第54話 忍び寄る魔の手

レッドフェスティバルが開催し、ゲストであるマスクナ ビュールとリック スカーが到着した。

喫茶店の宣伝を任された夜光とセリア、そしてマスクナビュールに会うことを楽しみにしているライカは演劇プログラムへと向かっていく・・・


演劇プログラムの部屋にたどり着いたライカ。

夜光とセリアは別の場所へ宣伝しに向かうため、ライカとは別れた。


部屋に入ると、そこには部屋中を掃除しているマナの姿があった。

「あっ! ライカさん。お疲れ様です」

「お疲れ様。 あんた掃除してたの?」

「はい。 少しでも見栄えを良くしようと思いまして・・・一応ここの担当スタッフですから」

実は、演劇プログラムの担当スタッフはまだ決まっていない。

そもそも演技を教えることができるスタッフがいない上、人手不足なために急遽ホームでバイトをしていたマナに無理を承知で夜ゴウマが頼み込み、人の良いマナは引き受けてくれたという訳である。

「今更ながら、あんたよく担当スタッフなんか引き受けたわね」

「いっいえ、ゴウマ国王やホームにはお世話になっていまので。

それに担当スタッフと言っても、別にライカさんに演技を教えている訳ではないので」

担当スタッフを任せられたとはいえ、マナは演技に関しては全くの素人。

演劇プログラムは主に、ライカが1人で演技の練習をし、マナが客観的に評価するという流れで成り立っている。

「そんなことはないわよ。少なくとも、夜光のバカよりはずっと仕事ができていると思うわ」

「はっはあ・・・」

「それより、そろそろ良い時間だから、掃除はもう良いわよ?」

「わかりました」


それからまもなく、演劇プログラムの部屋にゴウマに案内されたマスクとリックが訪ねてきた。

「お越しいただいてありがとうございます。 このプログラムの担当スタッフをしていますマナと言います。どうぞよろしくお願いします」

明るく出迎えるマナに、マスクナも笑顔でこう返す。

「初めまして。マスクナ ビュールです。 隣にいるのは付き人であり俳優のリックスカーです。 こちらこそよろしくお願いします」

「(こっこの人が、マスクナビュール。 近くで本物を見るとさすがに緊張するわね・・・)」

憧れの女優を目の前にし、ライカは無意識に緊張して表情がガチガチになる。

それを見たマスクナは、笑顔でこう語り掛ける。

「そんなに緊張しないでください。 女優と言う肩書きがあっても、私はただの人間です」

その言葉で少し緊張がほぐれたライカは、できる限り笑顔で自己紹介をする。

「はっはい。 あの、私はライカ バンデスと言います。女優を目指してえっと・・・頑張っています」

まるでセリアのような話し方に、ゴウマは思わず吹き出してしまう。

・・・しかし、マスクナとリックはなぜか驚いた表情を見せる。

「ライカバンデス?・・・あの、失礼ですが、ひょっとしてあなたは、ガウンバンデスさんのお子さんではないですか?」

「えっ?」

その言葉を聞いて、ライカは耳を疑った。

「ご存じなのですか?」

ライカが聞き返す前に、ゴウマがマスクナに尋ねる。

「ええ。 バンデスさんはかつて劇団トレックの舞台に立っていた舞台俳優です。

素晴らしい才能の持ち主だったのですが・・・その・・・なんと申したら良いか」

マスクナが言いにくそうになっているのは、ライカの父ガウンは練習中にパニック障害を起こしてしまい、それが原因で俳優を引退し、それ以降は酒浸りになり、やつあたりのように家庭内暴力に及び、その後はアルコール中毒でこの世を去ってしまった。

それはあまり人前で話す内容ではないとマスクナは気を使っていたのだ。

以前のライカなら、父親の名前が出ただけで、恐怖に震え上がったが、今のライカは違う。

「マスクナさん。 お気遣いはありがたいですが、父は父で私は私です。私が誰の子供かなんて舞台の上でも、女優という夢でも関係ありません」

ライカが明るくそう答えると、マスクナは一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに笑顔でこう言う。

