第67話 友達の条件
ランを殺害してしまったマッドコーチが逮捕された。当の本人は全く反省の色がなく、温厚なビンズでさえ怒りを露わにした。
そして、ランのチームメイトであるレイランは、”自分がいじめを強行した”と主張し始めた。
夜光と誠児はその言葉の真意を感じ取っていた。
一方、影の1人であるスコーダーの部下が、何者かと取引を行っていた。
それに気づいている者は、まだ誰もいない・・・
翌日、ギルド・リッシュで一夜を明かした夜光達は、再びマネット本部へに訪れていた。
朝早く起きたためか、マイコミメンバー達は待合室のソファでうたた寝をしている。
セリアとセリナは寄り添うように、スノーラとライカはソファのクッションを枕にして、
ルドはソファのひし置きを枕にして、キルカは寝ているルドの爆乳を枕にすやすや眠っていた。
事情聴取はゴウマ、誠児、ビンズ、夜光の4人が受けることになった。
セリナは、記憶障害で記憶があいまいというのもあるが、ショッキングな出来事を思い出させたくないと、ゴウマ自らが騎士団に配慮を頼んだ。
事情聴取から2時間後・・・
最初に事情聴取を終えたのは夜光であった。
眠気でぼんやりとした頭を軽く叩き、待合室にいるマイコミメンバー達の元へと歩み寄る夜光。
「あっ・・・おっお疲れ様です」
労いの言葉を投げるセリアは待合室に設置されていたコーヒーメーカー(のような機械で)入れたコーヒーを夜光におそるおそる差し出す。
「あのっ、これ・・・よろしければどうぞ」
「ほう。 気が利くな」
差し出されたコーヒーを手に取り、少し飲んだ後「ほかはまだか?」尋ねる。
「はっはい。 まだです」
セリアの返答を聞き、夜光は仕方なくメンバー達が座っているソファにセリアと共に腰を掛ける。
「お疲れ様でした。 事情聴取はとうでしたか?」
隣のスノーラがそう尋ねると、夜光は目を細めてこう返す。
「クソ暑い密室に2時間もむさ苦しいおっさん2人に挟まれて、拷問された気分だぜ。
金髪の女騎士やクール系の眼鏡美女のサービスを期待してたのに! これなら来るんじゃなかった」
「・・・何をしに来たんですか? あなたは」
夜光の妄想のような期待に、呆れるスノーラ。
そこへ突如、ライカの叫び声が部屋に轟く。
「ちょっとあんた! 何してんのよ!!」
夜光とセリアとスノーラがそちらに視線を向けると、そこにはなぜか服を脱いでパンツ1枚で堂々と立っているキルカとそれに驚いて言葉を失うライカとルドの姿があった。
もともと露出の多い服を着ているキルカの身体は、まるでグラビアモデルのような美しく細いボディラインをしているにも関わらず、セリア達に匹敵するほどの巨乳。
汗で色っぽく輝いている褐色の肌が男心をくすぐるほどの色気を放っている。
「何って、服を脱いだだけだが?」
平然とそう返す非常識なキルカに、羞恥心の少ないルドで「暑いからって、普通脱ぐか!?」と真っ赤になって叫ぶ。
「暑いのだから仕方あるまい。 だが、我とて露出魔ではない。 ゴウマ国王らが戻ってきたらすぐに着る」
幸い、ここには夜光とマイコミメンバーと以外は誰もいない。
騎士団もランの事件の調査やパトロールなどで出払っている。
「この時点ですで露出魔よ!! とにかく服を着なさい!!」
キルカの脱ぎ捨てた服を拾い、キルカに押し付けるライカ。
だが眠そうにあくびをするキルカは、それを無視して歩き出した。
「ちょっと! どこ行くのよ!」
「眠いので顔を洗いに行く」
待合室から手洗い場までは、ほんの数歩でたどり着ける距離ではあるが、それはつまりパンツ1枚で徘徊するということであった。
「バカ野郎! ここは騎士団の本部だぞ!? 捕まりたいのか!?」
慌てながらも、必死にキルカを止めるルド。
それを見ていたスノーラは真っ赤な顔で怒る。
「全くあいつは! 夜光さんすみませんが、少し失礼します! セリア様も手伝ってください!」
「はっはい!」
ルドとライカの加勢に出るスノーラとセリアであった・・・
「ねえ、夜光」
スノーラ達と入れ違いにセリナが夜光に声を掛ける。
「セリナか。 もういいのか?」
「うん、なんとか。 気遣ってくれてありがとう」
「礼なら誠児に言えよ。 俺はあいつの頼みを聞いただけだ」
ぶっきらぼうにそう返す夜光の隣に、セリナはゆっくり腰を下ろす。
「ねえ、夜光」
「なんだ?」
