第77話 残された償い

セリナとセリアが作った決死の隙をつき、スコーダーを倒すことができた夜光達。

精神力が尽きてもなお、向かって来ようとするスコーダー。

そこへ死んだはずのラン達が、スコーダーを止めに現れた。

彼らの温かな言葉に、感謝の涙を流しながら、スコーダーのアーマーを解いたビンズ。

そしてビンズは、大切な人達に囲まれながら、笑顔で天へと旅立っていった。


ビンズの死を見届けた後、イーグルでギルド・リッシュへと戻ってきた夜光達。

夜光の背には、笑顔のまま息を引き取っていたビンズが乗せられており、

それを見たゴウマは、涙をこぼしながらも、優し気な声でこう言う。

「・・・よく頑張ったな、ビンズ。 ゆっくり休んでくれ」

不謹慎な言葉かもしれないが、これは、心の底からリッシュ村を救いたいと思っていたビンズに対する労いと、何もできなかった自分の償いの言葉でもあった。


「・・・」

ビンズの死に言葉を失い、ただただ茫然とする誠児。

そこへ夜光が「大丈夫か?と声を掛けた。

「えっ? あっあぁ・・・大丈夫だ・・・それより、お前こそ大丈夫なのか?」

「まあ、なんとかな。 念のために病院のナース達に、上から下まで世話をしてもらおうかと・・・いててて!!」

「バカを言ってる暇があるなら、お二人を病院へ運ぶのを手伝ってください」

「言っとくけど、病院のナースにちょっかいかけらたら、そのまま入院してもらうわよ?」

最後まで言う前に、スノーラとライカが夜光の耳を引っ張り、そのままセリア達の元へと引きづって行った。


その様子をほのぼのと見ていた誠児だったが、思わず拳を握り、悲し気な目をする。

「(本当に、これでよかったのか?)」

もし、新生アストがビンズ達の命を奪わなければ・・・

ビンズが影の力を手にしなければ・・・

この世に薄汚い貴族や金持ちがいなければ・・・

リッシュ村を、もっと大勢の人間が守っていれば・・・

どれか1つでも違えていれば、こんな結果にはならなかったのかもしれない。

しかし、どんなに悔やんでも、過去を変えることはできない。

だが誠児には、この事実を単純に受け入れることができなかった・・・


それからまもなくして夜が明け、翌日となった。

夜光達は、ホームの医療ルームで手当を受けるため、ディアラット国へ戻ることになった。

マネットがスコーダーの週芸を受けたことにより、多数の重軽傷者が現れたため、ディアラット国を始め、付近の病院は、ケガ人で溢れ返っていた。


ゴウマが手配した馬車に乗り、リッシュ村を後にする夜光達。

その道中、彼らの目にギルドリッシュが止まった。

『・・・』

ほんの少しの間であったが、ビンズ達と楽しく過ごしたギルド。


馬車がギルドを通過した時だった。

ギルドリッシュに掲げられていた看板の止め具がはずれ、看板が地面に落ちてしまった。

夜光達には、まるでギルドが、ビンズ達の死を悲しんでいるかのように見えた。

『・・・』

言葉に言い表せない思いを胸に、馬車はディアラット国へと走って行った・・・


一方、ゴウマはただ1人、マネットに残っていた。

”ある人物”に会うためだ。

マネットではすでに救助活動が行われていた。

そして、その中心にいるのは、騎士団総長であるクレンツ ガルテラスであった。

クレンツは、ケガ人の救助や水の調達などを騎士団に指揮し、町の復興活動を始めていた。


「ゴウマ様・・・」

ゴウマの姿を確認したクレンツは、騎士団長に一旦指揮を任せ、ゴウマの元へと歩み寄る。

「ゴウマ国王。 ご無事で良かった」

「あなたこそ、ご無事で何よりです」

互いの無事を喜んだのもつかの間、2人の間には、異様な空気が流れた。

「・・・話はすでに伺っています。 私が結成した新生アスト達が、醜い殺戮を行うなど、信じられません・・・」

「信じられなくでも、それが事実だ」

ゴウマの目は、普段見せないような厳しい目をしていた。

「このたびのことは、私に全責任があります。 

いかような罰でも、謹んでお受けします」

深々と頭を下げて、潔くゴウマに謝罪するクレンツ。

しかし、ゴウマは首を振ってこう返す。

「それについては後日、大臣達と決めることにします。

それよりも、あなた方騎士団に1つ、”国王として命じます”」

それは驚くべき言葉であった。

国王が、位の低い者に命令することは、普通のことではある。

だがゴウマは、国王としての地位や権力をほとんど使わない。

ましてや、他人に命じることなど普段のゴウマなら考えられない言葉であった。

その”命じる”と言う言葉には、ビンズの死の原因を作った騎士団と自分に対する怒りの言葉であった。

「なんなりと」

地面に膝を付き、ゴウマの命令を聞くクレンツ。

「まず、スコーダーとその共犯者達、そして、リッシュ村の人達の遺体を、リッシュ村に手厚く供養してくれ。

そして、スコーダー達が集めた金は、全て貧困に苦しむ者たちに寄付するので、誰にも手出しをさせるな・・・以上だ」

「・・・かしこまりました」

深々と頭を下げるクレンツを見て、「では、ワシはほかを見て回る」とその場を後にしようとするゴウマ。

「1つよろしいでしょうか?」

立ち去ろうとするゴウマを呼び止めるクレンツ。

「何でしょう?」

「マインドブレスレットについては、どうなさるおつもりなのでしょうか?

