第113話 連絡手段
あらぬ疑いを掛けられるキルカは、潔白を証明するために自らの過去を語り始める。
それは、愛する母を裏切り、美しい叔母と添い遂げた父の裏切りであった。
その後のキルカの話によると…‥。
事件の後、ジルマとルコは行方不明となり、最愛の母親を父親が殺めたと言う現実から、精神的なショックを受けたキルカ。
ほかの身寄りもいないキルカを引き取ろうとするダークエルフはいたのだが、森の中にいると家族といた時間やアールが死んだことを思い出し、それが苦痛になってしまう。
キルカの気持ちを汲んだ長老が、近くの町で孤児院を開いている若い施設長とコンタクトを取り、彼女を引き取ってほしいと願い出た。
当時は、異種族の子供を引き取るような孤児院はほとんどなかったが、キルカを不憫に思った施設長は快く了承し、キルカを引き取ることにした。
幸いにも、孤児院は自然に囲まれた緑豊かな所であったため、森育ちのキルカでも、馴染むのに時間はかからなかった。
キルカが孤児院に引き取られてから50年後…‥。
キルカは現在の容姿である美しい女性へと成長していた。
ただ、父親の憎しみから、男性に対して強い嫌悪感を抱き、それが同性愛へとつながったのだ。
彼女の症状が気になっていた施設長は知り合いのツテを頼りに、ありとあらゆる医師に診察を依頼した。
そしてある日、1人の医師が孤児院を訪れた。
医師は施設長とキルカにある診断結果を伝えた。
「・・・ナルコレプシー?」
医師の口から出た聞き慣れない言葉を繰り返し口にする施設長。
「そうです。 ナルコレプシーは突然強い睡魔に襲われ、1日に何回も眠ってしまう睡眠障害の1つです。 ただし、キルカさんの場合は、少し特殊なようです」
「・・・と言いますと?」
「ここ最近の調査で判明したのですが、どうやらキルカさんが住んでいた森に漂う毒が、ダークエルフ達の体に障害を与えているようなのです」
「障害? ですがダークエルフ達は、毒に耐性があるのでは?」
「確かにそうです。 しかし、耐性の弱い子供の場合は、ごく稀になんらかの障害を及ぼす危険があります。 キルカさんの症状も、毒によるものでしょう」
キルカには信じがたいことであった。
これまでダークエルフを守ってきた森の毒が、自分に牙を向き、その結果、ナルコレプシーという爪痕を残して行った。
キルカはまるで森がジルマのように裏切ったように感じた。
「それで、キルカの症状は治るでしょうか?」
施設長が医師に最も聞きたい質問をぶつけた。
医師は難しい顔をしながらも、真実を打ち明ける。
「治療法はあります・・・ただ先ほども言った通り、キルカさんの症状は特殊です。 一般的に行われている改善策が通用するかどうかはわかりません」
「・・・」
キルカは体中の力が抜けて落胆した。
いつどこで眠ってしまうかもしれないこの障害と一生付き合わなければならない。
彼女にっては、絶望でしかなかった。
だが施設長は少しでも可能性があるならと受けてほしいと、キルカに変わって口を開く。
「先生。 どうかこの子に希望を持たせてください」
懇願するかのように、頭を下げる施設長に心を打たれた医師は、笑顔で頷いた。
だが治療するためには、もっと設備の整った施設に移動する必要がある。
そのため、唯一設備が整っている施設【ホーム】に移ることになった。
キルカはホームが用意した小さな一軒家に住み、国から支給されたパスリングを付けて人間となり、ホームに通いつつ、人間の町で暮らすことになった。
治療法は薬物による治療と生活習慣を整える治療の2つが存在する。
服装はだらしないが、キルカの生活習慣は規則正しいので、治療は不要となった。
だがキルカをホームに移したのは、治療のためだけでない。
施設長から話を聞いたゴウマは母親を目の前で父親に殺されたキルカの強い精神的ショックを癒すために、ホームが開いているデイケアに参加させようと考えていた。
そして、キルカ本人の希望でマインドコミュニケーションに入り、現在に至る。
「我の話はここまでだ」
話し疲れたキルカは戦闘での疲労もあり、壁に寄りかかる。
軽いため息を吐き、疲れを放出するキルカにスノーラが「2点質問したい」と問いかける。
「なんだ?」
「お前は父親が影であることは知らなかったのか?」
「あぁ。 どういった経緯で影に入ったのかは知らぬが、母上を殺しただけに飽き足らず、人間を殺すようになるとは。 怒りを通り越して哀れにまで思う」
再会時は怒りと憎しみで暴走してしまったが、時間が経ち、徐々に冷静さを取り戻した今のキルカには、哀れな父親だとほくそ笑む余裕が見えた。
「もう1つ。 マイコミに入った理由はなんだ?」
ここにいるアスト達はそれぞれ異なるものの、影と戦う理由や志を持っている。
影と戦うことは、危険であり、命までも危うくなる。
だからこそ、スノーラはキルカも生半可な理由で戦ってなどいないと証明してほしいと思っていた。
夜光に限っては、減給という名の脅しや家賃滞納、ギャンブルや女遊びによる借金等を肩代わりしてもらっているゴウマやセリアに肩代わりしてもらっている弱みと言った、ヒーローらしからぬ黒い動機で戦っていた。
さすがにそんなふざけた理由ではないだろうと思っていたスノーラであったが、キルカの口からは耳を疑う言葉が出てきた。
「決まっているだろう? 【美少女がいるから】だ」
『・・・』
一瞬、キルカの言葉が理解できなかったスノーラはおそるおそる「すっすまん。 もう1度言ってくれ」とリピートする。
「この世界の宝である美少女がこれだけいるのだ。 是が非でも入りたくなるだろう?
