第112話 父の裏切り

 マスクナを狙うウォーク・・・その正体がキルカの父、ジルマであったと言う衝撃的な展開があったにも関わらず、何のためらいもなく攻撃するキルカ。


ライカと協力し、どうにかウォークを退けることができた。


そして、いらぬ疑心を晴らすため、キルカは過去の話を始めた。






 100年以上前……。


辺境の地にある深い森。


その森には昔から、毒性のある草木が生い茂っていることで有名な森であった。


死ぬことはないものの、人や異種族に高熱やめまい、手足のしびれといった体調不良を引き起こしてしまうやっかいなもの。


しかし、その森に住むダークエルフ達は、偶然にも森の毒に体性があったため、体調を崩す者はいなかった。


彼らは外敵から身を守るため、この森に永住することにした。






 そんな彼らの中に、1組の仲むずましい夫婦がいた。


夫であるジルマ グラースと妻である”アール グラース”はダークエルフ達の間でも有名なオシドリ夫婦。


2人は互いを常に尊重しており、喧嘩したことすらないほど信頼の厚い夫婦だ。


顔立ちも美しく、まさに美男美女夫婦である。






 そんな2人の間に待望の娘が誕生した。


褐色の美しい肌とまるで宝石のような澄んだ瞳。


触れただけで追ってしまいそうなほど小さな手に指を掴まれながら、ジルマは娘の名を口にする。




「君の名前は、キルカ・・・キルカグラースだ」




 新たな家族であるキルカが誕生したことで、家族の絆はより一層、強くなっていった。


キルカはすくすくと成長し、ほかの子供達と同じように元気な少女へと変わっていった。




 ・・・しかし、そんなキルカにジルマとアールは1つ”気になること”があった。




 最初の異変は、キルカが言葉を覚え始めた頃……。




「ただいまー!」




 友達と近くで遊んでいたキルカが、家に帰ってきた。


小さな子供らしく、体や服は泥まみれだが、満足げな笑みを浮かべるキルカ。


出迎えたアールもこれには思わずくすりと笑い、「服は洗っておくから、裏の川で体を洗いなさい」とキルカに言いつけた。


キルカは元気よく「はーい!」と返事をし、裏の庭に走る。




 アールも川で食器を洗うために、汚れた食器やコップを両手いっぱいに持ち、川へと向かった。


だがそこで、アールは目を見開く光景を見てしまった。




「きっキルカ!!」




 アールが見たのは、泥まみれの服を着たまま倒れているキルカの姿であった。


彼女は手に持っていた食器やコップをその場で落とし、倒れているキルカの元へと駆け寄る。




「キルカ! キルカ! どうしたの!? 目を開けて!!」




 するとそこへ、ちょうど家に帰ってきたジルマが、アールの声を聞いて慌てて駆けつけた。




「どうした!? 何かあったのか!?」




「そっそれが、キルカがここで倒れていて・・・」




 パニックになって状況を上手く説明できないアール。


だがキルカに何か起こったのだと言うニュアンスは、その言動で伝わった。




「キルカ!」




 ジルマはアールの腕の中にいる我が子の名を呼びながら、脈や呼吸を確かめる。


しかし、脈は正常で、呼吸もしっかりしている。


胸に耳を当てて、心臓の音を聞いてみるが、その音も自分達を同じメロディーをこだましている。


ここから導き出される答えは1つしかなかった。




「・・・どうやら、眠っているだけのようだ」




 ジルマのその言葉を聞き、アールは涙を流しながら「よかった・・・」と愛するキルカの頬に自らの頬をすりつけた。




 それからすぐに、キルカは何事もなかったかのように目を覚ました。


この時、ジルマとアールは遊び疲れて眠ってしまっただけだと思っていた。




 だがそれからというもの、キルカが突然倒れるように眠ってしまうことが起き始めた。


多感な時期であるため、疲れやすいのだろうと、最初こそ思っていたが、朝食時や母の手伝いのさなかに、突然意識を失うように眠ることもあった。




 さすがに心配になった2人は、森で唯一医師の心得を持つダークエルフの男性にキルカを診察してもらうものの、キルカは至って健康で、悪い所は全くないと判断された。


だが現に、キルカが突然気絶するかのように眠っているのは事実。


今でこそ異種族を専門に見る医師が、人の住む町に大勢いるが、病に倒れた異種族を治せるのは、その同胞だけだと言われるほど、異種族が受けられる治療は少なかった。




