第66話 心なき言葉と想いある心
ランの様子が気になった誠児達は、マラソン選手達が宿泊しているホテルへと向かう。
彼らがランの部屋で見たのは、血まみれで倒れていたランであった。
すぐさまランを病院に運び込みが、すでに手遅れであった。
そしてランが残して行った手紙には、チームでのいじめのこととビンズへの感謝の言葉が書かれていた。
後悔と悲しみにさいなまれ、ビンズは涙を流してランの名前を呼んだ・・・
ランが死んでからしばらく、辺りは静寂な闇に包まれていた。
そんな静寂を破ったのは、騎士団達の足音であった。
騎士団達は担当医からランの死亡を確認すると、夜光達を騎士団マネット本部(騎士団の交番のようなもの)に任意同行することになった。
マネット本部に入った夜光達が騎士団に案内されたのは、机や椅子が2セットほどあるだけの殺風景な部屋であった。
中には、数人の騎士団が待機しており、部屋の奥にはマッドが、ソファに腰を掛けて、青白い顔で怯えていた。
ここは、警察で言えば取調室のような部屋である。
「ビンズ!」
そう言って駆け寄ってきたのは、騎士団に事情を説明していたゴウマであった。
「大丈夫か?」
ゴウマがそう尋ねると、ビンズは堪えていた涙を流しながら懺悔するようにこう言う。
「ゴウマ様。 私は・・・ランを守ることが・・・できませんでした」
悔しさと悲しみで、ひざをついてしまったビンズに、ゴウマは「お前のせいじゃない・・・」と優しく声を掛け、力強くビンズを抱きしめた。
そして夜光達は、マッド達の事情聴取を担当した騎士団からマッド達の証言を聞かされた。
マラソン大会で敗北の原因となったランを、全員で痛めつけ、知らない内に殺してしまったこと。
ランを殺しておきながら、自殺に偽装しようとしたこと。
それと同時に、ランが隠し持っていた手紙の内容も暴露された。
「・・・あなたを殺人罪で逮捕します」
それが全てを聞いた騎士団が、下した決断であった。
夜光を含め、この場にいる者全てがその決断に納得していた・・・が。
「・・・なんでだよ」
そう呟いたのは、マッドであった。
騎士団員が「何か言ったか?」と尋ねると、マッドは突然立ち上がり、こう叫ぶ。
「なんで俺が逮捕されなきゃいけないんだ!! 悪いのは勝手に死んだランだろう!!」
『!!!』
その身勝手な発言に、全員が驚愕する。
「お前が罪を犯したからだ」
騎士団員が冷静にそう告げると、マッドはさらにこう叫ぶ。
「はぁ!? ガキを1人誤って殺しただけなのに、なんでそれが罪なんだよ!! そもそも、ランが大会で勝っていればこんなことにはならなかったんだ!! 俺は何も悪くない!!」
「黙れっ!!」
身勝手な言葉を叫ぶマッドに、とうとうビンズが胸倉を掴んだ。
「ランは走ることが大好きな子だった。 マラソン選手を目指していたのも、自分の走りをみんなに見て欲しかったからだ・・・そんなあの子夢を、あんた達は命と共に奪ったんだ!まだ14歳の未来ある子の全てを!! それがどれだけ残酷なことなのか、なぜわからないんだ!?」
怒りのままに、言葉を発するビンズに、マッドは信じられない言葉を口にする。
「どうなったって良いでしょ? クズの未来なんて」
「きっ貴様ぁぁぁ!!」
マッドの言葉に激怒したビンズが、ついにマッドの首を絞めようとした。
「やめろっ!ビンズ!」
間一髪、ゴウマがビンズを止めることができた。
「離してください! こいつだけは!!」
「お前の気持ちはよくわかる! だがこいつを殺したところで、ランが生き返る訳ではない!
それに、そんなことをすればお前も逮捕されてしまう! それを一番悲しむのはランではないのか!?」
「くっ!!・・・」
ビンズはマッドの首から手を放し、ゴウマに寄りかかった。
そして、マッドはそのまま、騎士団によって連行されて行った。
連行されていくマッドを睨みながら、誠児の心に怒りが灯る。
「(ラン君を殺しておいて、あんな身勝手な言葉を口にするなんて・・・同じ人間だとは思えない)」
怒りのあまり拳を握りしめる誠児を落ち着かせるように、夜光はそっと肩に手を置く。
マッドが連行された後、夜光が騎士団員にこう尋ねた。
「おい、チームメイトのガキ共はどこに行ったんだ?」
夜光が気になったのは、この場にいないチームメイト達のことであった。
「その3人はすでにマネット本部に収容されている・・・だが、その内2人はすぐに釈放されるかもしれない」
「・・・どういう意味だ?」
「ボーガスという少年とグレイという少女がこう証言したんだ。”自分達がレイランにいじめを強行させられていた”とな」
「・・・何?」
「本人に直接聞いたところ、最初は否定していたが、2人がそう証言していると聞いた途端、急に態度を変えて”自分が命じた”と認めたんだ」
「・・・」
騎士団員の話が気になった夜光と誠児は、ゴウマ経由で騎士団員にレイランとの面会を申し出た。
国王の直々の頼みとあっては、騎士団とはいえ、許可しない訳にもいかなかったので特別に数分だけ面会できる許可をした。
騎士団員に案内された面会室でしばらく待っていると、赤いショートヘアをした少女、レイランが入ってきた。
レイランが椅子に座ると、誠児が口を開いた。
「えっと、君がレイランだね? 俺は誠児。 こっちは親友の夜光だ。
マネットグラウンドでも会ったと思うんだけど」
「・・・あぁ。 ランと一緒にいた”おじさん達”?」
おじさんと言うワードに、夜光は半ギレで忠告する。
