第52話 舞台の女王

レッドフェスティバルでの催し物は定番の喫茶店に決まった。

姫という立場と小説家の夢の間で迷うセリアに、面白く生きることの大切さを教えた夜光であった・・・


レッドフェスティバルに向けての1ヶ月間・・・

マイコミメンバー達は催し物である喫茶店に必要なものを購入したり、飾りつけをしたりと大忙しであった。

隙を見て仕事をサボる夜光とメンバーにセクハラしてくるキルカに悩まされながらも、少しずつ準備を進めていった・・・


そして、レッドフェスティバル当日・・・

その日は、普段は物静かなホームもかなりにぎわっていた。

参加者はデイケアメンバーと就労訓練生、その家族や友人が集まっておよそ100人。

ホーム内部もあちこち飾り付けされており、まるで学園祭のような雰囲気であった。


そして、マイコミルームで各自ペアとなり、最終チェックに取り掛かっていた夜光達。

飾り付けを担当していたセリアとルド。

「かか飾り付けの方、おっ終わりました」

「スノーラ、そっちはどうだ?」

マイコミルームの壁には、紙を切って作った魚やカモメなど、海を連想させる生き物があちこちに張ってあり、客用のテーブルには海の絵が描かれたメニューが置いてあり、花屋で購入したひまわりを一輪添えている。

お菓子や飲み物を準備していたスノーラとライカ。

「私達の方もOKだ。 お菓子も飲み物も十分そろっているし、不足した時のための経費もゴウマ国王に頂いた」

「あと、いないとは思うけど、このバカみたいにお菓子をつまみ食いしたりしないでよね」

ライカが冷たい視線を向けたのは、床に正座させられているセリナ。

頭には痛々しいタンコブがあり、【つまみ食いしてごめんなさい】というプレートを首からぶら下げていた。

実は、お菓子をつまみ食いしようとしてしまったところをスノーラとライカに見つかり、スノーラの説教とライカの鉄拳制裁というダブルパンチを喰らっていた。

「うぅぅぅ・・・ごめんなさい」

反省の涙を流しているセリナはだが、彼女はキルカと共に、接客で使う衣装を担当していた。

衣装はすでにメンバー達が着ている、可愛らしいウエイトレス風の衣装であった。

しかし、メンバー達はその衣装に不満を抱いていた。

理由は2つ。

1つ目は、スカートがかなり短いため、少し屈んだだけで下着が見えてしまう。

2つ目は、へそ出しスタイルの衣装と聞いていたのだが、実際はへそどころか、腹が丸見えなほど小さく、激しく動けば胸がちらりと見えてしまう。

この衣装を選んだのはセリナだが、キルカに短い方が風通しが良くて涼しいと吹き込まれ、試着時もキルカに、「とてもかわいい」とおだてられたため、着た時の羞恥心を忘れてしまっていた。

「・・・あの2人に任せた我々がバカだった」

「「「・・・」」」

スノーラ達は、衣装選びを天然なセリナと変態なキルカに任せてしまったことを心の底から後悔した。

そして、当人であるキルカはというと、ソファで衣装を着たまま熟睡していたのであった。




レッドフェスティバル開催時間となり、各部屋に取り付けられているスピーカーから施設長であるゴウマのあいさつが流れた。

『ホーム内の皆様、おはようございます。 施設長のゴウマです。 ただいまより第7回レッドフェスティバルを開催いたします。 スタッフ並びにデイケアメンバーの皆様、そしてそのご関係者様。

