第55話 女神の休息

マスクナの付き人であり、舞台俳優であるリックスカーに言い寄られたライカ。

偶然出くわした夜光が、結果的にリックを撃退し、2人はその場を後にした。


リックを撃退した後、2人は木陰でひっそり休憩していたセリアと合流する。

すると、昼休憩の時間を知らせる放送が流れたので、3人は一旦マイコミルームへと戻ることにした。


夜光とライカとセリアがマイコミルームに戻ると、メンバー達が3人の帰りを待っていた。

デイケアでは昼食は全員集まってから食べることがルールとなっている。


昼食を食べる間、ライカが先ほどのリックのことをメンバー達に愚痴り出した。

「全く、どこにでもいるのね。 ああ言う軽薄な男」

「女の子に無理やり迫るなんて、最低だよ!」

口では怒っているものの、弁当に入っているミニハンバーグを嬉しそうに頬張るセリナ。

「女をものにしようとする男は、金や権力を振りかざせば女は寄って来ると思っているのだろうな・・・くだらん」

スノーラは呆れたような口ぶりでそう呟く。

その横で、豪快に大きな肉にかぶりついているルドが、ふと視線を向ける。

「まあ、そんな男ならここにも1人いるけど」

ルドがそういった瞬間、全員ルドと同じ方向を見た。

その視線の先にいたのは、高級酒をじっくり味わいながら、やきとりを食べる夜光の姿であった。

その酒は、先ほどのリックに絡まれていたのを結果的に助けたお礼として、ライカから強引に奪い返したものであった。

やきとりは、料理系のプログラムが無料で配っていたものをもらったものだ。

同行していたセリアにも、やきとりを受け取らせ、2人分のやきとりを手に入れることに成功したとのこと。


そんなこんなで昼食を食べていると、マイコミルームに来客者が現れた。

「お邪魔しま~す」

「邪魔するで~」

来客者は女神ときな子であった。

夜光は2人と目が合った瞬間、お約束のセリフを口にする。

「邪魔をするなら帰れ」

「「はいよ~」」

そしてお約束通りの返事をして、部屋を出ようとする2人。

「って、コラ!! わざわざ来てやった客に向かって帰れとはなんや!!」

「来てくれと頼んだ覚えはねぇし、お前らが勝手に帰ろうとしただけだろ?」

「しゃーないやろ!? ウチみたいな関西人はみんな反応してしまうねん!」

怒鳴り散らすきな子に、スノーラはこっそりこうささやく。

「あの~、きな子様」

「なんや?」

「女神様は本当に帰られたようなのですが」

きな子が部屋を出ると、通路をとぼとぼ歩く女神の姿を目撃した。

「コラ!アホ女神! ホンマに帰ってどないするねん!!」

慌てて女神を引き止めるきな子であった・・・


マイコミルームに戻った女神ときな子は席に付き、お菓子をくれと言わんばかりにじっと夜光達を見つめてくる。

「あの~、今は昼休憩なので、喫茶店は閉めているのですが・・・」

スノーラの言う通り、昼休憩中は昼食を食べてゆっくり休憩しているため、すべての出し物を一旦閉めている。

「えっ!? そうなんですか!?」

「そんなん知るかい! ウチらはタダでお菓子食えるって聞いたから来たんやで? 接客業なら、来た客を大事にせんといかんのちゃうか? お菓子出さんっていうなら、ここは客にお菓子を出すのを渋るドケチばっかや!!って言いふらそうかな~」

まるで、悪徳クレーマーのような言い分に、メンバー達も妥協せざる終えなかった。


メンバー達がお菓子の準備をしていると、キルカが女神をいやらしい目でじろじろ見ていた。

「あの~、何かご用ですか?」

キルカの視線が気になった女神がそう尋ねると、キルカは少し笑みを浮かべたままこう返す。

「いえ、噂に聞く女神様の美しさに、感動していたですよ」

「そんな、美しいなんて。照れちゃいますよ~」

まんざらでもない女神に、きな子は内心「(・・・・ちょろい女やな)」と呟く。

「謙遜することはありません。 白く美しい肌に、整った顔立ち。

そしてそそるようなその貧・・・」

その時、夜光達の頭に恐怖がよぎった。

それは女神にとっては自爆スイッチのような言葉。

ライカは慌ててキルカの口を塞ぎ、「ちょっと来なさい!!」とメンバー達と共に、物置きへと強引に引っ張りこんだ。


「なんなのだ?急に」

女神を口説いていたキルカは、邪魔されたせいか少し不機嫌になっている。

「いい!? 今後間違っても、女神様に向かって貧乳なんて言うんじゃないわよ!?」

「なぜだ?」

意味がわかっていないキルカに、メンバー達は鬼気迫るような顔で詰め寄る。

「女神様は胸について強いコンプレックスを抱いているのだ!!

