第95話 医師の宿命

復讐を終え、愛するチップの元へと旅立とうとするミヤ。

1つしかない命とずっと愛してくれるレイラン。

恵まれた宝を、自分は2つも持っていることを夜光に諭され、ミヤはレイランと共にもう1度生きていくことを誓うのであった・・・


静寂が包み込むビスケット病院で、複数の足音が響きわたる。

足音が止まると同時に院長室を荒々しくノックする音が、静かな空気を振動させる。


「誰だ?」

院長室でカルテを見ていたビスケットがドアを開ける。


「なっなんですか!? 君は!?」

ビスケットの前に立っていたのは、息を荒げるルドであった。

「院長先生! クキの森のエルフ達が重傷を負っているんだ! 今オレの仲間がエルフ達をロビーに運んでいる! だから急いで手当てをしてほしい!」

「申し訳ありませんが、ここは人間の病院です。それに私は人間専門の医者ですので、エルフは専門外です」

ビスケットは丁重に断ろうとするが、ルドは食い下がる。

「あぁ、受付のナースにもそう言われた。 でもエルフであるレイランのケガを手当てしてただろ!?」

ここへ来る前に、ルドは受付にいたナースにエルフ達の手当てを依頼していた。

だが答えはビスケットと同じであったため、院長であるビスケット本人に直談判することにしたのだ。

「それは彼女がパスリングで人間となっていたからできたのです。 エルフの手当ては私達にはできません。どうかほかを当たってください」

そう言ってビスケット院長がドアを閉めようとすると・・・


「これを見てもそんなことが言えますか?」

そう言って薄暗い通路の影から現れたのは、血まみれのエルフの少女を抱きかかえたスノーラであった。

少女のきらびやかな銀色の髪は真っ赤に染まり、宝石のようなきれいな目もまるで死人のようなうつろな目になっていた。

体には無数のアザや切り傷があり、美しい顔も見るに堪えないものになってしまっていた。


「クキの森で異種族ハンターに暴行を加えられた後、強姦されたようです。 この子を見ても、まだ手当てができないと言うのですか?」

悲し気な表情でそう尋ねるスノーラ。

それは同情だけでなく、かつて自分の腕の中で死んでいった妹の面影を少女に重ね、絶対に助けたいという強い信念による表情でもあった。


傷ついたエルフを目の当たりにし、「それはその・・・」と言葉を詰まらせるビスケット。


ビスケットが何よりも大切思っている孫娘と同じくらいの少女が死にかけている。

医者ならば放っておくはずはない。

だが相手はエルフ、人間ではない。

じかし、実はエルフの内部構造は人間とほぼ同じ。

強い抵抗力があるため、薬は制限されてしまうが、治療は不可能ではない。

だが、ビスケット病院の医師やビスケット本人もエルフの治療などしたことがない。

治せる自信がない状態で治療をする意味はあるのかと、ビスケットは自分に問いかける。


そんな煮え切らないビスケットに、ルドは開いているドアを強く叩いて怒りを見せる。

「医者ってのは命を助けるのが仕事だろ!? 人だろうがエルフだろうが、命を救うために全力で治療するのが医者じゃないのかよ!?」

ルドに続き、スノーラも抱いている少女の顔をビスケットによく見せてからこう言う。

「これがあなたの言っていた”生きていくための仕方ない行為”ですか? こんな子供の命を踏み台にした病院に、一体何の価値があると言うのですか?」


ルドの怒りとスノーラの悲しみの言葉を受け、ビスケットの心に灯ったのは愛する娘と孫の笑顔であった。

それはビスケットが守りたいと思っていた宝であった。

それを失い、絶望するも、自分以外の人にこんな悲しみを味合わせたくないと思い、クキの森の開発を経過うした。

だがその結果、大勢の命と子供達の笑顔を奪ってしまった。

その上でなお、エルフだからと治療を拒否してしまった。

それは命を救う使命を背負う医者として恥ずべき行為であると後悔した。

それと同時に、医者としての使命を全うしたいと強く思った。


「・・・わかりました。 どこまでできるかわかりませんが、やってみます」

ビスケットはそう言うと、院長室から飛び出し、放送で病院にいる医師やナースに呼び掛けた。

始めは全員、エルフの治療という前例のないことに、戸惑いを覚えたが、ビスケットが頭を下げて「みなさんお力をお貸しください」と院長の指示ではなく、1人の医師として頼むその姿勢に、全員快く承諾した。


