第110話 大浴場で大乱闘

 トレック劇団の新作【雪の天使】が開幕された。


劇場は盛り上がり、クライマックスを迎えようとした時、ウォークの槍が舞台上のマスクナに襲い掛かった。






 まばゆい光に照らされた劇場内に、異様な空気を纏うウォーク。


その姿を見た瞬間、観客達は大パニックを起こし、悲鳴や助けを求める声を上げながら出口に向かっては逃げ出し始めた。


当のウォークは、逃げ行く観客達には目もくれず、マスクナを見つめながら、槍を構えなおす。


舞台袖の劇団員達も、恐怖でその場から逃げ出してしまい、舞台上に残ったのはライカとマスクナとウォークのみ。


状況的に隠れる余裕はないので、ライカは意を決してマスクナの目の前でエモーションした。


目の前で姿を変えたライカに対し、マスクナは驚きのあまり言葉を失う。


ライカは彼女を庇いつつ、ウォークに尋ねる。




「あんた、なんでマスクナさんを狙うの!? 目的は何?」




 そう問いかけるも、ウォークは答えず、槍を構えながら2人に近づく。


マスクナも怯え切って立ち上がる気力も湧かないようだ。




「やめろっ!!」




 スノーラの第一声と共に、ウォークの前に立ちふさがったのは、エモーションしたアスト達であった。


VIP席でエモーションし、そのまま舞台に飛び移ったのだ。




「いたたた・・・」




「うぅぅぅ・・・お尻打った・・・」




「嫁入り前の大事な体なのに・・・」




 アスト達が武器を構える中、


夜光とセリナとレイランは、着地時に足を滑らせて尻餅をついてしまい、腰辺りをさすっていた。


アストを見にまとっているためケガはないが、多少の衝撃はあったので、少なからず痛みはあるようだ。




「!!!」




 ウォークは後ろにジャンプして夜光達から距離を取ると、槍に精神力を込めて横一文字に空を切る。


その瞬間、槍の先端から大量の水が出現し、まるで津波のように夜光達に襲い掛かった。




「えいっ!」




 セリナはとっさに、周囲にシールドを張る。


津波はシールドを包み込むものの、破ることはできなかった。


しかし、津波が収まったと同時に、目の前にいたウォークが姿を消してしまった。




「野郎! どこに行きやがった」




 ルドが周囲を見渡すも、ウォークの姿は見えない。


ミヤがマインドブレスレットの追跡機能を使い、ウォークらしき反応が劇場から離れていっていることを確認した。




「まだこの城の中にいるようね。 この先にあるのは・・・大浴場よ」




 ウォークの移動先に、夜光達は首を傾げる。




「わかった! きっと汗をかいたからお風呂に入ろうとしているんだよ! ここのお風呂、とっても気持ちいいから!」




 自信満々に頷くセリナに誰1人反応せず、「とにかく追いかけようぜ!」と先陣を切るルドに続き、ウォークの後を追いかける。




「ライカ、キルカ。 お前達はマスクナさんのそばにいてくれ!」




 スノーラは、万が一のことを考えて、2人にマスクナの護衛を頼む。


戦力は下がるが、ウォークの狙いがマスクナである以上、最優先すべきは、ウォークの討伐ではなく、マスクナの命である。


ライカとキルカは首を縦に振り、彼女の護衛を引き受けた。


そして夜光達は、ウォークの向かう大浴場に向かうのであった。








 夜光達は男湯と女湯に分かれて大浴場に突入した。


誰もいないとはいえ、男である夜光が女湯に入ることと、女であるセリア達が男湯に入るのはあまり好ましいことではないと周りが判断したためだ。


しかしさすがに夜光1人では危険なので、男湯に対して抵抗のないルドと2人をサポーターとしてスノーラが男湯の方に回ることになった。




「ボクがダーリンと行く! 夫婦はいつも一緒にいなきゃ!」




 レイランは夜光と同行することを強く希望していたが、夜光とルドのパワーコンビの抑え役は、彼女では厳しいと思い、断念してもらった。




 昨夜とは違い、蛇口から浸り落ちる水音だけが響き渡る闇の世界になっていた大浴場。


人の気配は全くなく、まるでお化け屋敷に入ったような感覚に支配された夜光達。


その恐怖を断ち切るかのように、スノーラとミヤがそれどれの照明スイッチを入れる。


大浴場は一瞬で光に包まれてその姿を現すが、周囲にあるのは水の溜まった浴槽のみ。




 夜光達が周囲を警戒して大浴場に入ったその時であった。




『!!!』




 突然、周囲の浴槽の中からウォークが現れたのだ。


しかも1人や2人ではなく、一見するだけでも30体以上はいる。


女湯からは、「何これ!?」、「ひぃぃぃ!ゾンビぃぃぃ!!」と言うレイランとセリナの叫び声が響き渡り、向こうも夜光達と同じ状況に出くわしたのだと察することができた。