「ここに来る途中で誠児が話してた、レイランって子のことなんだけど。 本当に友達を庇って嘘をついているの?」
ここに来る途中の馬車で、誠児がレイランとの面会で感じた違和感をセリナ達にも伝えていたのだ。
「たぶんな。 まあ、あくまで俺と誠児の勘でしかないがな。 それがどうかしたのか?」
「うん。 私、ラン君を殺したその子は許せないと思ってる! でも、その子の気持ちが少しわかる気がする」
セリナの心にあるのは、ランを殺した者たちへの怒りとランが死んだ悲しみに満ちている。
だが、その中でわずかに芽生えるレイランへの同情によって、セリナに迷いが見え始めた。
「もし私がマナちゃんと一緒に逮捕されたら、きっと私もマナちゃんを庇おうと必死になると思うんだ。
でも、それって良くないことだよね?」
「世間的に言えばな・・・」
「それでも・・・悪いことだとわかっていても、やっぱり友達は助けたいって思っちゃうよ。
だって、友達って大切な宝物でしょ?」
セリナの言っていることは、完全に子供の意見であった。
しかし大人になってしまったら、そんな妄言のような理屈は通用しない。
それを理解してしまっている自分に、少しやるせなさを感じる夜光。
「なんでそこまで友達ってのにこだわるんだ?」
セリナはどこか遠くを見つめるように天井をながめながら言う。
「私ってよく何かを忘れるでしょ? だから知り合った人の名前や顔を忘れることがあるんだ。
それで、周りの人達に『礼儀知らず』とか『嫌味な女』とか言われて嫌われてたんだ」
実際初期の頃、夜光やマイコミメンバー達もたびたびセリナに顔や名前を忘れられたり、マイコミルームの場所を忘れてしまい、ホーム内で迷ってしまったこともあった。
だが、記憶障害であるセリナが何かを忘れることは仕方のないことだとみんなが理解しているおかげで、今では仲間たちの顔や名前を忘れることがなくなったのだ。
だが障害に対する認識が薄いこの世界では、そんな理屈は通用しない。
「メモを取るようにしても、忘れっぽいのは直らなくって、正直にいっちゃうと、ラジオパーソナリティーの夢も諦めようと思ってたんだ」
「お前にそんな暗い感情があるとは意外だなだったな」
皮肉っぽく聞こえるが、いつも明るいセリナにもこうして暗いところがあるというのは、夜光にとっては好印象であった。
「そんな時にマナちゃんと会ったんだ。 最初はよく名前や顔を忘れちゃうってたんだけど、マナちゃんは『そんなの気にしないで』って言ってくれたんだ。 ほかにも、忘れっぽい私をフォローしくれたり、一緒に遊びに行ったり、ラジオパーソナリティーの勉強を一緒にしてくれたりしていく内に、マナちゃんのこととか、思い出とか、ほとんど忘れないようになったんだ」
マナのことを話すセリナの顔に、わずかながら笑みがこぼれる。
「それから私、マナちゃんとはずっと友達でいたいって思った。 それで、もしマナちゃんに何かあったら、私が絶対に守るって約束もしたんだ・・・だから、ラン君を殺したのは許せないけど、友達を守りたいって言う気持ちはすっごくわかるんだ・・・甘いかな?私」
夜光は先ほどセリアにもらったコーヒーを飲み干した後、こう返す。
「かなり甘いな。 現実を舐めていると言ってもいい・・・だが、お前の気持ちが理解できない訳じゃない」
「・・・そっか・・・ねぇ、夜光ならどうする? もし誠児が悪いことしたら庇う?」
「・・・どうだろうな。 正直、わからない。 だけどもし俺が庇おうそすれば、バカ正直な誠児のことだ、きっと俺を殴りつけてでも本当のことを話させようとするだろうな」
セリナはそれを聞き、「誠児なら言うね」と納得した。
すると今度は、夜光が天井を見上げてこう言う。
「・・・セリナ。 友達って言うのはマナや誠児みたいに良い奴ばかりとは限らない。
自分が友達を思いやっても、友達全員がそれに応えてくれる訳じゃない。
関係が薄っぺらい奴は、そんな気持ちを平気で踏みにじることができる。
しかも悲しいことに、そういう連中は割と多い」
「じゃあ夜光は、友達は作らない方がいいって思うの?」
「そこまでは言わない。ただ・・・どんな人間だって、生きていれば多少傷つくことも必要なんだ。
それを全部1人で受け止めるのは、友達のすることじゃない」
「・・・夜光って時々難しい話をするよね。いつもはお金とか女の人の話ばっかりなのに」
「そりゃあ、お前の倍は人生を積んでいるからな」
