第23話 暗躍する影

 ホームにケンタウロス族であるルドの両親が訪ねてきた。

性同一性障害であるルドに女としての自覚を付けさせるべく、夜光とのお見合いが開かれることになった。

当の2人は乗り気ではないものの、お見合いはその2日後に行われることとなった。


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2人の見合いが決まった日の深夜……。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


闇深き森の中を、若い男がしどろもどろに逃げ回っていた。

彼は大きなレストランのオーナーをしているのだが、レストランから出る大量のゴミを山に不法投棄していたのだ。

ゴミの廃棄に掛かる費用を浮かせたいという身勝手な理由のために。

そして、この日も山に不法投棄に来ていたのが、突然現れた巨大な鎧に襲撃され、追いかけられているというのが現状である。


「はぁ・・・はぁ・・・あっ!」


 後方への注意に気を取られ過ぎ、足元に転がっていた石に気付けずに躓き、バランスを崩して転んでしまった。

すぐに立ち上がるが、突然土の中から2メートルほどの壁が男を取り囲み、逃げ場を奪った。


「なっなんだよ!? これ!?」


 触り心地は土だが、その強度はまるでコンクリートのようで、人間が素手でどうにかできるような代物ではなかった。


「残念だったな・・・兄ちゃん」


壁越しに語り掛けるのは、ライオンのような鎧に身を包んだ大男だった。

その野太い声から男であること以外の情報は外部には漏れ出ていない。


「てっテメェ!! なんのつもりだ!? 俺に何の恨みがあるんだよ!?」


「別に恨みはねぇよ。 まあこっちも仕事なんでな・・・悪いがここで死んでもらうぜ?」


「ふっふざけるな!! 目的はなんだ!? 金か!? いくらほしいんだ!?」


「・・・」


 男の問いに答えることはせず、鎧男は土の壁に手をかざす。

すると、壁の上部に土が蓋のように覆いかぶさり、内部を密閉状態にした。

内部の男は「たっ助けてくれ!!」と叫んではいるが、分厚い壁に遮られ、外には全く聞こえていない。

箱と化した土はみるみる地面に沈んでいき、跡形もなく消滅した。

地面には男の物らしき血が染み出していた。



 その直後、鎧男の左腕の機械からコール音が鳴り響いた。

それは以前、影の1人であるスコーダーがアーマーを装着する時に用いたマインドブレスレットに似た機械だった。


「通信か・・・」


鎧の男が機械を操作し、通信を受理する。


『・・・レオス。私だ』


 通信画面に映ったのは顔立ちの整った男性だった。

見た目は20代後半から30代前半に見えるが、彼はすでに50歳を過ぎている。

肌にはシワやシミが1つもなく、細身の割にはがっちりとした体をしている。


「エアルじゃねぇか。珍しいな、お前が連絡を寄越すなんて」


『ターゲットは?』


「あぁ・・・たった今、始末した。 まさかそれを確認するために連絡してきたのか?」


 彼ら影は普段から


『・・・スコーダーが敗れた』


「マジかよ・・・やられたのか?」


 言葉とは対照的に、鎧男・・・レオスの声色はかなり軽く、心配や不安といった感情は一切なかった。


『スコーダー本人は無事だ。とは言っても多少怪我はしているがな』


「ったく。最初からあいつは他人に気を使いすぎなんだよ。

だから、騎士団なんぞに足元をすくわれんだ」


『やったのは騎士団ではない・・・アストだ』


「アスト? あぁ・・・俺たちに対抗するための部隊だっけか?」


『そうだ。不意を付かれたとは言え、スコーダーに手傷を負わせた・・・これは軽視できん事実だ。

今は我々の脅威ではないが、いずれ我々と対等な力を得る可能性もある。用心しておくべきだろう』


「ははははは!! おもしれぇじゃねぇか! まさかてめぇにそこまで言わせるとはな! 久々に血がたぎるぜ!!」


『・・・』


「自分と対等に戦える奴がいるかもしれねぇんだ! 

