第97話 宣戦布告
影を抜けて殺人をやめたいと思い悩むリキ。
その気持ちを尊重するエアルであるが、リキは組織を抜ける前にアストと最後の戦いを望む。
それが、リキなりのけじめであった……。
一方の夜光達は帰りの馬車を笑騎が手配している間、昨夜から姿の見えないキルカを捜索していた。
周辺を手分けして探すがなかなか見つからず、一旦病院前に集まった夜光達。
頭を抱えていたスノーラがゴウマに相談しようとした時。
「どいたどいた! どかんとケガするで!」
夜光達の元に宅配犬ブラックドギーが、棺のような箱をそりのように引き連れてきた。
先ほど騒いでいたのはブラックドギーの背中に乗っていたきな子であった。
箱には睡眠に必要な枕と布団が完備され、その中でキルカはスヤスヤと眠っている。
すぐさまキルカの周りに集まる夜光達だが、以前のライカのようにセクハラを受けると思った夜光以外のメンバーはキルカから2メートルほど距離を置いていた。
「キルカ!あんた今までどこにいたの!?」
心配を装うライカではあるが、キルカに近寄ろうとはしない。
きな子は一つため息をつくと、ブラックドギーの体とそりをつないでいるロープを解き、ブラックドギーが背負っている料金入れに代金を入れ、「ここでええよ」と伝える。
ブラックドギーは返事をするかのように「ワンッ」と鳴き、その場を後にした。
立ち去るブラックドギーに手を振った後、きな子は夜光達に事のあらましを説明し始めた。
「とりあえず、キルカちゃんを怒らんといて。 この子を連れだしたんは、ウチと女神様やねん」
その後のきな子の話をまとめるとこうだ。
昨夜、ビスケット病院でキルカと出会った女神ときな子は、彼女をきな子の研究室に連れて行った。
理由はキルカ用に作れているアストの最終調整のためだ。
事前にホームからキルカのデータは送られているので、ある程度の調整はできるが、完成間近の調整は本人の協力がないとできない。
さらに、マインドブレスレットが問題なく機能するかどうかの実験にも、キルカ本人が必要だったのだ。
実際、夜光以外のメンバーも、アスト完成のためにきな子に協力していたという。
スヤスヤ眠るキルカの左腕にあるマインドブレスレットに気づいたスノーラが「では、キルカのアストは完成したということですか?」と問うと、きな子は難しそうな顔でこう返す。
「完成はしとる。 あとはアストをホームに輸送して、エモーション時の転送システムを調整したら終いや。そっちはハナナ様がやってくれてる。
ほんでウチは、なかなか起きひんキルカちゃんをあんたらんとこに返しにきたっちゅう訳や」
疲労からかそれとも障害からか、キルカはその後もずっと眠り続けている。
起こそうにもセクハラを警戒しているマイコミメンバーは近寄れず、夜光も以前近づいただけで眠ったまま顔を殴られたことがあるからか、起こそうとはしない。
話し合いの結果、キルカが自然に起きるのを待つということになった。
それから間もなくして、笑騎が手配していた馬車を引きつれて戻ってきた。
夜光が眠っているキルカを箱ごと馬車の荷台に放り込むと、そのまま乗車した。
馬車は2台あるが、1台に5人しか乗ることができないため、2名はキルカと同じ馬車に乗る必要がある。
キルカのセクハラを恐れるマイコミメンバー達は被害を受けることはないという理由で、強引に夜光と笑騎を同席させた。
男でも近寄れば殴って来ると夜光が訴えても、『セクハラよりマシ!』と彼女達の気迫でそれ以上は何もいえなかった。
きな子も先ほどいった転送システムの件と馬車に同乗する。
全員が乗車した後、笑騎が突然「あっ! 忘れた!」と、馬車から降りて病院内に入っていった。
10分ほどで笑騎は戻ってきたが、その後ろから意外な人物達が馬車に乗りこんできた。
「おっお前ら、なんで・・・」
乗車してきたのは、レイランとミヤであった。
2人が説明に戸惑っていると、笑騎が代わりにこう説明する。
「親父から頼まれたんや。 この2人をホームに連れてきてほしいってな? 詳しいことは知らんけど、ミヤちゃんに話があるんやて。 かといって、レイランちゃんを置いてけぼりにする訳にもいかんから、一緒に連れてこいやって」
