第92話 引き裂かれた愛
ミヤとチップの間に、新たな命が芽生えた。
今後のことをどうするか悩んていた時に現れたのはゴウマであった。
彼は、ミヤとアストメンバーとして迎え入れてたいと願い出た。
今ひとつ理解できないミヤにゴウマが手渡したのは、マインドブレスレットであった・・・
「・・・アストに選ばれた証?」
「はい。 そのマインドブレスレットは、アストを装着でいるほどの強い精神力を持つ者の手にない限り、動かない機械です。 それがこうして、あなたの手で動いたということは、あなたにはその力があるということです」
ゴウマにそう言われるが、ミヤには状況が飲み込めない。
ただ、人間を守る戦士という単語は理解できたので、ミヤは首を横に振る。
「せっかくのお誘いですが、わたくしはこのクキの森に住むエルフです。
エルフ族は森を守り、同胞を愛することが使命です。
人間を守る戦士にはなれません。 申し訳ありませんが・・・」
ミヤはそう言うと、マインドブレスレットをゴウマに返却する。
その返答に、少し残念そうな顔をしつつも、ゴウマは納得したように頷く。
「わかりました。 無理強いする気はありません。 こちらこと突然こんなことを頼んでしまい、申し訳ない」
ゴウマはミヤからマインドブレスレットを受け取ると、ミヤの父親に目を向け、こんなお願いをする。
「スペルビアさん。 もしよろしければ、クキの森に一泊させていただけないでしょうか?
せっかく来たので、緑あふれる自然の中で、ゆっくり過ごしたいのですが」
ゴウマのお願いに、一瞬難しい顔をするスペルビア(ミヤとチップの父)であったが・・・
「・・・わかりました。 では私達の家にお泊りください・・・ただし、森の中での行動は制限させていただきます。 あなたを信用していない訳ではありませんが、人間を快く思わないエルフもいるので」
「かまいません。 わがままを聞いていただき。ありがとうございます」
そして、ゴウマと共にその場を立ち去ろうとするスペルビアが、ミヤとチップに向かってこう言う。
「ミヤ、チップ。 私はゴウマ国王をご案内する。 お前達は引き続き、作業に戻れ」
「「わかりました」」
「・・・」
2人の返事を聞くと、スペルビアはなぜか険しい顔でゴウマと共に、去って行った。
その夜・・・
夕食を済ませ、自室のベッドでゆっくりしていたチップ。
そこへノックと共に、ミヤが入ってきた。
「姉さん。どうしたの?」
「急にごめんなさい。 少し考えたことがあるの」
深刻な顔でそう打ち明けるミヤに、チップは優しく「何?」と尋ねる。
「ゴウマ国王の話だけど、わたくし・・・引き受けようと思うの」
チップが「どうして?」と尋ねると、ミヤはお腹をさすりいながらこう返す。
「話を引き受ける代わりに、お腹の子とわたくし達を匿ってもらおうと思うの」
「匿ってもらうって、僕達のことを話すってこと?」
「このままここにいれば、いずれ赤ちゃんが生まれて、わたくし達のことがみんなに知られるわ。
確証はないけど、わずかでも可能性があるなら、それに賭けるわ」
「でも、応じるどころか、僕達のことを父さんやみんなにしゃべる可能性もあるじゃないか・・・」
「もしそうなれば、わたくしは自決するわ」
自らの決意の固さを見せるかのように、ミヤは懐から小刀を取り出した。
「姉さん・・・」
「でもね、チップがわたくしと運命を共にしたくないと言うのなら、わたくし1人で、全てを背負うわ。
あなたのことも絶対に話さない」
ミヤのこの言葉に、チップは少し怒りを見せた。
「勝手なことを言わないでくれ! 僕は姉さんを愛しているから、一緒にいるんだ!!
