第65話 残された言葉

マラソン大会で転んでしまい、チームの敗北を生んでしまったラン。

心配してくれるビンズに満面の笑みを見せるランに、チームからの報復が始まった・・・


マラソン大会が終わり、夜光達はマネットグラウンドを出て、馬車停留場に向かった。

分かれたゴウマとそこで落ち合うことになっているからだ。


「すまん。 少し待たせてしまったな」

合流予定時間を少し過ぎてから現れてゴウマ。

「構いませんよ・・・? 親父。 元気がないみたいですけど、大丈夫ですか?」

ゴウマの表情は普段とさほど変わらないようにも見えるが、少し顔がうつ向いていたことに誠児は気付いたのだ。

「いや、なんでもない。 それより、ラン君には会えたのか?

「えぇ、まあ・・・」

誠児は少し言葉に詰まってしまった。

会えたには良いが、ランの怯えた表情が頭から離れないからだ。

「・・・そうか・・・? セリナとビンズはどうした? 姿が見えないようだ?」

「ビンズって奴ならセリナと土産屋に行ったぜ?」

ぶっきらぼうにそう言う夜光は、すぐそばに設置してある灰皿台に吸い殻を捨てる。

ずっと待っていたからか、吸うタバコの量が多いからか、灰皿台には大量の吸い殻が捨てられていた。


夜光と誠児がゴウマと合流してから20分ほど経ち、土産屋からセリナとビンズが戻ってきた。

全員がそろったところで、ギルドに戻ろうと乗り込もうとした時であった。

「・・・親父。 戻る前に1ついいですか?」

深刻な顔で、ゴウマにそう尋ねたのは誠児。

「どうしたんだ?」

「最後にもう一度、ラン君に会いたいんです。マネットグラウンドで会った時、あの子は俺達に何かを言おうとしていた。それがどうしても気になるんです」

マネットグラウンドの購買でランに会った時、確かに彼は何かを言おうとしていた。

だが、そこに同じチームのメンバーであるレイランが割り込んできたため、聞くことができなかった。

誠児はどうしても、ランが何を伝えたかったか聞きたかった。

その思いがひしひしと伝わってくるゴウマには、「ダメだ」という理由はなかった。

「・・・わかった。 ビンズ、ラン君は今どこにいるかわかるか?」

「たぶん、宿泊しているマネットホテルに帰っていると思います。 今日限り、選手達の貸し切りになっていると聞いていますから」

「ビンズさん。 案内してもらってもいいですか?」

「・・・わかりました。 ご案内致します」

「あっ! 待ってよ! 私も行く!!」

ビンズを先頭に、夜光達はマネットホテルへと向かった。


停留場から歩いて、20分の場所にそのホテルはあった。

ホテルに入ると、誠児はすぐさま受付の男性に声を掛けた。

「あの、すみません」

「はい。 なんでしょうか?」

「こちらのホテルに、ランと言う少年が宿泊していませんか? 今日あったマネット大会に出ていた選手なんですが・・・」

「申し訳ありませんが、宿泊客の情報はお話しできません」

受付は当然の返答をするが、誠児はなお食い下がる。

「それはわかっています! でも、その子の関係者の方もいるんです!」

誠児は目線でビンズを指すが、受付は首を横に振る。

「関係者だとしても、個人の情報はお教えできません。 どうかお引き取りを」

「(くっ! どうすれば・・・)」

良い手が浮かばない誠児を見かねた夜光が、受付に詰め寄る。

「なあ、兄ちゃん。 どうしても教えてくれねぇのか?」

「申し訳ありませんが・・・」

「それが国王の頼みであってもか?」

夜光の”国王”と言う言葉に、受付は「えっ!?」とすっとんきょうな声で聞き返す。

「俺の後ろでアホ顔をぶら下げたおっさんがいるだろ? あれこそが、ディアラット国の国王であるゴウマ国王その人だ」

受付は目を擦ってゴウマの顔をよく見ると・・・

「ごっゴウマ国王陛下!!」

「あと、隣にいるマヌケそうな女はその娘のセリナだ」

「せせセリナ姫まで・・・」

受付はもはやパニック状態であった。

そこへ夜光が脅迫まがいの顔で受付の耳元でこうささやく。

「悪いことは言わねぇ、情報を明け渡した方が身のためだぜ? 王族に逆らえばこのホテルは明日にでもつぶされるだろうな・・・いや、それどころか王族に逆らったあんたらは反逆罪で牢にぶち込まれ、最悪は死刑になるかもしれないな」