 キルカの症状が障害によるものだとは知るよしもないジルマとアールは、突然眠ってしまうキルカを受け入れ、彼女を一生支えようと2人で誓い合った。




 ジルマは原因のわからないキルカの眠りがいつ来ても大丈夫なように、今まで以上に彼女のそばを離れる機会を減らした。


アールももちろん、ジルマと共にキルカを見守っているが、彼女はそれだけでなく、娘の”病”を治すために、”ある女性”に講師を頼んで、薬剤についての勉強を始めていた。




「ごめんなさい。 あなただって忙しいのに、突然こんなことをさせて・・・」




 彼女の名はルコ。


アールの妹である。


彼女は薬剤師として天才的な才能を持っており、今まで数々の病に倒れたダークエルフや、異種族たちを助けてきた。




「気にしないで。 私だって、キルカのことは心配だし、何より、私達は家族でしょ? 困ったときにた時に助け合うのは当然だよ」




 ルコもアールと同じく、家族思いの女性で、義理の家族であるジルマと姪であるキルカのことをずっと支えてきた。




 こうしてルコールの助けもあり、キルカの症状に悩まされつつも、家族仲の良い生活を送ってきた。




・・・ところがそんな生活が、終わりを迎えようとしていた。




 キルカがちょうど100歳を迎えた年のある日。


その日は、アールが朝から熱を出して横になっていた。


ジルマがすぐに医者を呼び、アールの容態を確認する。




 1時間の診察を終え、医者は家族全員を集めて診察内容を口にする。


ジルマ達は、症状を見て、客観的に風邪だろうと思っていた。


だが医師の口から出たのは、耳を疑う病名であった。




「・・・老辛症(ろうしんしょう)?」




 聞き慣れない言葉に、ジルマは医師の言葉を繰り返してしまう。


医師によれば、老辛症とは異種族だけが掛かる難病で、掛かった者は体外の皮膚か体内の内臓が急激に老化していく。


かなり珍しい病のようで、医師も実際に掛かった者を見たのは初めてだと言う。




「妻は治るのですか?」




ジルマの質問に、医師は眉間にしわを寄せて、ゆっくりと口を動かす。




「残念ながら、この病を治す治療法はありません。 老辛症は、体内の老化の場合は、急激な老化で内臓の機能が一気に低下し、死に至る可能性があります。


しかし、彼女の場合は、体外の皮膚が老化するようです。


死に至る心配はありませんが、持ってあと数年で、老婆のようになるでしょう」




 医師の言葉に、アールは胸を貫かれたような痛みを感じた。


エルフやダークエルフは、異種族の中で最も若い期間が長い種族である。


彼らの老化現象は、最低でも1万年を生きないと起きないものだ。


それがわずか数年で訪れる上、美しいこの美貌を失わなければならない。


女性にとって、それはある意味、死ぬよりつらいことだ。




「先生! お願いします! この病気を治してください!」




 あまりのことに、アールは錯乱状態になって、医師に懇願した。


ジルマとルコが慌てて引きはがして説得するも、彼女の耳には誰の声を届かなかった。




 それからまもなくして、アールの老化は徐々に姿を見せ始めた。


顔にできた小さなしわやシミが徐々に増えていき、それがやがて体中に現れ始めた。


内臓や筋力は衰えることがなかったため、生活に困ることはなかった。




 しかし、日に日に老婆へと変わっていく自分を見られるのはいやになったアールは、家に引きこもるようになった。




 すべてに絶望し、家事をする気力すら湧いてこないアールは1日中、ベッドで寝ることが多くなった。


ジルマは生きていくために必要な狩りをしなくてはいけないため、キルカとアールの面倒はルコに任せていた。




 ダークエルフのように森に住む異種族は、主に狩りをして生きている。


ジルマ達の森は毒が外敵から身を守る盾になっているが、ダークエルフ以外の森の動物達を死滅させるやっかいなものでもある。


そのためダークエルフ達は、獲物のいる高原やほかの森まで遠征しないといけない。


そのため、ジルマは家を空けがちになるため、ルコが家の留守を守っていた。


キルカもキルカで、病気になった母を治したいと、ルコに頼んで、薬剤の勉強を始めていた。


自分も謎の症状に悩まされているにも関わらず、キルカは自分のために薬剤の勉強を始めてくれた母のために、今度は自分が母の病を治すのだと


と決意していたのだ、




 アールの引きこもりがしばらく続いたある日の夜。


眠っていたキルカは喉の渇きで目を覚まし、家の裏にある川の水を飲みに行った。


