第107話 前兆
明日の舞台に備え、湯で疲れを洗い流す夜光達。
そんな中、露天風呂のマイコミメンバー達が夜光目当てに覗きを始めたのであった。
「とにかく! こんな穴はさっさと埋めてしまうに限ります!」」
そう言うと、スノーラはレイランの見つけた覗き穴を脱衣所から持ってきたタオルで塞ごうとした。
もちろん、劇団の誰かに相談するつもりだが、その前に男湯の誰かにこの穴の存在を知られてば危険だ。
「レイラン達さえ捕まえていれば、男湯を覗こうなどという不届きな女などいないだろう」
タオルを丸めて穴に突っ込んでみたのはいいものの、壁が滑りやすいのか、スノーラが不器用なのか、タオルはすぐに穴から抜けて落ちてしまう。
何度かチャレンジするものの、タオルは穴に留まらない。
「ええい!! いい加減に入れ!!」
入らないことにイラつくスノーラは意地になり、タオルを強引に通そうとしたが、これがよくなかった。
「あっ・・・」
力任せに穴を塞ごうとしたため、壁が欠けて穴が広がってしまった。
そのため見える範囲が広がり、先ほどよりもはっきりと男湯が確認できるようになってしまった。
「あんた・・・わざとじゃないでしょうね?」
疑惑の目を向けるライカ達に対し、スノーラは真っ赤になって「ちっ違う!!」と否定するが、古い木製の壁とはいえ、スノーラの指だけで簡単に欠けるとは信じられなかった。
「ほうほう・・・さっきより見やすくなったね」
スノーラを無視して再び男湯を除くレイラン。
先ほどは壁に顔をくっつけて見ていたが、穴が広がった今は壁に顔を近づけるたけで見えるようになってしまった。
「ハァ・・・ハァ・・・ダーリン・・・ステキ・・・」
よりはっきり見えるようになった夜光の裸に興奮するレイランは、発情期の獣のように息を荒げていた。
もっとよく見たいと言わんばかりにレイランは穴を広げようと、指を入れて力を加える。
その姿はまさに変態そのものである。
「いっいい加減にしなさい!」
そう言ってレイランを羽交い絞めにして止めたのはミヤであった。
娘が人目を気にせず、目の前で覗き行為をしていることが心の底から恥ずかしく思い、ミヤは顔が燃えるように赤くなっていた。
「離して~!」
ミヤの腕の中で暴れるレイランに、スノーラは怒りの口調で「いい加減にしろ! 恥を知れ!」と怒鳴りつけた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「って! あんた達は何やってんのよ!!」
どさくさに紛れて再び覗いてしまったセリア、セリナ、ルドの頭に、ライカの鉄拳制裁が下された。
3人は頭を抑えながら、『ごめんなさい』と口をそろえて謝罪の言葉を口にする。
しかし、ライカは変態を見るような蔑んだ目を向ける。
「覗いた罰よ! あんた達はすぐに劇団の人をここに呼びなさい!