姉さんが危ない橋を渡るなら、僕も一緒に決まっているだろ!?」
チップは力強くミヤを抱きしめ、自分も運命を共にすることを誓った。
「・・・そうだったわね。 ごめんなさい」
チップの愛を感じたミヤの頬には、一筋の涙が流れた。
そして、ゴウマがいる別小屋を訪れたミヤとチップ。
ドアをノックすると、ゴウマが小屋から出てきた。
最初こそ、いきなり現れてた2人にきょとんとしていたが、2人の真剣な顔を見て、何か話があると察し、
「とにかく中へどうぞ」と小屋の中に招き入れた。
小屋に入ると、そこにはゴウマのほかに、ピンク色の髪をした30代後半くらいの女性がワラベッドで横になっていた。
「あら、あなた。 お客様?」
女性はそういうと、ワラベッドから起き上がる。
「はっ初めまして、わたくしは、ミヤ スペルビアと申します。 こちらは弟のチップです」
突然現れた人間の女性に動揺したミヤの自己紹介。
「ご丁寧にありがとうございます。 私はゴウマの妻の”ルビ ウィルテット”と申します。
以後お見知りおきを」
「妻ということは、女王陛下であられますか?」
ミヤが改まってそう尋ねると、ルビはおかしそうに、クスクスと笑い始める。
「そんな大層なものではありませんよ。 少なくともこの森では、ただの人間です」
彼女こそ、当時まだ存命であったセリアとセリナの母親であり、ゴウマの妻であるルビ女王であった。
「ルビ。 長旅で疲れているのだから、寝ていろと言っただろう?」
「あら、お客様がお見えになっているのに、ベッドで横になるなんて失礼でしょ?」
「まったく・・・」
妻のいたずらな笑顔を向け、ゴウマの隣に座るルビ。
ミヤとチップはその向かいに座ることにした。
「それで、何か御用ですか?」
ゴウマがそう切り出すと、ミヤがさっそく本題に入る。
「単刀直入に申し上げます。 昼間の件ですが、お引き受けしたいと思います」
「どうして突然・・・」
「一度は断ったことなのに、引き受けたいなど虫の良い話なのは十分わかっているつもりです。
ですが、引き受ける代わりに一つ、お願いがあります」
「なんでしょう?」
「わたくしは今、妊娠しています。 いずれこの子を生みたいと思っています。 ですが、今のままではそれは叶いません」
「なぜですか?」
ルビの問いに、今まで黙っていたチップが口を開いた。
「子供の父親が僕だからです」
「「えっ?」」
ゴウマとルビは一瞬、驚いた表情を浮かべていた。
「僕達は真剣に愛し合っています。 だから、子供ができたこともすごく嬉しいです。
でも、このことが父や森のみんなにバレたら、最悪、僕らには極刑が下ると思います」
「「・・・」」
言葉を失うゴウマとルビ。
もちろん、無理もないことだと言うことはミヤもチップも理解している。
「お願いします!! どうか、子供を助けてください!!」
チップは土下座すると同時に、2人の願いを訴えた。
「普通に考えておかしいことはわかっています! でも僕達は、真剣に愛し合っているんです!!
いずれは、父や森のみんなに報告するつもりです。 でも今知られれば、間違いなく僕達は終わりだ!」
「わたくしも、どうかお願いします! どのような協力でも致します!! だからどうか!!」
チップと共に土下座するミヤ。
そんな2人を見て、ゴウマとルビはお互いの目を見て頷く。
「お二人共、どうかお顔をあげてください」
ルビが優しい声で、2人に語り掛ける。
「ミヤさん。 子を生みたいと思おうあなたのお気持ち、よくわかります。 私も二人の女の子を出産しました。 今は、遠征に来ているので、城の者に世話を頼んでいますが、離れていても、愛しくでしかたありません。 それに、主人のことも互いの思いを知った時からずっと愛しています。
ですからミヤさん、チップさん。 お互いを愛する気持ちがおかしいことなんてないんですよ?」
妻の愛にあふれた言葉に、嬉しそうな笑顔をこぼすゴウマも、2人にこう言う。
「ルビの言う通り。 家族が家族を愛することは恥でもなんでもない。
それが姉弟としての愛情でも、男女としての愛情でも、愛する心は全て同じです」
ゴウマは立ち上がると、土下座しているミヤとチップの肩にそれぞれ手を置く。
それと同時に、ミヤとチップも顔を上げる。
「あなた方の願い、しかと引き受けました。 これからよろしくお願いします」