元軍人にとって、これほど嬉しいことはねぇ!!」


『そうか・・・ではまた追って連絡する』


エアルとの通信はそこで切れた。


「チッ! 相変わらず不愛想な野郎だぜ」


悪態をつきつつ、レオスはアストとの戦いを心待ちにしながら夜の闇へと消えた。


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 翌日、夜光とルドはゴウマが手配した馬車でドープの森へと向かっていた。

ちなみにゴウマ本人は先に行って、明日の見合いの準備をしているとのこと。


出発からしばらくは、特に会話もなく、無言のまま馬車に揺られていた。

そんな沈黙の空気を破ったのは、ぼんやりと窓から空を眺めていたルドだった。


「悪かったな・・・こんなことに巻き込んで」


「詫びたいなら物にしてくれ。 言っておくが、金と酒と女以外は受け取らないからな」


「・・・」


ルドは特に反応せず、変わっていく景色に見入っていた。


※※※


「なんで、お前の両親は見合いなんて強引なことを言いだしたんだ?

お前に女としての自覚を付けるとか言っていたけど、お前は乗り気じゃないんだろ?」


タバコに火を付け、軽く一服した後、夜光が何気なくルドに訪ねた。

ルドは夜光と目を合わせずにしばらく考え、口を開いた。


「・・・お前には、話しておくべきなのかもしれないな」


 ルドはゆっくりと夜光に視線を移した。その顔はとても神妙な顔だった。


「オレは子供の頃から、鏡に映る自分の姿を見て、ずっと疑問だったんだ。成長と共に大きくなる胸や弱々しい腕、全てに違和感を覚えていたんだ。それに、近所の友達に対しても、男の子より女の子の方を意識してしまうようになっていった」


「そのことは、両親に言ったのか?」


「いいや・・・こんなこと言ったら、両親が心配すると思ってな? それに、その時は気の迷いかもしれないって思ってたからさ」


「自分が男だって思うようになったのは、14歳の時の武術大会がきっかけだったな」


「武術大会?」


「ケンタウロス族にはさ、子供たちの武を競うために、年に1回武術大会を開いているんだ。自分で言うのも変だけど、オレは優勝候補とまで言われていたんだ」


「・・・で? どうなったんだ?」


「優勝した。それで、準優勝した女の子と仲良くなってな?

大会以降よく一緒にいる時間が多くなっていったんだ。

でも、一緒にいる内にその子のことをどんどん知りたくなってさ、いつしか、その子のことばかり考えるようになったんだ。

・・・ガキのオレでもわかったよ。オレはその子が好きなんだって」


「それで、告ったのか? その女に」


夜光の問いにルドは静かにうなずく。

だがその表情は暗く、良い結果ではなかったことを言葉よりも強く伝えていた。


「最初は躊躇したがな。女のオレが受け入れられる訳がねぇって。でも、躊躇すればするするほど、好きだって伝えたい気持ちが強まっていった・・・ そんなある日、我慢できなくなったオレはとうとうその子を呼び出して、告白したんだ」


「へぇ~。で? 結果は?」


「最初は冗談だと思っていたみたいだけどな。オレが本気で好きだってことを伝えたら、無言で逃げるように立ち去っていったよ」


「まあ、初恋なんて大体散るものだからな」


「まあな・・・でも本当に大変だったのはその後だ」


「その後?・・・」


「後日その子がオレの家に来て、オレの両親に告白のことを話したんだ」


「なんだってわざわざ・・・」


「その子なりにオレを心配したんだろうな。ケンタウロス族の中で女が女に告白するなんて、聞いたこともないからな」


「(俺が元いた世界じゃ・・・認知どころか、一部の国では結婚まで許されているけどな)」


「最初は両親も全く信じなかったけど、オレ自身が事実だと認めて、今もその子が好きなことを伝えたら『何をバカなことを言っているんだ!!』って怒られたんだ・・・当然だけどな

その日から両親は、オレに無理やり女物の服を着せたり、化粧をさせたりして、女としての自覚を持たせようと必死になり始めたんだ」


「(俺からすれば別に珍しくもない話なんだが・・・認識がないってだけで、こうも違うのか・・・)」


「両親があちこちに、オレのことを相談する内にオレの障害のことがケンタウロス達に広まっていって、次第に周りのオレを見る目が変わったんだ」


ルドは恐怖心を握りつぶすかのように無意識に手に力が入った。


「周りの奴らはオレを避けるようになって、陰から『自分の性別を理解できないバカ』とか『女に告白する頭のおかしい女』とか、見下すような言葉を投げ掛けてくるようになっていったんだ。 そのことを両親に言っても『女としての自覚を持たないお前が悪い』って言われるだけだった・・・」