その後、ビスケット病院の総力を上げ、ロビーに運ばれてくるエルフ達に治療を施して回った。

異種族特有の抵抗力で薬がほとんど効かないため、治療は難航したが、それでも自分達のできる精一杯の治療を行っていった。



エルフ達を運び終えたアスト達がエモーションを解くと、スノーラは夜光に通信を入れる。

すぐに通信は繋がり、画面には普段以上に不機嫌そうな夜光の顔が映った。

スノーラはもちろん知らないが、夜光と笑騎の既婚者ナースについての口論が、殴り合いに発展しそうなときに通信が入ったので、若干水を差されたような気分になり、それが顔に出ているのだ。


「夜光さん。 レイランは見つかりましたか?」

『あぁ、今そばにいる。 ついでに母親の方も』

「それはよかった。 今私達は病院のロビーにいますが、合流できますか? お互いの状況を把握したいので」


夜光はしぶしぶ「わかったよ」と答え、スノーラ達がいるロビーへと向かった。

その道中も、夜光と笑騎はたびたび罵り合うので、ミヤとレイランは2人から少し距離を置いて歩いて行った。


そして、スノーラ達と無事に合流することができた夜光達。

帰ったはずの笑騎が現れた時は、マイコミメンバーの顔は蒼白したが、その後の情報共有で夜光とミヤを助けていたことを聞き、少し見直したのだが、笑騎が2人を助けたご褒美にマイコミメンバー達の胸に顔をうずめさせてほしいと要求してきたので、すぐに幻滅した。

その後もしつこく要求してくるので、最終的にルド・スノーラ・ライカの3名の鉄拳制裁により沈黙した。


ミヤとレイランはというと、しばらく2人にしてほしいとミヤの病室に戻って行った。


そして、しばらくエルフ達の治療を見守っていた夜光達であったが、ピークに達していた疲労で急激な眠気を感じ、いつの間にか全員待合室の椅子で深い眠りについた。



翌日・・・


徹夜明けでエルフ達に治療を施した結果、奇跡的に全員一命を取り留めた。

何人かは後遺症が残っているようだが、今後のリハビリで回復する可能性はあるとのこと。

エルフ達はケガが完治するまでビスケット病院で入院することになった。

院長であるビスケットがエルフ達の全てを奪ってしまったせめてもの償いと、医師やナース達に掛け合ってくれたのだ。


ちなみに、クキの森を襲った異種族ハンターは、レオスに軽くあしらわれた上に、大量の土が山のように積もっていたため、身動きが取れず、レオスが匿名で呼んだ騎士団によって全員逮捕された。



そして、治療を終えたビスケットは、夜光達に謝罪した後、自分がどれだけ残酷なことをしたのかという後悔とエルフ達の治療が落ち着いてきたら、罪を償うために騎士団に自首する決意を伝えた。


