第18話 人生の舞台

 孤立したライカの家に訪問面接に来た夜光。

そこで知ったのは、最愛の母の死と母と家庭内暴力をしていた父に苦しんでいたライカの過去だった。

ライカの部屋で1冊の本を見つけた夜光は。それを見て怒り狂ったライカに追い出されてしまった。



 一旦ホームに戻った夜光は、以前セリナが紹介してくれたラーメン店【天下統一】で昼食を取ることにした。

時間的にも昼時なので、店内はかなりの客が入っている。

席が空くのを待って、入り口から長い行列ができている。


「これはさすがに無理か・・・」


途方に暮れていると、店のから店員が近づいてきた。


「あっ! 夜光さん」


 掛けよってきたのは、セリナの親友であるマナであった。

なぜか天下統一の店長と同じ服を着ている。

「お前はたしか・・・マナだったか?」


「はい。夜光さんはここでお昼ですか?」


「あぁ。まあな。 それより、なんでお前がここに?ホームの食堂で働いているんじゃなかったのか?」


 マナは生活費を稼ぐためにホームの食堂でアルバイトをしている。

だが生活費のほか、

スマイル局の事件以降、ホームでセリナと共に受けているラジオパーソナリティーのトレーニングの受講料も必要なので、天下統一とバイトをはしごしていると言う。

障害者でないマナは、セリナ達のように国からの支援が受けられない。

セリナが肩代わりしようかと提案してきたようだが、マナは自分の力で払うときっぱり断ったと言う。



 マナと共に店に入る夜光。

店内は予想通り満席で、テーブルどころかカウンターすら1つも空いていない。

さすがに無理かと思って店から去ろうとする夜光に、マナがこう提案する。


「あの、相席でよろしかったら案内しましょうか?」


相席には少々抵抗感を感じるが、ラーメンを諦めきれない夜光は、その提案を受け入れ、マナに案内してもらった。



夜光が案内されたのは、店の奥の方にあるボックス席だった。

しかし、そこにいたのは・・・


「あっ!!」


そこにいたのは、マイコミメンバーであるルド、セリナ、セリアの3人であった。


「夜光! 夜光もラーメン食べに来たの?」


「まあな。お前らもか?」


「うん。 ちょうどそこで会ったから3人でラーメン食べようってことになったんだ」


 夜光はこれ幸いにと、3人に相席の許可を取る。

知らない顔でない分、夜光は交渉もしやすかった。

夜光の交渉に、3人は笑顔で相席に応じた。




 席に着き、メニューをしばらく見て、食べるものを決めた4人はマナを呼んだ。



 夜光とセリアとセリナは店の定番で人気のある天下定食を頼んだ。

ルドはと言うと……。


「オレは、天下定食とギョーザと麻婆豆腐と杏仁豆腐かな。どれも特盛で」


 その注文の多さに夜光達は引いた。

注文を聞いているマナもさすがにこの多さには顔を引き釣る、

これが肥満体型の人間の注文なら理解もできるが、どう見ても細身であるルドが食べるとは到底思えない。


「お前、そんなに食えるのか?」


 夜光が思わずそう尋ねると、ルドは何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかりに笑う。


「食えるんだから頼んでるんだろ?」


 その言葉に恐怖すら感じる夜光達。

マナは顔が引き釣ったまま注文を伝えるために厨房へ向かった。




 しばらく経ち、料理が運ばれてきた。

メニューと水差しと神ナプキン以外何もなかったテーブルに、料理と言うなの装飾が続々と飾られていく。

その圧巻に、夜光達は思わず口をポカンと開けてしまった。


「お待たせしました~」


 大量に注文された料理を運び、汗だくでへとへとになったマナ。

セリナが「大丈夫?」と声を掛けると、無理やり笑顔を作り、「全然大丈夫!」とから元気を出すマナ。


「ごっごゆっくりどうぞ・・・」


 マナはそのまま、ふらふらと別の客の注文を聞きにいった。