聞けば再び、姫君様達の手に戻ったとか?」

「相変わらず、耳が早いな・・・マインドブレスレットは、彼らの手に置くことにする」

「・・・このような惨事を招いた私にお尋ねする資格はないと思いますが、

素人同然の彼らに、マインドブレスレットを持たせるのは、大変危険かと」

「・・・確かにその通りだ。 だが、騎士団にはできないことが彼らにはできる」

「騎士団にはできないこと?」

「それは、”戦いの中で迷うことだ”。

任務を優先する騎士団にとっては、迷いは死を意味するだろう。

だが迷いとは時に、自分が見えなかったものを見せてくれる」

「ですが、迷いがあっては、戦いに敗れるだけです。

それこそ、死を意味するのでは?」

「確かに。 だが、迷いを振り切れた時に、初めて勝機と言うものは現れると、私は思っている。

甘い考えなのは、わかっているが、私は、彼らの”未熟な心”を信じてみたい」

ゴウマのまっすぐな言葉を聞き、クレンツは「わかりました・・・失礼します」と言ってゴウマから離れた。


「クレンツ様、よろしいのですか? マインドブレスレットを素人などに」

そう尋ねてくるのは、先ほど指揮の代理を任された騎士団長だった。

「国王の命令では仕方あるまい」

「しかし・・・」

「それに、今回の出来事で十分なデータは揃った。 これで次の段階に移行できる」

「おぉ!! いよいよ”あれ”が完成するのですね!?」

「そうだ。 ”あのシステム”さえ完成すれば、もはやアストなど不要だ」

クレンツと騎士団長は、自分達のある計画のため、着々と準備を進めていた・・・


それから数日後・・・

ゴウマの命令通り、ビンズやギルド従業員、リッシュ村の人々の墓が、焼け焦げたリッシュ村跡地に建てられた。

ビンズがこれまで集めた金も、貧困に悩む者達に寄付されることになり、一部では、その寄付金に救われた者が就職に成功し、安定した生活を送れるようになった。

残されたギルドリッシュは、ギルド協会から何名かが、そこの担当になるのだと言う。

ゴウマの計らいで、ギルドの名前はそのままにしてもらった。


リッシュ村の墓には、墓参りに来る者はほとんどいない。

親族や友人などがいないからだ。

しかし、誰も寄り付かない訳ではない。


「・・・おぉ、ゴウマ様。 奇遇ですな」

墓参りにきたゴウマより先に、墓参りに来ていたのは、天下統一の店長であった。

「店長さん。 どうしてここに?」

「なあに、近くを通るついでに、寄っただけですよ」

店長はビンズの墓に水を掛けると、手を合わせて目を閉じた。

「・・・」

店長に続いて、ゴウマも手を合わせる。


「・・・あれから随分経ったって言うのに、まだ信じられねぇな。

俺のラーメンを上手い上手いって食ってくれた村の連中やビンズさん達の笑顔がもう見れないなんて」

そう言うと、店長はゆっくりと目を開けた。

「神様もあんまりだな。 あんなにキラキラしていたビンズさん達の未来を奪っちまうなんて・・・」

「・・・そうですね」

運が悪いとか、神様に見放されたとか、言えばそれまでだが、ゴウマはこの悲劇をそんな言葉で片づけたくなかった。

「ゴウマ様。 俺は向こうの連中にもあいさつに行ってきますんで」

「えぇ、きっと喜びます」

店長はそういうと、ゴウマから少し離れたところにある墓へと向かった。


「・・・いい加減に、そこから出てきたらどうだ?」

ゴウマは突然、後ろにある木々に向かってこう言う。

「・・・」

木々の中から現れたのは、影のリーダーエアルであった。

「お前も墓参りに来たのか?」

ゴウマがそう尋ねると、エアルは首を横に振った。

「私にそんなことをする資格はない。 ビンズを死なせてしまった原因を作った張本人だからな」

思わずゴウマから目を背けるエアル。

涙は見せないが、ビンズの死を嘆いていることは、はっきりとわかった。


「エアル、もうやめにしよう。 これ以上、ワシらが争っても、ビンズ達のような尊い命が失われるだけだ」

「・・・そうかもしれないな。 だが、尊い命が失われたからこそ、私は止まる訳にはいかない」

「・・・どういうことだ? お前は一体、何をしようとしているんだ!?」

ゴウマの質問に、しばらく黙秘を続けた後、エアルはゆっくりと口を開いた。

「・・・私は、誰かの苦しむ姿を見たくない。 笑顔あふれる幸せな未来を私は望む」

「ど・・・どういう意味だ?」

「今はそれしか言えない・・・だが、いずれお前にもわかる時が来る」

そう言い残すと、エアルはその場を後にした。

「・・・エアル。 一体、何をするつもりなんだ・・・」

立ち尽くすゴウマの体を、風に乗った木の葉が、まるでなでるように通りすぎていった。

それは、ビンズ達からの慰めなのかもしれないと、ゴウマは心に思った・・・

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