第106話 湯の喜劇

 トレック劇団の新作劇を見るため、グレイブ城という古城にやって来た夜光達。


劇場兼ホテルにもなっているグレイブ城に泊まり、明日の公開に期待を膨らませる。


ただ、女癖が悪く色々前科もあるため、夜光は監視という形でマイコミメンバー達と同じ部屋に泊まることになった。


誠児に助けを求めるも、それが彼の耳に届くことはなかった。






 その日の夜……。


夕食を取った後、夜光達は大浴場に足を運んだ。


男女に分かれ、中に入った夜光達の目に飛び込んできたのは、大浴場の中央にどっしりと待ち構えていた巨大な円形の浴槽であった。


お湯を流しているライオン風のオブジェや天井に描かれている豪華な絵がローマ風呂のような光景を連想させる。


中にはすでに大勢の客が入浴を楽しんでいる。


周囲には五右衛門風呂のような小さな風呂や水風呂、さらにはサウナまで設置されている。


さらに奥のドアをくぐると、大きな露天風呂まである。






 体を洗い、浴槽に身を沈めた夜光と誠児とゴウマ。


極楽としか言えない快楽に、3人はただただため息をつく。


幸せそうな誠児とゴウマに対し、夜光は少し不機嫌層な表情を浮かべていた。




「どうしたんだ? やけに暗い顔をしているな」




 気になった誠児がそう尋ねると、夜光は嫌なことを忘れようとするかのように、浸かっている湯で顔をゴシゴシと洗いながらこう返す。




「どうもこうもねぇよ。 あいつら・・・無理やり部屋に連れて行きたかと思ったら、いきなり人の荷物を漁って、中にあった精力剤とゴムを没収とか言って、取り上げやがったんだぞ!?