「・・・強い方ですね」

夜光とマイコミメンバー達との日々がライカを強くしたのだ。

ゴウマはそれが何よりうれしく思えた。

そして、ライカは父親のことを吹っ切るように、マスクナにこう言う。

「マスクナさん。 私の演技を見てもらってもいいですか?」

マスクナは初めからライカの演技を見るつもりであったが、ライカは改めてお願いする。

「・・・ええ。 ぜひ、お願いします」

明るい声でそう返すマスクナであった・・・


ライカが演じたのは、練習用の劇でおよそ10分で終わる短いストーリーである。

登場人物も2人しか出てこないため、ライカが主人公になり、マナには相手役になってもらった。

わずか10分の劇であるが、ライカにとっては、あこがれの女優に自分の今の実力を見せる絶好の機会である。

もちろん評価が低くても、ライカは後悔しない。

・・・そして、無事に劇が終了した。


ライカは舞台を降り、マスクナの元へと歩み寄る。

「マスクナさん。 いかがでしたか?」

おそるおそるそう尋ねると、マスクナは難しい顔をしてこう言う。

「そうですね・・・女優として申し上げると、あなたの演技は残念ながら、素人の域を超えていないと言わざるおえません」

「・・・そうですか」

覚悟していたとはいえ、さすがに少し落ち込むライカ。

・・・しかし、マスクナはこう続ける。

「ですが、個人的な意見を述べさせていただけるのなら、あなたには素直に役を受け入れる才能があると思います」

「役を素直に受け入れる?」

「はい。舞台に不慣れな役者は、なかなか役に入れずに、良い演技ができない方が多いのです。

だれしも個性というものがあるので、それは仕方のないことなのですがね。

ですが、あなたは与えられた役をまるで普段の自分のように振る舞っていました。

それは、才能のある方でもなかなかできないことなんですよ?」

「あっありがとうございます!!」

マスクナの個人的な評価に、ライカは感謝と共に嬉しさがこみ上げた。

すると、マスクナから耳を疑う提案をされる。

「・・・そうですわ! ライカさん。もしよろしければ、今度トレックで行う舞台に出演してはいただけませんか?」

「えっ・・・えぇぇぇ!! わわ私がですか!?」

「はい・・・と言いましても、それほど出番は多くないのですが」

「いっいえ!、そんなの良いですよ! 本物の舞台に立てるなんて嬉しいです!・・・でも本当に、私で良いんですか?」

舞台に出られるのは嬉しいが、素人同然の自分が舞台に立てば、ほかの役者の迷惑になるのではと、ライカ心配した。

「もちろんです。 あなたのように素直な演技ができる方の経験となれるなら」

「・・・わかりました。 よろしくお願いします!!」

深々と頭を下げるライカに、ゴウマとマナは拍手を送る。

「おっおめでとうございます!ライカさん!」

「ライカ。頑張るんだぞ?」

こうしてライカの劇壇トレックの舞台出演が決まった・・・

だが、その様子を見ているリックの顔には、何やら暗いものに取りつかれていた・・・


ライカの出演する舞台の日時や役柄と言った詳細な情報は後日手紙で送られることになった。

ライカはマナと舞台の片づけをしたあと、控室に移動した。

「・・・不安はあるけど、引き受けた以上は、全力で頑張るしかないわね」

気合を入れなおすように、冷蔵庫に入っていた水を取り出し、ぐびぐび飲むライカ。

そこへ突然、控室のドアをノックする音が響いた。

「・・・誰? マナ?」

ライカがドアを開けると、そこに立っていたのは、マスクナの付き人であるリックスカーであった。

「やあ。ちょっと時間あるかな?」

「えっ?・・・はい」

初対面の男と部屋で2人っきりになるのは嫌だが、かといって追い返すわけにもいかないので、ライカはしぶしぶ中へ入れた。


「それで、なんの用ですか? 私、レッドフェスティバルでいろいろやることがあるんですけど」

「そんなに時間は取らせないよ」

そう言うと、リックはライカに迫りながらこう言う。

「さっきの演技は素晴らしかったよ。 君には良い女優になれる可能性があるようだ」

「それはどうも・・・」

