第105話 古の城
トレック劇団の人気女優であるマスクナ ビュールから、近々公開予定の舞台に、代役として出演してほしいという依頼が届いた。
新作舞台ということもあり、絶対に延期したくないというマスクナの気持ちを汲んで、ライカは了承した。
そして公開日の前日、夜光・誠児・ゴウマ・マイコミメンバー達は、公開場所であるグレイブ城へ出発した。
ホームを出た夜光達は近くの駅から汽車に乗り、グレイブ城を目指した。
ゴウマが言うには、この汽車はトレック劇団の貸し切りで、乗客も全員初回公演に招かれた招待客のようだ。
汽車はそのままグレイブ城までノンストップで走り続けるそうだ。
周囲の乗客達も、新作劇のことで、かなり盛り上がっている。
到着前での時間を潰すために、全員でトランプをしていた。
夜光は二日酔いと腰痛がひどいと言って、誠児達とは別の席で寝転んでいた。
実は昨日の夜、外で食事をしていた夜光と誠児が、帰り道に風俗の勧誘に「よろしければ、ウチで休憩しませんか?」と声を掛けられたのだ。
誠児は無論断ったが、「良いのがそろってますよ?」と言う勧誘の甘い言葉が気になった夜光は、「ちょっと、休憩してくる」と言い残して、勧誘に案内されるがまま店へと入って行った。
翌朝、店のオーナーからホームに連絡が入り、腰を痛めて動けない夜光を誠児が引き取りに行くはめになった。
オーナーが言うには、昨日はたまたま、かなり強めの酒を数本飲み干したら代金はタダになるという酒飲みのゲームが行われていたらしく、酒豪である夜光は酒の入っていたタルごと飲み干したようで、代金が不要になった途端、店の女をかたっぱしから食い散らかし、所属している半数近い女が夜光に食われたと言う。
夜光を引き取った際、「こんな化け物、町に放置しないでください」とオーナーが涙ながらに話した。
勧誘やゲームは全て店側の責任であると思うが、オーナーの涙に何も言えず、誠児はただただ頭を下げて謝罪した。
当然だが、マイコミメンバー達には飲み過ぎでふらついていた時に、階段から落ちたと適当な嘘で事実を伏せていた。
彼女達が事実を知れば、弱り切っている夜光にとどめを刺しかねない。
ゴウマは薄々気づいていたようだが、いらぬことを口にして夜光が血を流したら、自分が殺したようで、気分が悪いと思い、無言を貫いた。
2時間後、汽車は”グレイブ城前”という駅に到着した。
駅から出た夜光達を出迎えたのは、数十台の馬車と茶髪の少女であった。
「みなさん! 遠方からわざわざお越し頂き、誠にありがとうございます! 私はトレック劇団に所属しているメディルと申します! 明日の公演は皆様の期待に応えられるように、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
元気よく自己紹介を終えたメディルは、招待客達を御者達と共に馬車へと案内し始めるのであった。
周囲は巨大な山々が囲っているだけで、町や建物などもない。
天気も悪く、暗雲が太陽を覆い隠している。
以前訪れたドープの森のような自然あふれる場所ではあるが、どことなく不気味な雰囲気が漂っていた。
馬車に揺られて20分。
薄暗い木々の中を進んでいった夜光達がたどり着いたのは、要塞のように佇む巨大な古城【グレイブ城】であった。
かなり昔に建てられたようで、城壁はかなりボロボロ、所々に木の根が張り巡らされている。
その見た目は、まるでホラー映画に出てくるドラキュラ城のようだ。
周囲は深い崖で覆われており、下には流れの強い川が流れている。
そのため城に行くには、城門の橋を通る必要がある。
橋を渡った馬車は、巨大な扉の前で停止した。
「うぅぅぅ・・・お化け屋敷みたい」
城の不気味な雰囲気に怖気づき、降りることをためらうセリナ。
