第17話 亜人の親子

 電気を操る影の1人【スコーダー】との戦闘で、ライカを庇い、スノーラが重傷を負ってしまった。


なんとか一命を取り止めたスノーラにメンバーは安心したが、何の恩義も感じないライカに対し、ルドが怒り、メンバーとも亀裂ができてしまったライカ。


一方の夜光は、訪問面談のために笑騎が書いたライカの家までの地図を誠児から受け取った。




 その翌日……。




 今日はマイコミはなく、就労支援の訓練を受けることになっていた夜光だったが、誠児に「今日はパス」とだけ伝え、どこかに行ってしまった。


夜光の心情を察した誠児は何も聞かず、就労支援のスタッフに適当な理由を伝えて、夜光の”サボり”に協力した。






 訓練をさぼった夜光は、笑騎の地図に従い、ホーム近くの馬車の停留所にいた。馬車に乗るための


馬車には現実世界で言うタクシーのような小型の馬車とバスのような大型の馬車があり、夜光は小型の馬車に乗ることにした。


馬車の御者に笑騎の地図を見せ、ライカの家に向かうのであった。






 馬車に乗ること30分……。




 馬車は小さな家の前で止まった。


屋根や壁がまだ新しく、建てられてそれほど経っていないようだ。


念のため、表札を御者に読んでもらい、ライカの家だと確認することができた。


馬車を降りると夜光は家のドアに近づき、軽くノックする。




「・・・誰?」




 ドアの向こうからどことなく元気のないライカの声が聞こえた。




「スタッフの夜光だ」




そう言うと、ライカは嫌そうな声で「何しに来たの?」と用件を尋ねてきた。




「わざわざ来た相手にごあいさつだな。せめてドアを開けて中にいれるのが礼儀だろうが」


「あたしは来てくれなんて頼んだ覚えはないわ。用件があるならさっさと言って。あたしはあんたなんかと話すほど時間をもて余していないんだから」


夜光はこうなることは予想していた。そこで”ある一言”を言うことにした。




「ガウン バンデス」




 その言葉を聞いた途端、ライカは勢いよくドアを開けた。その顔は怒りに満ちていた。




「あんた、なんでそれを・・・」


「少し小耳にはさんだだけだ」




 ここへ来る道中、夜光は地図の裏に日本語で、ライカの過去について書かれているのを見つけた。


大方、ゴウマに頼まれて、笑騎が書いたものだろうと察することはできた。




「ガウン バンデス。プロフィールブックには載ってなかったけど、お前の父親の名前だろ?」


父親の名前を口にした瞬間、ライカの表情はみるみる険しくなっていく。




「あんな男、父親なんかじゃないわ!!!」




 まるで体中の怒りを吐き出すようにライカは叫んだ。


そのまま夜光を睨みつけ、こう言う。


「・・・その名前を知っているってことは知ってるの?


その男が何をしたのか」


「・・・まあな」


「いいわ。中に入りなさい」


ライカはようやく夜光を家に招いた。






 家の中にはキッチンやベッド、テーブルといった必要最低限の物しか置いていない。装飾なども特になく、本当にただ生活しているだけの家という感じだった。




ライカはベッドに腰掛け、夜光は適当な場所で座りこんだ。




笑騎の地図によるとライカの父親ガウンは昔、有名な舞台俳優だったらしく、当時は主演舞台がいくつもある、いわゆるスーパースターであった。しかし、ある日突然、パニック障害を起こし倒れた。原因は演劇の疲労とストレスだそうだ。舞台に立つことで起きるパニック障害のようでガウンは舞台俳優を続けていくことがとても困難になった。パニック障害となり、舞台で演技ができないガウンは舞台俳優をやめざる終えなくなった。それからは、現実から逃げるように酒に溺れ、性格も荒くなり、自分を支えてくれた妻フウカやまだ幼かった娘ライカに対し殴る蹴るなどの暴力を振るい出した。いわゆるDVというやつだ。フウカは何度も離婚しようと思ったが娘の親権が夫にあるためにそれができず、ただ家庭を支えながら夫の暴力に耐えるしかなかった。そして、ある日フウカは職場で倒れ、そのまま目を覚ますことなく命を落とした。そして、それからわずか2ヶ月後にガウンは重度のアルコール中毒で入院し、1週間後に死亡した。


残されたライカは、精神的ダメージと障害を考慮し、普通の孤児院での生活は厳しいと判断され、ホームに預けられた……。






「ずいぶん苦労したみたいだな」




 夜光が同情めいた言葉を発するとライカは、冷たい視線を浴びせる。




「なるほど。そうやってあたしの過去を知って同情すれば、あたしがあんたに心を開くと思ったって訳?


