ミュウスアイランド編
第30話 初めてのカウンセリング
交流会で行うことになった演劇会を無事に終えた夜光たちマイコミメンバー。
少しずつではあるが、メンバー同士の仲も深まっていっていた。
若干むし暑い日が続いたある日の午後、夜光は誠児と共に就労訓練に参加していた。
今回は夜光と誠児を含めた訓練生達がテーブルを囲って、1週間後に控えた【シーサイドイベント】についてのミーティングを行っていた。
企画を進めているのはスタッフではなく訓練生。
実はこれも訓練の1つ【ミーティングトレーニング】だ。
イベントを訓練生のみで企画して実行するというもので、協調性や適切な対応力を身に着けるために週に1度行っている。この訓練に関してはスタッフは経費の申請や告知といった訓練生には難しいこと以外は一切協力せず、基本的にただ見守るだけになっている。
「それではまず、これまでのミーティングで決まったことについてまとめます」
訓練生のリーダーとなった青年が今までの資料に目を通しながら説明する。
「今回行われることになったシーサイドイベントは、2ヶ月前から計画していた夏の宿泊イベントです。
場所はここから約3時間ほど汽車と船を乗り継いで向かう【ミュウスアイランド】というリゾート島です。
そこで参加者の方々は1泊2日でその島で過ごす予定になっています。
・・・私からは以上です。
では次に参加希望者についての報告をお願いします。」
「はい」
立ち上がったのは40代くらいの女性だった。
「参加希望者はスタッフを除いて30人になりました。
30人中7人が視覚障害や車いす使用などで遠出が困難な方がいるという問題については、ホームから2名の医師が同伴するという条件で、ゴウマ国王から許可をいただきました。 以上です」
女性が座ると、リーダーは辺りを見渡しながら「それでは他に何か意見や報告はありますか?」と最終的な確認を聞く。
誰も手を上げない上、企画もすべて決まったので、ミーティングは終わりかと誰もが思った時!
「あぁぁぁるぅぅぅでぇぇぇ!!」
突然辺りを包み込む大声。
その声のする方向に全員の視線が集まる。
「まだ俺の報告が終わっとらん!」
声の主は笑騎だった。なにやら不機嫌そうな顔で笑騎は全員に物申す。
「みんな俺を無視して何を終わろうとしてんねん!! 俺かて就労のスタッフや! 仲間外れにせんといて!」
暴走する笑騎に女性スタッフが冷静に対応する
「笑騎さん。 何度も言っているでしょう? この企画は訓練生のみで行うので、我々スタッフは極力口をはさんではいけないと」
「それ以前にあなたがまともな報告をするとは到底思えません。お引き取りください」
さりげにひどいことを言う女性スタッフに、笑騎はめげずに訴える。
「まあ聞くだけ聞いてえな。 みんな絶対に賛成するから」
笑騎の強い押しに、スタッフ達は妥協した。
「・・・仕方ありません。 少しだけ聞きましょう」
「ただし、馬鹿げた報告だった場合はゴミ捨て場に捨てさせていただきます。ちょうど今日はゴミ回収の日なので」
女性スタッフの容赦ない言葉に、夜光と誠児は「(本当に女から嫌われているんだな・・・)」と内心憐れんだ。
「ふっふっふ。 俺の報告はこれじゃぁぁぁ!!」
笑騎は持っていたカバンから布きれのようなものを取り出し、、おおっぴらに広げて見せた
「水着を持っていない女の子のために俺が作った超マイクロビキニや!」
笑騎が見せたのは女性用水着であった。
しかし面積があまりに狭いため、水着として機能していない。
これでは裸になっているのと同じである。
「これで女の子たちは水着の心配をせんでええし、俺ら男も目の保養になる。
一石二鳥のすばらしい報告やろ!?」
そのあまりに馬鹿馬鹿しい報告に、辺りは静まり返った。
その後、ゴミ捨て場に無残な姿で捨てられていた笑騎をゴミ回収員が発見したのは言うまでもない。
そしてイベント内容も無事に決まったところで、その日の訓練は終わった・・・
その翌日、夜光と誠児は施設長室に呼び出された。
その道中「お前また何かやったのか?」と誠児が問うと「身に覚えがあり過ぎてどれのことかわからん」という夜光の返しに誠児は頭を抱えた。
施設長室にたどり着き、誠児がノックする。