眠い目を擦ってフラフラと川へと向かうキルカの目に、あるものが映った。




「パパ・・・ルコールおばさん・・・」




 それは、川のほとりの平たい岩を椅子のように腰かけているジルマと隣り合って座っているルコであった。


子供らしい悪戯心で、家の物陰に隠れて2人を驚かそうとするキルカ。


出てくるタイミングを伺うために、聞き耳を立てるキルカ。






「ジルマさん。 アールのことどうするの?」




 不安げな顔でジルマに問うルコール。


ジルマは川を見つめながらこう返す。




「・・・やっぱり。 これ以上隠すことはできない。  僕が直接、アールに話をするよ」




 瞳の中に見える決意を見たルコは「そう・・・だよね」と顔を打つ向き、足元にあった小石を川に投げた。


それは、心に宿る哀しみと不安を、小石のように川に飲み込んでほしいという彼女の心情であった。




「彼女は僕のことを恨むだろうな・・・キルカも、心にどれだけの傷を負わせることになるか・・・」




 罪悪感を感じたジルマは、それを押しつぶすかのように、右手で左手を強く握りしめた。


アールと話をした瞬間、家族が壊れると確信しているからだ。


その気持ちを悟ったルコールが立ち上がり、ジルマをそっと抱きしめる。




「ジルマさん・・・そんなに自分を責めないで。 私もあなたと一緒に、アールと話をつけるわ。


たとえ”裏切者”と罵られようとも、私はあなたについていくわ」




 その言葉を聞き、ジルマの頬を伝わる一筋の涙がキラリと輝いた。


彼女の”想い”に応えるかのように、ジルマは抱きしめてくれているその腕を優しくつかんだ。




「(な・・・何? 何が起きているの?)」




 キルカは無意識に気配を消してその場をいち早く後にした。


自室のベッドに戻り、夢の中へと逃げ込むキルカ。


だが脳内に焼き付いた2人の会話と光景が、彼女の夢を支配した。






 その翌日、キルカにとって最悪の目覚めが待っていた。




「(・・・何? なんかほっぺたがあったかい)」




 寝起きでぼんやりとする中、キルカは頬に温かい付着物があることに気付いた。


右手で頬に軽く触れ、手に写った付着物を見た瞬間、キルカは一気に覚醒すると同時に、前進が凍り付いた。




「これ・・・血!?」




 頬についていた付着物が血であることに気付いたキルカはパニックになってベッドから飛び起きた。




「パ・・・パパ?」




 状況が理解できずに混乱するキルカの目に写ったのは、部屋の中央で茫然と立っているジルマであった。


彼は床に倒れているアールを見つめたまま、まるで彫刻のように固まっていた。




「ママ!!」




 倒れているアールに気付いたキルカがベッドから降りて、母のもとへと駆け寄る。


倒れているアールの背中には、キルカの部屋に飾られていた装飾用の矢が刺さっていた。


矢は心臓を貫いて、アールの胸から矢の先端が飛び出していた。




「ママ!! ママ!!」




 必死に母を呼ぶキルカであるが、その声はアールに届いていない。


矢が刺さっているため、出血は少ないが、アールの心肺が停止していることは、子供であるキルカでもわかっていた。


だがそれでも、わずかな望みを信じて涙ながらに母をゆさぶり起こそうとするキルカ。


しかし、アールが目を覚ますことはなかった。




 アールが死んだことを受け入れざる終えないキルカの心に宿ったのは、昨日まで父として愛していたジルマに対する強い憎しみであった。




「・・・なんでママを殺したの?」




 涙を流したその瞳は、恨みのこもった憎しみの目に変化していた。


ジルマはアールを殺したことと、キルカの憎しみに恐怖し、言葉を失ってしまった。




「ルコールおばさんが好きだから?」




 キルカの口から出たルコの名に反応してしまったジルマは「そっそれは・・・」と声を漏らしてしまった。


その反応を見た瞬間、キルカはまるで地を這うゾンビのような低い声でこう言った。




「・・・出ていけ」




 しかし、恐怖で足がすくんでしまったジルマはその場から動こうとしない。


キルカはジルマに向かって大声で叫ぶ。




「出ていけ‼! お前なんかパパじゃない!! ここから出ていけ!!」




「う・・・うわぁぁぁ!!」




 ジルマは恐怖と現実から逃げるかように、その場から走り出した。

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