「どうなってんだ? これ」




 目の前の光景に理解が追い付かない夜光に、ルドがミュウスアイランドでの記憶を呼び覚ます。




「こいつら水でできた影兵だよ。 元が水だから、普通に倒してもすぐに復活しちまうんだ」




 百聞は一見にしかずと、ルドが影兵の1体を斬りつけた。


影兵はあっけなく水に戻って飛び散ったが、すぐさま周囲の水をかき集めて元に戻ってしまった。




「・・・どうすんだこれ?」




 影兵の出現からわずか2分で、逃げることを視野に入れ始める夜光。


しかしそこへスノーラが影兵達に銃を向けてこんな提案をする。




「私が敵を凍らせますので、2人は凍った部分に攻撃してください。


数が多い分、影兵自身の強度も弱まっているはずです。


水でできているとはいえ、氷となって砕けば再生能力を失うかもしれません」




 もちろん根拠などないが、以前に比べて周囲の影兵達から放たれる精神力が弱々しく感じていたので、まんざら間違いではないとルドはスノーラの提案を受け入れた。




 夜光は「そういうもんか?」と怪しむものの、「とにかくやってみようぜ? 兄貴」とルドにそそのかされて、しぶしぶ影兵達の群れに突っ込んだ。






 夜光は手始めに、すぐ近くにいた影兵を狙う。


影兵は持っていた槍で夜光の胸を突くが、槍は装甲に傷をつけることなく水となって砕け散った。


やはり数が多い分、影兵の武器や装甲ももろいようだ。




「たぁ!」




 隙だらけな影兵の首を難なく斬り落とした夜光。


まるで、キャベツやニンジンなどの野菜を包丁で一刀両断するかのような、スパッとした感覚が手に残る。


だが、斬られた影兵は一瞬水になって飛び散るが、すぐに周囲の水たまりや雫をかき集めて復活してしまった。




「はっ!」




 復活した影兵を、今度はスノーラが銃で腹部を撃ち抜く。


すると、撃たれた腹部が少しだけ凍り付き、影兵が苦しみだした。


スノーラの撃つ氷の弾丸には凍結効果があり、相手を氷漬けにすることができる。


通常攻撃では、エクスティブモード時よりも高価は微量ではあるが、敵は大した力のなく、凍り易い水の影兵。


そのため、凍結効果を受けやすくなっている。






「これならどうだ!」




 夜光はすかさず凍った腹部目掛けて剣を薙ぎ払う。


影兵は氷の結晶と雫となって、再び砕け散った。


しかも幸運なことに、砕け散った影兵は体が凍ったことで、上手く再生できなくなり、しばらくすると精神力が尽き、動かなくなった。




「意外となんとかなるもんだな」




 影兵と倒せることがわかり、ほっとしたのもつかの間、ほかの影兵達が一斉に襲ってくる。


夜光は攻撃を受け流しつつ、スノーラが凍らせた影兵をかたっぱしから斬って回る。






 無論襲われるのは夜光だけではない。


遠距離攻撃とはいえ、スノーラにも槍が向けられる。




「させるかっ!」




 ルドは豪快に斧を振り回し、スノーラに近づく影兵達を真っ二つにしていく。




「飛んで行けぇぇぇ!!」




 斧による斬撃だけでなく、時には開いている左手で影兵の腕を掴み、シンプルに投げ飛ばす攻撃方法も取っていた。






 女湯側のセリア達は、夜光達同様、影兵達に囲まれてはいたが、影兵への対処方法が偶然にも多かった。




「やあっ!」




 流れるような剣筋で影兵達を斬るセリア。


夜光とルドのように敵を真っ二つにはできないが、彼女の【斬った相手の精神力を奪う】特性によって、影兵達の精神力を斬撃と共に奪い、影兵を元の水に戻すことができた。


数が多いため、単純な斬撃では時間が掛かるので、エクスティブモードで衝撃波を放ち、影兵達を一掃する。


もちろんバテないように、短時間の発動に制限している。




「はあっ!」




 雷がほとばしる矢を放ち、影兵達をしびれさせるミヤ。


矢が命中した影兵は電気分解を起こし、再生する間もなく散っていく。


ミヤ自身は論理はわかっていないものの、自分の攻撃が有効であることは理解できた。




「いけっ!」




 ミヤもセリア同様、短時間のエクスティブモードを発動して矢を放っていた。


エクスティブモード時の矢は、すさまじい雷を帯びているため、矢の周囲にいる影兵達も、ほとばしる雷に当てられて、麻痺を起こしてしまう。






「隙あり!」




 麻痺して動けない影兵をすかさずセリナが錫杖で叩くと同時に、火球を放った。


武器を密着したゼロ距離攻撃なら、ノーコンのセリナでも外しようがないため、これがセリナの通常攻撃となっている。


