第71話 心にあふれる涙
自らを影の1人であるスコーダーだと明かしたビンズ。
その裏では、不公平な世の中への怒りとリッシュ村を救いたい純粋な想いがあった。
「影の力を手に入れた私は、彼ら3人を引き入れ、強盗団を結成しました」
ビンズがそう言うと同時に、コトルが割り込んできた。
「ゴウマ様! 俺達は自分の意志で強盗団を結成したんです! ビンズさんに脅されたとか、そんなんじゃないんです!!」
「(まさか、あの時あたしが遭遇した2人組って、パークとコトルだった訳?)」
内心そう呟くライカの脳裏に映し出されるのは、スコーダー初戦の時に、遭遇した覆面をかぶった強盗らしき男2人組である。
もう少しで殺してしまいそうになった時に、スコーダーが現れ、2人組を逃がした上に、ボロ負けした。
ライカにとっては、苦い思い出である。
「エアルから得た情報を元に、私達は犯罪組織や悪徳貴族から金を強奪して回りました。
その金で、どうにかリッシュ村の人達は治療を受けることができ、それ以上の被害が出ずにすみました・・・ですが、彼らが生活していくには、まだ金が必要なんです。
ですから私達は、彼らが安定した職に就けるまで、金を集め続けることを決意しました」
「俺、死刑になってもいいです! でもビンズさんだけは、助けてください! お願いします!!」
声を上げるコトルを、パークが「よせ、コトル」と下がらせた。
ビンズは、コトルの方を向き、一言「ありがとう」とだけ述べた。
「・・・1つ。 聞いていいか?」
影になった経緯を話し終えたビンズに、ゴウマは動揺する心を押し殺して、こう尋ねた。
「ここにあるお金は、リッシュ村の人達を助けるために盗んできたものなのか?」
「はい。 そうです」
「じゃあなぜ、人を殺し回っているんだ? 影の力があれば人の命を奪うことなく、金を奪うこともできたはずだ!」
スコーダーがこれまで殺してきたのは、犯罪に手を染めて金を得る犯罪者や財力にものを言わせて人を見下すような悪徳貴族ばかりだ。
強い力を持つ者が盗みを働く際、真っ先に黙らせるのは、警備兵や騎士団と言った抵抗力のある人間だろう。
しかし、スコーダーはそう言った者たちに対しては、ケガをさせることはあるものの、決して命を奪うことはしなかった。
現に夜光達と戦った時も、容赦なく攻撃してくるライカに対して反撃しなかったり、数的に不利な状況でも、夜光達を一時的に麻痺させる程度に留めたりと、できる限り相手を傷つけることを避けていた。
「・・・エアルとの契約です」
ゴウマと目線を合わせず、ビンズはそう呟く。
「契約だと?」
「私はエアルからもらった影の力を使って大金を手にいてました・・・その代わりに、私はエアルから殺人の依頼を引き受けることにしました」
「なぜ、そんなことを・・・」
「私は『リッシュ村を救いたい』という願いを叶えるために、エアルから影の力をもらいました。
だから私には、エアルの『全ての人を救いたい』という願いのために行動しなければならない義務があります」
ビンズは他人を思いやる心が強い男。
だからこそ、ビンズはエアルに対して、義理堅く恩を返そうとしていたのだ。
ビンズの人柄を知っているゴウマには、ビンズの行動が理解できる。
しかし、だからと言って、人殺しを納得できるはずもなかった。
「それが人殺しでもか!? お前は人を殺しておいて、なんとも思わなかったのか!?」
ビンズは、恐怖で震える両手を見つめながらこう返す。
「・・・最初はとても怖かったです。 死んだ人間を見るのも、返り血を浴びることも、全てが不快でした・・・でも、心のどこかで、『自分が殺してきた人間は、金の力で人を苦しめる悪党だ! だから、殺しても誰も悲しまない』と自分に言い聞かせて、自分の殺人を正当化しようとしていました」
「・・・」
「恐ろしかったです。 自分にこんな醜い感情があるなんて・・・」
後悔と恐怖に震えるビンズの言葉に、ゴウマは頬から一筋の涙を流しながら、右手の拳を固めた。
