第111話 憎しみの再会

 マスクナを襲撃するウォークの前に立ちふさがる夜光達。


大浴場の湯を利用して作った大量の影兵達を夜光達は力を合わせて一掃する。


一方のウォークは、影兵を陽動に使い、マスクナに再び襲撃を試みる。


だがそこにはライカとキルカが待ち伏せており、マスクナをガードしていた。


キルカと一太刀交えたその時、ウォークは突然リモーションを解除して素顔を見せた。


キルカが思わず口にした”ジルマ”と言う名を口にした瞬間、ウォークはこう呟いた。




「覚えていてくれたのか・・・この”父”の顔を・・・」






 娘との再会に喜びを感じたウォーク・・・ジルマは、思わず目にうっすらと涙を浮かべる。


ライカは状況が理解できずに、言葉を失ってしまう。


キルカは無言でエモーションを解き、素顔でウォークと対面した。


彼とは対象的に、キルカはまるで汚物でも見るかのような冷たく見下したような視線を向けていた。




「なぜ我だとわかった?」




 彼女の声は今まで聞いたこともないような低い声であった。


嫌いな男性である夜光や笑騎にさえ、こんな風に敵意むき出しの声を出すことはない。




「わかるさ。 お前に護身として棒術を教えたのは僕だからね。


一太刀交えれば、すぐにわかった。


どれほど時間が経とうとも、愛する娘のことを忘れたりしないさ」




 ジルマの【愛】という言葉を聞いた瞬間、キルカは怒りを抑えられず、目に力を込めて睨みをきかせてしまう。




「愛する娘だと? 一体どの口がそのような妄言を吐いているのだ!?