「(自分達が理解できない奴を理解しようとしない結果、そいつを自分達の輪から放り出し、輪に入らないように全員で攻撃する・・・

どこの世界でも同じだな・・・)」


「告白から2年くらい経った頃かな? オレのことを聞いたゴウマ国王が精神内科の先生と一緒に森に来て、オレを診察してくれたんだ」


「わざわざご苦労なことだ・・・」


「そこで初めてオレは性同一性障害だってわかったんだ。

それからすぐ、国の障害者リストに登録されたんだ。

その後、ゴウマ国王にオレのような障害者達がいるホームのことを聞いて、両親はホームに行けば障害が治ると思って、オレをホームに通わせたって訳だ」


「なるほどな・・・」


 一通り話し終えると、ルドは窓に肘を立て、深いため息を吐く。


「悪いな。長々とこんな話しちまって」


「まあ、暇つぶしくらいにはなったな」


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 その会話以降、再び2人の間に沈黙の空気が流れた。

馬車は森の中へと進んでいた。

そこはルドの故郷、ドープの森であった。

森の奥に進んでいくと、ケンタウロスがちらほら目に映り始めた。

彼らは普段目にしない馬車や人間を物珍しそうに見ていた

中にはルドの顔を見て、何らかの反応を示す者はいるが、すぐに目を背けてしまう。

それを見ていたルドの方も、悲し気に彼らから目を背けている。


※※※


 馬車は集落のような場所にたどり着いた。

所々には木造の家が建っている。

普通の家より巨大で、出入り口も3メートルほどある。

見かけるケンタウロスも若い者から子供、老人と・・・年齢層も幅広い。


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「お客さん! 着きましたよ!」

 

 集落に着いてからまもなく、馬車がとある家の前で停止した。

馬車から降りると、同時にケンタウロスが近づいてきた。


「お待ちしていました。遠い所をわざわざありがとうございます」

と一礼するのはルドの母フォーレだった。


「こちらにどうぞ。家にご案内いたします」


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 フォーレの案内で、2人は見合いが行われるルドの家に訪れた。

家の中はかなり広く、壁には弓や槍などの武器が飾ってあり、ベッドの代わりにワラを使っているようだ。

フォーレの話では、家電製品などは使っていないため、冷蔵庫や電灯はなく、明かりはランタン、食料はその日に調達するようだ。


 玄関からさらに奥に進むと、広いリビングのような場所に到着した。

そこには、テーブルをはさんで話し合っているゴウマとストーンの姿があった。


「ルドと見合い相手の方をお連れしました」


 フォーレの言葉に反応したゴウマは「おぉ、来たか」と立ち上がり、夜光に歩みよった。


「わざわざすまんな。歓迎したい所だが、見合いの席の準備がまだでな。すぐに出なければならん」


「では、ゴウマ国王。明日はよろしくお願いする」


ストーンはそう言うと、部屋を後にした。


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 ずっと話し合いをしていたゴウマは、気分転換に外に出ることした。