それを指摘すれば最後、この辺りは火の海となる!!」

スノーラの言葉にみな頷き、夜光にしがみつくセリアは「バズーカ・・・」と恐怖の記憶が蘇る。

「コンプレックス? 貧乳は女が持つ、素晴らしき魅力の1つだぞ? 何を気にする必要があるのだ?」

「キルカちゃん。 キルカちゃんみたいにおっぱい大きい子に言われるのが、女神様にとって一番つらいことなんだよ? この前もスノーラちゃんが言ったのが原因でひどい目にあったし・・・」

記憶障害で忘れっぽいセリナでさえ、女神の怒りが記憶に刻み込まれているようだ。

「あんたが女神様に殺されるのは勝手だけど、あたし達にまで危害が及ぶのは絶対いやなのよ!!」

ライカの念押しに、キルカはやれやれと言わんばかりのため息をついた。


キルカに警告した後、夜光達が物置きから出た時だった。

「なっなんだ?この犬?」

夜光の目に飛び込んできたのは、マイコミルームの真ん中にポツンと座っている黒い犬であった。

背中には、何やらバックのようなものを背負っている。

しかし驚いたには夜光だけなようで、セリナが犬に近づき、優しく撫でる。

「よしよし。いつもご苦労様」

続いてスノーラが犬に近づき、バックからお菓子の入った袋を取り出す。

「思ったより速かったな」

そう呟くと同時に、スノーラは犬のバックにお金を入れる。

その様子を見ていた夜光がルドに尋ねる。

「おいルド。なんなんだ?あの犬」

「兄貴知らないのか? あれは【ブラックドギー】っていう荷物を運んでくれる宅配犬だよ」

「いっ犬が荷物を運ぶのか!?」

「そうさ。 結構頭の良い犬でさ。 どんな場所でも指定時間に必ず荷物を届けることで有名で、宅配業界ではナンバー1のところだ」

異世界と自分の常識の違いに、頭を抱える夜光。

「本当、異世界ってのは訳わかんねぇな・・・いや、もっと訳わかんねぇのがいたな」

夜光の視線はお菓子を夢中で食べているきな子に向けられる。

そして、代金を受け取ったブラックドギーは、マイコミルームを立ち去ろうとするが・・・

「・・・」

「なっなんですか?」

女神の持つお菓子をじっと見つめるブラックドギー。

「だっダメです! これは私のお菓子なんですから!」

お菓子を身を挺して守る女神に、「く~ん」とうるうるした目で泣くブラックドギー。

「うぅぅぅ。 そんな目で見ないでくださいよ~・・・わかりました1つだけですよ?」

女神はそう言うと、クッキーを1枚差し出す・・・が。

「ワンッ!」

ブラックドギーは差し出されたクッキーを無視して、テーブルに置いてあった女神のお菓子袋を加えて逃亡した。

「ぎゃぁぁぁ!!泥棒ぉぉぉ!!」

慌ててブラックドギーを追いかける女神。

しかし犬のスピードにはかなわず、結局は逃げられてしまった。

それを見ていたきな子は、「しつけの悪い犬や」と呟くだけで、あとは他人事のようにお菓子を食べ進める。

「うぅぅぅ・・・私のお菓子ぃぃぃ!!」

女神の悲痛な叫びが、ホームにこだましたのであった・・・


「あ・・・あの、よろしければどうぞ」

ブラックドギーが立ち去った後、女神に同情したセリアがお菓子の袋を特別にもう1つ手渡した。

「いいんですか!?」

「はっはい・・・」

「うぅぅぅ、セリアさん! ありがとうございます!! これは犬さんのいないところで食べます」

セリアに深い感謝を捧げ、泣き崩れる女神に、夜光達は言葉を失う。

・・・そんな中、ライカが自分のポケットやカバンを漁っているのが気になった夜光が声を掛ける。

「何やってるんだ?お前」

「処方された薬がないのよ。 今朝はちゃんと飲んだはずなのに」

「薬? ああ、そういえばいつも飲んでたな。 どんな薬だったかな?」

「名前は覚えていないけど、耳鳴りを抑える薬っていうのは覚えているわ」

「耳鳴り? えっと、お前の障害って・・・」