ただし、エクスティブモードだけは絶対に使うなと、周囲から強く止められている。


その忠告を忘れさせないように、周囲のアストは定期的にエクスティブモード禁止の言葉を暗示のようにセリアの耳に入れている。




「どぉぉぉりゃぁぁぁ!!」




 レイランの戦法は、シールドを展開した盾を構えたまま、イノシシの如く突進攻撃を繰り返していた。


レイランのシールドは精神力を帯びた特殊な水でできている。


そのため、水でできた影兵がレイランのシールドに触れると、精神力を帯びた2つの水が混ざり合って拒絶反応を起こしてしまい、再生能力を失ってしまうようだ。




「どっせーいっ!」




 再生能力を失い、体がもろくなった影兵にレイランはすばやく蹴りを入れる。


影兵は後方に吹っ飛び、壁や床に体をぶつけてシャボン玉のように消滅した。


レイランもミヤ動揺、自分の攻撃が効いている理由は全く知らない。


やぶれかぶれの攻撃が偶然効いただけのラッキーだ。




 偶然と幸運が重なった女湯組は、その後も影兵を一掃し続けた。






 窓からこぼれる日差しが作り出す光の通路。


響き渡る足音が早々とリズムを取る。


その音が、通路を走るウォークの心情を現わしていた。




 大浴場で作り出した影兵でアスト達を引きつけている間に、ウォークはターゲットであるマスクナの元へと急ぐ。


数が多いとはいえ、アストが影兵達を全滅するのは時間の問題だ。


本体がいないとわかれば、彼らはマスクナの元に戻ってくるだろう。


そうなれば殺害は困難になり、場合によってはアストと戦うことになる。


ターゲットの殺害以外で、影の力を極力使いたくないウォークにとって、それは避けたいことであった。




『ウォーク・・・』




 走るさなか、ウォークのマスクにエアルからの通信が入った。


彼もウォーク同様、グレイブ城に身を潜めている。


だが今回の殺害はウォークの役目なので、エアル自身はあくまで内偵として潜入している。




「エアル、マスクナの居場所は?」




『奴はまだ劇場内にいる。 そばには護衛としてアストが2名いるようだ』




「妙だな。 あれだけの騒動があれば、とっくに外に避難していると思っていたんだが」




 劇場から一直線に城庭を通と城の橋を進めば、城の外に出ることはできる。


観客達が逃げ出した時から現在までの時間を考えると、少なくとも半分くらいは城の外に出ているとウォークは考えていたのだが、エアルの口から奇妙な言葉が出始めた。




『観客達が橋の前の城庭に密集しているからな。 彼らを危険から守るためにあえて留まったんのだろう』




「密集? どういうことだ? 観客達は外に逃げたんじゃないのか?」




『橋を操作する装置が破壊されて、橋が下ろせないようだ。 この城から出るには、あの橋を渡るしかないからな』




「・・・一体誰が」




『それは私にもわからん。 だが何か嫌な予感がする・・・くれぐれも注意しろ』




 エアルはそう言い残すと、通信を切ってしまった。








「やっぱり来たわね」




 ウォークがマスクナのいる劇場にたどり着くと、案の定ライカとキルカが待ち構えていた。


2人だけなら、影兵で陽動しつつ、マスクナを狩ることも可能だろう。


だが大浴場で大量の影兵と作り出し、精神力が大幅に低下しているウォークにその手段は使えなかった。




「マスクナさんは殺させない! あんたはあたし達が倒すわ!」




 ライカとキルカが武器を構えた時、ウォークの心に動揺が芽生えた。




「(あの構えは・・・)」




 その一瞬の隙を見逃さなかったキルカは、ロケットのようにすばやく間合いを詰め、ウォークの腹部目掛けて突きを放った。


その尽きを見た瞬間、ウォークは”あること”確信した。




「はあっ!」




 キルカの突きを槍で薙ぎ払い、ウォークはすばやく後方にジャンプする。


すると突然、ウォークはシャドーブレスレットを操作し、リモーションを解除した。




「キルカ・・・なのか?」




 光と共に消え去ったアーマーの中から現れたのは、褐色の肌をしたエルフの男性であった。




「・・・”ジルマ”」




 ウォークの姿を見た瞬間、キルカは思わず硬直してしまった。




「覚えていてくれたのか・・・この”父”の顔を・・・」




 その言葉を聞いた瞬間、キルカは拳を力のままに握りしめた。


その手に宿っていたのは、喜びではなく憎しみであった。

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