臆病なセリアもガタガタと震える始末。
しかし、そこへ馬車の外から「さっさと出てきなさい!」という聞き慣れた声が聞こえた。
「あっ! ライカちゃん!!」
セリナが窓から顔を出すと、呆れたような顔をしたライカが立っていた。
彼女は代役として、数日前からグレイブ城に来ていたのだ。
セリナは先ほどとは打って変わり、馬車から飛び出し、「ひっさしぶりー!」とライカに抱き着いた。
だがライカは「あーはいはい」とすぐさまセリナを引き離す。
「ライカ。 稽古の方は順調か?」
次に降りてきたゴウマが、ライカの進捗を尋ねる。
「できる限りの稽古はしてきました。 自信はあるかと聞かれば、耳が痛くなりますが、とにかく自分にできることを精一杯やるだけです」
「みんなで応援しているからな」
「ありがとうございます・・・ところで・・・」
ライカはある方向に、冷ややかな視線を向ける。
それは、誠児とルドの肩に捕まって、今にも死にそうな顔をしている夜光であった。
誠児は苦笑しながら「明日は大丈夫だと思うから」とだけ言う。
ライカは無表情のまま、「みんな、ついて来て」とみんなを城の中へ招いた。
城内は不気味な城壁とは異なり、壁には豪華な装飾品や絵画が飾られ、床には赤いカーペットが敷いてある。
頭上には巨大なシャンデリアが吊るされ、夜光達を明るく照らしている。
ライカに案内されるまま城内を進んでいき、たどり着いたのはなんと劇場だった。
舞台上には、マスクナを含めた役者達が最後の追い込みにと、稽古をしている。
ミヤが「勝手に入って良いの?」とライカに尋ねた所、「マスクナさんに案内してくれって頼まれたのよ」と許可は得ているようだ。
舞台に近づくと、役者達を指導していたマスクナが、夜光達に気付いた。
「まあ! みなさん。 よくお越しくださいました」
マスクナは舞台から降りると、すぐさまゴウマの元に歩み寄る。
2人はお久しぶりですと握手を交わした。
「ゴウマ国王様。 このような山奥までお越し頂きまして、誠にありがとうございます」
「いえいえ。 以前はあなた様にお越し頂いたのですから、当然ですよ」
ゴウマへのあいさつを終えたマスクナは、「ライカさん。 お出迎えありがとうございます」とライカを労う。
ライカは「お礼を言われるほどのことじゃないですよ」と謙遜しつつ、顔はかなりにやけていた。
憧れのマスクナにお礼を言われたのが嬉しかったのだろう。
その後、マスクナは役者達に休憩を言い渡し、ゴウマと話をするために2人で別室へと向かった。
ゴウマが言うには、ここ数日のライカのことをマスクナから直接聞きたいのだと言う。
残された夜光達は再びライカの案内で、今晩宿泊する客室へ案内された。
ライカが言うには、この城には数多くの客室があり、約100名の宿泊が可能
さらにここには舞台だけでなく、レストランや大浴場、プールといった、様々な施設があり、劇を見に来た客達のホテルにもなっているのだという。
ライカに案内された客室は、10人は入れる団体用の大客室と3名ほど宿泊できる普通の客室であった。
大客室にはマイコミメンバーが、普通の客室には夜光と誠児とゴウマがそれぞれ宿泊する・・・かと思われたが……。
「ちょっとあんた。 どこに行くの?」
誠児と一緒に客室に入ろうとした夜光をなぜかライカが止めた。
「どこって部屋に決まってんだろ?」
夜光がそう返答すると、ライカは大客室を指さしてこう叫ぶ。
「あんたの部屋はこっちよ!」
ライカの衝撃の一言に、夜光と誠児は思わず『はい?』とマヌケな声で聞き返した。
物分かりの悪い2人に、ライカは「あんたはあたし達の部屋に泊まるの!」とはっきり口にした。
これには勘の鋭い夜光も、状況が理解できず、思考が追い付かなくなってしまう。
