第70話 信じる選択

ギルド・リッシュで最後の夜を過ごしていた夜光達は、セリナの落とし物を拾うために資料室に入った。

資料室の中で、誠児は本棚にある赤い本に注目した。

夜光がその本を無意識に、取り出してしまった時、謎の機械音と共に資料室の床に地下への階段が洗え荒れ、バランスを崩してしまった夜光は、その中に落ちて行った・・・


「いててて・・・」

階段を落ちて行った夜光は、体を強く打ったものの、頑丈な体のおかげでケガはなかった。

しかし、体中をめぐる痛みははっきりと感じていたのであった。

「・・・ここはどこだ?」

頭や腰を手でさすりながら、辺りを見渡す夜光。

辺りは真っ暗で何も見えず、少しほこりっぽいため、空気を吸うと咳込んでしまう。


「夜光! 大丈夫か!?」

階段の上から、夜光に呼びかける誠児。

地下部屋が狭いからか、誠児の声は部屋中に響いた。

「あぁ、なんとかな。 少なくとも腰は振れるぜ?」

下ネタを交えて返答する夜光の余裕に、ひとまず安心した誠児は、マイコミメンバー達と共にゆっくりと階段を降りていく。


「うっ!」

そこへ突然、地下部屋をまばゆい光が包み、夜光は思わず目をつむった。

部屋に設置してある電灯は、自動で点灯したようだ。

「こっこれは・・・」

光に慣れた夜光の目に飛び込んだのは、山のように置いてある大量の金貨であった。

金貨は電灯の光を反射し、まるで後光のような輝きを放っている。



「夜光! 大丈・・・なんだよ?この金」

階段を降りてきた誠児達も、金の山に絶句した。


「夜光、本当に大丈夫か?」

倒れている夜光を誠児とセリアが肩を貸して起こすと、スノーラが金の山に歩み寄る。

「・・・!! これは、王貨(おうか)です!!」

金貨の山から数枚手に取ったスノーラが驚きの声を上げる。

王貨とは金貨の上の単位で、見た目は金貨と変わらないが、中央に普通の金貨にはない特殊な紋章が刻まれている。

現実世界で言うならば、一万円札と同じ価値がある。


スノーラに続いて、ライカやキルカも金貨をつかみ取り、じっと金貨を見つめる。

「本当ね。 じゃあまさか、これ全部王貨なの?」

「・・・みたいだな。これだけの王貨があれば、数年は贅沢な生活ができる」


「・・・ハロさん。 この地下室と大量の金はなんですか?」

誠児が階段下で座り込んでいるハロに全員が今思っている質問を投げつける。

「・・・」

ハロは青ざめた顔をしたまま、冷や汗を大量に流し、何も語ろうとしない。

その姿は、恐怖に支配されているというよりも、どうすればいいのかわからずに混乱していると言った感じであった。

誠児は階段を降りる前に拾っておいた赤い本を突き付けた。

それは、夜光がバランスを崩して階段に落ちて行った時に、誠児の足元に落とした本棚の本である。

先ほどは背表紙しか見ていなかったので気づかなかったが、誠児が手にしているものは、本ではなく、”本の形をした機械”であった。

「ハロさん。 あなたはこの地下室のことを知っていたんじゃないですか? だから俺達がこの赤い本を見つけた時、大声で追い出そうとしたんですか?」

「・・・」

完全に動揺してしまい、言葉が出てこないハロ。


「みんな! 大丈夫か!?」

夜光達が状況を把握できない中、階段を駆け下りてきたのは、血相を変えた顔をしたゴウマであった。

「親父。 どうしてここに?」

「清掃道具を片付けていたら、お前達が寝泊まりしている部屋の方から妙な機械音が聞こえてな? 

心配になって駆けつけてきたんだ」

夜光達の無事を確認し、ひとまず安心したゴウマだが、この地下室や目の前にある大量の金には疑問を抱くしかなかった。

「誠児。 いったい何が起きたんだ?」

「先ほどセリナの落とし物を拾うために、資料室入ったんです。

その資料室で、夜光が本棚にあった、この赤い本を引っ張り出したら、床下の扉が開いて、階段を降りたら、大量の金が置いてある、この地下室にたどり着いたんです」

誠児の手に持つ赤い本を見た途端、ゴウマの頭に1つ思い当たることがあった。

「それは、”ブックキー”ではないか?」

「ブックキー? なんですかそれ?」

「昔の貴族や金持ちが、自分達の財産を守るために使っていた古いセキュリティシステムだ。

鍵となる本が所定の位置から離れたら、扉が開く仕組みになっている。

今はもうあまり使われていないものだが・・・なぜこんなところに?」

普段冷静なゴウマですら、この状況に動揺を隠せずにいた。


「やはり、思った通りでした・・・」

そう呟きながら階段を降りてきたのは、ビンズであった。

後ろから、パークとコトルも降りてくる。

「ビンズさん・・・申し訳ありません!! 私がみなさんを資料室に入れたばかりに・・・」

地下室に降りてきたビンズの足元に土下座し、涙ながらに謝罪するハロ。

「いいんですよ、ハロさん。 こうなることはずっと覚悟していましたから」

ビンズはしゃがみ、謝罪するハロの肩に手を置いて、優しく声を掛ける。

「ビンズ。 これは一体どういうことだ? この金は一体なんなんだ!?」

ゴウマが強い口調でビンズに詰め寄ると、ビンズはゆっくりと立ち上がり、こう返す。

「・・・口で説明するより、見せた方が早いでしょう」

どこかつらそうな表情を浮かべるビンズは、ズボンの右ポケットから、”ある物”を取り出し、ゴウマ達に見せつけるように突き出した。

『!!!』

「そっそれは・・・」

それは、誠児とキルカを除く全員が見覚えのあるものであり、絶句するものであった。

かなしばりのように硬直したゴウマがゆっくりとその物の名を口にする。

「しゃ・・・シャドーブレスレット」

ビンズが取り出したのは、影の証である機械【シャドーブレスレット】であった。

「お前・・・まさか・・・」

「お察しの通りです、ゴウマ様。 私は影の1人【スコーダー】です」

スコーダーとは、影のメンバーの1人であり、あちこちの貴族や金持ちを殺して、金品を奪っている強盗殺人犯でもある。

シャドーブレスレットを持っている以上、ビンズが影の1人であることは明白であった。

「・・・なぜだビンズ・・・なぜお前が!!」

感情的になったゴウマは、怒鳴るように問いかける。

それは、娘であるセリアやセリナでさえ、見たことのない光景であった。


ゴウマに問われたビンズは、覚悟を決めたかのように、小さな息を吐く。

「・・・リッシュ村のためです」

「なんだと? どういうことなんだ!?」

「・・・」



5年前・・・

ホームを卒業したビンズは、ギルド協会からの紹介で、ギルド・リッシュへとやってきた。

そこは、貧しい村が1つあるだけで、人が全く訪れない、さび付いた場所であった。

そのため、ギルドマスターを目指す者の中で、ギルド・リッシュへの着任を希望する者はビンズを除けば1人もいなかった。


ギルド・リッシュに着任したビンズは、リッシュ村の人達と交流を交えながら、彼らの就職活動をサポートした。

貧困のため、学ぶ機会がなかった彼らには基礎知識がなく、食べることが困難であったため、基礎体力もあまりなかった。

それでも、彼らの『職に就きたい』という信念は本物で、勉強や体力作りは人並み以上の努力をしていた。

そんな彼らの姿を見て、ビンズは決意した。

「リッシュ村の人達が、安定した職に就けるまで、私はここでずっと、彼らをサポートする!!」


そんなある日、リッシュ村に伝染病が萬栄した。

それは、村の清潔感を維持できていないことと、栄養が足りずに免疫力が低下していることが原因であった。

村の人達は、どんどん弱っていき、中には亡くなってしまった人もいた。

きちんと病院で治療すれば、治る可能性は十分にあった。

だが、貧しい彼らには高額な治療費を払うことなどできないため、治療を受けることができなかった。


ビンズは、ギルドから派遣されてきた3人の従業員達と一緒に、募金活動で治療費を集めることにした。

・・・だが、集まった金額はスズメの涙程度で、とても村人達の治療費には届かない。

ビンズは、金がないという理由で、リッシュ村の人達が苦しむことに激しい怒りを覚えた。


そんな彼らの前に現れたのは、影の1人、エアルであった。

エアルは事情も聴かず、シャドーブレスレットのヒーリング能力を使い、村人達を治療していった。

だが、ヒーリングは万能ではないため、村人達を蝕むウイルスを少し弱らせることはできるが、取り除くことはできなかった。



リッシュ村で一通り治療を済ませたエアルは広場のベンチに腰を掛けていた。

「・・・ありがとうございます。 あなたのおかげで、リッシュ村の人達は、少し元気になりました」

そして、村人達を一時的とはいえ、治療してくれたエアルに、ビンズは心から感謝した。。

「礼を言われるほどのことはしていない。 それに、彼らの病が治った訳ではない」

「そうですね・・・くっ!」

ビンズは思わず、地面を殴って、怒りを露わにする。

「世の中、不公平だ! 貧困と言う理由だけで、受けるべき教育や治療を受けることができない!

