第91話 望まれぬ命

ミヤとチップ。

血の繋がった2人の心に愛が芽生えた。

許されないことは理解している。

しかし、深い愛情に包まれた2人にそんな現実は見えていなかった。

これから待ち受ける悲劇のことなど、知る由もなく・・・


ミヤとチップが愛し合うようになってから数ヶ月経ったある日、

嵐による森や住処のダメージも、徐々に回復の兆しを見せていた・・・


「うっ・・・」

「姉さん、大丈夫?」

「だ・・・大丈夫。 少し気分が悪いだけ」

吐き気を催すミヤの背中を優しく撫でるチップ。

麻痺しているため、ほとんど力が入っていないが、チップは懸命に介抱した。


しばらくすると、徐々にミヤは落ち着きを取り戻していくったが、まだ顔色が優れない。


実は1週間ほど前から、ミヤは体調不良が続いていた。

最初は森の復興作業などで疲れていると思い、気にしていなかったが、昨夜から頻繁に体調不良を訴えるようになった。


「姉さん。 やっぱりバーニラさんの所で見てもらおうよ」

チップの言うバーニラとは、クキの森に住んでいるエルフであり、医術の心得のある唯一のエルフでもある。

「・・・そうね」

チップに付き添ってもらい、バーニラの元へと向かったミヤ。



2人が訪れたのは、小さな小屋であった。

チップが小屋のドアをノックすると、小屋から老婆のようなエルフが出てきた。

「バーニラさん。 こんにちは」

「おや、チップじゃないか、それにミヤも。 どうかしたのかい?」

「実は、少し前から姉さんの様子が変なんだ」

「そうか。 とにかくお入り」


バーニラの小屋に入った2人。

顔色の悪いミヤは診察用の個室にあるワラベッドの上に寝かせ、チップはミヤの体調不良について、バーニラに話した。


「話だけ聞くと、疲労が蓄積したのかもしれないけど、念のために診察してみるよ」

「そう・・・ですか」

心配そうにうつ向いてしまったチップに、バーニラが励ますようにこう言う。

「男が暗い顔するんじゃないよ。 ミヤのことはあたしに任せていおきな」

「・・・はい。 よろしくお願いします」

そう言うと、バーニラはミヤのいる個室に入り、ドアを閉め、診察を始めたのであった。


診察から2時間ほど経過した。

ミヤのことが心配なチップは、ほかのエルフ達にミヤのことを伝え、「そばにいてあげたいので、今日の作業を抜けさせてほしい」という気持ちを伝えると、エルフ達は快く承諾してくれた。



ミヤがバーニラの診察を受けてから2時間・・・

バーニラの小屋の前でミヤが良くなるよう、森の髪に祈りを捧げながら、診察を待っていたチップ。

そんな彼の前に、小屋のドアを開いて現れたのは診察を終えたバーニラであった。


「バーニラさんっ!!」

すぐさまバーニラに駆け寄るチップは「姉さんは!?」とミヤの容態について尋ねた。

「・・・」

バーニラは険しい顔で、話すべきか一瞬迷ったが、決意したように頷くと、こう話す。

「まず、ミヤの体調不良についてだが、病気や疲労によるものではない」

「えっ? じゃあいったい・・・」

次の瞬間、バーニラから驚愕の事実が告げられた。

「・・・ミヤは妊娠している」

「・・・えっ?」

「ミヤは妊娠しているんだ。 状態から言って3ヶ月ほどだろう」

チップには一瞬、バーニラの言葉が理解できなかった。

「姉さんが・・・妊娠?」

これまでのミヤの体調不良を思い返すと、どれもこれも妊娠による症状だ。

だがそうなると、次の問題が発生する。


「チップ。 お前、ミヤが誰かと付き合っている話を聞いたかい?」

「えっ?」

バーニラの言葉で我に返ったチップ。

「当たり前のことだが、ミヤが妊娠したのなら、その相手が必ずいるはずだ。

でも、あたしはミヤが誰かと付き合ったという話は聞いたことがない。

あんたは何か知ってるかい?」

「そっそれは・・・」

チップは口ごもってしまった。

ミヤはチップ以外の男性を愛したことなどない。

そのミヤが妊娠したということは、その子供の父親はチップ以外に考えられない。

人間とは違い、避妊するためのものだと、エルフ達が持っている訳がない。

深く愛し合ったミヤとチップとの間に子供が生まれることは、必然と言えばそれまでだ。


「とにかくあんた達の親父にこのことを話しに行く。 ミヤに限って悪い男に引っかかることなんてないと思うが、事情が事情だからね」

それは、ミヤとチップにとっては、最悪の結末であった。

ミヤとチップ父親は村の長で、幻覚ではあるが、愛情をこめて2人育ててくれた。

母親は、チップが生まれてすぐに亡くなり、それ以降、父親は亡き母親の分まで、立派に2人を育ててくれた。

その父親に、ミヤとチップが本気で愛し合っていること、ましてや、妊娠したことは、父親にとっては許しがたい裏切り行為であった。


「まっ待ってください!!」

突然チップは父親の元へ行こうとするバーニラの前で土下座した。

「なっ何をしているんだい!? チップ」

「・・・僕です」

「・・・なっ何がだい?」

「姉さんのお腹にいる子供の父親は・・・僕です!!」

「ちょ・・・ちょっと、こんな時にバカな冗談はやめとくれよ!」

「・・・本当です」

「いや、何を言ってるんだい? あんたとミヤは血のつながった姉弟だろ?」

バーニラはチップがこんな大変な時に冗談を言うような非常識な男でないことはわかっていた。

だが、全く信じられないのも事実である。

しかし、そこに追い打ちを受けてしまった。


「・・・チップの言う通りです」

小屋の奥から出てきたのは、バーニラが処方した薬で、顔色が少し良くなったミヤであった。

しかし、体調万全になった訳ではないので、壁にもたれながら立っている。

「姉さん・・・」

「わたくしは彼を・・・チップを心から愛しています」

そこ真っすぐな2人の言葉により、それが真実だと確信したバーニラ。

信じられない事実と理解できない2人の愛に、バーニラは思わず、腰が抜けてしまった。


「あっあんた達・・・自分達が何をしたのかわかってるのかい!?

