第56話 クリプトス
レッドフェスティバルに昼休憩にて、ライカが常用している薬を控え室に忘れていたことに気づき、リックとのこともあるので、キルカについてきてもらうこととなる。
控え室にて、キルカ冷蔵庫からライカの水を見つけ、本人の静止も聞かずに、口をつけた・・・
その時! 突如水を吐き出したキルカが耳を疑う言葉を口にする。
「お前の水に、”劇物”が混じっている」・・・と。
「げ・・・劇物って、なんなのよそれ!!」
不安と混乱の中出たライカの言葉。
キルカはゆすいでいた口を拭いながら静かに返す。
「言葉の通りだ。 調べて見なければはっきりとは言えんが、おそらく”クレプトス”という劇物が混入されている」
「クレプトス?」
「クレプトスを口にしてしまえば、脳に多大なダメージを与えると共に、激しい頭痛に長時間襲われ、その痛みで、幻覚症状まで引き起こす強力な薬品だ。脳へのダメージによっては、思考や会話ができなくなり、最悪、植物状態に陥ることもある」
「あっあんたは、大丈夫なの!?」
ライカの目の前で、クリプトスを飲んでしまったキルカだが、顔色に変化はない。
「口に含んだ瞬間に、吐き出しなたので問題はないだろう。 まあ運よく助かっても、パニック障害などの後遺症が残る可能性もあるので、医者の世話になろうとは思うがな」
「でも、あんたなんで水をすぐに吐き出せたの?」
「クリプトスには独特の苦みと臭いがあってな? 水を飲んだ瞬間にもしやと思って吐き出した。
・・・とは言っても、我のように”薬物の知識がそれなりにある”者でないと気づかない微量なものだ。
普通ならそれに気づかずに飲んでしまうだろうがな」
「なっなんであんた、そんな知識を持ってるのよ?」
「我はこれでも薬剤師を目指しているからな。 薬物の知識を蓄えるのは当然のことだ」
ライカは、キルカの無事にほっとしたが、それを上回るほどの恐怖に支配されていた。
「・・・ねえ、つまり、誰かがあたしにその劇物を飲ませようとしたってこと?」
薬物に詳しいキルカが偶然飲んだからよかったようなものの、もしライカが飲んでいれば、間違いなく症状に襲われていただろう。
「だろうな。 この薬は効き目もすごいが、調合に必要な薬草や薬品もかなり高価なものだからな。
金にしろ効果にしろ、いたずらで済むことではないことは確かだ」
その情報を聞き、ライカの脳裏にある人物の記憶がよぎった。
「・・・(もしかして、あいつが? でもなんであたしの水に劇物なんか・・・)」
劇物を混入されるような心当たりなどないライカは、頭を悩ませるが、それよりもキルカの身を案じた。
「まだ状況がよくわかんないけど、とりあえず今は、あんたを医務室に連れていく方が先ね。偶然とはいえ、あんたのおかげで劇物を飲まずに済んだのは事実だし、一応お礼は言っておくわ」
「ほう。 我に礼をするというのなら、この前の更衣室での続きがしたいのだが?」
調子に乗って、体を要求するキルカに、ライカは静かに怒る.