「誠児と夜光です。入ってもよろしいですか?」
「あぁ。入ってくれ」
ゴウマの」了解を取って誠児がドアを開ける。
「失礼します」
中に入ると、ゴウマは机に向かって資料を読んでいた。
「突然呼び出してすまない」
「いえ、また夜光が何かしたんでしょうか?」
「いや、そういう訳ではない。 今回は夜光君に頼みがあって呼んだんだ」
心配そうな誠児にゴウマは笑顔で否定する。
「頼み?」
ゴウマの頼みを聞くのが嫌だと顔で訴えている夜光
「そうだ。実は今日行うマイコミメンバーのカウンセリングを夜光君に頼もうと思ってな」
「「えぇぇぇ!!」」
2人は思わず発狂した。
「本来デイケアのカウンセリングは担当スタッフが行うのが決まりだが、夜光君はスタッフ経験がないためにこれまで誠児君やほかのスタッフが行っていたが、夜光君もスタッフを始めてもう2ヶ月になる。
そろそろメンバーと話しやすくなってきたのではないか?」
ゴウマはそういうが、カウンセリングは素人ができるほど簡単なものではない。
それくらいは夜光もわかっているので、断ろうと言葉を発した時だった。
「おいおい。 勘弁してくれよ”親父”・・・あっ!」
思わず口からでた親父という言葉に慌てて口を手でふさぐ夜光。
「・・・ったく。いつも周りのスタッフがあんたのことを親父親父と呼んでるからこっちまで移っちまったぜ」
親父とはホーム内でのゴウマの呼び名である。
ホーム内で国王と呼ばれるのがあまり好かないゴウマに、笑騎が付けた呼び名だ。
ゴウマはその呼び名を大変気に入っているため、ホーム内のスタッフはほとんどこの呼び名を使っている。
「俺も時々呼んでしまうなぁ。それ」
誠児も周りの影響で、よくゴウマを親父と呼んでしまう。
そこでゴウマはある提案をする。
「ではいっそ、2人はワシをそう呼んでくれ。ワシも2人を呼び捨てにしよう。その方が親近感が沸くと思うからな」
「私は構いませんよ? 仲良くなるのは良いことですから。
夜光はどうだ?」
「まあ、別にいいぜ? いちいち国王って訂正するのも疲れてきたところだしな」
「では、改めてよろしく。 夜光。誠児」
呼び名を改めた3人は、マイコミメンバーのカウンセリングについての打ち合わせを軽く行った。
それから1時間の打ち合わせが終わると、夜光はカウンセリングで聞いてほしい内容をまとめた書類を手に相談室に向かった。
相談室に入ると、そこには机と椅子以外は時計くらいしかないシンプルな空間が広がっていた。
夜光が椅子に座って5分ほど経つと最初のメンバーが現れた。
「し・・・失礼します」
最初に入ってきたのはセリアだった。
セリアはいるはずのない夜光の姿に思わず「えっ!?」と驚いた。
「あっあの、夜光さんがどうしてここに?」
「今日からカウンセリングは俺が担当することになってな。 ったく、面倒な仕事を押し付けやがって」
「そ・・・そうなんですか」
状況をいまいち理解できないセリアだが、とりあえず椅子に座り、カウンセリングが始まった。
今回のカウンセリングで聞くことは、【健康状態】、【最近の悩み】、【デイケアや就労での様子】の3つである。
本来はもう少し質問があるのだが、夜光ではこの3つを聞くのが精一杯だとゴウマが判断した。
・・・しかし、夜光はそんなに甘い男ではなかった。
例えば、セリアがマイコミでの様子を話している時・・・
「こ・・・ここ最近はみなさんによよよくしていただいています。いっ以前は話かけられなかったライカさんともじょ・・・徐々に話せるようになりました・・・」
カウンセリングでは、話をしながら聞いた内容を報告書にメモするのだが、こちらの世界の文字をろくに覚えようとしない夜光がそんな器用なことができるはずもなく・・・
「えっと、ライカとも徐々に・・・徐々ってどう書くんだ?」
「あ・・・あのペンを貸していただけますか? 私が書きます」
わからない文字をセリアが書くことになる。
それを数十回繰り返し、結果報告書の8割をセリア本人が書くはめになり、カウンセリングというよりアンケートのようになってしまった。
セリアの次に来たのはセリナだった。もちろんセリナも夜光が担当になったのは驚いたが、すぐに何事もないように椅子に座った。
「まず、最近の悩みは?」