血のつながった姉と弟が愛し合っている上に、妊娠したなんて、こんなことをエルフ族の奴らに知られれば、ただでは済まないよ!?」

「「・・・」」」

もちろん、2人は理解している。 

このことが森のエルフ達に知られてば、エルフ族の名に泥を塗ったとされ、お腹の子供もろとも極刑とされるだろう。


「あんたら、どうする気だい? ミヤのお腹はこれからどんどん大きくなる。

森のエルフ族に知られるのも、時間の問題だよ?」

エルフ族には、中絶する手段がないため、子供を堕ろすことはできない。

そもそも、生まれてくる子供に罪はないので、2人はそんな手段があっても決して選ばないだろうが・・・


「・・・今後のことは2人で考えます。 でもバーニラさん。 このことは父やみんなには黙っていてもらえませんか?」

チップは地面に頭を付けて必死に懇願した。

「あたしが黙っていたって、いずれバレるよ!」

「それでもお願いします!! どうか、このことは黙っていたください!!」

「わたくしからもお願いします!! 自分達がどれだけのことをしているのかは、わかっているつもりです。 でも、わたくし達は最後まで諦めたくありません!! どうか・・・時間をください!!」

「・・・」

2人の真剣な言葉と態度に、2人は本当に愛し合っているのだと、思ったバーニラ。


「・・・勝手にしな。 だがミヤ、あんたはしばらくここに通いな。 あんたらはともかく、お腹の赤ん坊が心配だからね」

バーニラはそっけなくそう返すが、それがどういう意味なのかが理解できた2人は、表情が明るくなった。

「「ありがとうございます!!」」

こうして2人に、新しい命が宿ったのであった・・・


それからミヤは、こっそりと定期的にバーニラの元に通い、お腹の赤ちゃんを見てもらっていた。

それと同時に、今後のことについて2人で必死に考えていた。


妊娠発覚から1週間後・・・

ミヤとチップは、家の掃除や畑仕事といった家事全般を行っていた。

ミヤは妊娠したため、周りには家のことを手伝いたいといって、戦闘訓練のような激しい運動は極力控えさせてもらっていた。


「ミヤ。 チップ」

畑仕事をしていたミヤとチップに近づいてきた1人の男性エルフ。


「お父さん・・・どうなさったのですか?」

そこれ、ミヤとチップの父親と”1人の人間”であった。

2人の父は、エルフ族の長をしている。

エルフ族にとっては、重要な存在である。

母親はミヤとチップが幼い時に、病気で亡くなってしまったので、2人は父親に育てられた。

「ミヤ、お前に客人だ」

ミヤの父はそう言うと、隣に立っていた人間に視線を向ける。

「初めまして。 私は、ゴウマウィルテットと申します。 どうぞよろしく」

笑顔であいさつをしたのは、まだ王の座について間もないゴウマであった。


「わたくしは、ミヤ スペルビアです。 こちらは、弟のチップ」

ミヤに紹介され、チップはそっけなく「どうも」とだけ言う。

チップに限ったことではないが、エルフ族のように人間と接触する機会が少ない種族は、人間に対して、あまり好意的ではないことが多い。


「チップ。 この方はディアラット国の国王だ。 無礼な態度を取るのはやめなさい」

チップの態度に、注意する父。

そんな父の言葉に、ミヤが驚く。


「国王!? 国王ともあろうお方が、わたくしにどのようなご用件でしょうか?」

驚きながらも、ゴウマに用件を尋ねるミヤ。

「単刀直入に申し上げます。 ミヤ スペルビアさん。 アストに入って頂けませんか?」

「アスト? それはなんでしょうか?」

「まあ、言ってみれば人間を守る戦士・・・とでも言いましょうか・・・あまり詳しい内容は言えませんが、”ある脅威”に対抗するために、ディアラット国では、秘密裏にアストという機械を開発しています。 完成にはまだまだ時間が掛かりますが、1つ大きな問題があります」

「問題?」

「アストを装着できるほどの強い精神力を持つ者がいないため、アストの起動実験ができていないのです。

いくらアストの開発が進んでいても、起動できなければ意味がありません。

ですから、強い精神力を持つあなたに、アストに入って頂きたいのです」

「ちょっちょっと待ってください。 わたくしに強い精神力があるなんて、どうして断言できるのですか?」

ミヤがそう尋ねると、ゴウマはポケットからある機械を取り出した。


「それは?」

得体のしれない機械に警戒したのか、父親は少し険しい目をして尋ねた。

「これはマインドブレスレットと言って、アストと深く関係している機械です。 まだ未完成な部分もありますが、アストにふさわしい人物を選ぶ力を秘めています」

ゴウマはミヤに近づき、画面を開いた状態のマインドブレスレットを差し出した。


「これを手にしてみてください。 大丈夫・・・危険なものではありませんから」

ゴウマにそう言われ、おそるおそるマインドブレスレットを受け取るミヤ。

「なっ何?」

ミヤが手にした瞬間、マインドブレスレットが起動し、画面にはいくつものパネルが表示された。


動揺したミヤが、「これはいったい・・・」と呟く。

「あなたがアストにふさわしいと証明されたのですよ」


それは、アストの始まり、そして、愛の物語の終わりのカウントダウンの合図であった。

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