ゴウマ国王に無理を言ってテストを頼み込み、アストを装着できると知った時は、感極まって涙を浮かべたな。 アストとゴウマ国王には感謝している。おかげで毎日美少女に囲まれた生活を送ることができるからな」
『・・・』
空いた口が開かなくなったスノーラ達。
美少女に囲まれたいからと言う夜光並みにくだらない理由のために、キルカは命がけで戦うアストに入ったという事実。
いっそのこと、敵の内通者だと言ってくれた方がマシだとさえ思えてしまったスノーラであった。
ひとまず、キルカの疑いは晴れ、夜光達は観客達を避難させる方法に話を変えた。
影が現れた以上、観客達やマスクナをここから避難させる必要がある。だが移動手段は、夜光達が乗ってきた汽車のみ。
次の汽車がふもとの駅に到着するのは明日。
グレイブ城に来る際に夜光達が乗っていた馬車は、昨日までのレンタルで、夜光達が乗ってきた汽車で、車も馬も返したので、全員を運ぶ足はない。
かと言って、周辺一帯が深い森におおわれているグレイブ城から徒歩で離れたりすれば、遭難者が出る可能性が高い。
あれこれ考えていると、控え室のドアが勢いよく開かれた。
「大変です!!」
控え室に勢いよく入ってきたのはメディルであった。
乱れた息遣いが全速力で走ってきたことを物語っている。
「メディルさん。 どうしたというのです?」
マスクナがそう問いかけると、メディルは数秒息を整えてからこう返した。
「それが、グレイブ城の橋が下ろせなくなっているんです!」
グレイブ城から出られる唯一の橋を下ろすためには、左右に建てられている塔の中にあるそれぞれのレバーを同時に操作する必要がある。
メディルによると、何者かによってレバーが2つとも壊され、まったく動かない状態になっていると言う。
修理しようにも機械を扱える技術師は劇団にも観客達の中にもいない。
「じゃあ、電話で助けを呼べばいいんじゃない?」
レイランがぼそりと提案するも、マスクナは首を横に振り、「それはできません」と告げる。
心界に存在する電話機の仕組みは現実世界の物とほぼ同じで、内臓されている雷の心石と風の心石によって、受話器から流れる声を超音波に変えて相手に声を届けている。
ちなみにラジオも同じ仕組み。
届ける際に各地に設置されているアンテナ塔を経由して、より遠くの場所に声を届けているのだが、グレイブ城は劇の開幕日以外は劇団員しかおらず、周囲には町や民家もないため、アンテナ塔がほとんどないのだ。
しかも、数少ないそのアンテナ塔は数週間前に落雷で壊れてしまい、現在修復中だと言う。
つまり、グレイブ城では電話は使用できないと言うことだ。
「じゃあ、マインドブレスレットでホームに連絡取ろうよ! それで助けを呼ん・・・」
セリナが最後まで言う前に、ゴウマが「それも無理なんだ」と提案を否定した。
実はマインドブレスレットも原動力が違うだけで、通信の仕組みはほかの電話と同じ。
通信時の映像は、マインドブレスレットの画面かアストのマスクに映る光景を、転送システムを利用して地下施設のモニターやゴウマの通信機につないでいる仕組みとなっている。
つまり、今ホームに連絡しても映像は届くが、声は届かないということ。
ただし、マインドブレスレット同士の通信だけはアンテナ塔や転送システムを経由しなくても女神石の力のみでできるようになっている。
「あっあの・・・橋を止めている金具をわっ私達が破壊するというのはどどどうでしょう?」
おそるおそる手を上げ、か細い声で所々噛むセリア。
確かにアストの力なら、橋を止めている金具を壊し、橋を下ろすことは可能である。
だがその先の問題を、ミヤが口にする。
「でも橋を下ろせたとしても、汽車もなしでどうやって避難させるの?」
橋を渡れたとしても、駅に着くだけで、結局汽車ががないとそれ以上離れることはできない。
「じゃあ、オレ達がイーグルでひとッ飛びしてみんなを運ぶってのはどうだ?」
この時ルドは知らなかったが、イーグルは原動力である女神石がマインドブレスレットに内蔵されている女神石と共鳴し合うことで呼び出している。
だが、イーグルを呼ぶことはできても、乗り手であるアストしか乗れないため、観客達やゴウマ達を連れていくことができない。
途方に暮れる中、ゴウマがあることを思い出した。
「そうだ! 確か、駅にある公衆電話は、アンテナとは別に地中の特殊なコードで緊急用の電話ができるように義務付けられている。
もしかしたら、駅の公衆電話なら連絡が取れるかもしれん!」
あまり広く知られてはないが駅や病院などの公共施設の電話はアンテナによる通話が不能な場合、地中に伸びている特殊なコードを経由して、連絡することができるように義務付けられている。
これは緊急連絡のための処置であるため、電話は騎士団か病院にしか掛けられない。
だが、義務付けられているとはいえ、人気のない駅の公衆電話がきちんと通じるかどうかは微妙な所。
しかし、可能性はあるので、スノーラは声を上げて言う。
「ではひとまず、我々で橋を下ろしましょう!」
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