「悩み?え~と・・・」
「特になしと・・・」
悩みを聞く前に勝手に報告書に記入するというカウンセリング史上前代未聞な行為に及ぶ夜光。
「えぇ!! 私まだ何も言ってないよ!?」
「能天気なお前に悩みがあるとは思えん」
「あるよ! 私にだって悩みくらい!」
「どうせ食べ過ぎで体重が増えて困っているとかだろ?」
「えぇ!! なんでわかったの!?」
「(適当に言っただけなんだが・・・)」
悩みを偶然当てるというミラクルを起こした夜光であった。
次に来たのはライカだった。
ライカは夜光が担当だと知ると身構えながら警告する。
「密室にいるからって襲ったりしたら殺すわよ?」
「・・・黙って座れ」
カウンセリングに嫌気がさしている夜光からはイラ立ちがにじみ出ていた。
「それが仮にもスタッフが言うセリフなの? カウンセリングなんだからもう少し愛想良くしたらどうなの?」
ライカの言葉にキレた夜光はものすごい勢いで報告書に何かを書き始めた。
「ちょっとあんた! 何書いてんの!?」
ライカが慌てて報告書を取り上げると、そこには日本語で何か書かれていた。
もちろんライカには読めない。
「あんた何を書いたのよ!?」
「タバコの吸い過ぎと酒の飲み過ぎで健康は最悪。最近の悩みは恋煩い。ホーム内では夜な夜な仲間と博打を楽しんでいる・・・って書いただけだ」
「何勝手にねつ造してんのよ!! この馬鹿!!」
腹いせに子供じみた嫌がらせをする始末・・・
その後も言い合いが続き、カウンセリングどころではなくなった。
その次はルド。
ルドも夜光が担当だというのはすんなり理解した。
「う~ん。話すことと言ってもなぁ・・・今の所これといってないんだよな。体調も良好だし、メンバーとは仲良いし、悩みも・・・特にはないな」
「ならいいんじゃねぇか? 俺この後予定があるから早く終わりたいんだよ」
夜光のペンが心なしか速くなる。
「予定って?」
「服屋のペリちゃんとデートの約束が・・・」
夜光が最後まで言う前に、ルドが机の下から夜光の足を蹴った。
「痛っ!! テメェ何しやがる!!」
ルドは不機嫌そうに目を細め「ごめん。足が滑った」と気持ちが全くこもっていない謝罪を述べた。
「(・・・あっ! しまった!!)」
デートに遅れそうだと焦ったばかりに出た失言でルドを怒らせてしまったことにようやく気づいた夜光。
しかし時すでに遅く、ルドは突然立ち上がり「デート楽しんでこいよ」と嫉妬と怒りが混じった捨て台詞を言い残して相談室を出て行ってしまった。
最後はスノーラ。
担当が夜光だということには特に驚く様子はなく、落ち着いた態度を見せた。
「えっと、まず健康状態はどうだ?」
「はい。 良好です」
「じゃあ、悩みはないか?」
「そうですね・・・ここ最近気温が上昇してきていますので、1週間後に向かうミュウスアイランドのような浜辺では熱中症を引き起こす可能性があります。 ですから体温調整のためになにか良い対策がないかというのが悩みですね」
「マイコミの連中とはどうだ?」
「最初の頃に比べると、会話の数が多くなってきました。
プログラム以外でも、明日全員で水着を買う約束をするほど交流が深まっています」
「・・・平凡な回答だな」
真面目なスノーラの言葉をつまらなそうに報告書にまとめる夜光。
「すみませんね。 平凡な回答しかできずに」
身もふたもない夜光の言葉をさらりとかわすスノーラ。
すると、ペンを走らせていた夜光があることを思い出した。
「(・・・あっ! そういえば俺も明日、誠児と水着を買いに行くんだったな)」
異世界転移者の夜光は当然水着など持っているはずがない。
そこで、夜光は誠児と共に明日水着を買いに行く約束をしていたのだ。
そして夜光は約束を思い出すと同時に”ある予感”が頭をよぎった。
「・・・まさかな」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
こうして夜光の初めてのカウンセリングは終わった。
・・・しかし、この時の夜光はまだ知るよしもなかった。
その”予感”が現実になるということに・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます