ビスケット病院編
第78話 健康診断
リッシュ村での出来事から2週間ほど経った。
徐々に暑い日差しが弱まり、辺りの気温が低下していく。
肌を刺す冷たい風から身を守るため、ディアラット国では衣替えを始める者が現れ始めた。
夏はクーラー(のような機械)で、氷の心石から発せられる冷気を風の心石で送風して暑さをしのいでいた。
秋や冬と言った寒い季節では、氷の心石を取り外し、熱を放出する炎の心石を取り付け、それを送風することになっている。
しかし、簡単に切り替えられる現実世界のクーラーとは違い、心界では、業者の手によって、切り替える必要があるのが痛い。
そのため、その手の業者は毎日心石の取り換えに追われている。
そんな寒い日のマイコミルームでは、いつものように夜光達が集まっていた。
暖房への切り替えはまだ完了していないので、クーラーは付けてることができず、夜光達は少し厚めの服を着て、寒さをしのいでいた。
『・・・』
今日は”とある事情”から、適当に雑談をして時間を潰すことになっていた。
ところが誰1人、口を開こうとする者はいなかった。
と言うのも・・・
「は・・・腹減った・・・」
机に突っ伏して、まるで命乞いでもするかのような低い声を出すのは、目が死んでいるルド。
「ステーキ・・・パフェ・・・」
ルドの横で、食べ物の幻覚にうなされながら、ガジガジとテーブルの脚を噛んでいるセリナ。
2人のお腹からは空腹の音が鳴り響き、会話のないマイコミルームを支配していた。
「ああぁぁぁ!!もうぉぉぉ!! うるさぁい!!」
空腹に狂うルドとセリナに怒りを露わにしたライカ。
「だって~、朝から何も食べてないんだよ? ごはん食べた~い」
「そうだそうだ。 メシを食わせろ」
力なくライカに反抗するルドとセリナ。
そんな2人に、ため息をつきながらスノーラが言う。
「わがままを言わないでください。 今日は”健康診断”の日なんですから」
スノーラの言った通り、今日は年に1回の健康診断の日。
季節が変わり始めるこの時期に、病院で健康診断を受けることがホーム内での決まりとなっている。
デイケアプログラム1つに付き、スタッフが2名同行する。
もちろん、スタッフも健康診断を受けることなっている。
マイコミメンバーの場合は夜光と笑騎が同行するすることになった。
ゴウマを含めたスタッフ全員が、「偶然そうなった」と口をそろえるが、1番問題を起こしそうな2人の対応を最も上手くできるマイコミメンバー達に押し付けたかったというのが本音。
だが、さすがにマイコミメンバーだけに押し付けるのも悪いので、同行のついでに健康診断を受けるようゴウマが依頼した。
「健康診断って、なんでご飯食べちゃいけないの?」
涙ながらに訴えるセリナに、スノーラはそっけなくこう返す。
「私は医者ではないので存じあげません」
「うぅぅぅ」
絶望するセリナに、キルカが耳元でささやく。
「それほど空腹なのなら、我の足でも舐めてみるか? 多少は気が紛れるかもしれんぞ?」
キルカはスラっとした美しい自らの足をセリナに差し出す。
「えっ? 本当?」
空腹で正常な判断ができないセリナ。
もちろんこれは、キルカの優しさではなく”趣味”である。
「キルカ、今日はあまり悪ふざけはするな。 間違えてこめかみを撃ち抜いてしまいそうだ」
朝食を抜いたためか、キルカの言動にいつもよりイラつきが増すスノーラ。
本当に撃ちかねないと直感的に判断したキルカは「短気な奴だ」と吐き捨てながら、セリナから手を引いた
「あの・・・大丈夫ですか?」
セリアが心配そうに話しかけたのは、ソファに倒れ込んでいる夜光であった。
顔には生気が感じられず、微動だにしないため、まるで死体のようだ。
「大丈夫な訳ねぇだろ・・・」
夜光も朝食を抜いているため、空腹ではあるが、元気がない理由は別にあった。
「メシは食えねぇ、酒も飲めねぇ、タバコすら吸えねぇ。 挙句に金欠で3日間も禁欲してしまった。
男にとってこれ以上の地獄はない」
「そ・・・そうですか」
セリアは夜光を心配してしまった自分を悔いた。
それから間もなく、夜光達は健康診断が行われている病院に向かうため、ホームの裏にある馬車用の停留所に移動した。
「マイコミのみんな、おはようさん!! 相変わらず・・・」
どこからともなく現れた笑騎に向かって、スノーラは突然発砲した。
「ひえぇぇぇ!!」
笑騎は体形からは想像もつかないほどの素早い動きで、弾丸を紙一重で避けることができた。
「なっなにすんねん!? あいさつしただけやろうが!!」
女好きな笑騎でも、さすはにこれには少し怒った。
「貴様が私達にセクハラをしたからだ」
イライラしながらスノーラはそう言い放つ。
「セクハラって、ただあいさつしただけやん!!」
「うるさいエロデブね!! これ以上口を開いたら、半殺しにして騎士団に突き出すわよ!?」
横から割って入ってきたライカも、イラつきながら笑騎に噛みつく。
「もう完全にいじめやんけ!! いくら俺の評判が悪いからって、横暴はあかんのとちゃうか!?」
今回に限っては、笑騎が正論である。