人並みの生活すらできない!! そんな彼らを誰も見ようともしない!! 貧困というのは、罪なのか!?」

押し殺していた世の中への怒りを吐き出すビンズに、エアルはこう尋ねる。

「お前はなぜ、この村の人間のために、怒ることができるのだ?」

ビンズは、地面から手を放し、周辺をゆっくりと眺めながらこう返す。

「私は幼い頃に、両親を亡くしていましてね。 子供の頃から、ゴミ箱を漁って食べ物を探したり、小さな空き家で1人、寝泊まりしたりと、貧しい生活を送っていたんです。

空腹による苦しみ、周りの人の目、どうなるかわからない日々を1人で送らなくてはいけない恐怖。

それはまるで、地獄にいるような感覚でした・・・そんな思いを、彼らにさせたくはない!

貧困で苦しむのは、私1人で十分です!!」


「・・・すみません。 感情的になってしまって」

自分の思いを全て吐き出したビンズは冷静さを取り戻し、エアルに謝罪する。

エアルは腰かけていたベンチからゆっくりと立ち上がり、ビンズの前に立つ。

「ビンズと言ったか?」

「はっはい」

「お前に一度だけ、選択する権利を与える」

エアルは、懐から小さな機械を取り出し、ビンズに突き付けた。

「なんですか?これは」

「これは、お前に力を与える機械だ」

「力?」

「世の中には、懸命に働いて金を得る者もいれば、薄汚い犯罪に手を染めて、金を得る者もいる。

この機械を使えば、そんな奴らから金を取り上げ、村の連中の助けになるかもしれん」

「そっそれはつまり、私に盗みを働けと言うのですか?」

「・・・そうだ」

「ふざけないで下さい!! 村を救いたいとはいえ、犯罪に手を染めるなど、バカげている!!」

「そうだな・・・だからお前には拒否権もある。 嫌なら断ってくれていい。

無論、断ったからと言って、治療費を要求するようなマネはしない」

ビンズの答えは当然拒否であった。

村を救うために、犯罪に手を染めることなどできない。

たとえ相手が、薄汚い犯罪者だったとしても、金を奪って良い理由にはならない。

・・・だが、ビンズは断る前に、1つエアルに尋ねた。

「・・・どうして私に、こんな選択を与えたのですか?」

「お前と同じ理由だ」

「えっ?」

「私もお前のように、全ての人達を苦しい現実から救いたいと思っている。

だが私1人の力では、それも叶わん」

「だから私に、仲間になれと言うのですか?

全ての人達を救うために」

「・・・ああ」

「全ての人達を救うためだからと言って、自分の犯罪が正当化されるとお思いか?」

「・・・いや。 どんな理由があろうと、犯罪は犯罪だ。決して許されるものではない。

だが、全ての人達を救うために、犯罪を犯す必要があるのなら、私はためらわずに実行する。

その結果、我が身を滅ぼすことになっても、私は構わない」


『全ての人達を救う』普通に考えれば、単なる妄想だと思うだろう。

だがビンズには、エアルが本気でこの言葉を実行しようとしているように思えた。

それを思わせるのは、エアルの目であった。

それは、職に就くことを目指しているリッシュ村の人達と全く同じ目であった。



「・・・あなたの仲間になれば、本当に全ての人達が救われるのですか?」

「・・・私はそう信じている」

『必ず救える』と自信に満ちたことを言うと思っていたビンズにとって、エアルのこの言葉は、信用できる言葉であった。

自信のある言葉より、可能性としての言葉の方が信用できるからだ。

「・・・」

ビンズは、エアルの差し出す機械に手を伸ばそうとした。

その時、エアルから最後の警告が出た。

「言っておくぞ? この機械を手にした瞬間、お前はもう後戻りできなくなる」

この機械で力を手にすれば、リッシュ村を救う可能性が出てくる。

だが、それと引き換えに、自分は犯罪者として普通の生活を送れなくなる。

ビンズの脳内で、さまざまな考えが溢れ、そして、意を決したビンズは機械を受け取った。

「お前は、今日から影の1人【スコーダー】だ」

「・・・はい」


こうして、スコーダーという魔物が誕生してしまった。

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