねて、横道から橋を目指すこととなった。




 いつ崩れるかもわからない道を慎重に進む夜光とマスクナ。


マスクナが川に落ちないように崖側を歩く夜光。


紳士的な振る舞いだが、さりげなく肩に手を乗て体を寄せ付け、胸やお尻をさりげなく観察するその動作に紳士の心は宿ってはいなかった。




「フフフ・・・お優しい方なんですね。 お仲間の方々があなたに好意を寄せてるのも頷けます」




 マスクナの意外な言葉に、夜光は「急にどうしたんですか?」と軽くとぼける。




「あなたを見る皆さんの顔を見てすぐにわかりましたよ。 ライカさんなんかは、開幕直前にあなたと会った後から、とてもはりきっていましたからね」




「あ~見てたんですか? いや、なんか恥ずかしいですね」




 口ではそう言いつつ、下心丸出しの目でマスクナの全身を嘗め回す夜光。


それを知ってか知らずか、マスクナは特に嫌がるような動作はせず、夜光に身を任せていた。




「こんなところを見られてしまったら、皆さんに怒られるのではないですか?」




 仕方がないとはいえ、恋人のように寄り添っている夜光とマスクナ。


これをマイコミメンバー達が見たら、この断崖絶壁から突き落とされてもおかしくはない。


しかし、だからと言って、美人と合意で寄り添うことのできるこの状態を放棄する夜光ではない。




「な~に、心配いりませんよ。 付き合ってもいない女に嫉妬される覚えはないですから。


それに、あなたのような美女と一緒にいられるのなら、多少の嵐くらい相手にしてやりますよ」




 さりげに口説き始める夜光に、マスクナは「お上手ですね」と優しく笑う。


そうこうしているうちに、橋が目前に見えるようになっていた。


危険な横道をまもなく渡り終える嬉しさと、マスクナとの密着時間が終わる悲しさで、夜光は複雑な表情を浮かべていた。






 さらに進んでいくと、橋のたもとに続くドアにたどり着いた2人。


ドアをくぐると、そこは薄暗い塔の中であった。


空間自体はかなり狭く、2人でも窮屈に感じるほどだ。


マスクナは目の前にある階段を指さしてこう言う。




「ここは橋を制御している塔の中です。 この階段を昇れば、止め具のある塔の上まで登れます」




 マスクナに先導されるがまま、階段を上る夜光。


上に着いた夜光が見たのは、壊された制御レバーと窓から見える大きな止め具であった。


周囲には誰もおらず、自分達が先着であることは判明した。


望んでもいない一着に「マジかよ・・・」と心から肩を落とす夜光。




「・・・仕方ねぇ。 さっさと壊すか」




 夜光がマインドブレスレットに手を掛けようとしたその時であった。




「うわっ!」




 背後から突然、スプレーのようなものを吹きかけられた夜光。


突然のことであったため、発射口から出た気体を思わず吸ってしまった。




「かっ体が・・・」




 全身からありとあらゆる力が抜けてしまい、崩れるように床に倒れてしまった夜光。


状況が飲み込めない上に、身動きが自由に取れないことが、彼の心に不安と恐怖を植え付ける。


必死に体を動かそうとする中、夜光の目に写ったのは、美しい笑みを浮かべるマスクナであった。


夜光の顔を覗き込み、マスクナは嘲笑うかのような声でこう言う。




「心配しなくても大丈夫ですよ? 一時的に体が麻痺しているだけです」




 マスクナは手に持つ小さなスプレーを見せつけるその笑みは、先ほど見た朗らかな笑顔ではなく、まるで能面のような冷たい笑顔であった。




「どうして・・・何のつもりで・・・」




 麻痺で思うように動かない口を力の限り開き、マスクナに問う夜光。


スプレーをポケットに収め、赤子をあやす母のように夜光の頬を撫でる。




「夜光さん。 女はね? たくさんの秘密を持っているんですよ? 私にも人に知られたくない秘密があります。 あなた方のくだらない戦いのせいで、その秘密が露見してしまうかもしれないんですよ? 野暮な話だと思いませんか?」




