グレイブ城編
第104話 舞台とチケット
レイランとミヤがアストメンバーに加わった。
夜光に積極的にアプローチするレイランと、過去を乗り越え母として生きるミヤ。
また夜光の周囲が、また一段とにぎやかになった……。
リキとの戦いから3週間ほど経った。 ビスケット院長は異種族ハンターを使ってクキの森を襲撃したことを自ら騎士団に告白し、逮捕された。
直接手を下していないとはいえ、自分達の身勝手な理由で、多くのエルフを死に追いやり、美しいクキの森を燃やし、自然環境を破壊してしまったのだ。
極刑にはならなくとも、決して軽い刑ではないだろうが、それは本人が一番わかっているはずだ。
すでに逮捕されている異種族ハンター達の裁判もそろそろ始まるとのこと。
こちらに関しては、終身刑か極刑のどちらかだろうと国民はささやいている。
ちなみに、病院に運ばれたエルフ達は、幸い死者は出ず、今は順調に治療が進んでいるようだ。
そのニュースを聞くたびに、夜光達はリキのことを思い返していた。
戦いの後、一切姿を見せなくなったリキ……。
敵とはいえ、ビスケット病院では人の良い男であったので、心のどこかでその身を案じていた。
リキと気が合っていた笑騎も心配しつつ「きっと今頃メシでも食うてのんびり暮らしてるって」とマイコミメンバー達と自分自身に言い聞かしていた。
その日、いつもの就労訓練が終わった夜光は、スタッフルームでマイコミの活動内容を報告書に書いていた。
嫌々ながらも受けていた訓練のおかげで、心界の文字は多少掛けるようになったので、できる限り心界文字を使っている。
とうの昔にマスターした誠児とは違い、夜光はまだ完璧に覚えた訳ではないので、訓練時も使用している心界文字の日本語訳が書かれているノートが手放せない。
報告書に苦戦する夜光の元に、機嫌のよさそうな笑騎が近づいてきた。
「なんやお前。 まだ報告書できてへんのか?」
報告書がよっぽど苦痛なのか、笑騎とは対象的に、不機嫌層な顔で「失せろ、キモデブ」と八つ当たりのように罵る。
普段なら、ここで一悶着ある所だが、よほど良いことがあったのか、笑騎は上機嫌なままだ。
「まあそう言うなって。 これでも見て機嫌直し」
そう言って笑騎が見せてきたのは、表紙に古い大きな城が描かれた【劇団トレック】の案内パンフレットであった。
劇団トレックとは、以前レッドフェスティバルにゲストとして招かれた、人気女優マスクナビュールが所属する人気ナンバー1の劇団だ。
「これって・・・」
表紙を見た瞬間、夜光の脳裏にある光景が浮かび上がる……。
それは、先週のマイコミでの出来事……。
突然、ライカから飛んでもない発表があった。
『劇団トレックの舞台に立つことになった!?』
驚きのあまり、声を揃えてしまったメンバー達。
だがそれも仕方のないこと。
役者を目指しているとはいえ、一般人であるライカがプロの役者と同じ舞台に立つなど常識的にありえないことだ。
それが人気ナンバー1の劇団トレックの舞台となれば、まさしく夢物語だ。
ライカの説明によると……。
一昨日、ゴウマ経由でマスクナから連絡があったようで、来週公開する新作劇に出演するはずだった役者が突然姿を消してしまい、代役としてライカに出演してほしいと依頼してきたのだ。
現在の劇団トレックは、リックの件で所蔵していた役者が何名か退団してしまい、人手不足に陥っている。
役者を募集しようにも、練習期日などを考えると、公開日に間に合う可能性はかなり低い。
そこで、レッドフェスティバルでマスクナが一目を置いたライカに白羽の矢が立ったのだ。
無論、ライカには荷が重いことは重々承知している。
しかし、公演を楽しみにしてくれているファンのために、公演を中止にはしたくないと言うのだ。
そんなマスクナの純粋な思いをくみ取ったライカは、不安はあるものの了承した。
「・・・という訳で、あたしは明日からマスクナさんの所で稽古することになったから、しばらくはマイコミにも出ないわ」
