第10話 アスト

ラジオ局スマイルで起きた謎の爆発事件。避難の途中、1人取り残された夜光。さらに謎の組織『影』のメンバーと思われる見えない敵の襲撃にあう。だが、夜光はマインドブレスレットの力で装着した黒い鎧のお陰でどうにか逃げ切れ、無事スマイル局から脱出できた。



 夜光のケガは幸いにも大したことはなかったが、まだ調整してない鎧を装着したため、強い疲労感と脱力感に体を支配されて、ベッドから起き上がることが困難な状態となり、しばらく医務室に宿泊することになった。

酒やたばこは当然禁止の医務室は、夜光にとっては牢獄のような場所と化していた。


 

 スマイル局の火災から数日後の朝、医療室にゴウマと誠児がホームの担当医師と一緒に入ってきた。

心配そうに「気分はどうだ?」と尋ねる誠児に夜光は「暇すぎて死にそうだったところだ」と

陽気な返答を返し、誠児はどこかほっとしたようなに、口元を緩ませる。


その後医師から外出の許可をもらい、医務室から出られるようになった夜光は、ゴウマから「アストの件で話がある」と言われ、ゴウマを先頭にして誠児と医務室を出た。



 3人が訪れたのは、椅子や机のような家具もなければ、時計のような最低限必要なものまでない、殺風景な広めの部屋であった。


「おいおい、こんなとこに連れてきてどうするんだよ」


 夜光がそう尋ねると、ゴウマは「少し待ってくれ」と部屋の壁に掛けてある桜の絵を傾ける。

すると、絵の横の壁が自動ドアのように開き、地下への階段が現れた。


「なっなんだよこれ!?」


「隠し扉!?」


 驚く暇を与えず、ゴウマは「さあ、こっちだ」と2人を招いて階段を下りていく。

階段はビル2階分ほどの段差があり、1番下のフロアに足をつけると、夜光と誠児は目を丸くする。


「なっなんだ!?ここ」


 階段の先にあったのは、まるで特撮映画に登場するような巨大な地下室だった。

周囲にはいくつものドアや何に使うかわからない機械じみたパネル等が設置されている。


「ここはホームの地下施設だ。ここでは、影に対抗するための武器の生産や鎧の整備などを秘密裏に行っている」


 地下の概要を軽く説明しつつ、足を止めないゴウマの後に続く夜光と誠児。

3人はドアプレートに”設備室”と書かれたドアにたどり着くと、ゴウマがドアの横にあるパネルを操作してドアを開く。

中に入ると、数体の鎧が作業員の手によって整備が行われていた。


「あれって・・・」


 夜光の目に最初に止まったのは、ラジオ局で身に着けた黒い鎧だった。


「君が昨日エモーションしたアスト、『闇鬼』(えんき)だ。 アストの中でも最強と言って良い性能を持っている」


 ゴウマの話によれば、この設備室には6体のアストが格納されており、それぞれ夜光と同じく装着者が存在している。

メンバーは人間、異種族問わず、精神力の高い者が集められている。

ゴウマは約5年もの時間を掛けて装着者達を集めた。

ただし、アストは精神力が高ければ良い訳ではなく、各機体の性質に合っていないといけない。

夜光がスマイル局で思うように動けなかったのは、これが原因。

性質を調整するためには、装着者の性質と合わせる必要があるため、夜光をこの場に連れてきたのだと言う。


「あの・・・じゃあなんで私も呼ばれたんですか?」


 必要性を感じない誠児が律義に手を上げてゴウマに問う。


「保護者は同伴してもらった方が良いと思ってな」


 茶目っ気を覗かるゴウマの返答に、思わず吹き出す誠児と「誰が保護者だ」と不機嫌になる夜光であった。


 その後、夜光は作業員達に地下施設の奥に連れて行かれ、誠児は調整が終わるまで、ゴウアに地下施設を案内してもらった。



 しばらくして、調整が終わった夜光が解放された。

息荒くして顔面蒼白に近い状態の夜光が言うには、連れて行かれた直後は、奇妙な機械を体中に付けられた状態で1時間近くベッドで横になるだけだったが、突然広いグラウンドに放り出され、数周走らされたり、重い剣や斧を振り回したり、銃で的を撃ち抜いたりと、まるで訓練のようなことを強制されたという。