夜光とセリナは互いの友達に関しての考え方を知り、改めて友達について考えさせられたのであった・・・
マネット本部の留置所内・・・
そこにはランを殺害した罪で収容されているレイランの姿があった。
「・・・」
床に寝そべったままぼんやり壁を見つめるレイラン。
そんな彼女の脳裏によぎるのは、ボーガスとグレイという2人の友達のことであった。
今から10年ほど前・・・
とある理由で施設に預けられていたレイランは、施設内で孤立していた。
実は彼女はエルフ族で、人間しかいない施設では浮いた存在になっていたのだ。
それが原因で、レイランは誰とも話をしなくなり、次第に周りの人間も誰1人、会話どころか目も合わせてくれなくなっていった。
それから数年後・・・
マラソン委員会からレイランにスカウトの話が飛び込んできた。
レイランが施設のイベントでリレーをしていた時に、偶然見学に来ていたマラソン委員会の目に止まり、彼女の才能を開花させるために、申し出たと言う。
レイランはすぐさまこの話を受け入れた。
もともと走ることが好きなのもあるが、息苦しい施設にこれ以上いたくないというのが本音だった。
委員会に紹介されたのは、マッドコーチとチームメンバーのボーガスとグレイであった。
3人との仲は良好で、特にボーガスとグレイの2人からは訓練だけでなく、プライベートでもよく一緒にいることが多くなった。
それから徐々に打ち解け合い、レイランは2人を友達だと思うようになった。
1年後・・・
ランがチームに入ってきた。
だが、ランはレイランに比べると、才能など皆無でチームにとっては重荷でしかなかった。
やめさせようにも、マッド達にそんな権利はなく、本人がやめると言わない限り追い出すことはできなかった。
それにイラ立ったマッド達は次第にランを奴隷のように扱い、それがいじめにつながったのだ。
最初は、レイランもいじめに対しては否定的であったが、ボーガスに「お前、俺達の友達なんだろ?だったら俺達の味方をするのが当然だろ!」言われ、グレイにも「ランを庇うのなら、私達は友達ではないわね」と言われ、2人との関係を壊したくなかったレイランはいじめに加担するしかなかった。
何度かいじめをやめようと言おうと思っていたが、初めての友達である2人に「お前は友達じゃない」と言われるのがとても怖かったため、どうしてもできなかった。
そしてその結果、ランの命を奪うことになってしまった。
ボーガスとグレイが”レイランにいじめを強行された”というのはもちろん真っ赤な嘘。
しかし、あらぬ濡れ衣を着せられても、彼女は友達を見捨てることができず、自ら2人の嘘を真実だと認めてしまったのだ。
「・・・(これでいいんだ・・・これで・・・)」
留置所の中で何度もそう言って自分を納得させていたレイラン。
そんな彼女の元に、騎士団員が訪ねてきた。
「レイラン スペルビア! 出てきなさい!」
騎士団員は鍵を開け、ここから出るように言う。
「・・・はい」
素直に応じるレイランは、騎士団員の後に続いて歩き出した。
周りはすでに薄暗くなっていて、あちこちの電気が付き始めていた。
騎士団員に案内されたのは、昨日マッドが逮捕された部屋であった。
そこには、夜光・誠児・マイコミメンバー・ゴウマ・ビンズ・ギルド従業員達、そして、数名の騎士団が部屋を取り囲むように座っていた。
しかし、レイランの目に一番最初に止まったのは、中央の席に座っているボーガスとグレイであった。
2人共、真っ青な顔で冷や汗をかき、落ち着きが全くない。
「(こんなところにボク達を集めて、何をする気なんだ?)」
「レイラン スペルビア。 ぼんやりしていないでそこに座りなさい」
状況が理解できないレイランだが、騎士団員の指示に従うほかないため、ボーガスとグレイの向かいの席に座ることになった。
そして、1人の騎士団員が全員に向かってこう言う。
「このような時間に呼び出してしまい、申し訳ありません。
様々な調査を行った結果、いろいろな事実がわかってきたもので、みなさんにお集まり頂きました」
「事実?」
そう聞き返すレイランに対し、ボーガスとグレイの顔にさらに焦りが見え始める。
「では、調査結果をお話します」
その調査結果は、レイランの運命を大きく変えるものとなった・・・
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