「・・・あんまり調子に乗ってると、床の水を舐めさすわよ?」
もちろんそれは、キルカが投げ捨てた劇物入りの水である・・・
キルカを医務室へと送り、一度マイコミルームへと戻ったライカ。
物置きに全員を集め、劇物のことや犯人の心当たりについて話した。
「おいおい。 それってマジなのか?リックスカーがお前の飲み水に劇物を入れたっていうのは」
ルドは、ライカの語る犯人の名前に驚きを隠せなかった。
それは、ここにいる全員が感じている思いだ。
「もちろん証拠があるわけじゃないわ・・・ただ、あの水は今朝ホームの売店で買ったもので、演劇プログラムでマスクナさんに劇を見てもらった後に控え室で1度飲んだけど、なんともなかったわ。その後すぐにリックが訪ねてきて、そこからキルカともう一度控え室に向かうまでに劇物が入れられたのなら、リックが一番怪しいと思わない?」
ライカの推測に、夜光がこんな疑問を投げかける。
「・・・でもよ。 お前その時、慌てて控え室から飛び出したんだろ?だったら、ほかの誰かが侵入してきた可能性もあるんじゃないのか?」
「あの~、そのことなんですが・・・」
挙手をしたのは、ライカに呼ばれたマナであった。
「なんだよ?」
「実は私、リックさんが控え室から1人で出てきたところを見たんです」
「えっ? 劇物を入れたところを見たのか?」
「いっいえ。 ライカさんが遅いので、控え室に様子を見に行ったら、ちょうどリックさんが控え室から出てきたので、ライカさんがどこにいるかご存じですか?と聞いたら、”知らない”と言い残して、去ってしまいました」
マナの目撃証言によって、リック犯人説はますます強くなる。
しかしそんな中、スノーラが難しい顔をしてこう言う。
「・・・しかしライカ。マナの目撃証言があっても、、物的な証拠がある訳ではない。
第一、本当に劇物が混入されているかどうかもわからないのではないか?」
「だからさっきゴウマ国王に連絡して、容器の中を調べてもらったのよ。 結果はまだわからないけど」
などとライカが言っていると、ちょうどゴウマが物置部屋に入ってきた。
「ライカ、ここにいたのか」
「ゴウマ国王。 容器の中に劇物は入っていたんですか?」
ライカがそうに尋ねると、ゴウマは重い口を開く。
「・・・残念ながらキルカの言う通りだ。 容器の中を詳しく分析した結果、クリプトスが含まれていたことが判明した」
それは今ライカと話していることは本当の話であるという裏付けにもなった。
「・・・ですが、どうしてライカさんの容器にげっ劇物など・・・」
「それはワシにもわからん」
セリアのその疑問は、この中でライカが一番聞きたいことである。
そこへセリナが、怒りを露わにしながらこう叫ぶ。
「ライカちゃんに劇物を飲ませようとするなんて、許せないよ! みんなでそのリックって人を怒りに行こうよ!」
「できるもんならあたしがとっくにやってるわよ。 でも証拠もないのに怒鳴り込んでも、シラを切られたらそれまでよ」
『・・・』
全員が頭を悩ませていると、ゴウマがある提案を出してきた。
「ならイチかバチか、本人に証拠を出してもらってはどうだ?」
『???』
それから1時間後、ライカは1人ホーム内を散策していた。
10分くらい歩いていると、園芸プログラムが家庭菜園などで使う庭で女の子達と仲良く談話しているリックを見つけた。
「いたいた」
ライカはすぐさま、ほかの女の子達を押しのけながらリックに近づく。
「やあ、ライカちゃん。 俺に会いに来てくれたんだね?」
自信満々にそんなことを口にするリックを殴り飛ばしたい気持ちを抑え、ライカはこう伝える。
「ちょっと話があるのよ。 ここじゃなんだから、ちょっとついてきてくれる?」
「ああ。 構わないよ。 女の子に誘われるのは慣れているからね。 俺モテるから」
夜光や笑騎が聞いたら半殺しでは済まなくなるほど、うざいセリフであった・・・
ライカが案内したのは演劇プログラムの控え室。
部屋の鍵はマナとライカが持っており、ほかの人間が来ることは滅多にない。
「それで? 俺に話ってなにかな?」
ライカは嫌そうな顔をしながらこう言う。
「あんたに言いたいことは山ほどあるけど、とりあえずあたしに無理やり迫ったことについて謝ってほしいんですけど?」
ライカが控え室での件についての謝罪をリックに求めるが、リックはへらへらと笑いながらこう返す。
「あぁ、あれか。 悪かったね。大抵の女の子なら嫌がらないんだけど、君は少々照れ屋なようだね」
全く反省の色を見せないリックに、呆れて物も言えないライカ。
「はぁぁぁ。 あんたと話していると、こっちまでバカになりそうだわ!