夜光達は何も言わず笑顔で頷いた。


決意を述べた後、エルフ達の治療に戻ろうとしたビスケットの元に小さな女の子が駆け寄る。

その少女の顔を見た途端、ビスケットは驚きのあまり目を大きくした。

そして少女は、その小さな口をゆっくりと動かす。

「お・・・おじいちゃん」

「こっココア! どうしてここに?」

「・・・昨日、ママの夢を見たの・・・」


ココアの話によると、昨夜、死んだ母と公園で遊んだ夢を見たのだと言う。

楽しく遊んだ後、母が「笑って、ココア。 お母さんはココアの笑顔が大好きよ」と言い残し、消えてしまったのだという。

目が覚めた後、不思議とビスケットに会いたい気持ちが強くなり、父親に病院まで連れてきてもらったのだ。


するとココアは、ビスケットに向けて、小さく微笑む。

それは笑顔とは呼べないほどの変化だが、ビスケットにとっては、2人を照らしている朝日よりもまぶしく輝いていた。

「私、今すぐにはできないけど、きっといつか前みたいに笑えるようになる! お母さんに喜んでもらえるように頑張るから・・・おじいちゃんもお仕事頑張ってね!」

「こっココア!」

ビスケットは大粒の涙を流しながら、ココアを力強く抱きしめた。

うつ病で部屋に引きこもり、笑顔も忘れてしまった孫が、亡くなった母と自分のために、もう一度笑おうとしてくれている。

ビスケットには、死んだ娘が、自分とココアを天国から元気付けようとしているのだと感じた。

「ありがとう・・・おじいちゃん・・・頑張るからな」

「・・・うん」

ココアも小さな手でビスケットの頭をぎゅっと抱きしめる。

ビスケットとココアの再スタートが始まったのであった。


ビスケット病院内のロビー・・・

レイランと2人で話し合い、落ち着きを取り戻したミヤは、レイランと共に夜光達に謝罪とお礼を言うためにロビーに来た。


「色々迷惑を掛けてごめんなさい。 あと、お母さんやボクのためにみんなありがとう」

夜光達に深々と頭を下げて謝罪するレイラン。

マイコミメンバー達は笑顔でレイランを囲み、「気にするな」とレイランを元気づけようとする。

笑騎がどさくさに紛れてレイランの体に触れようとするも、スノーラが銃によって静止させた。


「ありがとう。 あなたがいなければ、今頃わたくしは、レイランを悲しませたまま、死んでいたでしょう」

ミヤも深々と頭を下げて夜光にお礼を言うが、夜光は首を横に振ってこう返す。

「礼を言う相手が違う。 お前を助けたのは俺じゃなくてレイランだろ?」

夜光はそれだけ言い残すと、大あくびをしながら眠気覚ましのタバコを吸いに、外に出た。


夜光の人柄がなんとなくわかり、少し口元が緩んだミヤ。

その時、「ミヤ・・・」と小さな声がミヤの後ろから聞こえた。

振り返ると、そこにはかつてチップを殺した父スペルビアであった。

スペルビアは全身にひどいやけどを負っているため、体中に包帯を巻いている。

顔のやけどもひどく、顔の原型をほとんどとどめていない。

口の中は乾燥しきっている上に、唇が上と下でくっついているため、しゃべるのはかなりつらい。


「あっあなたは・・・」

ミヤが驚く間もなく、医師達がスペルビアを病室に運ぶためにタンカに乗せる。

そして、その場から運ばれる際、ミヤにこう言い残す。

「すまなかった・・・」

それは初めて聞いた父からの謝罪。

そして、スペルビアがずっとミヤに言いたかった言葉であった。

その一言で、スペルビア自身も、チップのことを後悔していたのだと、ミヤ自身どこかで感じ取った。


「・・・」

ミヤは何も言わずに、運ばれていく父の姿をじっと見つめていた・・・



同時刻・・・

クキの森近くの丘で燃え尽きたクキの森をじっと見つめていたリキの元に、エアルが歩み寄る。

リキが「よう」と軽く挨拶すると、エアルは「結果がどうだった?」と尋ねる。


「実力や志はまだまだひよっこだが、戦う価値はありそうだ」

リキはこれまでのアスト達の行動をこっそりと観察し、彼らが敵としての価値があるかを考えていた。

そして今、リキはアスト達を敵として認めたのだ。


「敵と認識した以上、俺は手を抜く気はねぇ。 間違えて殺しちまったら、お前の手で”制裁”してくれや」

立ち去ろうとするリキに向かってエアルがこう言い放つ。

「いい加減にしたらどうだ?」

「なんだよ急に」

「はっきりと言ったらどうだ? ”影をやめたい”と」


それはエアルが見せた初めての怒りであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る