以前メンバーの資料を読んだ時に見た記憶を思い出そうとするが、全く思い出せない夜光。

思い出すまで待つ気のないライカが答えを言う。

「聴覚障害よ。 昔、父に数時間殴られた時に、軽い脳震盪を起こしてね。 その時の後遺症で耳鳴りがひどいのよ。 まあ、薬を服用しているおかげで、だいぶマシにはなったけど」

「ああ。 そうだったな」

「・・・あっ!思い出した! 今朝演劇プログラムの控え室で飲んで、そのまま忘れてきたのよ」

「大事な薬を忘れるなよ」

「仕方ないでしょ!? いきなり控え室にあの変な男が押しかけてきたんだから!!」

「変な男? ああ、あの小僧か。 じゃあ、取りに行けばいいんじゃねぇか?」

夜光はそう言うが、ライカは少し気が引ける。

「でも、またあの男に出くわしたら面倒だし。 誰かついて来てくれないかしら」

「普通にぶちのめせばいいだろ? お前地味にバカ力あるし」

夜光の言う通り、もともと亜人であるライカは普通の人間よりは強い。

少なくとも、喧嘩慣れしていない男に力で負けることはない。

だが、リックは憧れの女優、マスクナの付き人。

できるかぎり穏便に済ませたいライカ。

「か弱い女の子に向かってバカ力なんて失礼じゃない? っていうか、あんただけには言われたくないわよ。このムキムキ親父!!」

「テメェ、人が親切にしてたら、言いたい放題言いやがって!!死に急ぎたいなら手伝ってやろうか?」

言い争う2人を見かねたスノーラが、2人の間に割り込んできた。

「2人共、まずは落ち着いてください!!」


その後、ほかのメンバーも混じって、ライカは薬のこととリックのことを話し、同行者を求めた。

最初は一番暇そうな夜光に同行させようと思ったメンバー達だが、本人が「暇だからって不公平だろ!?」と駄々をこねるので、仕方なくくじ引きで同行者を決めうこととなった・・・


「・・・で、その結果あんたと行くはめになったってわけね」

嫌そうに見つめるライカの隣にいたのは・・・

「くじの結果なのだから仕方あるまい。 それに我とて、お気に入りのお前を男に汚されるのは好かん」

同行者となったのはライカが苦手意識を持つキルカであった。

ライカはキルカと微妙に距離を取りながら、演劇プログラムの控え室へと向かう。


演劇プログラムにはすでに誰もいないので、マナがしっかりと鍵を掛けていた。

だが、ライカは合い鍵を持っているので、入ることができた。


控え室に入り、ロッカーの中に入っていた薬をライカが見つけるのに、ほとんど時間は掛からなかった。

「ふう。 あの男のせいで今日は散々だったわ・・・ってキルカ!なにしてんのよ!?」

ライカが見たのは、冷蔵庫に入れていた水をキルカが飲もうとする場面であった。

その水はライカのもので、リックが押しかけてきたときに、薬と一緒に忘れてしまったのだ。

「のどが渇いたのでな?水をもらうぞ?」

「勝手に開けるんじゃないわよ。だいたいそれはあたしのよ?」

ライカの飲みかけだと聞くと、キルカは目を光らせた。

「ほう。それはますます飲まない訳にはいかんな」

ライカは思わず「しまった!」と後悔するがもう遅く、キルカはゆっくりと水の入った容器に口を付けた・・・その時!!

「ぷっ!」

キルカは突然、容器を床に捨て、口に含んだ水を吐き出した。

「ちょっちょっと! あんた何してんのよ!?」

ライカの言葉を無視し、キルカはそばにあった水道で口をゆすぐ。

「ねぇ! なんとか言いなさいよ!」

口をゆすいだキルカは、ライカをじっと見つめてこう言う。

「お前の水に、”劇物”が混じっている」

「・・・えっ?」

それは、ライカにとって耳を疑う言葉であった・・・

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