「たた・・・ただちに調べます!!」

受付はもうスピードで宿泊客の書類を調べ始めた。

「お前・・・もう少し穏便にできないのか?」

先ほどまで必死に食い下がっていた誠児では、夜光の強硬手段に呆れた顔をする。

「権力は使うためにあるんだ。 それに、今はランに会うことが最優先なんだろ?」

「だからと言って、アホ顔はないだろう」

「ホント! マヌケなんて失礼しちゃうよ!!」

いつの間にか夜光のすぐ隣に来ていたゴウマとセリナが不機嫌そうに言う。

「緊急事態だ、忘れろ」

ランの宿泊している部屋がわかったのは、それからすぐであった・・・


受付によると、ランが宿泊している部屋は5階にあるようなので、夜光達はエレベーターに乗って向かうことにした。


ランが宿泊している部屋にたどり着くと、誠児はビンズにノックを頼んだ。

面識がほとんどない誠児よりも、ビンズの方がランも安心してくれると思ったからだ。

「・・・ラン! ビンズだ! 突然部屋に来てしまってすまないが、君に少し話があるんだ!」

しかし、部屋からの応答がない。

「留守かな・・・って、夜光。 何してるの?」

セリナがそう尋ねると、夜光は「しっ!」とセリナを黙らせて、ドアに耳を当てる。

「・・・部屋から荒い息遣いが聞こえてくる」

夜光が小声でそう呟くと、誠児もドアに耳を当てる。

「・・・確かに、わずかだが聞こえる。 中に誰かいるのか?」

誠児も息遣いを確認すると、ビンズはもう一度、ドアをノックする。

「ラン! 中にいるのか!?」

だが、やはり返事はない。

息遣いが聞こえる以上、中に誰かいるのは確かだ。

だが、ノックを無視するといとは、部屋に入れたくない訳があるということ。

「・・・何かあったのかもしれん。 夜光、誠児。 ドアを破れ! 修理代はワシが出す!」

「よしっ! いくぞ!夜光!」

「仕方ねぇな・・・」

夜光と誠児は、ドアを一撃で蹴破った。

人間離れした筋力を持つ2人だからこそできたことだ。


「・・・なっ!!」

部屋に飛び込んだ夜光達が見たのは、血まみれで倒れているランと、怯えたような顔で夜光達を見つめるチームメイト達とマッドであった。

「ら・・・らぁぁぁん!!」

ビンズは一目散にランを抱きかかえた。

「ラン! しっかりしろ! 目を開けてくれ!!」

ランはぐったりして、返事をしない。

「うっうわぁぁぁ!!」

突然奇声を上げて逃げ出そうとしたのは、コーチであるマッドであった。

「待てっ!!」

誠児は逃げようとするマッドの前にすばやく立ちふさがり、腹部に拳を入れた。

「ごふっ!」

誠児のきつい一撃を喰らったマッドは、そのまま意識を失った。

「あっあっ・・・」

突然のことに動揺して、混乱しているセリナを見た誠児は「夜光!セリナを!」と夜光に悟らせる。

「おいっ、そんなところでボケっとするな。 邪魔だろうが」

口は悪いが、きちんと誠児の意図を理解し、動揺しているセリナと一緒に部屋から出る夜光。

「待っていてくれ!すぐに騎士団に連絡する!」

ゴウマはそう言うと、部屋の電話で騎士団に連絡を取った。


ゴウマが連絡をした10分程度で、騎士団は到着した。

ランは夜光達の付き添いで病院に向かい、マッド達はその場で逮捕された。

ゴウマは事情を説明するために、その場に残ることにした。


病院に着くと、ランはすぐさま治療室へと運び込まれた。

治療を待つ間、涙を流しながらランの無事を願うビンズ。

落ち着きなく、ウロウロしている誠児。

夜光の胸の中でずっと泣き続けているセリナ。

そんな地獄のような時間は、深夜まで続いた・・・


ランが病院に運び込まれてから、数時間。

治療室のドアが突然開き、中から治療を施した医師が出てきた。

ビンズ達はまるで吸い寄せられるかのように、医師に駆け寄る。

「せっ先生! ランは!?」

ビンズに詰め寄られる医師は、ゆっくりと首を横に振った。

「申し訳ありません。 手は尽くしたのですが・・・先ほど息を引き取りました」

それは、ビンズにとっては身を引き裂かれるような事実であった。

