第96話 獅子のけじめ
スノーラとルドの説得により、医師としての使命に目覚めたビスケット。
病院のスタッフ達の協力もあり、重傷を負ったエルフ達は一命を取り留めることができた。
母の死を受け入れ、自分と向けあう決意をした孫娘ココアを抱きしめ、一からの再スタートを誓ったビスケットであった。
一方のリキは、エアルから「影をやめたいと言え」という衝撃の言葉を聞かされた。
「おいおい、話が見えねぇぞ?」
しらばっくれるようなそぶりを見せるリキに、常に無表情なエアルの目が鋭くなる。
「私が気付いていないとでも思っていたのか? お前が影を・・・いや、”殺人”をやめたいと思っていたことなど、最初から気付いていた」
これ以上とぼけると腰の剣で斬りつけてきそうだと思ったリキは、「わかったわかった。そう怒るなよ」と降参したように、両手を上げた。
その瞬間、2人の脳裏をよぎったのは、2人が初めて出会った頃の記憶であった。
話は3年ほど前にさかのぼる・・・
当時騎士団に所属していたリキは、騎士団としての正義感よりも「強い奴と戦いたい」という戦闘狂なところが強かった。
騎士団らしく犯罪者を取り締まる所は評価されていたが、単純な性格と強い力が災いし、町で暴れていた悪漢を半殺しにして、1ヶ月もの間意識不明の重傷を負わせたり、大臣や騎士団長の許可も得ずに、容疑者の家を家宅捜査したりと、行動を一脱することが多かった。
それでも騎士団をやめさせられなかったのは、リキの他者を寄せ付けない圧倒的な強さと、行き過ぎた行動とはいえ、結果的にリキの行動が幸いし、犯罪者を捕まえられたことが多かったからだ。
リキは自分の強さを鼻に掛けるような男ではないものの、訓練でも容赦なく騎士団員や訓練長を病院送りにする戦闘狂のため、【狂戦士バーサーカー】と周りの騎士団員に恐れていた。
そんなある日、騎士団が武器の密輸を行っている組織の情報を掴み、リキと数名の騎士団を密輸現場に向かわせた。
密輸犯と鉢合わせになり、その場は戦場へと変わった。
戦闘狂であるリキはもちろん特攻したが、騎士団の1人が投げた手榴弾が、誤ってリキの足元に転がってしまった。
リキは目の前の敵に集中していたこともあり、足元の手榴弾に気付くことができず、爆発した勢いで崖下の川に転落してしまった・・・
転落したリキは奇跡的に生きていたが、人気のない山奥に流されてしまい、当てもなくさまよい続けることとなった。
そおの強靭な肉体のおかげで、たいしたケガはせずにすんだ。
ひたすら歩き続けていく内に空腹とのどの渇きで死が近づいてくるのを感じ、死を覚悟した。
そんなリキの視界に入ったのは、果物がなっている木や綺麗小川が流れるオアシスのような場所。
リキは自然のめぐみに感謝し、どうにか飢え死にすることはなかった。
その後、疲労やケガの回復のために、しばらくその場に留まることにした。
自然に囲まれる生活は、戦うことしか興味のなかったリキに、癒しだけではなく、豊かな心を持つことを教えてくれた。
数日が経ったある日・・・
人や建物がないか周辺を調査していたリキが、オアシスに戻ってくると、複数の男達が、付近の木を伐採しようとしていた。
リキが「お前ら!何をしてやがる!!」と怒鳴りながら腰の剣を抜刀し、威嚇する。
男達はすぐさま逃げ出し、その場は収まった。
だが翌日、男達の通報でやってきた騎士団によって、リキは逮捕された。
連行後、リキは騎士団長にこれまでの経緯を話し、伐採の件を尋ねた。
騎士団長によると・・・
リキがいた山は、1ヶ月前に機械関係で有名な組織が買い取り、新たな工場を建設することが決まっていたのだ。
もちろん国への申請は確認されている上に、周りには人が住んでいないので、民間人が迷惑することもない。
