第93話 死を望む女

愛する子を守るため、アストの起動実験のために、ディアラット国で生活することになったミヤ。

無事に女の子を出産し、その報告をするためにチップのいるクキの森へと向かう。

しかし、ミヤを待っていたのは、変わり果てた姿のチップと、我が子の不貞に怒る父スペルビア。

そして、見せしめにチップは、ミヤの目の前で、数本の剣に貫かれたのであった・・・


「チップ!!チップ!!」

必至に呼びかけるミヤであるが、チップは返事どころか微動だにしない。

そばに寄りたくとも、スペルビアに首を掴まれて、動けない。

「この外道!! 殺してやる!!」

怒りに狂ったミヤは、父親に向かって暴言を吐きながら掴んでる手を解こうともがく。

「親に向かってなんという口に聞き方だ!! これまで家族として育ててやった恩を忘れ、実の弟と不貞に走り、子供を作った上に父である私に暴言を吐くとは・・・このエルフ族の面汚しめ!!」

「大切な家族を躊躇なく殺しておいて、貴様こそ家族の面汚しよ!!」

もはや互いを憎悪の対象としか見えていない2人。

そしてとうとう、スペルビアが腰に差している短剣を抜く。


「貴様などもはや我が子ではない。 エルフ族の名をケガした報いを受けろっ!!」

スペルビアは力強くミヤを床にたたきつけると、そのままミに覆いかぶさり、心臓目掛けて短剣を振り下ろす。

・・・その時!!