しかも、それでも信用できないって、俺に足枷付けて夕飯時まで軟禁しやがった!!」




 怒りのあまり浴槽の淵を拳で叩く夜光。


その後も軟禁のことや夕食中に酒やタバコを制限されたことを恨み言のようにぶつぶつと呟く。


誠児は宥めるかのように「まあまあ。 恋ゆえの行動なんだから」と言葉を掛ける。




「恋なんてピュアな言葉で片付く話か!?これ。 100歩譲って没収は許したとしても、軟禁はアウトだろ!?」




 夜光の言い分は最もであるが、彼女達の個性の強さを考えたら、あまりおかしな行動だとは思えない誠児とゴウマ。


しかし、普段の行動を考えれば、むしろ”この程度で済んでよかったのでは?”とさえ思える。




「でもさ、女の子達と同じ部屋で寝られるんだ。 男からすれば幸運じゃないか?」




 自分が恵まれた環境にいることを自覚させようとする誠児。


しかし夜光は、不機嫌そうにそっぽ向いてしまう。




「お色気イベントの1つでもあれば、そう考えてやらないこともないがな。


生憎そういったことは一切ないまま、時間だけが過ぎてしまった・・・これが深夜アニメなら、ある意味放送事故だ」




 夜光の言葉が理解できないゴウマが耳打ちで「なんのことだ?」と誠児に尋ねた。


誠児は「つまらないってことです」と一言で要約した。




「おい親父! 実の娘が俺と同じ部屋に寝ようとしてるんだぞ!? 父親としてなんかあいつらに一言ないのかよ!?」




 怒りの収まらない夜光は、ゴウマに矛先を向けた。


ゴウマは湯加減を楽しむかのように目を閉じたまま「ない」とだけ答えた。


もちろんそれは、夜光のことを信頼しているからこそ出た言葉。


それに、美しい女優達がたくさんいるこの城で夜光を野放しにすれば必ず何かしら問題が起きる。


もしマスクナ辺りに手を出そうものなら、セリア達のおしおき程度では済まなくなる。


それを考えたら、男と同室が可愛く見えてくる。




「テメェ! それでも父親か!?」




 思わず湯舟から立ち上がった夜光に対し、ゴウマは「父親だ」と一言で返した。


バカバカしくなった夜光は、深いため息とついて、湯舟に再度浸かる。


夜光の気が済んだことを確認したゴウマは「ちょっとサウナに行ってくる」と湯舟から立ち上がった。


誠児もゴウマに続き、「あっ俺も行きます」と湯舟から立ち上がる。




「夜光もサウナに行くか?」




 誠児がそう誘うものの、夜光はダルそうに「俺は外に行く」と断り、奥のドアから露天風呂へ向かってしまった。






 一方のマイコミメンバー達は、露天風呂で湯を満喫していた。


目の前に広がる緑や星空で、心まで洗われる気分であった。




「・・・」




そんな中、ライカが隣にいるミヤの体を鋭い目つきで睨みだした。


気になったミヤが「どうかしたの?」と声を掛けると、ライカは少し低い声でこう返す。




「・・・あんた、本当に子供を産んだの?」




質問の意味がわからないミヤは「えっ?」とマヌケな声を出してしまった。


すると何を血迷ったのか、ライカはミヤの胸を両手で揉み始めた。


驚いたミヤが「いっいきなり何をするの!?」と声を上げてしまう。


だがライカは構わず胸を数回揉んだ後、まるでボディチェックのようにミヤのお腹やお尻を触る。


そして、ひとしきり触り終えるとライカが口を開いた。




「子供を産んだ女がこんな完璧なスタイルを維持できているなんておかしいでしょ?


100歩譲って胸とお尻は納得できるけど、このウエストの細さはなんなの?


あんたダイエットでもしていた訳?」




 女としての嫉妬も混じったライカの言葉に、ミヤはようやく状況を理解することができた。


確かにミヤのスタイルはかなり良い。


バストは100センチ以上で、お尻も安産型。


なのにウエストはモデルのように細い。


おまけにすべすべな白い肌や童顔で、外見上は娘であるレイランとほとんど変わらないように見える。


ライカのようにスタイルの変動が激しい年頃では、疑問に感じざる終えない。




「この間までずっとビスケット病院に入院していたわたくしに、ダイエットなんてできる訳がないでしょう? そもそもスタイルなんて気にしたこともないわ」




 ミヤは普通に答えたつもりであったが、無自覚な上、努力もせず自分以上のスタイルを維持していることに、ライカは怒りながらミヤに詰め寄ってきた。


このままではラチが空かないと思ったミヤは、スノーラに向かってこう言う。




「スノーラ。 ライカに何か言ってもらえないかしら?」




 マイコミメンバーの中で最も常識のあるスノーラなら、この状況をどうにかしてくれると思っていたミヤ。


だがスノーラから出た言葉は、とても意外なものであった。




「・・・すまないミヤ。 私もお前の体型の異常さは気になる。 自慢のように聞こえるが、私も体型にはそれなりに自信はある。 だがお前は明らかに私やライカ以上に良い体型を持っている。 何もせずそのような体型になるなど、到底考えられん」