今日はレッドフェスティバルを存分にお楽しみください』

ゴウマのあいさつが終わった直後、開催の合図である花火が打ち上げられた。


一方夜光は、ホームの玄関でゴウマと共に、レッドフェスティバルのゲストである【マスクナ ビュール】の到着を待っていた。

「・・・? 着たようだな」

2人の視界に映ったのは、いかにもお金持ちが乗りそうな豪華な馬車であった。

馬車は2人の前で停車し、中から白い薄手のドレスを着た美女と、キザったらしいホスト風の服を着た金髪のイケメンが降りてきた。

ドレスの美女はゴウマに近づくと、深々と頭を下げてあいさつをする。

「ゴウマ国王様。初めまして、マスクナ ビュールでございます。このたびはお招きいただき、ありがとうございました」

「いえいえ、私の方こそ、わざわざここまで足を運んでいてくださったことを深く感謝いたします」

あいさつを終えると、マスクナは隣にいる金髪イケメンに視線を向ける。

「ゴウマ国王様。 こちらは、付き人である【リック スカー】です。 私の所属する劇団の人気俳優でもあります」

マスクナに紹介されたリックは、礼儀正しくお辞儀をする。

「初めまして、ゴウマ国王。 このたびはマスクナ ビュールの付き人として急遽、こちらのイベントへ参加する無礼をお許し願いたい」

「とんでもない。 ホームはいつでも大歓迎です」

なごやかな雰囲気な所で、マスクナがゴウマの後ろにいる夜光の存在に気が付いた。

「・・・ところでゴウマ国王様。 後ろにいる方は?」

すると、夜光はマスクナに近づき、こんな言葉を口にした!