「そうか・・・まあ、頑張ったな」


 労いの言葉を掛けつつ、疲労で立てないと訴える夜光に肩を貸す誠児。

その場から去ろうとする2人に向かって、ゴウマが声を掛ける。


「誠児君。”例の件”だが、ワシからスタッフに伝えておいた」


「あっ、はい。 わざわざありがとうございます」


「ではすまないが、これから大臣たちとの会議があるので、申し訳ないが失礼するよ。

城に戻るなら、停留所にいる御者に馬車を出してもらえば良い」


ゴウマはそれだけ言うと、一足先に地下施設を後にしていった。


地下施設を出て、再びホームの一室に戻ってきた夜光と誠児。

そこで、「なあ、”例の件”ってなんだ?」と夜光が先ほどゴウマが言っていたことについて誠児に問う。


「あぁ。 実は昨日、お前がラジオ局に行っている間に、ホームが行っている就労支援の訓練を見学していたんだ・・・で、そこで俺達に致命的な弱点があることに気付いた」


「致命的な弱点?」


「俺達はこの世界の字が読めない」


「・・・あっ!」


 夜光はセリナたちと行ったラーメン屋のことを思い出した。

メニューを見た時、夜光にはなんと書いてあるか全く読めず注文できなかった。

誠児(ソースはゴウマ)によると、この世界でのコミュニケーションは、言葉に含まれる気持ちをテレパシーのように心で感じ取って理解するため、たとえ異世界の人間でも、心があれば言葉は理解できるらしい。


「会話はともかく、字が読めないのは致命的だ。 元の世界に戻る方法がわからない以上、俺達は当分この世界に住むことになる。 だが字が読めないとなると、仕事上でもプライベートでもきついだろ?」


「そりゃあ、まあ・・・じゃあ、どうするんだ?」


「それで昨日、ゴウマ国王に頼んで、就労支援の訓練生が毎日やっている文字の練習に俺達も参加できるようになったんだ」


「就労支援?」


 聞き慣れない言葉に夜光が首を傾げると、誠児は解説を含めて説明を続ける。

就労支援というのは、障害者が就職活動やその後の就職で必要なスキルやマナーを身に着ける、言ってみれば、障害者の予備校のような場所。

ホームでの訓練は就職先によって異なるが、共通で行っているのは、文字の練習と仕事上のコミュニケーションや職場でのマナーに関する講義である。

この世界では、障害者に対する認識が低いため、学校や職場での人間関係がこじれてしまい、投稿拒否や依願退職が後を絶たず、障害者達が学び、働く場所が限られてしまっている。