ミヤは元々アストの初期メンバー、ゴウマが話すとしたらアストのことであろうと夜光は内心理解し、「そうか」とそれ以上は聞かなかった。
馬車が出発してから少しすると、レイランが向かいの夜光に「あの・・・」と小声で掛けてきた。
行儀悪く椅子にもたれ掛かってひと眠りしようとした夜光が面倒そうに「・・・なんだ?」と返すとレイランは少し顔を赤くしてこう言う。
「お母さんのこと、ありがとう。 ”おじさん”がいなかったらお母さんは死んでいたし、ボクもお母さんとしっかり向き合うことができなかったよ」
レイランの横に座っているミヤも「わたくしからもお礼を言います」と頭を下げる。
夜光はお礼を言われたにも関わらず、不機嫌そうにこう言う。
「感謝の気持ちを伝えたいのなら、せめて”おじさん”呼びはやめろ!」
「ごっごめん。 呼び方考えるから、機嫌直してよ”おじさん”・・・あっ!」
無意識におじさん呼びを繰り返し、はっと自分の口を塞ぐレイランであったが、すでに夜光は恐ろしい形相でレイランを睨みつけていた。
ミヤも「ごっごめんなさい!」と娘と共に謝罪する。
普段なら鉄拳制裁の1発でも繰り出そうとする夜光だが、昨日からロクに寝ていないため、今は眠くて仕方ない。
「ホームに着くまで寝る。 途中で起こしたら殺す」
夜光はそう言うと、すぐさま目を閉じ、グースカといびきをかいて寝始めた。
ミヤは「また後日謝罪しましょう」とレイランに言うと「うん・・・」と申し訳なさそうに返答する。
この時、眠くて意識の薄れていた夜光は気付かなかった。
彼を見つめるレイランの瞳の中に温かな何かが灯っていたことを……。
だが、それに気づいていた者が夜光の横にいた。
「(なんで夜光だけやねん! 俺だって助けたのに!!)」
悔しそうに涙を流す笑騎のことを気遣う者はいなかった……。
しばらく馬車に揺られホームへと戻ってきた夜光達。
半日少々しか離れていないのに、どこか懐かしさを感じているマイコミメンバー。
ミヤとレイランがいることに、マイコミメンバーは驚いていたが、ゴウマに呼ばれてきたことを笑騎が伝えると、みんな夜光のように察してくれたようだ。
勘の悪いセリナは察することができなかったが、2人がホームに来ていたことにとても喜んでいたので、ここに来た理由については深く考えなかったようだ。
その後、夜光とマイコミメンバー達は一旦帰宅。
笑騎は先に到着していたハナナと合流し、ミヤとレイランを連れてゴウマの待つ施設長室と案内する。
今までずっと眠っていたキルカは、まるで狙いすましたかのように、ホーム到着時に自然と目を覚まし、エモーションのテストもかねて、きな子と共にホームの地下施設へと向かった。
笑騎に案内され、施設長室に訪れたミヤとレイラン。
中に入ると、そこには笑顔で迎え入れるゴウマの姿があった。
ゴウマは笑騎に別の仕事を言いつけ、ミヤとレイランを来客用の椅子に座らせる。
「このようなところまで足を運んで頂き、ありがとうございます」
軽く頭を下げるゴウマに対し、ミヤは「変わっていませんね」と少し安心した表情を浮かべていた。
「ここへ来てもらった理由を率直に言いましょう・・・ミヤ スペルビアさん。 あなたの力をお貸しください」
「・・・それは、わたくしにアストに入ってほしいと言う意味でよろしいでしょうか?」
ミヤの質問に対し、ゴウマは無言で頷く。
「知っての通り、アストは影に対抗するために作られた機械です。 だが機械の性能も装着車自身の精神力も影の方が数倍上です。 本人達も薄々わかっていると思いますが、今のアストの力では、影を倒すことは絶対にできません」
ゴウマは受け入れがたい事実を隠すように目線を2人からそらしてしまう。
これまでの戦いでアストは影に数回勝利している。
だがそれは、敵が手心を加えていたり、我を忘れて暴走したりと、言ってみればラッキーが続いていただけだ。
実際に影の1人であるスパイアが少し本気を出しただけで、アストをほんの数分で全滅にまで追い込んでいる。
もし影が全力でアスト達と戦えば、間違いなく全員殺されてしまうだろう。