穴はそれまであたしが塞いでいるから」
ライカは自身に巻いているバスタオルを取り、それをハンカチ状に畳む。
どうやらバスタオルを穴に当てて塞ごうとしているようだ。
もちろん、タオルが落ちないように手でしっかりと抑えるつもりだ。
「さっさとしなさいよ? あんまり遅かったら、あんた達が覗いたことをゴウマ国王達に言いつけるからね」
そう言ってバスタオルを当てようと壁に近づいた時だった。
「なっ!!」
ライカの目に、穴の向こうにいる裸の夜光が写ってしまった。
スノーラが穴を広げてしまったことで、壁に密着していなくても男湯の光景が見えるようになってしまっていた。
「ぶぷっ!」
ふいに下半身を含めた夜光の全裸を見てしまったことで、ライカは思わず鼻血を出してしまった。
慌てて鼻を抑えるが、手遅れだった。
『・・・』
周りにその瞬間をばっちり見られ、先ほどライカがセリア達に向けていた視線を、今度はライカ自身が向けられるはめになった。
「ライカ・・・思春期の男子じゃないんだから・・・」
先ほどまで全力で覗こうとしていたレイランが、ドン引きした表情で冷たく言い放った。
それに続き、セリア達も幻滅した表情でライカを責める。
「お前、よくそれであんな偉そうなことを言えたもんだな」
「いっ今のはさすがにちょっと・・・」
「ライカちゃんのスケベ!」
「がっ!!」
この瞬間、心に鋭い何かが突き刺さったライカは、膝と両手を付いて固まった。
男の裸に興奮して鼻血を出しただけでも恥ずかしいのに、それを周りに見れた上、自分が蔑んでいたセリア達に変態扱いされた。
プライドの高いライカにとって、これほどの屈辱はないだろう。
若干重い空気が漂う中、壁の向こうから響く声がマイコミメンバー達の思考を動かした。
「あっち!! なんだよ!このシャワー! 熱過ぎだろ!!」
それは紛れもなく夜光の声であった。
しかも声の大きさから、かなり近い所にいるようだ。
「え~と・・・どれどれ?」
いち早く動いたのは、いつの間にかミヤの手から逃れたレイランであった。
覗いてみると、夜光は穴のすぐそばに設置してあるシャワーにの前に立っていた。
ぶつぶつ文句を言いながら、シャワーから出る湯で髪を洗っている。
幸か不幸か、夜光はまだ穴の存在に気付いていないようだ。
「うわ~・・・近くで見るとすごくいい・・・ダーリンの体、エロ過ぎだよ」
『・・・』
夜光の男らしい体に見とれるレイランの言葉で、セリア達の中で何かが崩壊した。
「すっすみません!!」
「キャ!」
最初に行動したのはセリア。
覗くレイランを押しのけ、シャワーを浴びる夜光の体をじっくりと観察する。
頭ではよくないことだとわかっているが、好意を抱いている夜光がすぐそばで裸になっていると聞くと、理性よりも愛ゆえの本能が勝ってしまうのかもしれない。
「ちょっと! 邪魔しないでよ!」
押しのかれたレイランはすかさず起き上がり、セリアと覗き穴を取り合う。
「2人共! 喧嘩はダメだよ!」
2人の間に入って仲裁しようとするセリナであったが、目の前にある覗き穴に思わず目が合ってしまう。
「仲良くしようよ!」と口では言いながらも、その視線は覗き穴に向けられている。
「って! 思いっきり覗いてんじゃねぇかよ!」
さらにルドが3人に割って入り、セリナの頭に鉄拳制裁を喰らわせ覗き穴から離す。
そこへスノーラとミヤも加わり、2人でレイランとセリナを羽交い絞めにして捕まえる。
大人しいセリアは羽交い絞めにされないものの、ルドが腕を掴んで捕まえていた。
だがこんな状況になってもなお、暴れ続けるレイラン。
「止めないでお母さん!!」
「ダメよ! 年頃の娘が覗きなんて、恥ずかしいとは思わないの!?」
「ダーリンは未来の旦那様だよ!? 妻として体の隅々までチェックするのは当然だy!」
「訳のわからないことを言っていないで、おとなしくしなさい!!」
暴れるレイランを抑えることに奮闘するミヤを横目に、鼻血から辛うじて復活したライカがようやくタオルを壁に当て、一時的に穴をふさぐことができた。
「ほら! あたしが抑えているから、さっさと劇団の人を呼んできて!」
しかし、鼻血の件でライカへの信用は下がっているため、その言葉をそのまま信用することはできないセリア達。
レイランは抑えられながらもライカに疑惑の目を向ける。
「そんなこと言って、自分だけ覗こうとしてるんじゃないの?」
それに対してライカは「そんな訳ないでしょ!?」と否定するものの。壁の向こうにいる裸の夜光のことを考えると、思わず赤面してしまう。