問題がないように見えるが、実はその組織というのが、騎士団が追っている密輸組織とつながっている組織であった。
工場を建てるということは、密輸のための武器を製造する可能性が高い。
だが証拠はなく、リキ達が見つけた密輸犯もあの爆発に紛れて逃げてしまったという。
リキは何度も工場建設を止めるように頼んだが、「怪しいというだけでは、騎士団は動けない」ときっぱりと拒否した。
その後、リキは重い罪にはならず、厳重注意となったが、騎士団長が「頭を冷やせ」という意味合いで、1日刑務所に入ることになった。。
牢屋の中で、床に打ちひしがれてリキは嘆いていた。
あの美しい自然が壊されるというだけでもつらいのに、その理由が密輸武器の製造するための工場建設という、バカげた話など許されるべきことではない。
リキにとって、あの場所は自分の命を救ってくれた命の恩人であり、
戦いに飢えていた自分の心を豊かにしてくれた大切な場所でもある。
騎士団としての正義と自分自身の感情、リキはどちらを取るか、自分に問い続けた。
「・・・やっぱり、ほうっておけねぇな」
リキはそう決意し、ゆっくりと立ち上がった。
その時、背後から「決めたのか?」と語り掛けてくる声がした。
リキが「誰だ!?」と振り返ると、牢屋の前に腰に剣を下げた若い男が壁にもたれ掛かっていた。
それは、後に影のリーダーになるエアルであった。
「てめぇ、誰だ? どうやってここに・・・」
時間は囚人が寝静まった深夜。
牢屋の外にいるのは、数名の騎士団員しかいない。
無論、騎士団の牢屋は、厳重なセキュリティが設置してあり、脱獄はもちろん侵入することも不可能だと言われていた。
「私の名はエアル。 お前に1度だけチャンスを与えに来た」
エアルはポケットから小さな機械を取り出し、リキに差し出す。
「これはお前に影の力を与える機械【シャドーブレスレット】。 これを使えば、ここから出て、あの豊かな自然を守ることもできる。 ただし、これを使った瞬間、お前はもう騎士団に戻ることもできず、普通の生活を送ることも難しくなる」
「影の力? シャドーブレスレット?」
当時はまだ影にはエアルしかおらず、心界や騎士団にも全く知られていない組織であった。
状況が飲み込めないリキであったが、その後のエアルの話で、影が”とある目的”で殺人を犯す組織であること、影の力について聞かされた。
最初は犯罪組織に入るなどできるわけがないと思っていたリキであったが、話を聞いていく内にエアルは自分の見てきた犯罪者とはどこか違うと感じ始めた。
そして何より、自分の命を救ってくれた自然を守りたいという強い信念が、リキの心を動かした。
「・・・わかった。 お前の話に乗ってやる。 だが、てめぇがくだらねぇ犯罪者だとわかった瞬間、俺は真っ先に、お前を殺す」
それは、自らの欲望を満たすだけの犯罪者にはならないという、リキなりの忠告であった。
エアルは「わかった」とだけ言って、シャドーブレスレットをリキに手渡し、操作方法を簡単に教えた。
エアルからシャドーブレスレットを受け取ったリキは、エアルの協力で刑務所から脱出したリキは、レオスにリモーションし、密輸に関連する証拠を集めるために、組織が運営している工場を片っ端から潰して回った。
証拠が目的なので、工場で働いている作業員や工場長の命は決して奪わず、ケガをさせないように攻撃を一切しないなど、細心の注意を計っていた。
そして、いくつかの工場から密輸に関する契約書が見つかり、組織の首謀者と共に騎士団本部へと運んだ。
リモーションを解き、騎士団本部の前に証拠の入ったケースと逃げられないように足を折った首謀者を地面に置き、「こいつの組織が武器密輸に関連していた証拠を掴んだ」と伝えるが・・・