「これを覚えていますか?」
そう言ってゴウマが机の引き出しから取り出したのはマインドブレスレットであった。
夜光達が使用している者とは若干形状が異なっている。
「それは、わたくしが実験で使用していたマインドブレスレットですか?」
「そうです。 元々テスト用の物でしたが、マインドブレスレットを量産した際に、きな子先生がバージョンアップしましたので、他のものと性能は同じです」
マインドブレスレットをミヤの前にあるテーブルに置くが、ミヤは手に取ることもなくこう言う。
「事情はわかりました・・・ですが、わたくしは10年以上も入院していた身です。 その分弓の腕も精神力も衰えているでしょうし、わたくしが入ったことで、返って足手まといになるかもしれません。 何よりわたくしにはレイランがいます。 これまで母として何もすることができなかった分、少しでも長くこの子のそばにいてあげたいんです」
ミヤは母としての決意を伝えるように、横にいるレイランに一瞬視線を向ける。
レイランもその思いに応えるかのように「お母さん・・・」と目を合わせる。
親にとって大切なのは我が子。
それは子を持つゴウマも同じだ。
口には出さないが、いくら適任者がほかにいないからと言って、娘であるセリナとセリア、本来無関係である夜光達をアストとして戦わせているのは、親として、人として恥ずべき行為だと、ゴウマは常に自分を責めている。
ミヤを迎え入れて戦力を上げようとしているのも、影に勝ちたいからではなく、夜光達の命を絶対に失いたくないという、ゴウマの切実な思い故である。
しかし、だからと言って、子を守りたい母の思いを無下にする訳にはいかない。
「・・・わかりました。 この話は----」
ゴウマが話を終わらせようとしたその時、施設長室に設置している電話が鳴り響いた。
ゴウマは「失礼・・・」と席を立ち、受話器を手に取る。
『親父! 大変や!』
電話の相手は笑騎であった。
かなり慌てている様子で、タダ事ではないことはすぐに理解した。
「落ち着け。 どうしたんだ?」
『それが・・・さっきホームにリキが・・・レオスから電話が掛かってきて、”アストを出せ!”って言ってきとるんや! なっなんでここにアストがいるって知っとるんや!? どっどないしよう!?』
笑騎は焦って混乱しているが、ゴウマは”心当たりがあるため”冷静に「わかった。 ワシの電話につないでくれ」と笑騎に指示を出した。
『・・・ゴウマ国王かい?』
次の瞬間、受話器から聞こえてきたのはリキの声であった。
「そうだ。 申し訳ないが、アストは今ここにはいない。 代わりに私が用件を聞こう」
『そうか、ならアスト共に伝えろ。 今夜7時、俺はビスケット コヨチトーレを殺しに行く。 止めたけりゃあ、クキの森まで俺を殺しに来いとな』
それはリキのアストに対する宣戦布告であった。
「なぜわざわざそんなことを伝えるんだ?」
『雑魚とはいえ、ちょろちょろと俺達の前に立たれるのもいい加減目障りになってきたからな。 そろそろ本格的に潰しておこうと思っただけよ』
「私達が君の要求を断ったらどうする? こうして事前に聞いていれば、騎士団の力でビスケット院長を匿うことだってできる。 そうすれば、危険を犯してまで戦う必要はないはずだ」
『ビスケットは俺がずっとマークしている。 匿っても無駄だ。 もし俺の要求を断れば、ビスケットだけでなく、見せしめに孫の首でも引っこ抜いてやるよ』
無論リキは、ビスケットの孫に手を出す気はなく、あくまでアストを引っ張り出すために言っているだけだ。
だがリキの本心がわからないゴウマにとって、それが本当なのか嘘なのか判断できない。
『今夜7時、クキの森だ。 しっかり伝えろよ? 来ない場合はビスケットとその孫をぶっ殺してやるからな』
そう言うと、リキは電話を切ってしまった。
「・・・」
無言で受話器を置くゴウマの顔に浮かんでいたのは、戦いに対する恐怖ではなく、深い悲しみであった。
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