そうすれば、スノーラとも仲良くしてくれると思ったの? だとしたら、とんだ検討違いよ。あたしは同情してもらう気なんてさらさらないし、スノーラやルド達を仲間だなんて思ったこともないわ」


全てを拒絶するかのような言葉を並べるライカに対し、夜光は興味がなさそうに無表情のまま寝ころんだ。


「・・・勝手にしろ」


「えっ?」


一瞬耳を疑ったライカ。夜光は続ける。


「俺はなんの同情もしてねぇよ。家庭が壊れて1人になっちまったガキなんてめずらしくもねぇし、仲間なんかいなくても生きていけねぇわけじゃねぇ。そもそもお前のことなんぞどうでもいいし」


夜光の冷めた言葉にライカは呆れたような口調でこう言う、


「じゃあ、あんた何しに来たの?」


「仕事のため・・・もっと言えば、金のためだ」


デイケアのスタッフとは思えない言葉や態度に、呆れ果てて物も言えないライカ。




「・・・ん?」




 ふと夜光も視界に一枚の写真立てが入った。




「あそこに写っているのはお前の母親か?」




 そこに写っていたのは犬のような耳としっぽを付けた美女と幼い少女の写真だった。




「そうよ。あたしがお母さんと撮った唯一の1枚の写真よ」


夜光は起き上がり、写真立てをよく見ようを近づいた。


「お前と母親は人間じゃねぇのか?」


「ええ。お母さんは亜人あじん族よ」


聞き慣れない単語に、夜光が首を傾げると、ライカは「これだからバカは」と言わんばかりのため息を付き、ゆっくりとっ口を動かした。




「あんたレベルの頭なら獣の能力を持った人間といった方がわかりやすいわね」




 軽く馬鹿にされた夜光だが、黙って聞き続ける。




「亜人族は昔から、そのほとんどが奴隷として売られていた種族よ。今は法律が改善されて、奴隷制度はないけど、今でも奴隷のイメージが消えない亜人族は世間から見下されているわ」




 ライカは写真立てに近づき、そっと優しく写真立てを手に取った。




「今はパスリングで人間として働くことができるからいいけど、パスリングのない当時は、亜人が働くにはつらすぎる時代だった。職場でのいじめなんて当たり前、それをとがめる人なんていない。毎日残業で、支払われる給金だって、普通の人間に比べたら雀の涙もいいとこ。それでも母は家族のために自分の命を削ってきたわ。そんなお母さんのために、あたしはアストとして戦って、亜人を馬鹿にしていた世間を見返すのよ!」




 写真立てを持っていたライカの手に少し力が入った。本気で見返そうと考えている証拠である。




「だから、あの屋敷でも1人で戦ったって訳か? 世間を見返すために」


ライカは写真立てをゆっくり元の場所に戻し、つぶやくように答えた。


「・・・そうよ」




「・・・ところでよ。お前、演劇が好きなのか?」




 いきなりの質問にライカは「なによ。いきなり」と混雑した。


夜光はいつの間にか手に持っていた1冊の本をライカに見せた。


その本を見た途端、ライカの目に怒りが灯った。




「あ・・・あんたそれ・・・」


「さっき横になった時にベッドの下にあるのを見つけてな?興味本位で取ってみたらタイトルに【演劇の心得】なんて書いてあったから・・・んっ?」




 夜光はライカの様子が変わっていることに気づいた。




「おい。どうし・・・」




 ライカは突然夜光の手から本を奪い、夜光を無理やりドアまで押していった。




「おっおいっ! なんだよ!?いきなり」




 夜光の質問を無視し、夜光を外へと出すと、力一杯ドアを閉めた。




「おっおいっ! まだ帰るなんて言ってねぇぞ!?」




 夜光がドア越しに大声を出すものの、ライカはドアを開けようとせず、先ほどの冷たい口調とは一転し、激しい怒気の含まれた声でこう言い放つ。




「うるさい!! さっさと帰って!!あんたなんかと話すことなんてもうないわ!!」


「何を怒ってんだよ」




 訳もわからず怒鳴られ、怒りよりも混乱が頭を支配したため、不思議と夜光は冷静さすぐに取り戻した。




「あたしは演劇なんて嫌い!! あんな男が立っていた舞台なんて!!」




 激情するライカの気を静めようと「落ち着け」、「ちゃんと理由を言え」などの言葉を投げかけるものの、返答は「帰って!」の一言だけ。




「・・・わかったよ。帰ればいいんだろ?帰れば」




 これ以上話しても無駄だと判断した夜光は、ドアに背を向けてその場を後にした。




 ドアの向こうにいるライカは、夜光が去った後、ライカは再び母親の写真を手に取り、まるで母を恋しがる幼子のような声で「お母さん・・・」と亡き母を呼ぶ。




ライカの目からあふれ出た涙が手に持つ写真の中の母の顔に掛かった。


まるで母も泣いているかのように……。

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