「おい、言葉には気を付けろ。 誠児はともかく、俺はまだおじさんなんて歳じゃない」
「(俺、お前と同い年なんだけど・・・)」と内心呟きつつ、誠児は話を進める。
「とっとにかく、君に聞きたいことがあるんだ」
「・・・何?」
「君は本当に、チームメイトにいじめを強行させたのか?」
レイランは一瞬、目をそらすが、すぐさま誠児に視線を戻して、そうだよ」と頷く。
「・・・嘘をつくのは良くないよ」
誠児が優しくそう告げると、レイランは「何が?」と落ち着いた表情で返す。
「俺は職業柄、人と会話することが多くてね。 嘘をつく人間の動作が少しだが、わかるんだ」
「ぼっボクは嘘なんか・・・」
レイランが少し動揺するそぶりを見せると、夜光がつまらなそうな目でこう言う。
「いいか?小娘。 嘘をつきたいなら、動揺を表に出さず、余裕だけを出せ。 そうでないと、どんなに口が上手くても、意味がない」
嘘をつくアドバイスをしているようだが、裏を返せば”お前の嘘はすぐわかる”と言うことであった。
「仮にボクが嘘をついていたとして、だからなんなの? おじさん達には関係ないでしょ?」
「俺達はただ、ラン君のために本当のことを話してほしいだけだ」
誠児は真っすぐにレイランを見てそう告げる。
それは、ランの苦しみを聞いてやれなかった誠児なりの償いでもあった。
「そんなこと知らないよ。 だいたい、いじめた本人が”やりました”って認めているんだよ? これ以上何を話せって言うの?」
「それは・・・」
レイランの言う通り、本人らがいじめていたことを認めている以上、誰も口出しできる状況ではない。
あくまでも主張を変えないレイランに対し、誠児も口ごもる。
そんな時、夜光がこんな質問を投げかけた。
「じゃあ、1つ聞くぞ?」
「まだ何かあるの?」
「お前にとって、チームメイトはなんなんだ?」
「・・・えっ?」
夜光の突拍子もない質問に、思わず聞き返してしまう。
「ランはお前にとって、奴隷みたいなものだったのかもしれない。
じゃあ残りの2人は、お前にとってなんなんだ?」
「そっそんなの、”友達”に決まってるでしょ!?」
「友達? いじめを止めるどころか加担するような奴らがか?」
「それはボクが命令して・・・」
「命令して素直に実行するなんて、それこそ奴隷となんら変わりはないんじゃねぇか?
そもそも命令されたからって、相手を死なせちまうまで殴り続けるなんて、正気とは思えねぇぞ?」
夜光のその言葉を聞いた途端、レイランは机を叩き、怒りを露わにした。
「あの2人は奴隷なんかじゃない!! ずっと1人だったボクのそばにいてくれた大切な友達だ!
何も知らない癖に、2人のことを悪く言うな!!」
それは紛れもないレイランの本音であった。
それ以降、彼女の口が開くことはなかった・・・
面会を終え、面会室から出た夜光と誠児。
「・・・夜光。 あのレイランって子の話、どう思う?」
「最後の言葉は本音だろうが、命令したってのは確実に嘘だな」
「やっぱりお前もそう感じたか」
レイランの態度と会話で、すぐにレイランが主犯でないことに感づいた2人。
「素人の俺でも気づくくらいだから、騎士団の連中も感づいているんじゃねぇか?」
「多分な。 きっとこれのまま終わることはないだろうな」
そして2人は最初に入った部屋へと戻ることにした。
部屋に戻ると、そこには涙を流してはいないが、床を見つめたまま動かないビンズがソファに座っており、ゴウマも隣に座って、ビンズを慰めるように肩を抱いていた。
別のソファではセリナも落ち込んでいる表情を浮かべて座っていたが、そこにはギルドにいるはずのマイコミメンバー達がセリナを慰めていた。
「お前ら、なんでここに?」
メンバー達に近づいた夜光がそう尋ねると、スノーラがこう返す。
「夜光さんに誠児さん。実は、騎士団からランと言う少年が死んだという連絡が来たので、急いで駆けつけてきたんです。
ハロさん達はラン君の顔を見たいと言って、病院に向かわれました」
「そうなんだ。わざわざありがとう」
誠児が感謝の言葉を述べると、ルドが「それより、殺した奴らはどうなったんだ?」と事件の詳細を訪ねてきた。
「収容されてはいるみたいだ・・・でも・・・」
気になる言い方をする誠児に、ルドは「でも?」と聞き返した。
その時、さきほど面会を許可した騎士団員が、夜光達にこう告げる。
「ゴウマ陛下、そして皆さん。 本日はもう遅いので、お帰り頂いて、皆さんのお話はまた明日お聞きします」
騎士団員に言われ、夜光達が壁に掛かっている時計を見ると、すでに11時を過ぎていた。
「みんな。 お言葉に甘えて、今日はもう休もう」
ゴウマの一声にみんな賛同し、その日はギルドへと戻ることにした。
その日の深夜・・・
マネット本部のとある一室に、2人の男が向かい合って話をしていた。
「・・・もう一度聞く。 その情報に偽りはないのだろうな?」
「はい・・・私は、影の1人である”スコーダー強盗団”の1人です
スコーダーの正体も知っています。もちろん、彼が奪っていった金のありかも・・・」
「・・・わかった。 その話、信じることにしよう。君の条件を言ってくれ」
「条件は2つ。 私の罪を全て消すこと。 そして、奪った金の半分を私に譲ることです」
「・・・承知した。 君の条件を飲もう。では、君の情報を全て提供してもらおう」
「・・・わかりました」
2人の不気味な笑みは、新たな悲劇への予兆であった・・・
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