「やめなさいっ!!」

突然の大声で、スペルビアの手は止まり、周りのエルフ達と共に、声の方へと目を向ける。


「スペルビアさん。 一体何をしているのですか?」

大声と共に現れたにはゴウマと護衛のために連れてきた騎士団数人であった。


「ゴウマ国王。 なぜあなたがここにいる? 国王といえど、人間が許可なく森に立ち入るなど許されない行為ですよ?」

脅しをかけるように、そう告げるスペルビアだが、ゴウマはひるまずにこう返す。

「勝手に入ったことは後ほど謝罪しましょう。 だが今は、あなたの愚かな行為を止める方が先です」

「私を侮辱する気か?」

「我が子に手を掛ける親など、侮辱する価値もありませんよ」

ゴウマのあおるような言葉に、周りのエルフ達は「なんと無礼な!!」、「人間ふぜいがっ!!」と槍や剣をゴウマに向ける。

そこへゴウマのそばにいる護衛隊数名が銃を構え、ゴウマの盾となる。


「剣を収めてください。 ここでいらぬ血を流すのは、お互いにとってなんの得にもなりません」

ゴウマは普段見せない鋭い目で、スペルビアにゆっくりと近づく。

もちろん、エルフ達が襲ってこないように、周りは騎士団達がしっかりガードしている。


「彼女を放しなさい」

冷たくそう言い放つゴウマに対し、「嫌だと言えば?」と挑発するかのように返すスペルビア。

「そんなことを言う暇など与えませんので、ご安心を」

それはつまり、断れば強硬手段に出るということである。

いくら最強のエルフとはいえ、狭い屋内で身動きがとりにくい上、銃や防具など、装備が整っている騎士団が相手では、勝ち目はないに等しい。

「・・・」

スペルビアは無言で、ミヤから離れた。


「・・・チップ!!」

スペルビアから逃れることができたミヤが真っ先に向かったのは、愛するチップの元だった。


「チップ!!チップ!! お願い!! 目を開けて!!」

チップを介抱し、必死に呼び掛けるミヤ

血まみれでぐったりとしているチップ。

もう死んでいてもおかしくない出血量であったが・・・

「・・・うっ」

その呼び掛けに、うっすらと目を開けるチップ。

「ねえ・・・さん・・・無事?」

薄れゆく意識の中、言葉を絞るように、ミヤの身を案ずるチップ。

「わたくしは大丈夫よ! それより、チップは・・・」

「こっ子供・・・は?」

「元気よ。 すぐそばであなたを待っているわ」

「よかった・・・元気に生まれてくれたんだね・・・」

「そうよ・・・だから、あなたも元気になって、3人で暮らしましょう・・・」

「・・・ごめん。 それはできないみたいだ」

「なっ何を言っているの!?」

「僕はもう助からない・・・だから、君のそばにいることは・・・もうできない」

すでに痛覚を失い、意識もほとんど残っていないチップは、自らの死を悟ったのだ。

「バカなことを言わないで!! 助かるわよ!!」

ミヤはまるで神に懇願するかのように、大粒の涙を流した。

「子供の顔を見られなかったのは残念だけど、僕は幸せだったよ・・・」

「ダメ・・・ダメ・・・お願いチップ・・・あなたがいない世界なんて、わたくしは・・・」

ぐしゃぐしゃの顔で泣き崩れるミヤに、チップは最後の力を振り絞って、まぶしいほどの笑顔を見せる。

「愛してるよ、”ミヤ”。 ずっと・・・」

その言葉を最後に、チップは眠るように息を引き取った。

「チップ・・・あぁぁぁぁ!!!」

チップの遺体にすがりながら、ミヤは声を上げて泣き崩れた。

愛するチップはもう語り掛けてくれない。

手を握り、彼のぬくもりを感じることもできない。

大好きだったあの笑顔も、もう見ることはできない。

それは、彼女にとって、死よりもつらいことであった。


ミヤの涙が流れている間、まるで時間が止まったかのように、ゴウマを含めた周りの者達は、ただただ泣き崩れるミヤをじっと見つめていた。


絶望のどん底に突き落とされたミヤは・・・すると突然立ち上がり、スペルビアから短剣を奪った。

「!!!」

ミヤは短剣を自分ののどに向け、自殺しようとしていた。


「いかんっ!!」

間一髪、ミヤに飛びつき、ミヤの手から短剣を払いのけるゴウマ。

「邪魔しないで!!」

短剣を拾うと、暴れるミヤをどうにか押さえつけるゴウマが騎士団達に「麻酔!!」と告げる。

騎士団の1人が、懐から麻酔銃を取り出し、暴れるミヤのお腹に、注射器のような麻酔弾を撃った。

「うっ・・・」

麻酔弾を撃たれたミヤは、そのまま意識を失った。


ミヤの意識がないことを確認すると、ゴウマは騎士団達に彼女を任せた。

それと同時に、チップの遺体も騎士団に運ばせた。


そして、騎士団達の後に続くように、その場を後にしようとするゴウマ。


「ご満足ですか?」

すれ違い様に、スペルビアに向かって、嫌味を含めた質問をするゴウマ。

それに対し、スペルビアはこう返す。

「私はエルフ族の長です」

「・・・そうですか。 では、2人は我々が引き取ります。どうぞお元気で・・・もう二度と会うこともないでしょうが・・・」