「いっただっきまーす!」


ルドが豪快に料理を食べている間、3人はほそぼそとラーメンを食べるのであった……。



 その頃、夜光を追い出したライカは自宅のベッドの上で足を抱えるようにして座っていた。

その視線の先には、夜光が見つけた【演劇の心得】が無造作に床に置かれていた。


「・・・」


 ライカは何かを振り切るかのように首を左右に振る。

それはライカにとって忌まわしい過去の記憶……。


 父親から暴力を受けていた頃の記憶。そんな父親の暴力から自分を守るため傷つく母親の姿。怖くてなにもできなかった自分。何度、逃げてといっても「お母さんは大丈夫だから心配しないで」と傷だらけの顔で笑顔を見せる母親。そして、過労で母親が死んだ後、守る人がいなくなったため自分への暴力が過剰になる。そしてついに父親を殺そうと考えた時、突然アルコール中毒死した父親。それは、この地獄のような日々からの脱出でもあり、父親への復讐の機会を永遠に失ったことでもあった。

それからまもなくホームに入り、アストとして戦うことになる。


 ホームでの就労支援では、事務や作業の仕事はもちろん、歌手や機械技術等の変わった訓練も行っている。

なので、ライカも将来一人立ちするために就労支援の訓練を受けようと思っていた時、演劇に出会った。

就労支援の演劇訓練では、舞台でも動きや台詞合わせ等かなり本格的な指導をする。実際に小さな舞台で観客を集めて演劇を行うこともあるという。ライカは演劇の訓練を見て今まで感じたことのない好奇心が芽生えた。「舞台に立ってみたい!」その気持ちでライカの心はいっぱいだった。しかし、それは母親を死に陥れた憎い父親と同じ道を歩むということ。ライカにとってこれほど嫌なことはない。

ライカは結局、演劇には行かず、事務の訓練を受けることにした。

しかし、ライカの心にはまだ、演劇への未練があり、たまに一人で演劇の本など買って勉強している。



 ライカは、過去を振り払うように頭を振り、ベッドに横になり「・・・お母さん」と母への恋しさゆえにつぶやく。それは、彼女の母の愛を求める気持ちと今のさみしさを表す言葉でもあった



 昼食を食べ終えた夜光はセリアたちと別れ、自分の部屋に帰った。

部屋に帰ると、夜光は冷蔵庫に入れていた酒瓶を数音取り出し、1人宴会を始めた……。



 酒に酔って眠ってしまった夜光。

目が覚めた頃には夜になっていた。

酔いを覚ますために、シャワーを浴び、窓から夜景を見ながら一服。

そこへ、マインドブレスレットに通信が入った。

夜光が画面を開くと、通信はゴウマからだった。


「なんだよ。こんな夜に」


 不機嫌そうに尋ねる夜光に対し、ゴウマは笑顔でこう言う。


『たった今、スノーラの意識が戻ったんだ。これからワシはセリナとセリアを連れて様子を見に行く。君も来るか?』

「そうだな・・・」


夜光少し考えこんだ後、こう返す。


「悪いが俺はパス。無事って聞いただけでいいし、わざわざ直接会いにいく必要もねぇだろ」

『・・・わかった。ではまたな』


 ゴウマは何かを察したのか、なにも言わずに通信を切った、



 ライカの家に訪問者が現れた。

ドアをノックされ、ライカがドアを開けると、そこに立っていたのはルドだった。


「・・・なんの用?」


ルドの表情は険しく、今にもライカに殴りかかりそうだ。

だがルドは怒りをギリギリ抑えつつ、ライカにこう言う。


「・・・スノーラが目を覚ましたって連絡は来たか?」

「ええ。ゴウマ国王から連絡が来たけど、それがどうかしたの?」


ライカのあまりに冷たい言葉に、ルドは思わず拳を握りしめ、怒りを露わにする。


「どうかしたかじゃねぇ!! お前のせいでスノーラは死ぬかもしれなかったんだぞ!? きっちりとわびを入れるのが筋ってもんじゃねぇのか!?」


「前にも言ったでしょ? あたしは庇ってくれなんて頼んだ覚えはないって。スノーラが勝手に庇って、勝手に怪我をしただけでしょ? なんで、あたしが謝る必要があるわけ?」