「この・・・バカもんが!!」
ゴウマは震えるビンズの頬を全身の力を込めて殴った。
「ごふっ!!」
ビンズはその場で倒れ、辺りの者たちは突然の出来事に静まり返っていた。
殴ることが不慣れなためか、心のどこかで躊躇していたのか、ビンズの頬は少し赤くなっているだけで、実際には大した痛みはない。
だが、拳から伝わるゴウマの怒りと悲しみが、ビンズの心に深く突き刺さる
「なぜ・・・なぜワシに相談しなかった!? ビンズ!! お前がホームを卒業する時に言ったはずだ!! ”就職後も悩みがあれば、遠慮なくワシやホームを頼ってくれ”と!! そう言っただろう!?」
ゴウマにとって、ビンズが影として強盗や殺人を犯していたのは本当に悲しいと思っている。
だがそれよりも、ビンズが自分に何も相談せずに、影という引き返せない道を歩んでしまったことの方が、とても悲しかった。
「・・・あなたにそう言われたから、言えなかったんです」
上半身だけを起こしたビンズの目から、大粒の涙があふれ出した。
それは、今までぐっとこらえていたビンズの心からの涙であった。
「どういう意味だ!?」
「あなたにリッシュ村のことを相談すれば、あなたはご自分の身を削ってでも、リッシュ村を支援しようとするでしょう。
だから言えなかったんです!!
・・・ゴウマ様。 あなたは私を含め、多くの方々を支援していらっしゃる。
ホームを卒業してもなお、あなたは昔と何も変わらず、ずっと私達のことを案じてくださっていた。
そんなあなたに、問題を押し付けるようなマネはしたくなかった!!
私にとって、自分の力でリッシュ村の人達を笑顔にすることが、私に就職のチャンスをくれたあなたへの、せめてもの恩返しだと思ったんです!!」
ビンズにとって、ゴウマは心の底から信頼している恩人だ。
リッシュ村の問題をゴウマに相談すれば、絶対に力を貸してくれると確信していた。
だが、それはビンズにとっては、恩人に再び甘えてしまうということである。
それはビンズにとって、何よりもつらい恥であった。
「申し訳ありませんでした・・・ゴウマ様・・・」
ビンズは床に頭を付けてゴウマに土下座し、絞るような声で謝罪の言葉を述べた。
これはゴウマの心を裏切ったことへの償いと、自分のために涙を流してくれるゴウマへの感謝であった。
「ビンズ・・・」
ゴウマは土下座しているビンズの両肩を掴み、ゆっくりと顔を上げさせた。
ビンズの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
それに対し、ゴウマは先ほどよりもどこか穏やかな表情を浮かべていた。
「ビンズ・・・お前のしたことは決して許されるものではない。 それはわかっているな?」
「・・・はい」
「だが、お前がリッシュ村を守りたいと心から願っていることは、よくわかっている。
・・・ビンズ、今からでも遅くはない。 罪を償い、もう一度やり直すんだ」
「私も何度もそう思いました・・・ですが・・・」
ビンズが出頭すれば、共犯として、ギルド従業員達が逮捕される。
そうなればギルドは潰れ、就職の糸口を失ったリッシュ村は再び荒んだ村に戻ってしまう。
それを考えると、どうしても出頭することをためらってしまう。
「安心しなさい。 リッシュ村はワシが・・・いや、ホームが支援する」
「でも、それは・・・」
「ビンズ。 人に頼ることを甘えだと言うのなら、それは大きな間違いだ。
お前は、ギルドに頼って、就職活動をしているリッシュ村の人達が、甘えていると思ったことはあるか?」
「いえ・・・」
「誰かの力を借りることは決して甘えではない。 どんな人間でも、できることとできないことはあるからな。
自分の力で、自分にできないことを無理にやろうとする方が、甘えることよりも恥だと、ワシは思う」
「ゴウマ様・・・」
話していく内に、少しずつ落ち着きを取り戻すんビンズと声が優しくなるゴウマ。