しかし、なぜかマイコミメンバー達は、全く動揺したそぶりを見せない。
「なんで俺がお前らと同じ部屋に泊まらないといけないんだ!?」
夜光がそう尋ねると、スノーラが前に出てこう話す。
「ここにはマスクナさんを始め、多くの美しい女性役者がいます。 そんな人達を目の前にすれば、あなたは何をしでかすかわかったものではありません。 ゴウマ陛下と誠児さんでは、あなたを甘やかしてしまうでしょう。 ですから今夜は、私達の監視の元にいてもらいます」
まるで夜光を飢えた野獣のように扱うスノーラの態度にイラつきを覚えながらも、すぐに休みたい夜光は頭を掻きながら面倒そうにこう言う。
「わかったわかった。 俺がここにいる女に手を出さねぇって約束する! これでいいか?」
彼女達にはわかっていた。
夜光がこんな約束を守るなんて絶対にない。
以前、リッシュ村でセリアに借りたラーメン代も返す返すと言いながら、結局1クールも返していないのだ。
「だいたい。 兄貴にはミュウスアイランドで前科あるだろ?」
ルドの言う前科とは、以前ミュウスアイランドの旅館で、夜光がそこの女将に手を出そうとしたことだ。
その時は本格的に手を出す前に、セリア達が止めに入ったのだが、あれ以降、マイコミ内では、夜光を宿泊施設で野放しにしてはいけないという暗黙のルールのようなものができていた。
「あのなぁ、小娘とはいえ、俺が女がゴロゴロいる部屋に放り込まれて、何もしないと思うのか?」
先ほどの約束はどこへ行ったのだと思わずツッコミたくなる夜光の脅しのような言葉に対し、ライカはこう返す。
「別にいいわよ? あんたが明日病院の世話になるだけだし」
要約すると、手を出そうものなら容赦なく反撃すると言うことである。
夜光に好意を堂々とアプローチしているレイランは「ボクはいいよ? 初めてはダーリンって決めてるし」と襲ってくれといわんばかりのセリフを吐くものの、隣にいるミヤが睨む。
「夜光君。 わかっているとは思うけど、レイランにそんな真似をすれば、いくらあなたでもそれなりの制裁は受けてもらうわ」
夜光のことは信用しているが、念のために忠告しておくミヤ。
ちなみに、ミヤはビスケット病院での出来事以降、夜光のことを”夜光君”と呼ぶようになった。
外見が若いとはいえ、年齢は夜光よりもはるかに上だからだ。
「とにかく。 あんたはあたし達と一緒の部屋で寝るの!」
ついに夜光の腕を引っ張って、強引に部屋に入れるライカ。
普段ならライカに力負けすることはないが、生憎夜光は今、腰痛と二日酔いと言う重荷を背負っている。
そのため、ライカの細腕でも、簡単に力負けしてしまうのだ。
「おっおい!誠児! 助けてくれ!」
夜光は最後の望みを賭け、誠児に助けを求めた。
真面目な誠児なら、男の夜光が女だらけの部屋に泊まるなどと言う不祥事を許すわけがないと思ったからだ。
・・・だが、現実は残酷である。
「夜光・・・すまん」
それだけ言い残すと、誠児は逃げるように、自分の部屋に入って行った。
今彼女達に歯向かえば、自分にも危害が及ぶと恐れたからだ。
親友のあっけない裏切りに、夜光は「テメェェェ!!」と叫ぶほかなかった。
同時刻、ホーム地下施設。
そこにはアストをはたきで掃除しているマナの姿があった。
「マナさ~ん! 性が出ますね~」
マナに声を掛けてきたのは、ハナナであった。
右肩にはきな子もいる。
「女神様にきな子様。 どうしたんですか?」
「はい! 極秘計画に来ました!」
「・・・はい?」
ハナナの意味不明な言葉に、肩の上のきな子はため息をついた。
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