親としてではなく、エルフ族の長としての立場を優先するスペルビアに幻滅したゴウマは、それだけ言うと、足早にその場を後にした。


家のそばに停めている馬車で、レイランと共にゴウマを待っていたルビ。

すると突然、レイランが大声で泣きだした。

「レイランちゃん。 どうしたの?」

あやしても泣くことをやめないレイラン。

それはまるで、父の死を悲しむかのような、どこか儚い声であった・・・


チップの死後・・・

チップの遺体はディアラット国の墓地に埋葬され、ミヤは精神が崩壊し、重度のうつ病になってしまった。

そしてレイランは、孤児院に預けられることになった。

当時、まだホームができていなかったため。ゴウマとルビはレイランを預かることができなかったのだ。



そして現在、ビスケット病院屋上・・・

星空を眺めながら、チップのことを思い出していたミヤは、ゆっくりと視線を前に向け、クキの森を包む赤い炎を遠目に眺める。


「あれからわたくしの人生は、止まったまま。 何度も死のうとしたけど、彼を殺した外道達がこれからもノウノウと生きていくなんて、どうしても納得できなかった!」

燃えるクキの森を睨みながら、恨み言を呟くミヤ。

「だからビスケット院長の計画に協力したの? 復讐のために」

レイランの言葉に対し、ミヤはこう返す。

「最初に近づいてきたのはビスケット院長だった。 彼はカウンセリングでわたくしがクキの森のエルフだということと、彼らを恨んでいることを知り、クキの森を潰す計画をわたくしに話し、『クキの森の情報を提供すればあなたの復讐を代わりに実行します』と言ってきた」

「計画を知ってて協力したの? 異種族ハンターに襲われた異種族がどんな目に合うかわかるでしょ?」

レイランの言う通り。

事実、クキの森のエルフ達は、男性は無残に殺され、子供は人身売買目的で拉致され、女性は強姦された上、奴隷として売られるところを、アスト達やレオスの活躍で阻止することができた。

「わかっているから協力したのよ。 あんな心のない一族なんて、ハンター達の餌食になるのがお似合いよ」


もはや故郷と同胞に恨みしか抱いていないミヤの本音を聞いたレイランは、その恨みを受け入れた上で、こう尋ねる。

「じゃあ、これからどうするの? 復讐は終わったんでしょ?」

「・・・そうね。 あれではもうクキの森も、エルフ達もおしまいね」

そう言うミヤは突然、手すりを乗り越えてしまった。

あと1歩進めば、そのまま地上に落下してしまう。


「ちょっと! 何をする気!?」

慌てて駆け寄ろうとするレイランに、「来ないで!!」とミヤが静止させる、


「復讐を終えた今、わたくしが生きている必要はもうないわ。 やっと胸を張ってチップに会える・・・」

ミヤの目にはこれから死ぬ者とは思えないほど、希望に満ちていた。

「バカなこと考えないでよ!!」


その時、屋上へと駆け上がる足音が、響き渡った。


「やっと見つけた・・・」

シリアスな空気を打ち破ったのは、夜光であった。

病院中を駆けずり回ったためか、少し息を切らしている。


「おっおじさん。 何しに来たの?」

「お前を探せと言われてきただけだ。 あと、俺はおじさんと呼ばれるような歳じゃねぇ」

そう言うと、夜光はレイランの腕を掴んでこう言う。

「とりあえずお前を連れて行かないと、ガミガミやかましいのがいるんだ。 とっととついてこい」

連れて行こうとする夜光の手を振り解き、レイランはこう叫ぶ。

「この状況で何を言ってるんだよ!? 今から飛び降り自殺をしようとしてる人がいるんだよ!?」

レイランがミヤを指さすと、夜光は興味がなさそうにこう言う。

「・・・だから? 何?」

「はっ!? 自殺しようとしてる人がいるんだよ!? 普通止めるでしょ!?」

夜光の非常識な言葉と態度に、レイランが声を上げる。

「大げさな計画に加算した割には、つまんねぇエンディングだな」

夜光はまるで他人事のように、タバコをふかし始める。

「ふざけないでよ!!」

レイランはそう吐き捨てると、再びミヤに視線を戻す。


「お願いだからやめてよ!!」

「チップ・・・」

必至にそう叫ぶも、ミヤは迷わず死への一歩を踏もうと片足を上げた時だった。


「犬死にしたバカな弟によろしく」

飛び降りる直前、ミヤの耳に夜光の言葉が届いた。


「・・・今、なんと言いました?」

先ほどまでとは一転、怒りに震えるミヤ。

「犬死にしたバカな弟によろしくって言っただけだ」

悪びれもせず、夜光は死んだチップを侮辱する発言をする。


「犬死にしたバカな弟? それはチップのことですか?」

ミヤはゆっくり振り向くと同時に、夜光を睨みつける。


夜光はまるでその怒りに答えるかのように、鋭い目つきでミヤと向き合った・・・

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