「お前には仲間を大切にする気持ちはないのかよ!?」


その言葉を聞くと、ライカは冷たい目でルドを見下す。


「仲間? あたしがいつあんた達を仲間だって言ったの? たまたま同じアストだからって仲間扱いしないで! いい迷惑よ」

「て・・・てめぇ!!」


 スノーラに対してことごとく冷たい言葉を浴びせるライカに対し、ルドの怒りはついに頂点に達した。

2人のいがみ合いが、あとわずかで物理的なケンカへと変貌しようとしていた時であった。

突如、「何やってんだ? お前ら」と声を掛けられた2人。


 声のした方に視線を向けると、そこにいたのは夜光だった。

つまらなそうな目であくびをする夜光に、ライカは「また来たの?」と嫌そうな顔をして冷たく言い放つ。


「この近くに良い店があるらしいからそこへ行こうとしているだけだ」


 夜光の登場で完全にしらけたライカは、大きなため息をついてルドにこう言い放つ。


「・・・なんか気が失せたわ。あんたもさっさと行きなさいよ。もう二度とウチに来ないで! ホントうざい!」


「なんだとっ!!」


 今にもライカに殴り掛かろうとするルドに夜光は近づいて、そっと手で静止させた。

ルドは「なんだよ・・・」と夜光に目線を合わせようとするが、彼がじっと見ているのはライカであった。

その表情は、さっきとは全くの別人と言って良いほど真剣な物になっていた。


「冷たい言葉を放つ人間の心理って、考えたことあるか?」


 夜光の突然の質問にライカは「いきなり何?」と嘲笑うかのような表情を浮かべるが、夜光は構わず続ける。


「自分の伝えたいことが言葉にできない時、人間は自然と冷たい言葉を使ってしまうんだ?」


「何が言いたい訳?」


 冷たく睨むライカに夜光は尋ねる。


「お前、亜人族ってのを認めさせるために戦ってるって言ったなよな?」


「それが何?」


「仮にお前が影を全員倒したとしても、世間が評価するのはお前であって亜人族じゃない。もし、そう思っていたとしたら、何も影と戦わずに、あのまま救助活動を続けていても十分評価されたはずだ。 わざわざ、危険を犯してまで影と戦う必要はねぇだろ?」


「何言ってんのかわかんないんだけど」


 夜光の意味不明な言葉にあきあきしたライカがドアを閉めようとするが、夜光はドアの隙間に手を差し込み、それを阻止した。


「こうも言ったな? 母親を殺した父親が死んで、怒りがどこにも行けないって」


 回りくどい言い方をする夜光に、ライカは激しい口調で「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!!」と叫んだ。



「八つ当たりしたってなにも変わらないってことだ!」


「なっ何を言ってんの?」


 一瞬動揺したライカは、ドアを閉めようとする力を緩めてしまう。

夜光はすかさずドアを思い切り開け、こう言い放つ。


「お前がやっているのはただのうさばらしだ。押さえつけることができない父親への怒りを影や

スノーラにぶつけているだけだ!」


 言いたい放題な夜光にイラついたライカは、力任せに夜光の胸倉を掴んで「いい加減にしなさいよ?」と睨みを効かせる。

だが夜光は全く動揺もせずにこんなことを尋ねた。


「お前・・・なんで自分を庇ってくれたスノーラを突き放すようなことを言ったんだ? 俺も他人に興味がねぇ方だが、礼くらいは素直に言うぜ?」


 挑発のような口調に、ライカは思わず「うるさいっ!」と夜光の顔を殴った。

だが夜光はライカの拳を顔で受け止めた。

人間の女の子になっているとはいえ、ライカは人間以上の力を持つ亜人だ。

普通なら田尾烈くらいのダメージを受けるはずだが、その頑丈さ故か、全く動じない夜光。


「さっき言ったろ? 人間は何かに気づいてほしい時に冷たい言葉を使うって」


「・・・あんたのくだらない言い分でしょ? それ」


「それが何かは知らねぇが、影とはいえ、関係のない連中に八つ当たりして、自分のせいでスノーラが死にかけた現実を冷たい言葉を使って逃げた・・・お前も結局その憎い父親と同じだぜ?」