夜光とルドもどうかと誘われたので、特にやることがない2人は同行することにした。

そこには辺り一面が深い緑に囲まれた幻想的な世界が広がっていた。

少し離れた所では、多くのケンタウロス達が武器を使って、狩りや武術の訓練を行っていた。


「やけに、武器を持っている奴が多いな」


「森を守るケンタウロス族にとって、武器はなくてはならないものだからな。それに・・・ケンタウロス族にとって強さとは誇りだ。 ワシにはマネできんがな」


「誇りねぇ~・・・ん?」


 夜光たちは、大きな川にたどりついた。流れが緩やかな上、とてもきれいな川なので、川魚がよくいる。

目に見える全てが新鮮なものだが、そこに見慣れた者達が飛びこんだ。


「・・・あっ!」


 そこにいたのは、川で遊んでいるマイコミメンバー達の姿だった。

とはいっても、実際に遊んでいるのはセリナだけで、他は保護者のように見守っているだけ。


「みんな! どうしてここに!?」


 ルドが驚きのあまりに叫ぶと、セリナが川遊びをやめて、夜光達の元に走っていった。


「あっ! おーい!! お父さぁぁん!!夜光ぉぉ!!ルドちゃぁぁん!!」


「お前ら、なんでここにいるんだ!?」


「・・・なんでだっけ? スノーラちゃん」


 うっかりな性格からか、特性からか、セリナは自分達が森に来た目的を忘れてしまっていた。

スノーラはセリナを背中に引っ込ませ、代弁者となる。


「勝手に訪ねたことは詫びよう。実は、セリア様達がお前と夜光さんの見合いが心配だと言い出してな? ゴウマ国王に無理を言って

連れてきてもらったんだ。どうにか止めようとはしたのだが・・・」


「何を『私は仕方なくついてきただけだ』みたいなこと言ってんの? ルドのこと一番心配していたのはあんたじゃない!!」


「うっ・・・」


 ライカの補足事項に、、スノーラは言葉を詰まらせる。


「・・・心配ってなんだよ?」


「決まってるでしょ? あんたがあのケダモノ親父に襲われないかってことよ」


「てめぇ、誰のことだ?」


 夜光が不機嫌そうに尋ねると、ライカはルドから夜光に視線を移し、汚物でも見るかのような視線を向ける。


「自覚ないの? 知らない女を部屋に連れ込む性欲全開親父!」


 この前の逢引き以降、何かと夜光に突っかかるようになるライカ。

それが恋ゆえであるということに気付いているのはこの場では少ない。


夜光は指をポキポキ鳴らし、凶悪な顔で威嚇する。

大人げない行動ではあるが、そのような理性は彼にはない。


「このガキ・・・これ以上ほざくなら、その性欲の力をここで発揮してやろか?」


「あっ・・・あの・・・その・・・」


「2人、その辺にしておけ」


あたふたするセリアの肩に手を置き、落ち着きを取り戻させつつ、ゴウマが2人をなだめる。


「・・・はい」 


「・・・」


 さすがの2人も恩人であるゴウマの言うことは逆らえず、2人は大人しく身を引いた。


夜光達は川から少し離れた所に場所を変え、今後のことを話し合った。


「・・・で? あんた達はお見合いするの?」


おもしろくなさそうに、話を切り出すライカ。


「それは・・・」


 言葉に詰まるルドの代わりに夜光がぶっきらぼうに答える。


「そりゃするだろ? こんな森にわざわざ来てやったんだからな」


「あの・・・では、お二人はご結婚なさるのですか?」


 セリアが不安気に聞いてきた。

夜光とルドが結婚することを心の奥で無意識に嫌がっている。

それを察したゴウマが笑顔で語り掛ける。


「セリア。今回はあくまで見合いをすること自体が目的であって、結婚まで話を持って行く気はない」


「そ・・・そうですか」


 安心したのか、セリアの表情から少しほがらかになった。


「(・・・やれやれ、セリアも年頃になったな)」


 セリアの"気持ち"に嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになるゴウマだった。


「えぇぇぇ!! 夜光とルドちゃんってお見合いするの!?」


 今の話でようやく、状況を理解したセリナ。

静かな森の中では、町の中よりも声を反響させる。


「うるせぇ!! アホ娘!! 耳元ででかい声を出すな!!」


 隣接するセリナの声が耳に直撃したことで、夜光が口悪く被害を訴えた。

ゴウマ達はセリナより夜光の怒鳴り声の方がうるさいと思うも、これ以上場を荒らしたくないと言う気心からそれを飲み込んだ。


「私、アホじゃないもん!! それにアホって言う方がアホなんだよ!?」


 子供の用に頬を膨らませて怒るセリナ。

愛らしい怒り方によって、場は少し和やかになる。


「その辺にしときなさいって!」


 見かねたライカが2人の間に割って入って止める。

本来こう言ったことはスノーラが率先して行うが、ルドの身を案じている彼女に気を利かした、ライカなりの優しさである。


「じゃあ、あんたは結婚する気はないの?」


「ねぇよ。俺はまだまだ遊びたいんでな」


「・・・そう」


 どうでも良さそうにそっぽ向くライカだが、顔はどことなくホッとしていた。


「えっ? 夜光って遊びたいの? かくれんぼでもする?」


遊びの意味を理解できていないセリナに、周囲は失笑してごまかした。。


「・・・ルド。どうした?」


 どこか表情が暗いルドを心配し、スノーラが声を掛けるが、ルドは無理やり笑顔を作ってこう返す。


「別にどうもしねぇけど、急にどうしたんだ?」


「・・・いや、聞いてみただけだ」


 スノーラはそれ以上聞くのをやめた。

表情が暗い理由を大勢いるこの状況で聞くのは野暮だと思ったからだ。


その後、夜光とセリナが腹が減ったと騒ぎ出したため、セリアが作って用意していた弁当をみんなで食べながら、楽しいひとときを過ごしたのだった……。

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