ちょっと顔が良いだけで女がホイホイ寄って来るなんて思いあがらないで!」
吐き捨てるようにそう言うと、ライカは冷蔵庫から水の入った容器を取り出す。
「ただでさえ暑いのに、大声出したせいでのどが渇いたわ」
そういうと、ライカは容器のふたを開け、ぐびぐび飲みだす。
その瞬間を見たリックの口元は一瞬だけ緩んだように見えた。
「・・・はぁ。 生き返る」
その時だった!
「なっなにこれ? 頭が・・・」
容器を落とし、その場に倒れ込むライカ。
「うっ! なに!?なんなの!?い・・・いやぁぁぁ!!」
頭を両手で抑えながら悲鳴を上げるライカ。
「どうしたんだい!?ライカちゃん大丈夫!?」
心配そうに声を掛けるリック。
だが、ライカはただただ「いや!!いや!!」と同じ言葉を繰り返すだけだ。
「たっ助け・・・て・・・」
・・・そしてついには、頭を抱えたまま気を失ってしまった。
「・・・」
気絶したライカをじっと見つめるリック。
・・・すると、リックがとんでもない行動を取る。
「・・・ふふふ。 ははははは!!」
目の前でライカが倒れたにも関わらず、腹を抑えて笑い出した。
「ざまあみろ!! ははははは!!」
リックがライカに向かってそんな暴言を吐いた時だった。
突然窓の外から、点滅した光がリックを襲う。
「なっなんだ!?」
光が収まると、窓の外にいたのは、カメラを持った夜光とマイコミメンバー達(キルカは安静のため不在)であった。
「なっなんだお前達は!?」
状況が飲み込めないリックを無視し、夜光がこう言い放つ。
「もういいぜ? 名女優」
すると、気絶したはずのライカが起き上がり、「どうだった?」と夜光達に聞く。
「バッチリ撮れたぜ?」
「ろろ録音も完了しました」
ルドとセリアはカメラと録音機を掲げてそう答える。
「見事な演技だったぞ?」
「うん。 私も本当に倒れたのかと思ちゃった」
スノーラやセリナがは、ライカの見事な演技を称賛する。
それを聞いてようやく状況が飲み込めたリック。
「おっお前ら、俺をはめたのか!?」
リックの言葉に、ルドが冷ややかな目でこう返す。
「先にライカをはめようとしたのはお前だろ?」
「くっ!」
ちなみにこの作戦を提案したゴウマは、施設長という立場上、夜光達のようにレッドフェスティバルを抜けることができなかった。
「そもそも油断して、バカみたいに笑いこけた貴様に問題があるのではないか?」
「かっ仮にもプロの役者さんが、ぶぶ舞台経験の少ないライカさんのええ演技を見抜けなかったことにも問題があるのではない・・でしょうか」
「まあそれは仕方ないことだけどな。 目の前で自分の想い通りのことが起きたら、誰だって気が抜けるもんだ」
スノーラとセリアのダメ出しのような発言にフォローのような言葉を添える夜光だが、決して擁護している訳ではない。
「生憎あんたの劇物は、薬物のプロが処理してくれたわ」
「クソッ!!なんの才能もない素人がよくも!!」
悪態をつくリックに、ライカは詰め寄りながら尋ねる。
「さあ、答えてもらいましょうか?なんであたしに劇物を飲ませようとしたのか。
ここまで来て、”やってない”なんてつまんないことは言わないでよね?」
そんなライカの顔を見た瞬間。リックの表情がこれまでとは別人のように醜くゆがみ始めた。
「・・・なんでだよ」
「えっ?」
「お前といいバンデスといい、なんでお前らは俺をこんなにイラ立たせるんだよ!!」
リックはまるで八つ当たりをするかのように、控え室のロッカーを殴った。
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