「秘密?・・・どういう・・・」




 夜光が最後まで言う前に、マスクナは懐から注射器を取り出した。


それを見て抵抗しようともがく夜光だが、やはり動けない状態ではどうにもならない。


マスクナは難なく夜光の右腕に駐車針を刺し、何かの薬品を投与した。




「あなたが知る必要ありません。 ただ秘密を守るために、私には時間が必要なんです。


夜光さん。  騒ぎを起こした罪を償うために、私に時間を作ってください」




 薬品を投与された瞬間、夜光の意識が徐々に薄れ始めた。


重くなる瞼を必死に開けようと力を振り絞るが、その目は少しずつ閉じて行ってしまう。




「な・・・何を・・・した・・・」




「頑張ってくださいね? 私のナイトさん?」




 マスクナの異様な笑みを最後に、夜光は意識を失ってしまった。








 橋の前の人だかりが、少しずつ離れ始めた。


橋のたもとに到着した誠児達が劇団員たちの協力を得て、彼らを誘導し始めたのだ。


観客達が離れた橋のたもとには、マイコミメンバー達が集結していた、


人の波にやられたようで、全員髪も服もボロボロに乱れている。




「さてと、ちゃっちゃと終わらすか・・・ってお前らいつまでやってんだよ!」




 年頃の少女であるマイコミメンバー(キルカとミヤの年齢は3ケタだが、エルフ的に言えば若い部類に入っている)は、乱れた髪や服を必死に整えることに神経をとがらせていた。


無理もない行動だが、元々大雑把な性格で容姿を全く気にしないルドにとって、彼女達の行動は時間と食うだけで疎ましいとさえ、感じていた。






 ある程度、髪と服を整えたマイコミメンバーは、二手に分かれて止め具を壊すことにした。


しかし、夜光の姿が見当たらないことに気付いたセリアが不安げに辺り見渡す。




「夜光さん。 どちらに行かれたのでしょうか?」




「そう言えば、マスクナさんもいないわね」




 ライカも姿が見えない2人を心配して辺りを見渡す。


だが人の密集しているこの場で、2人を探すのは不可能であった。




「セリア様。 ライカ。 今はひとまず、止め具を壊すことを優先しましょう。


客達が城から出れば、2人も探しやすくなるでしょうし」




 不安はあるが、スノーラの意見は最もなので、2人は止め具を壊す方を優先した。


人前でアストになる訳にもいかないので、エモーションは塔の中で行うことになった。




「じゃあ、急ぎましょう」




 ミヤの号令と共に、塔の中へと入ろうとしたその時!




 塔の窓から飛び降りた人物が、彼女達の足と止めた。


突然のことで気が動転するマイコミメンバー達だったが、その人物を見た瞬間、全員がはっと息を飲んだ。




「やっ夜光さん!」




 飛び降りてきたのは、闇鬼にエモーションした夜光であった。


思わず名前を叫んでしまうセリアだったが、幸か不幸か、夜光の姿に驚いた観客達はパニックになって城の中に駆け込み始めていた。




「あんたいきなり出てこないでよ! びっくりするじゃない! 止め具は壊したの? あとマスクナさんは?」




 文句を言いつつ、現状の報告を求めるライカ。


またいつものように、マスクナと口説こうとしたというくだらない報告と言い訳を口にするものだとみなが思った。


だが次の瞬間、夜光の取った行動に全員が絶句した。




「・・・」




 夜光は無言で闇双剣を抜き、その切っ先をマイコミメンバー達に向けた。




「・・・えっ?」




 今、夜光が何をしているのかが理解できず、ライカは言葉を漏らす。


レイランがおそるおそる「じょ・・・冗談はやめてよ、ダーリン」とこれがただの悪ふざけであることを祈る。




だが、そんな祈りなど斬り裂くかのように、夜光は剣を構えてマイコミメンバー達に突撃した。


その瞬間、彼女達が気付いてしまった。 




夜光が本気であることを……。


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