第108話 悪魔と呼ばれた女
露天風呂での覗きで騒動を起こしてしまったマイコミメンバー達。
彼女達が謝罪に回る中、キルカは1人、夜空に浮かぶ月を寂しげに見上げていた。
翌朝、テーブルを囲って朝食を食べている夜光達。
昨日のことを引きずっているのか、マイコミメンバー達(キルカを覗く)はバツの悪そうな顔をしている。
それをなんとなく察している誠児とゴウマは、気付いていないふりをして食事を進める。
当の被害者である夜光は、いつも以上に機嫌が悪い。
頭に巻いている包帯を見せつけるかのように前髪を上げ、「あ~痛い痛い」とわざとらしく包帯の上から頭をなでる。
実際、包帯の下は薄い痣があるだけで、痛みもなければ脳への障害等の危険性も全くない。
それはマイコミメンバー達もわかっているが、自分達が原因であることは事実なので、指摘することができないでいた。
昨日部屋に戻った後も、夜光はマイコミメンバー達に包帯をわざとらしく見せることで、彼女達の束縛を軽減させることに成功した。
結果的に女性への夜這いはできなかったが、夜光自身は解放感で満足していた。
そこへ、事情を知らないキルカが「なんだその包帯は?」と夜光に尋ねた。
「どこかの覗き魔共に、壁の下敷きにされたんだよ。 全く、救いようのない変態共だぜ」
『!!!』
この瞬間、マイコミメンバー達は胸に鋭い痛みを感じ、思わず胸を抑えた。
性欲が服を着て歩いているような夜光に変態呼ばわりされ、なおかつ言い返すことのできない。
彼女達にとっては、耐え難い屈辱であった。
「つまらぬことをするのだな。 男の汚らしい裸体などより、美しい女体を眺めている方が目の保養となるというのに」
興味がないと言わんばかりに、キルカはその言葉を最後に食事を再開する。
その会話でさらに周囲の空気が重くなる中、ミヤが口を開いた。
「言っておくけど、わたくしは覗きなんてしていないわ。 覗いたのはレイラン達よ」
さりげなく身の潔白を証明するミヤ。
母の突然の自衛に、レイランが不機嫌な顔になる。
「お母さん! 自分だけいい子ぶる気!?」
「事実を言ったまでよ! そもそも覗きを始めたのはあなたでしょ!?」
レイランの身勝手な言い分に、ミヤも少し声を上げる。
それに便乗するかのように、スノーラも「わっ私も覗きはしていません」と神に誓うかのように宣言する。
「よく言うわよ、このムッツリスケベ。 今もいやらしいことを妄想してるんじゃないの?」
逃がすものかとライカは、自分達と同じところにスノーラを引きずり降ろそうと挑発めいた言葉を発する。
その言葉にカチンと来たスノーラは、「何か言ったか? 鼻血女」と今のライカが一番聞きたくないワードを口にした。
「ちょっとしつけが必要なようね? あんたの口」
怒りを抑えきれないライカは指を鳴らして、喧嘩の態勢に入る。
スノーラも対抗するかのようにホルスターの銃を抜く。
「ならば私も、お前の鼻血が治るように鼻を治療してやろうか?」
2人互いにはにらみ合い、静寂であった空気が不穏な空気へと変わり始めた。
だが夜光とキルカは知らぬ存ぜぬを決め込み、セリアとセリナとルドは夜光の言葉がまだ響いているのか、止めに入ろうとせず茫然としている。
騒ぐミヤとレイラン、そして喧嘩を始めそうなライカとスノーラ。
ゴウマは深いため息を付き、ダルそうな目で言葉投げた。
「お前達、周囲に気を配ったらどうだ?」
ゴウマの言葉を聞き、4人は初めて気付いた。
周囲には騒動を聞きつけた大勢の団員や客達が夜光達を取り囲んでいた。
迷惑そうに「最近の若いもんは」と睨む老人や見世物のような感覚で「いいぞ!いいぞ!」と笑っている若い男性、噂好きな奥様方のようにひそひそと「またあの覗き魔?」、「恥ずかしい・・・」とひそひそ話を始める女性達。
『!!!』
恥ずかしさのあまり顔を赤らめた4人は、大人しく席に座る。
その後、取り巻き達もすぐに解散し、騒動が起きることはなかった。
「全く・・・俺の貞操も危ういな」
人の痴態に夜光は呆れたように呟く。
それに対し誠児は「(貞操なんてないだろ・・・)」と内心ツッコミつつ、これ以上騒動にならないように黙秘に徹したのであった。
朝食後、夜光達は開演時間が迫ってきたので、ライカの案内で観客席に移向かった。
その道中……。
「皆さま! おはようございます!」
元気よくあいさつをしてきたのは、駅で客を出迎えていたメディルであった。
彼女は役者兼売り子をしており、今はハッピを着て売店に立っている。
「まだ開演まで時間がありますので、よかったら見て行ってください」
その言葉に真っ先に反応したのはレイランとセリナであった。
2人は子供のようにはしゃいで、品物見て回り始めた。
それに続いて、夜光達も開演時間までの暇つぶしと品物を見ることにした。
「・・・? なんだ?あの絵」
品物を見て回っていた誠児が、壁に掛けてある絵に注目した。
絵には銀髪の美しい女性が漆黒のドレスを身に纏っている姿が描かれている。
ぼんやりと絵を眺めていると、ライカが近寄ってきてこう言う。
「それはグレイブ夫人の絵よ」
「グレイブ夫人?」
「この城の持ち主だったグレイブ当主の妃よ。 彼女は誰もがうらやむ美貌の持ち主で、その美しさから女神の生まれ変わりとまで言われたそうよ」
ライカの話を聞いて、誠児は再度、絵を見る。