「初めまして、私はホームでスタッフをしている時橋 夜光と言う者です。あなた様のような美しい女性を目にしてしまい、恥ずかしながら緊張してしまいまして」

「まあ。お上手ね」

嬉しそうに微笑むマスクナに、これまで見たことのない笑顔で返す夜光。

そんな夜光を、冷ややかな目で見つめるゴウマ。

「(夜光の奴。 相手が美人だからと言って、自分を偽りおって・・・)」

夜光の早変わりに、呆れるゴウマであった。


マスクナとリックを迎え入れたゴウマは、2人にホーム内を案内して回ることになった

夜光は2人が乗ってきた馬車を停車場に誘導し、一旦マイコミルームへと戻った。


マイコミルームに戻ると、すでに満員で、通路にも列ができていた。

メンバー達の様子を見る、慣れない接客なのに落ち着いてこなしていた。

普通の喫茶店とは違い、注文を聞いたり呼び出しを受けたりしないので、人見知りの激しいセリアでさえ、どうにかこなしている。

「あっ、夜光さん。 ちょうどよかった」

夜光の姿を確認したスノーラが、壁に掛けていた宣伝用のプレートを持って、夜光に歩み寄った。

「これを持って、ホーム内を巡回していただけますか?」

それはつまり、宣伝してこいと言うことである。

もちろん、夜光が素直に応じる訳はない。

「はあ!? なんで俺がそんな面倒なことをやらなきゃなんねぇんだよ!!」

「あなたが我々の中で一番暇だからです」

スノーラの言う通り、特に役割を与えられていない夜光はマイコミ内でもスタッフ内でも一番時間を持て余している。

しかし、往生際の悪い夜光は頑なに拒否する。

「暇で何が悪い!! 俺の時間は他人のためじゃなく、自分のために使うものだ!!」

もはや逆ギレのような発言に対し、横からライカが割り込んでくる。

「そんなこと言ってていいの?」

挑発的な発言をしつつ、ライカは手に持ったある物を夜光に見せた。

「おっお前!! それは!!」

ライカが持っていたのは、夜光がマイコミルームでこっそり飲もうと思っていた高級酒が入った瓶であった。

「さっき冷蔵庫の奥にあったのを見つけたんだけど、あたし達には不要なものだからこの場で割っちゃいましょうか? でもこれって相当高いお酒よね?」

ライカは、酒瓶を指2本で持つという危ない行為に及んだ。

「やめろ!! それマジで高かったんだぞ! 割ったら命はないと思え!!」

慌てふためく夜光に、スノーラがきつく言い放つ。

「デイケア中の飲酒は禁止だと、何度注意しても聞かないあなたが悪いのです」

「割ってほしくなかったら、大人しく宣伝に行きなさい」

「酒瓶を人質にするってのか? テメェ、いつからそんな卑怯者になりやがった!!」

「・・・あんたにだけは卑怯者呼ばわりされたくないわね」

自分の得のためなら平気で犯罪めいたことや他人の注意を無視する夜光に批判されるのは、ライカやほかの者にとっても不愉快でしかなかった。

「・・・それで? 宣伝に行ってくれますか?夜光さん」

「・・・くっ」

これにはさすがの夜光も従う他なった。


宣伝を強制された夜光は、宣伝用プレートを持って巡回することになった。

しかし、夜光1人では間違いなくさぼるので、セリアを見張りに着かせることにした。

メンバーの中で、一番接客に抵抗があるセリアをメンバーが気遣ったのだ。

「・・・見張りとしてセリアを着かせたのは百歩譲って理解しよう。 でもなんでライカまでいるんだよ?」

夜光の両隣には、セリアとライカが並んでおり、まさに両手に花の状態であった。

「あたしはこれから演劇プログラムの方に行くのよ。 マスクナビュールさんが、演劇プログラムを見学したいっておっしゃられていたらしいから」

演劇プログラムはまだできてから間もないので、訓練を受けているのは今の所ライカ1人。

「あぁ、あの美人か。 さっき本人に会ったけど、想像以上に良い女だったな。ぜひともお近づきになりたいもんだ」

「「・・・」」

夜光のうかつな言葉に、セリアとライカが足を止め、夜光もつられて止まる。

「・・・夜光さんは、その方がお好きなのですか?」

目の奥から嫉妬という名の炎をちらつかせるセリアが暗い口調でそう尋ねる。

その変化に気づかないほど、夜光は鈍感ではない。

「(げっ!! セリアの奴、目がマジになってやがる。 またこの前みたいに包丁を持ち出されたらシャレにならねぇ・・・なんとかごまかさねぇと・・・)」

「どうかしましたか? 夜光さん」

「いっいや、別になんでもねぇよ。 そっそれより、お前のその恰好なかなか似合ってるな」

「えっ? とっ突然どうされたのですか?」

「いや、さっき初めて見た時から、気になってたんだが、セリアみたいに普段露出が少ない女がそういう恰好するのは、男にとってはすごく好印象なんだぜ?」

「・・・そっそうですか?」

突然の褒め言葉に、動揺を隠せないセリアは顔を赤らめる。

なにより、滅多に褒め言葉を口にしない夜光にそんな風に評価されるのは、セリアにとっては飛び跳ねるほど嬉しかった。

「自信を持てよ。 お前は結構可愛い方なんだからな」

「あっありがとうございます・・・とっても嬉しいです」

先ほどの嫉妬の目はすっかり消え、完全に恋する乙女になったセリア。

「(ふぅ・・・案外チョロくて助かったぜ。 危うく刺殺されるかと思った)」

本人が聞いたら、刺殺どころか惨殺しそうなセリフである。

しかし、これで一安心・・・かと思ったら。

「ぐごっ!!」

突然夜光の腹部にエルボーを入れるライカ。

夜光は腹部を抑えながら、ライカに怒鳴る。

「テメェ!!いきなり何しやがる!?」

ライカは不機嫌そうにこう返す。

「キモいおっさんがキモいこと言ってるから黙らせただけよ!!」

そう吐き捨てると、ライカは夜光とセリアを置いて、先に行ってしまう。


「(・・・あたしには可愛いなんて言わないくせに!!なんでセリアだけ。 ホント最低!!)」

どうやら夜光がセリアに可愛いと言ったことが気にいらなかったようだ。


「あっあの、ライカさんはどうされたのでしょうか? なななにやら怒ってたようですが・・・」

ライカが不機嫌になった原因がわからないセリアは困惑するばかり。

「(・・・ったく!! どいつもこいつも、もう少し可愛らしい嫉妬ができないのかよ!!)」

2人の嫉妬に振り回される夜光は、怒りと不満を押し殺し、セリアと共に再び歩き始めた。


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