ライカからの説明が終わると、スノーラが心配そうな顔で尋ねた。
「それは良いが、公開日までそれほど期日はないのだろう? 明日から稽古をしても間に合うのか?」
「楽観はできないけど、できなくはないと思うわ」
と言うのも……。
昨日ライカの自宅に、稽古場所と日時が書かれた手紙と一緒に台本が送られてきたのだ。
台本を一通り確認した所、ライカが演じる役は出番もセリフ量もそれほど多くないという。
だが、プロの役者が立つ舞台であるため、プレッシャーは想像を絶するものであろう。
「わわ・・・私、ライカさんを応援したいでです。 じじ、自分の夢を追う良い機会だとおも、思うので・・・えっと・・・あの・・・応援してます・・・」
もじもじしながらも、応援しようとするセリアに、ライカは「はいはい。 無理に話さなくても良いわよ」と言葉はよそよそしいものの、顔には笑顔が灯っていた。
「じゃあさ。 ボクらもライカが出演する舞台を見に行こうよ」
レイランの提案に、「いいな! 行こうぜ!」、「私も行きたーい!とノリノリなルドとセリナ。
ライカ本人は恥ずかしそうに顔を赤らめ、「やめなさいよ! はずかしい!」とその場では言いつつ、後日夜光達にチケットを郵送するのであった……。
それから数日経った現在……。
笑騎はパンフレットの共に、初回公演のチケットを夜光に見せびらかした。
そのチケットはライカがマナに送ったチケットであるが当日に予定が入ってしまい、マナが行けなくなってしまったのだ。
そこで笑騎が、頭を下げてマナに譲ってほしいと頼みこむ、チケットを手に入れることができたのだ。
パンフレットの概要だけ読むと、マスクナが演じる貧しい母親と病弱な娘の絆を描いた感動作。
だが笑騎が注目しているのは作品ではなく、役者の女の子のようだ。
役者の紹介ページに、天使やメイドの恰好をした女の子の写真が載っており、どれもこれも可愛い。
「ほれ、見てみぃ。 このメイドの子なんて見てるだけでムラムラするわ」
写真の女の子に向かっていやらしい視線を送る笑騎。
本人がこの状況を見たら発狂するだろう。
だが笑騎と同じ女好きな夜光が、興味がなさそうにこういう。
「こんな露出度の低い服の女をどう見たら、発情するんだよ。 お前、沸点低いな」
夜光の挑発的な言葉に、怒った笑騎がこう返す。
「なんやと!? お前には”萌え”と言うもんがわからんのか!? このド素人が!!」
ここでイラっとした夜光が、笑騎の胸倉を掴んでこう叫ぶ。
「俺は”エロ”専門なんだよ!!」
笑騎も負けじと夜光の胸倉を掴んで叫び返す。
「これも立派なエロじゃ!! それを理解できひんとは、男のレベルが低いのぅ!」
「俺はストレートなエロにしか興味ねぇんだよ!! この程度で発情するようなお前こそ、下半身のレベルが低いんじゃねぇのか!?」
今にも取っ組み合いのケンカが始まりそうな雰囲気に、周囲のスタッフ達は半分無駄だと思いつつ、静止を試みる。
だが2人はスタッフ達の静止を無視して言い争いを続行する。
「2人共! スタッフルームで何を騒いでいるんだ!?」
2人の間に割って入り、ケンカを静止したのは誠児であった。
誠児がケンカを静止するこの場面も、周囲のスタッフにとっては、お決まりのパターンと化していた。
2人から女性に対する価値観の違いでケンカしたことを聞くと、誠児はため息交じりに「これ以上ケンカするなら外でやれ!」と、怒りを通り越して呆れたような口調でケンカを仲裁しようとする。
夜光と笑騎はしらけてしまい、お互いに掴んでいた手を離した
周囲にいる女性スタッフ達が「私も叱られたい・・・」と恋する乙女のような顔で、誠児に叱られている夜光と笑騎を羨んでいた。
「ふん! とにかく、俺はこのチケットで、劇団の美少女役者達と熱い夜を過ごすんや! 邪魔すんなよ!」
笑騎はそう息巻いて、スタッフルームから出て、階段を降りようとしたその時!!