しかし、朝食を抜いたことと、先ほどまでメンバー達を押さえつけていたことによる精神的疲労によって2人には、笑騎の正論が届いていなかった。
「2人共イラつかんといてぇな。 一緒に健康診断に行く仲やねんから」
ヘラヘラ笑いながら2人をなだめる笑騎。
「お前の場合は診察するまでもなく、不健康であろうが!!」
「そうね。 健康診断を受ける前に、ダイエットする方が先じゃない?」
2人のどストレートな言葉に、思わずひざをつく笑騎。
「2人共、デブを差別しすぎちゃうか?」
「”デブを差別”なんかしてないわ。 ただ”あんたを軽蔑”しているだけよ」
「(うぅぅぅ・・・ひどいと泣きたい気持ちもあるが、美少女に軽蔑されている快感も悪くないな!!)」
悲しみと喜びのはざまをさまよう笑騎であった・・・
「どっどいてくださ~い!」
そう言って突然スノーラとライカの後ろから現れたのは、マナであった。
マナは馬車のすぐ後ろに張り付き、「こっちです!」と誰かを誘導するような声を上げた。
『えっほ! えっほ!』
次に現れたのは、男性スタッフに運ばれた夜光・ルド・セリナの3人であった。
なぜかタンカに乗せられ、ぐったりしている。
「なっなんや!?」
突然のことに動揺する笑騎をよそに、男性スタッフ達は、マナの誘導する馬車に乗る
「ゆっくり降ろしてください! ゆっくりですよ!?」
マナの指示通り、ゆっくりとタンカを降ろす男性スタッフ達。
「お疲れ様でした!」
『お疲れ様でした!!』
男性スタッフはマナに敬礼すると、その場を走去って行った。
「全く。 ルドとセリナをあんなむさ苦しい男共に運ばせるくらいなら、我に運ばせば良いものを(そうすれば、体を触り放題だと言うのに)」
「・・・」
ぶつぶつ文句を言いながら歩いてくるキルカと(キルカのセクハラを警戒してか)若干キルカと距離を置いて歩くセリアは、何事もなかったかのように馬車に乗り込む。
『・・・はあ~』
ため息と共に、気がそがれた3人は、顔をうつ向けながら、馬車に乗り込んだ。
夜光達を乗せた馬車が走り出してから1時間後、夜光達は【ビスケット病院】と言う大きな病院に到着した。
ここは、医者やナースの対応や医療設備が良いことでかなり有名な病院。
その上、借金などで病院に行けない人にも、無料で診察や手術を行うと言ったボランティア活動も行っているため国民からの信頼も厚い。
「ほな、先に受付済ましとくわ!」
笑騎は馬車を降り、一目散に病院に入った。
中は広く、ラジオや雑誌と言った娯楽物もあるほか、壁や床もきれいに掃除されているため、清潔感がある。
しかし、笑騎が注目したのはナースであった。
「(ひひひ、噂通り。 この病院には美人ナースがいっぱいおるわ!)」
よだれを垂らしながら、いやらしい視線を配る笑騎。
実はこの病院、ナースが美人揃いでも有名であり、噂ではナース目当てに病院に通う男もいるとのこと。
そんな噂を女好きの笑騎が聞き逃すわけがない。
「おい、エロダヌキ。 こういうことなら先に言えよ!」
馴れ馴れしく笑騎の肩に腕を回してきたのは、先ほどまでぐったりしていた夜光であった。
「お前死んでたんとちゃうんか!?」
「お前が嬉しそうに病院に入って行ったのを見て、絶対良い女がいるって確信したからな。
死んでなんかいられるかよ」
夜光も笑騎に負けじと、いやらしい視線を配り始める。
「やべぇな。 どいつもこいつも良い女じゃねぇか・・・かたっぱしからぶちこみたくなるぜ」
いやらしい視線が、獲物を狙う獣のような目になる夜光。
『・・・』
「・・・うっ!(この気配は・・・)」
背後から強い殺意を感じた夜光。
見るまでもなく、それは嫉妬に怒るマイコミメンバー達(キルカを除く)。
もちろん振り返ればどうなるかはわかりきっていた。
「なあ、夜光。 悪いことは言わん。 ここは素直に謝っとき」
またもや珍しく正論を述べる笑騎。
「ふざけるな! 大の男が小娘共にへこへこと頭を下げるなんてみっともないマネができるかよ!」
「じゃあ大人しく殺されるしかないな」
「大人しく殺されるのもまっぴらだ!!」
まるで宣言するかのように、叫ぶ夜光。
それにより、周りにいたナースや患者達が少し驚いた。
「じゃあ、どうすんねん」
「決まってんだろ? 正々堂々、男らしく・・・逃げる!!」
夜光はそのまま振り返ることもせず、全力でその場から駆け出した。
『待てぇぇぇ!!』
後を追うマイコミメンバー達。
余談だが、後に夜光はマイコミメンバー達に捕まり、きついおしおきを喰らったという。
「あいつの男としての基準がようわからんわ」
そう呟きながら、笑騎は受付を済ますことにした。
「・・・? キルカさん、どうしました?」
病院の入り口で一部始終を見ていたマナとキルカ。
舌なめずりしながら辺りを見渡すキルカが気になり、マナは思わず尋ねた。
「ふふふ。 奴らの言う通り、ここには美人が多いなと思ってな」
「(ここにもハンターが!!)」
ナース達の安否と健康診断が無事に終わるか心配が募るマナであった。
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