それは奇跡の瞬間であった。
「「あっありがとうございます!!」」
その後の話し合いにより、ミヤは起動実験の協力と、設備の整った病院で子供を出産するために、ディアラット国で生活することになった。
翌日、アストの件を引き受けたことをスペルビアに話したミヤは、そのままゴウマとルビと共に、ディアラット国へと向かうこととなった。
それからミヤはアストの起動実験に協力しつつ、助産師による診察を受け、ディアラット国で生活をしていた。
慣れない町での生活は、森育ちのミヤには、かなり酷であったが、生まれてくる子とチップを思い、逃げ出したいという気持ちが芽生えることはなかった。
クキの森を出てから1年後、ミヤは無事に女の子を出産した。
その誕生に、ミヤはもちろん、ゴウマとルビも大喜びしていた。
名前は森を出る前に、チップと決めており、”レイラン”と名付けた。
ある日、ミヤが「チップに娘を見せたい」と提案してきた。
もちろんゴウマとルビは了承し、出産してからしばらくして、ゴウマとルビはミヤとレイランを連れて、クキの森へと向かった。
家に着くと、ミヤは一旦、ゴウマとルビにレイランを預かえ、チップを呼びに家の中へと入った。
「チップ! ただいま! ミヤよ!?」
家の中はまるで空き家のように、静かな空気に包まれていた。
「(もしかして、部屋にいるのかしら?)」
そう思い、チップの部屋に向かるミヤ。
ノックして呼びかけるが、応答がない。
「チップ?・・・!!」
部屋に入ったミヤは言葉を失った。
そこにいたのは、血まみれで倒れていたチップであった。
「チップ!!」
すぐさまチップを介抱するミヤ。
「チップ!!チップ!! しっかりして!!」
「・・・ねえ・・・さ・・・ん」
かろうじて息があったチップだが、ほとんど虫の息だ。
「チップ!! 一体何があったの!?」
ミヤがそう問うと、後ろから「帰ってきたか」という聞き慣れた声が聞こえた。
振り向くとそこに立っていたのは、スペルビアであった。
その後ろには、数名の若いエルフ達がはびこっている。
「お父さんチップが!! 一体何が!?」
取り乱すミヤに、スペルビアは冷たくこう言う。
「ミヤ。 全てわかっている」
「・・・えっ?」
「貴様、チップを愛しているのだろう?」
「なっ何を・・・」
「父親をみくびるな。 お前達が互いに惹かれ合っていたのは、薄々感づいていた。
それだけならまだ、庇う余地はあったが、まさか子供まで作るとは」
「どっどうしてそれを・・・」
動揺するミヤの前に、エルフ達が血まみれのエルフを無造作に投げつけた。
それは、変わり果てたバーニラの姿であった。
「バーニラさん!!」
「お前が私の目を盗んでバーニラの元に通っていることは知っていた。
だからお前が旅立った後、バーニラを問い詰めた。
乱暴な手段を使ったが、真実を聞くことはできた」
スペルビアは静かにそう言うと、ミヤに歩み寄りその首を掴んだ。
「よくも、エルフ族の名に泥を塗ってくれたな!! この恥さらしめ!!」
「くっ!!」
必至に手をひき剥がそうとするが、手の力があまりに強いため、それは叶わない。
「答えろ!! 赤ん坊はどこにいる!!」」
「だっ誰が・・・」
口を割ろうとしないミヤに、スペルビアは「言えっ!」と手にさらなる力を入れる。
しかし、たとえ殺されようとも、レイランのことを話そうとしないミヤ。
それに対し、スペルビアは周りのエルフ達にアイコンタクトで指示を出す。
すると、エルフ達は腰の剣を抜き、倒れているチップに刃先を向ける。
スペルビアはミヤにも見えるように向きを変える。
「言わんというのなら、先にチップから死んでもらおう」
それは親が子に言う言葉とは思えないほど、冷たい言葉であった。
「何を言っているの!? チップはわたくし達の家族でしょ!?」
「貴様らのようなおぞましい姉弟など、もはや我が子ではない!!」
「お願いやめて!!チップだけは!!」
涙ながらにそう訴えるミヤであったが・・・
「・・・やれ」
スペルビアのその言葉と共に、チップは数本の剣で体を貫かれた。
「いやぁぁぁ!!」」
ミヤは身を裂かれるほどの痛みを心に感じてしまった。
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