「あっ笑騎! 危ない!!」
誠児が大声で止めようとしたが遅かった。
笑騎は階段に撒かれたワックスで足を滑らせ、階段下まで2回ほど回転して落ちてしまった。
すぐさま医務室に運ばれた笑騎。
幸い足の捻挫だけで済んだが、3日ほど安静にするよう医師から指示された。
公演を見に行くことはできないので、笑騎は首を縦に振らず「いやや!! 俺は役者の美少女達と熱い夜を過ごすんや!!」と反抗する。
もちろん、医師もそんな理由で外出を許可する訳がない。
「クソッ!! あんな所にワックスなんか掛けやがって!! 掃除のおばちゃんに抗議しに行ったる!!」
怒りに震える笑騎に、誠児が呆れた表情でこう言う。
「階段上にちゃんと”ワックスを掛けています”って看板が立ててあったろ? 有頂天になってそれを無視したお前が悪い」
ぐうの根も出ない正論であるにも関わらず「おばちゃんが悪い!」、「公演に行くんや!」と言い張る始末。
その時、しばらく何かを考えていた誠児が、笑騎にこんな提案をする。
「なあ笑騎。 もしよかったら、このチケットを譲ってくれないか? もちろんお金は返すよ」
誠児の要望が気に喰わないのか、笑騎の怒りは掃除のおばちゃんから誠児に向けられた。
「なんやと!? お前まさか俺が行けないことをいいことに、自分だけ役者の女の子達と近づく気か!?」
その言葉に、誠児は心底嫌そうな顔で「お前と一緒にするな!」と笑騎と同類であることを否定した。
「単純にどんな舞台なのか気になるだけだ。 それに、このパンフレットに乗っている城を見てみたいしな」
誠児は笑騎が寝ているベッドの横の机の上に置いてあるパンフレットを手に取ると、表紙に乗っている古びた城をじっと眺める。
パンフレットによると、この城は”グレイブ城”と言って、名の知れた貴族が住んでいたのだが、没落して人の手に渡り、マスクナがそれを買い取った。
以降、グレイブ城は劇団トレックが舞台を開く劇場になったという。
「嫌や! 誠児みたいな顔だけの男に行かせるくらいなら、足の骨折ってでも俺が行く!」
医師もいると言うのに、笑騎はベッドから起き上がろうとする。
今彼を動かしているのは、女を求める性欲と誠児への嫉妬である。
しかし、医師がそれを許すはずもなく「抑えていてくれ」と後ろで待機していた看護師に頼む。
ここで登場したのは、ボディビルダーのような風貌のマッチョな男2人であった。
彼らが笑騎の腕と足を軽く抑え込むと、笑騎は完全に身動きが取れなくなってしまった。
「2人共、彼が逃げないように、退院までずっと見張っていてくれ」
医師の指示に対し、2人は「「イエス! ドクター!」」と景気の良い返事を返した。
「いっ嫌や!! なんでこんなマッチョと3日間も一緒におらなあかんねん! せめて可愛いナースはおらんのか!?」
笑騎がナースを希望するも、医師が「ここのナース達は君に近寄りたくないそうだ」と、きっぱり断った。
それを聞き、ますます医務室から出たいと思った笑騎は再び暴れ出すが全く無意味なことのようだ。
「誠児、もう行こうぜ?」
夜光はベッドの横の机にあるチケットを手に取り、誠児へと手渡す。
笑騎は「おい! 渡すなんて言うとらんぞ!」と返品を要求する。
だが夜光は「お前が持っていてもしょうがねぇだろ?」と冷たく突き放す。
「・・・」
夜光の顔を一瞬伺った後、誠児は「ごめん、笑騎。 今度ご飯でもおごるから」と誠児に詫びと、
「ほんなら、今度女の子紹介せぇ!!」と笑騎は女を要求した。
夜光とは違い、その手の話が苦手な誠児だが、「・・・善処する」とだけ返す。
そこでようやく、笑騎はチケットを譲ることを了承してくれた。
そして翌朝、ホームに集合した夜光と誠児、マイコミメンバー(ライカを除く)、ゲストとして呼ばれたゴウマは、グレイブ城を目指して、出発するのであった。
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