「何年かかっても良い。 もう一度、ギルドマスターとして、たくさんの人達を支えてくれ。 お前ならそれができるはずだ!」
『ビンズはやり直せる』ゴウマの目を見て、それは紛れもない本心だと確信したビンズ。
再び涙がこぼれ落ちるビンズに、パーク・コトル・ハロの3人が囲い込む。
「ビンズさん。 俺も一緒に償います! ダメだと言われても、やります!!」
「私もです。 この歳で、どこまでついていけるかわかりませんが、この命が続く限り、ビンズさんについていきます」
「私もお二人と気持ちは同じです。 罪を償い、また1から始めましょう」
3人は、自分達の決意を口にすると、ビンズの身体を支え、ゆっくりとビンズを立ち上がらせた。
「みんな・・・ありがとう」
3人の温かい言葉と、ゴウマという大きな存在に心が救われたビンズ。
その目からこぼれる涙には、悲しみと後悔ではなく、幸福と感謝の気持ちが込められていた。
「・・・ゴウマ様。 これはあなた様にお預けします」
ビンズがそう言って、ゴウマに差し出したのは、シャドーブレスレットであった。
シャドーブレスレットを受け取ったゴウマは、ビンズにこう言う。
「ビンズ。 お前にはワシだけではなく、心から慕ってくれる仲間が3人もいる。それを絶対に忘れるな」
「・・・はい」
「・・・さあ、ここを出よう」
ゴウマと従業員3人に支えられ、ビンズは地上への階段をゆっくりと登り出した。
「・・・ところで夜光。 そのパンパンに膨れ上がったポケットはなんだ?」
誠児が冷たい視線を向けたのは、異常なほど膨れ上がった夜光の2つのポケットであった。
しかも、中にはキラリと光るものが大量に入っている。
「・・・なんのことだ?」
「とぼけるな・・・お前、ネコババしただろ?」
誠児の言葉を聞いて、マイコミメンバー達の目も冷たくなっていく。
「・・・怒るなよ。 ほんの冗談だ」
夜光はポケットにある王貨を元の場所に戻した。
「その中にあるものもだ」
「・・・はっ? なんのことだ?」
すっとぼける夜光の背中を指す誠児。
メンバー達が誠児の指先をよく見ると、夜光は着ていたTシャツを裏返し、さらに前後反対に着ていたのだ。
ようするに、胸ポケットの位置を背中に移動させたということである。
案の定、そのポケットにも王貨が10枚ほど入っていた。
「・・・バレていたか」
「長い付き合いだからな」
「どうしてあんな感動的な場面で、盗みを働くことができるのですか!?」
スノーラの説教と共に、メンバー達の説教も始まった。
「こんなにあるんだから、少しくらいいいだろ!?
俺だって、金に困ってんだよ!!」
「開き直るな!! あと、あんたの場合は完全に自業自得でしょうが!!」
「・・・はあ」
おなじみの光景に、ため息しかでない誠児であった。
その後、ビンズ達はゴウマ達と共に、ディアラット国にある騎士団本部に出頭することになった。
ビンズ達は最後に、ゴウマにこんなお願いをする。
「ゴウマ様。 最後に、リッシュ村の方々に手紙を出したいのですが・・・」
「・・・あぁ。 いいとも」
リッシュ村の人達への手紙を書いたビンズ達は、手紙をリッシュ村に届けに向かった。
「・・・良いのか? 奴らをこのまま行かせても。 もしかすれば、逃走をはかる可能性もあるのではないか?」
そう忠告するキルカに、ゴウマは首を横に振ってこう言う。
「あいつは、自分の罪から逃げるような男ではない。 必ず戻ってきて、罪を償う」
ビンズ達が出て行ってから20分後・・・
そう信じてまっていたゴウマ達の視界に、信じられない光景が飛び込んきた。
「なっなんだ!?」
激しい揺れと爆音と共に、黒い煙と巨大な炎が上がっていた。
「あっちは確か、リッシュ村の方向じゃ・・・」
「ビンズ!!」
誠児が言い終わる前に、ゴウマはリッシュ村へと駆け出した。
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