ライカはリックがなれなれしく自分に言い寄るリックの軽薄さが気に入らなかった。

「・・・でもね、君が良い女優になるには、決定的に欠けているものがある」

「欠けているもの?」

次の瞬間、リックは突然ロッカーを背にしたライカに迫った(いわゆる壁ドン)。

「・・・俺だよ」

「・・・はい?」

「君には俺という最高のパートナーが必要だ。 俺には一目でわかったよ。君は俺のような才能あふれる男を求めているってね」

ライカにはリックの言っている言葉の意味がわからなかった。

しかし、リックが自分に言い寄っていることは理解していた。

「・・・話は終わりですか?じゃあ、あたしはこれで」

ライカが立ち去ろうとした時、リックは「待ちなよ!」とライカの腕を掴んだ。

「こんな良い男が迫っているんだぜ? 女なら俺に抱かれたいと思うのが自然だろ?」

完全に自分に酔っているリックに、怒りを通り越して哀れに思うライカ。

「女癖の悪いバカ男なら間に合ってるわよ!」

ライカはリックの手を振りはらうと、一目散に控室を出た。


控室を出たライカは、裏口から外へと飛び出した。

「「痛っ!」」

勢いよく飛び出したせいで、裏口の前にいた人物とぶつかってしまった・・・

「ごっごめん!大丈夫?」

ライカは頭を抑えながら、ぶつかった人物の顔を確認すると・・・

「いってぇな!! テメェ、いきなり飛び出すな!!」

相手は夜光であった。

「あんた、なんでこんなところにいるのよ?」

「ちょっと一服しようと思っただけだ。 お前こそ何やってんだよ?」

ライカは追いかけてくるリックの気配を感じ、急いで夜光の後ろに隠れた。

「おいっ、なんのつもりだよ!?」

「説明は後! 今はとにかくあたしの盾になりなさい!!}

そうこうしているうちに、リックが追い付いた。

「ライカちゃん。 どうして逃げるんだい? 俺を困らせるのは良くないよ?」

リックを見てなんとなく察した夜光はライカに尋ねる。

「あいつに言い寄られているのか?」

「そうよ。 スタッフなら困っているメンバーを助けなさいよ!」

ライカの身勝手な言葉に内心「知るか」と思う夜光。

そんな夜光に、リックは見下したような目でこう言う。

「誰だ?お前は。 関係ない奴は引っ込んでろ!」

こういった状況なら、「そんなことできるか」とか「嫌がってるじゃないか」などと口にして追い返すのが王道だが、今回は少し違う。

「ごもっともだな。 俺、こんな女知らねぇし」

面倒に巻き込まれたくない夜光はあっさりライカを見捨てて立ち去ろうとする。

「ちょっと、あんた! 面倒だからって逃げるな!」

必死に引き止めるライカだが、夜光は冷たく「どちら様ですか?」と言い放つ。

話が進展しないことにイラ立ったリックが強い口調でこう言う。

「ライカちゃん、そんな”汚いおっさん”なんかにしがみつくなら、俺の胸に飛び込んだらどうなんだ?」

その言葉が余計だった。

「・・・あっ?」

夜光はリックに歩み寄り、胸倉を掴んだ。

「おい、小僧。 誰が汚いおっさんだと?」

おじさん呼ばわりを嫌う夜光は、自分をおじさんと呼ぶ相手には容赦なく詰め寄る。

「きっ貴様! この手を放せ! 俺が誰だかわかってるのか!?」

「口の利き方に気を付けろ。 俺は美女以外覚える頭は持ってねぇ!! ましてイケメンなんぞ、2秒で忘れる自信がある」

「(それって単なる妬みじゃない)」

そう思うライカだが、結果的に自分を守っている夜光に余計なことは言わないでおいた。

「小僧。 ライカに言い寄るのは勝手だが、次に俺をおっさんなんて呼んだら、この口を二度と開けないようにしてやる・・・覚えてろ!」

夜光は勢いよくリックを裏口のドアへと放った。

「がっ!!」

リックは頭を打って気を失ってしまったようだ。


「ったく、気分悪りぃな」

夜光はそう言い残すと、その場を立ち去っていく。

「ちょっと待ちなさいよ!」

残されるのもなんなので、ライカも夜光の後を追っていった・・・

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