 ライカだけでなくスノーラまでもがミヤに詰め寄り、体型のことを聞き出そうとする。


しかし、本当に何もしていないミヤには何も答えることはできない。


ミヤはとうとう「いっいい加減にして!」とその場から走り去ってしまった。








 ミヤ達から離れた所で湯を満喫していたセリア。


何気なく周囲を見ていると、レイランが壁のそばでごそごそと何かをしていた。


その壁は男湯と女湯のしきりとなっている木製の巨大な壁であった。


気になったセリアがレイランに近づき、「どっどうかしました?」と声を掛けた。


セリアに気付いたレイランは、なぜか口に人差し指を当て、「しー!」と静かにするように言った後、


”ここを見て”と言わんんばかりに壁のとある部分を指す。


セリアはレイランに従って壁を見ると、なんと壁に穴が空いていた。


しかもそこから、向こうにある男湯の露天風呂が丸見えになっていたのだ。




「なっななな・・・」




 穴から見えた男性達の裸体に、セリアは燃えるように顔を真っ赤にしてしまった。


レイランは自慢げに「さっき偶然見つけたんだと胸を張る。




「しかもね? この向こうにダーリンがいるみたいなんだ」




「ややや夜光さんが・・・」




 裸の夜光がこの向こうにいる。


そう考えるだけでセリアの心臓はすさまじい速度で鼓動する。


それを察したのか、レイランがニヤニヤしながら穴を覗く。




「え~と・・・あっ!いたいた・・・うわぁ・・・ダーリンのってすごく大きい・・・」




 レイランの生々しい感想に、セリアは興奮するかのように、息が荒くなってしまう。


見かねたレイランが「セリアも見てみる?」と穴をセリアに譲る。


性別問わず、覗きなどいけないことだと、頭では理解している。


だがセリアも年頃の女の子。


好意を寄せる男性の裸体に興味がない訳がない。




「・・・」




 頭で考える前に、セリアは壁に手を付いて穴を覗いてしまった。


そこには確かに裸の夜光がいた。


湯あたりしたのか、竹で作った湯冷ましようのベッドで横になっている。


しかも、持っているタオルを枕代わりに使っているため、下半身には何も巻いていない。


夜光の体を隅から隅まで見てしまったセリアは恥ずかしさのあまりその場で倒れてしまった。




「2人共どうしたの?」




 そこへやってきたのはセリナとルドであった。


レイランがニヤニヤしながら2人に「この穴を見たんだ」と壁の穴に指をさす。


ルドが「なんだ?」と穴の中を覗くと、わずか2秒で顔が真っ赤になった。




「おっお前、何をやってんだ!!」




 ルドの尋常でない態度に、ただごとではないと思ったセリナも穴を覗く。


すると、ルドと同様に顔を真っ赤にしてしまい口をパクパクさせてしまう。




「何って覗きだよ? お風呂での定番でしょ?」




 悪びれる様子のないレイランに、ルドが「お前な!!」と大声を上げる。


しかしレイランが「隣に聞こえるよ?」と忠告するので、小さな声でこう言う。




「だいたい。 覗きって男がやることだろ? 女のお前が覗いてどうするんだ」




「別に女がやっちゃいけないってルールはないでしょ?」




 そう言うと、レイランはまた男湯を覗き始めた。




「言っておくけど、ボクはダーリンの裸が見たいだけ。 好きな人の裸を見たいって思うのは普通でしょ?」




 夜光一筋であると言うが、結局やっていることは同じである。


ルドはレイランを壁から引き離し、ひとまず応急処置として、下半身に巻いているタオルを穴に詰めようとする。


しかしその際、穴の向こうの夜光を見てしまい、手が止まってしまう。




「(なっ何をやってるんだオレは! 男のオレが男湯を覗いてどうするんだ!・・・でも、ほかの奴はあんともないけど、無防備な兄貴を見ていると、なんかドキドキする・・・)」




 色々考えてしまい、結局覗いてしまうルドに対し、レイランは「自分も結局見てるじゃん・・・」と冷たく言う。


結局その後、穴を埋めることなく、目を覚ましたセリアと共に、レイラン達は交代で男湯の覗きを続行することにした。




 そこへ今度は、ミヤ達が現れた。


ミヤを挟んでスノーラとライカが先ほどのことを謝っていた。


当の本人は、「もういいわ」と許しを与えているが、2人は自分達の身勝手な嫉妬でミヤに迷惑を掛けてしまったことを反省しているのか、表情が少し暗かった。


その時、壁のそばで固まっているレイラン達を見つけ「みんなどうしたの?」とミヤが声を掛けた。




『!!!』




 レイラン達は驚きのあまりビクっとし、ゆっくりと振り返って3人に目を合わせた。




「あっ! お母さん達。 こんなところでどうかしたの?」




 自らの体で壁の穴を隠しつつ、ミヤ達に対応するレイラン。


明らかに動揺しているレイラン達に、疑惑の目を向ける3人。


するとライカが、なぜか壁にぴったりと背を張り付けているセリナに疑問を持ち、「セリナ、そこで何してるの?」と声を投げる。




「なな・・・なんでもないよ? ね? セリアちゃん」




 セリナに同意し、セリアも必死に頷く。


だがそれが返って怪しく見えてしまい、ライカはすぐさまセリナを力づくでどかす。


そこにあった穴から、レイラン達が何をしていたのか察した。




「あんた達まさか、男湯を覗いてたの?」




 差別的な目を向けるライカに対し、「バレちゃった」と悪びれず認めるレイラン。


そのことに怒ったスノーラが説教を始める。




「何がバレちゃっただ! 覗きなど人ととしてあるまじき行為など許されると思っているのか!?


セリア様とセリナ様もです! 一国の姫ともあろうお方が、覗きなどして恥ずかしくないですか!?


ルドもだ!お前まで覗きに参加してどうするんだ!」




 ヒートアップするスノーラに対し、レイランが「スノーラも覗いてみる?」と提案する。


無論スノーラは「ふざけるな!」と断る。




「でもでも、向こうには裸のダーリンがいるんだよ? しかもタオルなしで」




 その言葉を聞いた途端、スノーラは赤面して「やや夜光さんの裸・・・」と明らかな動揺を見せる。


それはほかの2人も同じだ。




「うわ・・・スノーラ何想像してんの? そんなにダーリンの裸に飢えてるの?」




「ふふふざけるな! わわ私は想像などしておらん! 人を変態みたいに言うな!」




 マイコミメンバー達の覗きはまだ少し続く。


 

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