「あっ・・・あぁぁぁ!!」

その場で泣き崩れるビンズ。

「クソっ!!」

虚しさと悲しみのあまり、壁を殴りつける誠児。

「うっ・・・」

セリナもあふれる涙と悲しみをこらえきれずに、再び夜光の胸を借りた。

「それと、ラン君のポケットに手紙が入っていたんですが・・・

医師が差し出したのは、くしゃくしゃになった手紙であった。

「手紙?」

手紙を受け取ったビンズは、涙をぬぐい去りながら、手紙を読む。

『ビンズさんへ。 

ビンズさんがこの手紙を読んでいるということは、きっと僕はもうこの世にいないんだと思います。 

だから、これまで言えなったことをこの手紙に書きます。

僕はこれまで、チームメイトやコーチにひどい仕打ちを受けてきました。

トレーニングではいつも朝から晩まで走らされ、休憩や食事もほとんど取らせてくれず、深夜になっても眠ることさえ許してもらえない日もありました。

タイムがなかなか縮まない時には、「もっと早く走れ!このノロマ!!」!!と罵声を浴びせてきたり、殴る蹴るなどの暴力も受けました。掃除や買い出しと言った雑務も全て僕がやり、コーチやみんなは町に遊びに行っていました。 ビンズさんに相談しようと思ったこともありましたが、コーチはギルド業界にコネを持っていて、ビンズさんに話したらギルドリッシュを潰すと脅され、相談できませんでした。

きっとビンズさんなら、「ギルドのことは気にするな」と言ってくれるでしょうが、

僕の夢のために一緒に頑張ってくれたビンズさんや従業員の方々、今もギルドリッシュで頑張っている人達のことを考えたら、とても話すことはできませんでした。

最後に、こんな僕のために今までありがとうございました・・・さようなら。ラン』

手紙はこれで終わっていた。

「・・・ラン」

ランからの手紙を握りしめ、あふれる涙をこぼし続けたビンズは、マネットグラウンドの医務室でランの話を聞かずに立ち去ってしまった自分を強く呪った・・・


そして、ホテルに残ったゴウマは、マッド達の事情聴取に立ち会っていた。

「では、もう一度伺います。 あの部屋で何があったのですか?」

騎士団に問い詰められるマッドは、震える声で状況を説明した・・・


夜光達がランの部屋に来る30分ほど前・・・

マッドとチームメイト達は、ランを部屋まで連れていくと、マラソン大会での失態を理由に、3時間以上もランに暴行を加えていた。

叫び声を上げさせないように、口をテープでふさぎ、身動きが取れないように手足をロープで縛り上げていた。

暴行を加え続けていた時、レイランがランの異変に気付いた。

「ねっねえ・・・ランの奴。 息してないんじゃない?」

ボーガスはテープを剥がして、ランの呼吸を確かめると・・・

「おっおい! マジでこいつ、息してねぇぞ!!」

全身に悪寒を感じたマッドはランを揺さぶり起こすものの、ランは微動だにしなかった。

「ちょっちょっと!本当に死んだってこと!?」

グレイは恐怖のあまり、腰を抜かしてしまう。

「そんな、それじゃあボク達。 殺人者じゃないか!」

動揺するレイランの言葉に、マッドは「冗談じゃない!」と部屋のドアのカギを掛けた。

「こんな役立たずのガキのために、俺の人生を狂わされてたまるか!!」

身勝手な言葉を吐き捨てると、マッドはレイラン達に向かって叫ぶ。

「ボーガス! ランを窓から捨てるのを手伝え! レイランとグレイは部屋の血を拭きとるんだ!

そうすれば、自殺に見せかけることができる!」

「そっそうだな! やろうぜ!」

「そうね! そうしましょう!」

マッドの提案に乗るボーガスとグレイだったが、レイランは「でっでも・・・」とためってしまう。

そこへ!

「・・・ラン! ビンズだ! 突然部屋に来てしまってすまないが、君に少し話があるんだ!」

夜光達が来たという訳である・・・


「(・・・なんと愚かな)」

そのあまりに身勝手な供述に、ゴウマは言葉を失ってしまった。

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