それがかえって、彼女の信用をさらに落とすことになってしまった。
「何を赤くなっている? まさか本当に覗こうとしているのではないだろうな?」
「・・・」
ついにはスノーラとミヤにまで覗きを疑われる始末。
マイコミメンバーの中で真面目な部類の2人に心底疑われたライカはつい感情的になり、「違うって言ってんでしょうが!」と大声を上げてしまう。
しかし、それは致命的なミスであった。
「おい! もしかしてライカか?」
壁の向こうにいる夜光が壁越しに語り掛けてきた。
今の大声を聞き、ライカ達が壁のそばにいると勘付いたようだ。
『!!!』
これにはマイコミメンバー達もパニックになってしまった。
もし覗き穴の存在を夜光が知れば、彼はほぼ確実に覗きを働くだろう。
かと言って、下手に誤魔化したりすれば、セリア達が覗きをしていたことがバレてしまうかもしれない。
マイコミメンバー達は無言で黙秘を選択したのだが、それも「ダーリーン!!」と言うレイランの場違いな呼びかけにより、意味をなくしてしまった。
「やっぱりお前らか・・・? なんだ?この穴」
『!!!』
ついに夜光がバスタオルで塞いでいる穴に気付いてしまった。
マイコミメンバー達は何を血迷ったのか、穴を塞いでいるライカのバスタオルを全員で力強く押さえつける。
次の瞬間、”バキッ!”という音と共に、壁に大きな亀裂ができてしまった。
『あっ・・・』
亀裂に気付いた時には手遅れだった。
亀裂に沿って大きく割れた壁は、そのまま男湯の方へと倒れてしまった。
その事故によって、女湯の女性達は悲鳴を上げ、男湯の男性達は目を手で覆って大浴場へと入って行き、夜光を含めた数名の男性達は壁の下敷きとなってしまった。
事故の後、騒ぎを聞いて駆けつけてきたトレック劇団の団員達によって夜光達は救出された。
幸いにも男性達のケガは軽く、病院に運ばれるような人間がいなかった。
「・・・全く、何をやっているだ? お前達は」
マイコミメンバー達から事情を聞いたゴウマは、騒動で誰もいなくなった男湯の脱衣室で彼女達に反省させるために正座せていた
あきれ果てて怒る気もしないゴウマは、あまり説教らしい言葉を発しなかったが、マイコミメンバー達はすでに顔をうつ向かせて、己の行動を後悔していた。
「だいたいあんたが、覗き穴なんか見つけたのは悪いんでしょ!?」
後悔の中、怒りの感情が少し湧き上がってきたライカが思わずレイランに向けて言い放った。
それに対し、レイランは少しイラついた表情でこう返す。
「ダーリンの裸見て鼻血出すスケベ女に文句言われる筋合いはないよ」
「誰がスケベ女よ! 鼻血はその・・・どっかにぶつけただけよ!」
悲しい嘘で現実から目を背けるライカに憐れみの視線を向けるミヤとルド。
そんな彼女達を横目に、スノーラもセリナ達に向かってこう言う。
「レイランもそうですが、セリア様とセリナ様も覗きの件は反省してください」
スノーラに言われ、セリアは「申し訳ありません・・・」と反省の弁を述べるが、セリナは頬を膨らませてこう返す。
「スノーラちゃんだって、変な想像してたんだから、反省してよ?」
「でっですから! 私は想像などしていません! 誤解されるようなことはおっしゃらないでください!!」
そうは言うものの、スノーラは顔を真っ赤にして、明らかに動揺している。
その様子を見る限り、必ずしも誤解と言う訳ではなさそうだ。
「発端は置いて、お前達が皆様にご迷惑をお掛けしたことは事実だ。
夜光は誠児に任せているから、ワシらは謝りに行くぞ」
ゴウマの言葉に、マイコミメンバー達は力なく頷いたのであった。
一方、キルカはと言うと、騒動の最中に自分の部屋へと戻って、一足先に寝ていた。
マイコミメンバー達と夜光は同じ部屋であるのだが、
男嫌いであるキルカだけは、別室で寝泊まりできるように、メンバー達が気遣ったのだ。
「・・・うっ!」
突然眠っていたキルカの表情が険しくなり、汗ばんで息が荒くなる。
彼女を苦しませていたのは、"とある男の夢"であった。
彼女の人生や家族、全てを狂わせた憎むべき男。
「はっ!・・・」
目が覚めた途端、キルカは飛び起き、周囲を見渡す。
「・・・夢か」
キルカは汗ばむ顔を袖で拭うと、落ち着きを取り戻そうと窓を開けて月を見上げる。
しばらく見上げていると、キルカはぼそりと呟く。
「・・・母上」
悲しげに呟くキルカの顔は、どこか寂しそうな様子であった。
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