 それを聞き、ライカは殺意ともとれる低い声音で「・・・なんですって?」と聞き返す。


「舞台に立てない現実から逃げて、その腹いせに家族に八つ当たりしていたお前の父親と今のお前は同じなんだよ」


その言葉を聞くとライカは「違う!!」と夜の闇に響くかのような大声を上げた。

夜光は気持ちを静めるかのような冷静な口調で「何が違う?」と問う。


「知った風な口効かないでよ!! あの男のせいであたしやお母さんがどれだけ苦しんできたか、あんたにわかるっての!?」


「じゃあお前は、父親がどれだけ苦しいか理解できてんのか?」


「あんな男の苦しみなんて知ったことじゃないわ!!」


 ライカは頭を抱えながら言葉を吐き捨てる。

彼女の頭は今、憎い父の記憶で支配されている。

助けてやりたい気持ちがないわけではないが、憎しみと苦しみは本人でしか乗り越えることはできない。

だが無理に乗り越えさせるのは、正しいことだとは夜光は思えなかった。


「お前の父親も、過去の挫折で苦しむ自分をを誰かに理解してほしかったんじゃねぇか?

上手く言葉で言えないから、家族を傷つけることでしか表現できなかったんだ。 だからといって父親の味方をする気はねぇがな」


「・・・」


 頭を抑えながら必死に気持ちを過去の記憶を消そうとするライカ。

記憶から解放されたいがため、ライカは床に頭を打ち付けてしまう。

その様子を静かに見た後、夜光は言う。


「自分から言わないと誰も何も言わない。自分から動かないと何も動かない。お前は何も言わずに誰かに気づいてほしいって都合の良い甘ったれたことを考えているだけだ!」


 その瞬間、ライカは地面に頭を擦りつけたまま「・・・うるさい」と。ライカ自身も驚くほど怒りで低くなった声を出していた。


「うるさい!!うるさい!!うるさい!!うるさい!!うるさい!!うるさい!!全部あいつのせいよ!!あたしが苦しんでいるのも!!

夢を追いかけられないのも全部・・・なにもかもあいつのせいよ!!

あたしは間違ってない!」


ライカはまるで暗示をかけるように死んだ父親を責め続けた。

最初は憐れむような目で様子を見ていた夜光だが、次第にその表情に怒りが灯る。

そして次の瞬間、夜光は地面に突っ伏しているライカの胸倉を掴んで持ち上げた。


「お前の父親がどんなクズ野郎かなんて知らねぇがな!!結局、自分の望まない選択をしているお前が一番自分を苦しめているんだよ!!」



 今まで冷たい氷のような表情だけを浮かべていたライカが、初めて弱々しい表情を見せた。

これが今のライカの顔・・・まだ幼さの残る未熟ながらも、自身の道を歩もうとしている1人の人間の顔である。

憎しみと苦しみから解放されたいが、どうしたら良いかわからない、誰かに教えてほしいという思いが、その顔からにじみ出ていた。


「あたしは・・・どうしたらいいって言うのよ・・・」


 ライカは押し殺していた言葉を口から出した。

今までずっと口にしたかった言葉であり、決して言葉にしたくなかった弱さを象徴する言葉。

それを聞いた夜光はライカから手を離す。


「・・・そうやって言えばいいんだ。 難しい言葉は使わなくてもいい。わからないの一言でもいい。 つらいなら吐き出せ! 自分の中に押し込めるな!」


 夜光はそう言うと、ライカに背中を向けて歩いていく。

もっと話せば、ライカの本心を聞き出すことができるかもしれない



 夜光はそのまま夜の闇に消えていく。

残されたルドとライカは黙って、夜光の背中を見ていた……。

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