脱走犯であるリキを歓迎してくれるはずもなく、騎士団は戦闘態勢を取る。
「リキ。 騎士団であるにも関わらず、脱走し、挙句に犯罪者になり下がるとは・・・恥を知れ!!」
騎士団長が軽蔑の言葉を投げかけるも、リキは落ち着いた表情でこう言い放つ。
「俺はもう騎士団じゃねぇ。 影の1人、レオスだ! これからは俺のやりたいようにやっていく。 それが犯罪だというのなら、いつでも俺を殺しに来い!」
そう言うと、リキは再びレオスになり、その場で首謀者の頭蓋骨を拳で砕いた。
首謀者は口や頭から大量の血が流れ、そのまま息絶えた。
「なっなんだあれは!?」
騎士団達は、リキの持った影の力に怯え、腰を抜かしてしまった。
リキは「じゃあな!」と言い残し、その場を後にした。
その後、リキは影の1人として騎士団にマークされることになった。
騎士団を去った後、近くで合流したエアルに次のターゲットについての情報を共有していた。
その際、エアルからこう言い渡される。
「レオス。 影に入るのなら、1つだけ掟がある」
「掟?」
「”ターゲット以外の命を決して奪うな、たとえ自分の命が危険にさらされてもだ”。 もしもこの掟を破れば、私がお前に制裁を与える」
腰の剣を少しだけ引き抜き、”制裁”の意味を理解させたエアル。
リキは「上等だ」と喧嘩腰に、了承する。
「あと、もし影をやめたいと思ったら、やめてもかまわん。 そのことでお前に制裁を加える気はない。ただし、そのシャドーブレスレットは返してもらう」
「・・・お優しいことで」
過去を振り返った後、エアルは改めてリキにこう言う。
「あの時も言ったはずだ。 影をやめたいのならやめても良いと。 私はやめたところで、お前を責める気はない」
エアルはリキが一言「やめたい」と言えば、その気持ちを尊重するつもりでいた。
それはもちろんリキもわかっている。
だがリキはこれまで一言も、その言葉を口にはしなかった。
なぜ言わないのかがわからないエアルは率直に「何を考えている?」と尋ねた。
リキはエアルに向き合いながら、こう言う。
「・・・俺は自分の意志で影に入ったんだ。 長年世話になった騎士団をやめてな。
今まで散々好き勝手やっておいて、今更やめたいなんて、勝手なことが許されると思うか?」
「許す許さないの問題ではない。 私はお前自身の本心を聞いている」
「なあ、エアル。 ”組織をやめたい”って言うのは簡単だ。 だけど自分を必要としてくれた組織をやめることが、そんなに簡単に済ませて良いとは俺は思わねぇ。 どんな理由があろうと、自分の勝手でやめるっていうのなら、それそうの”けじめ”をつけなければならない」
「けじめだと?」
エアルはこの時、ふと思い出した。
リキがわざわざ騎士団に宣戦布告するかのような行動を取る際も、エアルは「危険ではないか?」と止めるも、リキは「俺なりのけじめだ」と言って、エアルを振り切った。
「お前の言葉に甘えてやめちまえば、俺はただの悪党になり下がる。
だから俺は、お前とアストに賭けることにした」
「どういう意味だ?」
「俺はこれからアストと戦う。もちろん殺すつもりでな? 俺が負ければ、俺の命はアストに任せる。
逆に俺が勝てば、影の掟を破ったってことで、お前が俺に制裁を与える」
「・・・それがお前のけじめか?」
「そうだ・・・もうこれっきりかもしれねぇから、言っておくぜ? 今までありがとうよ。 エアル」
リキはそう言い残すと、エアルに背を向け、ゆっくりと歩いていく。
アストと決着をつけるためだ。
その背中をみながら、エアルは「バカが・・・」と悲し気に呟いていた・・・
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