「でもよ、その訓練って障害者用だろ? 俺たちは障害者でもなんでもねぇぞ?」


「そこはゴウマ国王に特別に許可をもらったから大丈夫だ。それに、ちゃんと教えてくれる先生役もいるらしいから」


そう聞いてもあからさまに、嫌そうに顔を渋る夜光。

無論、夜光が嫌がることはわかっていたので、誠児はスルー。


「とにかく受けるだけ受けてみようぜ? 少しずついいからさ」


親友にそう言われ、夜光は渋々引き受け、2人は足踏みを揃えて停留所に向かった。


その途中……。・



「おお! 君!」


大きめの声で夜光に呼びかけて来たのは、スマイル局で出会ったトーンであった。

周りにはセリア、セリナ、マナの3人がトーンを囲むように歩いている。


「おっさん達。 生きてたか」


「あぁ、どうにかね。 君も無事で何よりだ」


「全員お揃いでどうしたんだ?」


「いや、スマイル局での実習を、面談形式でゴウマ国王に報告しに来たんだよ。

この前のことがあってから、しばらく騎士団の事情聴取を受けていたからね」


「そりゃあ、ご苦労様・・・んっ?」


 夜光と視線があったのは、セリナの後ろに隠れていたセリアであった。

震える唇を懸命に動かしながら「あの・・・その・・・」何かを言おうとお経のように同じ言葉を繰り返す。

人見知りが激しいことと”過去”のことで発症してしまった男性恐怖症が彼女の口を開かせまいと妨害しているのだ。


「あぁ。姫様か。お前も事情聴取を受けていたのか?」


 ラチが明かないと思った夜光が先手を取ってセリアに問う。


「はっはい。ほんの少しだけ。でもすぐに帰りました」


 夜光がセリナと目を合わした時彼女の口から意外な言葉は出た。


「おじさん、大丈夫だった!?」


 昨日、おじさん呼びをやめるように言ったにも関わらず、夜光を再びおじさんと呼ぶセリナ。

ショッキングな事件に遭遇してうっかり間違えたという可能性もあるが、夜光にとって重要なのは。目の前でおじさんと呼んだ事実だけであった。


「おいおい、俺はお兄さんだって言っただろうが! 寝ぼけてんなら休憩室で寝てろ!」


 イラ立つ夜光とおどおどするセリナの間に、セリアが割って入ってきた。


「あっあの、すみません。 実はお姉様は”記憶障害”なんです」


「記憶障害?」


 セリアによると、セリナは生まれた時から脳に障害を持ち、記憶したことを覚えておくことができにくくなっている。

セリナの場合、脳内に強く残っている友人の顔と名前や自分の夢といった記憶は忘れないが、夜光のおじさん呼びのような小さなことは気を抜くとすぐに忘れてしまうという。

そのため、セリナは忘れたくないことを常にメモしている。

メモのおかげで忘れていたことを思い出したこともあるようだ。


 セリナはポケットから取り出した可愛らしいウサギが描かれているメモ帳に何かを書き留めると、「これでもう大丈夫!」とメモした内容を夜光に見せた。

もちろん夜光には読めないので、そのことをセリアに伝えると、彼女は平謝りをして書いた内容を口にする。


「これに『おじさん呼びはダメ!』って書いたから、もうおじさんって呼ばないよ!約束!」

 

 セリナは約束を固めようと夜光に指切りまで申し出る。

断れる雰囲気ではないので、夜光は渋々応じたのだった



 その日の夜、自室のベッドで枕を抱きながら横になるセリナ。


「スマイル局の実習、最後は散々になっちゃったけど、トーンさんにいっぱい褒めてもらえたのはうれしかったな~。それにマナちゃんも『実習が終わっても友達でいようね』って言ってくれたし、セリアちゃんもいつの間にかちょっぴり明るくなったし、それに・・・」


思い出に浸るセリナが、ふとメモ帳を見開く。

そこに書かれていのは、夜光の名前であった。

本人には言っていなかったが、実は夜光の名前もうっかり忘れていたらしく、後でこっそりとセリアに教えてもらったのだ。


「怖そうなおじさんって言うイメージは消えないけど・・・なんて言うのかな?ちょっとだけカッコいいなって思っちゃうんだよね・・・」


 その時セリナの記憶に蘇るのは……。

自分のことを思って語り掛けてくれた夜光の真剣な眼差し。

夢を追うことの大切さを教えてくれた夜光の言葉。

屋上で自由放送を諦めようとした自分の手を引っ張ってくれた夜光の手のぬくもり。

無意識に考えるほど、セリナは自分の胸に何か温かな物を感じた。


「なんだろう?・・・あの人のことを考えると、ドキドキしてきちゃった」


セリナは夜光に対する”温かな気持ち”と思い出に囲まれ、そのまま深い眠りについた……。



 同時刻、夜光と誠児が泊まっている客室。


「はっ・・・ハックション!!」


「・・・風邪か?」


「いや、もしかしたら俺に惚れた女が俺のことを考えたのかもしれねぇ」


「・・・バカ言ってないでさっさと寝ろ!」


「へいへい・・・」


 夜光と誠児は再び眠りの世界へと入って行った。

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