確かに美しい女性ではあるが、その目はどこかしら冷たいものを感じる。
「グレイブ夫人はただの美人さんじゃないですよ」
そう言って誠児とライカの元に、怯えた表情をしたメディアが歩いてきた。
誠児が「どういうことだい?」と尋ねると、メディアは先輩団員から聞いたと言うグレイブ夫人の話をしてくれた。
グレイブ夫人は、元々とある貴族の令嬢で、その美しい容姿に魅了され、何人もの男が彼女に心を奪われていった。
彼女は20歳でグレイブ当主と政略結婚し、3年後には娘も生まれた。
貴族の当主である夫と美しいグレイブ夫人、そして可愛い娘。
誰もがうらやむ理想の家族であった。
しかし歳を重ねるにつれ、グレイブ夫人の美貌は衰え始めた。
うっすらと顔に現れるシワ、徐々に数が増えていく白髪やシミ。
彼女は鏡に写る自分の姿を見るたびに、彼女は老いが恐ろしくなっていった。
美容に効くとされる方法をいくつも試したが、どれも上手くいかず、むしろ老いに対するストレスで、さらに老け込むようになってしまった。
そんなグレイブ夫人とは対照的に、愛娘は可愛らしい幼女から天女のような美しい女性へと成長していった。
周囲の興味は徐々にグレイブ夫人から愛娘へと移り変わり、女神の生まれかわりと言われた彼女はいつしか、『天女を生んだ老婆』『女神の成れの果て』等と屈辱的な呼び名を付けられていった。
絶対的な美貌とプライドが朽ちていくにつれ、グレイブ夫人の愛娘に対する愛情が嫉妬と憎しみへと変貌してしまった。
美しさと若さを取り戻すために、グレイブ夫人は闇商人とコンタクトを取り、大金と引き換えにある本を買い取った。
それは、コールと言う天才薬剤師が研究に研究を重ねて作った世界にたった1冊しかない研究本。
その本には表沙汰にできない様々な禁断の薬の調合法が記されており、グレイブ夫人はその中にある”若返りの薬”を欲していた。
無論、グレイブ夫人は薬の知識等ないため、数少ない彼女の従者の中に医学の心得を持つ青年がいたため、「若返った暁には、この体を好きにして良い」という条件を提示し、青年に薬の調合を命じた。
ある程度の材料は、グレイブ族の財力があればどうにでもできるが、ただ1つ調合に絶対必要なものhがあった。
それは”若い女の血肉”。
しかも死体ではなく、薬を調合してある大釜に生きたまま入れると言うむごたらしい方法であった。
調合中の薬には強い毒素があるため、大釜に入れられた女はその中で死に至る。
グレイブ夫人が材料として真っ先に浮かんだ女は、愛娘であった。
この時の彼女にとって、愛娘は家族ではなく、ただただ憎いだけの女にしかすぎなかった。
ある日、愛娘はグレイブ夫人の自室に呼ばれ、お茶を頂いていた。
表面的には良き母を演じているので、愛娘からの信頼は厚かった。
グレイブ夫人はそれを利用し、愛娘に睡眠薬入りのお茶を飲ませて眠らせ、青年と一緒に彼女を大釜のある地下室まで運び、なんの躊躇もなく愛娘を大釜に入れた。
愛娘は何も分からず、身勝手な理由で命を奪われたのだった。
それから間もなく薬は完成し、それを服用したグレイブ夫人はアッと言う間に若返り、かつて失われた美貌と若さを取り戻したのだった。
しかし、薬には1つ問題があり、定期的に薬を服用しないと、すぐに元の姿に戻ってしまうのだ。
グレイブ夫人は、自らの若さと美貌を守るために、国中の若い女達を次々に拉致し、薬の材料にしていった。
グレイブ夫人は取り戻した美貌と若さに酔いしれる毎日を過ごした。
・・・しかしそれも長くは続かなかった。
騎士団の調査で、拉致事件の首謀者がグレイブ夫人と青年だと見破られ、2人は逮捕。
愛娘を含めた数十名の若い女を身勝手な理由で殺害したとして、2人には死刑が言い渡された。
死刑を言い渡されると、青年は泣きじゃくるが、グレイブ夫人は「美しいまま死ねるならそれも良い」と狂気に満ちら言葉を吐き、死刑執行時は、狂ったかのように大声で笑いながらこの世を去って行った。
その姿を間近で見た人々は、彼女を”悪魔”と呼び、忌まわしい記憶として語り継がれるのであった。
「・・・そんなことがあったのか」
美しい絵とは裏腹に、恐ろしい彼女の本性を聞いて誠児は鳥肌が立った。
「そう言えば結局、グレイブ夫人が手に入れたって言う本はどうなったの?」
ライカがそう尋ねると、メディルは首を傾げてこう返す。
「それについては、わからないみたいです。噂だとまた誰かの手に渡ったんじゃないかって」・・・あっ! ライカさん、そろそろ」
メディルは壁に掛けてある時計を指し、まもなく開演時間であることを伝える。
「いっけない! じゃあ、あたしは準備に行くから!」
誠児にそう言うと、ライカは夜光達に「行ってくるわ」と言い残し、メディルと共にその場を後にする。
開演5分前……。
夜光達は客席に座っていた。
国王であるゴウマや、姫君であるセリアとセリナがいるためか、指定された席は舞台を下ろせるバルコニー式で、椅子も豪華な造りになっている、いわゆる”VIP席”であった。
それから間もなくして、開幕のベルが劇場内に響きわわリ、暗闇が辺りを包み込んだ。
そして、舞台に差す一筋の光が、観客達の目をくぎ付けにするのであった。
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