家族をバラバラに引き裂いた貴様に、愛される覚えなどない!」






 父の言葉を全面的に否定したキルカは、再びエモーションしてトーテムを構えた。


返す言葉を失ってしまったジルマは、一瞬ためらったものの、身を守るためにやむなく再びリモーションする。




「我にとって貴様は葬るべき敵! それ以外の何者でもない!」




 吐き捨てるようにそう口にするとキルカは、超スピードでウォークに突進した。


ウォークは攻撃を弾くために、槍を手前に持ち、防御の姿勢を保つ。


キルカの構えを見て、また急所を突こうとしているんだろうと思ったからだ。




「はあぁぁぁ!!」




 だが弾かれる寸前、キルカは1歩後退し、渾身の力を込めて、ウォークの槍を弾き上げた。


槍は空中で数回クルクルと回転し、刃先が床に突き刺さってしまった。


アーマーを纏ったとはいえ、娘と戦いたくないと思うウォークの心が隙を作り、腕力がそれほどないキルカの攻撃で槍を弾かれたのだ。




「覚悟しろっ!」




 槍を弾いたキルカは、すかさずウォークの腹部に突きを入れる、




「うっ!!」




 スコーダーほどはないが、ウォークの装甲は薄いため、ダメージは通りやすくなっている。


その上、戦意を喪失してアーマーの力を上手く引き出せないウォークは ただの突きで、後方に倒れてしまった。




「(くっ!)」




 ウォークは起き上がろうとせず、すばやく左腕に装着しているシャドーブレスレットを操作する。


シャドーブレスレットからは『ウォーターボディ!』という機械音が鳴り響く。


キルカは一気に畳みかけようと、機械音に構わずエクスティブモードを発動する。


発動直後、キルカの前方に手のひらサイズの石が出現する。


これはキルカが精神力で出現させた特殊な石。


ダイヤモンド並の硬度を持っているが、数秒で形を維持できなくなり、消滅してしまう。




「くらえっ!」




 キルカは出現した石をビリヤードのようにトーテムで突く。


石は目に見えないほどの超高速で、ウォーク目掛けて一直線に飛んで行く。


だがキルカの石がウォークの顔を貫いたその時であった。




「何っ!?」




 ウォークは全身を水に変化させ、貫かれた顔をすぐさま再生させた。


事態が飲み込めずに動揺するキルカを落ち着かせるように、ウォークは優し気な声で説明する。




「僕は体を水に変化させることができる。言うまでもないことだが、水には打撃も斬撃も効かない。


疲労はするが、攻撃が当たることはない」




「くっ!」




 キルカは諦めずに、エクスティブモードで上げたスピードを活かして、ウォークに連続攻撃を仕掛ける。


だがいくら攻撃しても全く手ごたえがなく、まるで雲を攻撃しているような感覚になっていた。


その上、再生する速度もかなり早いため、隙ができない。




「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」




 エクスティブモードと連続攻撃による疲労で膝を付いてしまったキルカ。


だがひざを付いてしまった理由はもう1つある。


キルカのアスト、流孫には脳を刺激して覚醒状態にする装置が付けられている。


睡眠障害の一種であるナルコレプシーを持っているキルカは、戦闘中に眠らないように、きな子に頼んでこの装置を付けてもらった。


装置のおかげで眠ることはないが、その分キルカの脳に掛かる負担も大きい。


そのため、アストの中でキルカが一番バテやすくなっているのだ。




「すまない、キルカ」




 膝を付かせてしまったキルカに謝罪の言葉を述べつつ、ウォークは床に刺さっている槍を回収し、マスクナのいる控え室に足を進めようとする。




「はぁ!」




 しかしそこで、我に返ったライカが放った風の刃が腹部に命中し、ウォークは足を止めてしまう。


ライカは「あたしの存在を忘れてるんじゃないわよ!」とキルカを庇うように前に出る。




「道を開けてくれないか? 僕は君やキルカと戦うつもりはない」




 戦意がないことを告げるも、ライカは断ると言わんばかりにエクスティブモードを発動させる。


すさまじい高音と共にライカの鉄扇【ピルウィル】を纏うように風が集まり、まるで剣の刃のような形に変化した。


ライカはピルウィルを閉じて柄のように持ち、ウォークに斬りかかる。




「!!!」




 ウォークはとっさに槍でライカの刃を受け止め、一旦後方に飛んでライカから距離を取った。


そして、槍に精神力を込めると、刃先に水が集まる。




「(仕方ない・・・)」




 ウォークは刃先をライカに向けると、纏われていた水がまるでミサイルのように、ライカに向かって数十発撃った。




「こんなの!」




 数は多いものの、飛んでいくスピードは大したことはないため、ライカは風の剣で水を斬り落としていった。


水を撃ち終えた後、ウォークは「大したスピードだ」とライカを称賛する。


ここでライカが、「1つ答えてくれる?」とウォークに質問の了承を得ようと試みた。


ウォークは「答えれる範囲であるなら」と制限を掛けつつ、質問に応じることを了承した。




「あんた本当にキルカの父親なの?」




「・・・そうだ。 でも僕にはもう、彼女の父親を名乗る権利はない」




「・・・どういうこと?」




 敵とはいえ、実の父親だというのに、容赦なく攻撃したキルカを目の当たりにしたライカ。


その目に写るキルカには、怨念のような黒いオーラが身に纏ように見えた。


仲間とはいえ、他人の家族のことに口を出すのはどうかとは思っているが、ライカ自身、父親という存在にはあまり良い思い入れがないため、どうしても気になってしまうのだ。




「何をくだらない話をしている?」




 膝を付いていたキルカが立ち上がり、2人の話を中断させた。




「その男から聞くことなど何もない」




 キルカは再びトーテムを構えて、ウォークの前に立ちふさがる。


だが疲労しているため、体は無意識にふらついており、戦闘を行うのは厳しい。


ライカが「あんたは休んでなさい」と下がらせようとするも、キルカは「断る・・・」と聞く耳を持とうとしない。




「我は貴様を殺すためにアストとなった。 それが”母上の無念を晴らす唯一の方法だからだ”!!」




 アーマーからにじみ出るキルカの怨念と殺意がウォークの心を深くえぐる。


血を分けたたった1人の娘であるキルカが、父親である自分を殺そうとしている。


”仕方ないこと”だと理解してはいるものの、やはり心をえぐるような痛みが胸にしみわたる。




「(これ以上戦えばキルカの身が持たない・・・仕方ない)」




 キルカの身を安じたウォークが槍を垂直に構えると、床から大量の水がカンケツセンのように吹き出した。


あまりの勢いに、2人は思わずひるんでしまった。




「なっ何!?」




「くっ!」




 水はすぐに収まり、2人が辺りを確認すると、ウォークは姿を消してしまっていた。


キルカがマインドブレスレットの追跡機能を使うも、周囲に反応はなかった。


この機能は、影のメンバーがリモーションしている間しか、使用することができない。


近くに身を潜めているような気配もなく、完全にウォークを見失ってしまった。




「ジルマ!逃げるな! 出てこい!」




 見失ったにも関わらず、キルカは疲労を忘れて、憎い男の名を大声で叫ぶ。


だがウォークが姿を現すことはなく、ただ憎しみが込められた声だけが、空しく響き渡った。








 ウォークを見失ったキルカとライカは、安否確認のためマスクナと誠児とゴウマのいる控え室に移動した。


マスクナはケガ1つなく無事で、ほかの2人も無事であった。




 それからまもなく、大浴場に向かっていた夜光達も控え室に戻ってきた。


ウォークが撤退したことで、大浴場にいた影兵達は全員元のお湯に戻ったようだ。




 そして、ライカからウォークの正体がキルカの父、ジルマであることが伝えられると、周囲は驚きのあまり言葉を失ってしまった。


静寂の空気を打ち破り、誠児が「どうして父親を憎んでいるんだ?」とキルカに直球な質問を投げた。




「なぜ話さなければならない?」




「実の父親を殺したいほど憎んでいるなんて、悲しいじゃないか」




 誠児の悲し気な表情を見て、夜光は口を紡いだ。


キルカとライカとは違い、父親という存在を心の底から尊敬している誠児。


彼の夢も、精神科医師であった父親の影響で描いている夢だ。


だからこそ誠児にとって、子が親を憎むと言うのは信じたくない事実であったのだ。




「わたくしも、話でほしいわね」




 誠児に便乗して、ミヤもキルカの口を開きに出た。




「わたくしも父親を憎んで生きてきた1人・・・あなたの憎む理由が聞きたいわ。


それに、人の事をとやかく言える立場ではないけれど、親類である以上、どこかしらでつながっている可能性も捨てきれないわ」




 それはつまり、キルカが影の内通者である可能性があると言うことだ。


レイランは「お母さん! 言い過ぎ!」と強い口調でミヤの言葉を止めようとするが、スノーラが肩に手を乗せてそれを止めた。




「ミヤの意見は最もだ。 過去を詮索するのは気乗りしないが、父親が影にいる以上、真相を確かめなければ、共に戦うことが難しくなってしまう」




 周囲を見渡すと、ほかの者もミヤとスノーラの意見に賛同している様子であった。


満場一致となれば、黙っている方が不利になると思ったキルカは「・・・わかった」と静かに口にし、その心を過去へと戻していった……。

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