第9話 エモーション

 ラジオ局スマイルで全ラジオチャンネルをジャックすると言う犯罪じみたことをしでかした夜光。だが、そのおかげでセリナに夢を追う自信をつけることができた。


だがホッとしたのもつかの間、局内で謎の爆発が起きたという放送が流れた。






 「みなさん! ひとまず非常階段で出ましょう!!」




トーンを先頭に、夜光達は急いで非常階段へと向かった。




 非常階段に通じるドアは鍵が掛かっているが、鍵はラジオ局関係者は全員持っているため、当然責任者であるトーンが鍵を持っているのも必然であった。




 非常階段を降りていくと、巨大な爆発音が鼓膜を大きく揺さぶると同時に、スマイル局が激しく揺れた。


夜光達は階段の手すりにつかまっていたおかげでどうにか耐えることができた。




「また、爆発!? いったいどうなってるの!?」




「そんなことはどうでもいい!今は逃げる方が先だ!!」




 急いで非常階段を下りていく夜光達。


階段を上るよりはマシに聞こえるが、彼らが降り始めたのは5階で、下りるための段はその分多い。


それに、元々大きなラジオ局であるため、1フロア降りるまでの階段が通常の階段よりも長い構造になっているため、その分降りるまでの時間がさらに掛かる。






 だが問題は階段だけではない。


爆発による煙が局内に充満し、それが外に漏れだしてしまっている。


不運なことに、風向きは夜光達が下りている非常階段に向かって吹いているため、煙が自然と彼らに牙を向き始めた。






「ケホッ!ケホッ!」




「クソッ! ひでぇ煙だ・・・」




 3階の踊り場まで下りた夜光達だったが煙の多さに耐えられず、口を手で押さえた。


咳が止まらず、目を開けるのも難しくなってしまい、思わずその場で立ち止まってしまう夜光達。




「ケホッ!ケホッ!ケホッ!」




「セリナちゃん! ケホッ!ケホッ!」




 体が強くないセリアは咳が特にひどく、その場で膝をついてうずくまってしまうほどだった。


セリナが背中をさすろうとするが、煙の影響で止まらない咳でとてもそんなことはできなかった。


夜光達は本で得た知識をもとに、姿勢を低くして呼吸の安定を試みた。


だが煙は階段の真下から上がっているため、その行為は無駄であった。


夜光はイチかバチかこの場から飛び降りようと手すりにつかまって下を見下ろすが、そこは地上から数十メートル離れているため、着地よりも即死の可能性の方が高い。




「(万事休すか・・・)」




 夜光が半ば諦めていたその時であった。


5階から3階までの非常階段を支えている柱が突然爆発したのだ。


その柱は非常階段をスマイル局に繋げているパイプでもあったため、非常階段は上から傾いてしまい、残った柱では支えきれずにそのまま横に倒れてしまった。




『きゃぁぁぁ!!!』




その場にいる全員が死を覚悟した……。


だが奇跡が起きた。


倒れた非常階段は偶然にもスマイル局の隣にある大きな雑貨店の屋根に引っかかり、転倒を静止したのだ。


セリア達は非常階段が倒れた際、とっさに手すりにつかまっていたので、踊り場から投げ出されずに済んだ。


煙からも離れることができたので、咳も収まった。




「・・・助かったの?」




 安堵するセリナだが、セリアは周囲を見渡してあることに気付いた。




「やっ夜光さんは?」




 セリア・セリナ・トーン・マナの4人はその場にいたのだが、夜光の姿だけは消えていた。




「なっ!! あそこに!!」




 そう叫ぶトーンの視線を追う3人の目に映ったのは爆発の際に空いた大穴にしがみつく夜光であった。


非常階段が倒れた時、飛び降りようかと手すりから身を乗り出していたことが災いし、踊り場から投げだされてしまったのだ。






「死ぬかと思った・・・」




 落ちかけるも、どうにかよじ登ることができた夜光。、


だが階段は崩壊して降りれず、局内も炎で包まれているため、中に入れば火だるまになるのは必須である。


色々考えている内に、夜光はふと重大なことを思い出した。




「・・・あっ!! そういえばこのブレスレットのこと忘れてたな」




 夜光は左手首に付けている、ブレスレット型の機械を見た。


それは心界に来たときに、しゃべるうさぎのきな子と女神からもらった謎の機械マインドブレスレット。


夜光はマインドブレスレットのカバーを開いた。


目に飛び込んできたのは液晶テレビのような画面と矢印の付いたダイヤル。


ダイヤルの横にはいくつかのマークがあり、矢印を合わせるてダイヤルを押し込むと様々な機能が使えるようになっている。


今わかる機能は、電話とマップの2つ。


電話は掛ける相手がいないので使えず、マップでは辺りを表示することはできているが、ラジオ局内部までは表示されない。




「ったく!どうなってんだよ!!」




 ヤケを起こした夜光がダイヤルを勘で回し始めると、偶然ハートマークに矢印を合わせてダイヤルを押し込んだ。


すると画面に『emotion』と言う文字が表示された。






「エモーション?・・・そういやあのウサギ、ピンチになったら押せとか言ってたな」




 夜光が試しにエモーションを選び、決定ボタンを押すと『リンク!』という音声が流れ、待機音のような音が流れ始めたが、それ以外何も起こらない。




「・・・どっどうすんだよこれ? あのウサギ!!騙したんじゃねぇだろうな!?」




 焦ってきた夜光ははさっきからうるさく流れている待機音にイラつき。


「あぁ!!もう!! うるせぇな!!」とマインドブレスレットのカバーを閉じた時だった。




『エモーション!!』




「うわっ!!なっなんだよこれ!!」




音声と同時に、突然、夜光の体を黒い光が一瞬で包み込んだ!!


光はすぐに収まったが、そこに立っていた夜光の姿は……。




「・・・収まったか? なんだったんだ?今の・・・んっ?」




夜光は自分の腕を見て「なっなんだよ!これ」と驚愕した。


彼の腕は、黒い鉄のようなもので覆われていた。


そしてよく見ると、腕だけでなく胴体や足、顔・・・全身が鉄のようなものに覆われていた。


頭には2本の角があり、その姿はまさに鬼であった。


夜光の視点ではわからないが、夜光は今、全身を黒い鬼のような鎧に覆われている。


パッと見ると、特撮ヒーローのようだ。


鎧にも驚いたが、夜光にはほかにも変化が現れていた




「あれっ? さっきまで炎で熱かったのに熱くねぇ、それに煙たくもねぇし・・・」




 試しに炎渦巻く局内へ入ってみると、暑さや煙たさを全く感じない。


仕組みはわからないが、どうやら鎧が炎や煙から夜光を守っているようだ。




「これなら、普通に階段から降りて外に出られるな」




 夜光は脱出のため、炎と煙に包まれた局内へと足を入れる。


もちろん、建物は崩れやすくなっているので、慎重に下りなければならない。


しかし、この鎧には欠点があった。




「お・・・重い!」




 黒い鎧は力のある夜光でも歩くのがやっとなほど重かった。


非常時とはいえ、これを着て歩くのはかなりつらかった。






 夜光はどうにか2階に下りることができたが、1階への階段は完全に崩れているため、下りることができなかった。




「これじゃあ、下りれねぇな。 どこかほかに階段はねぇのか?」




 辺りを見渡すが、周りは炎と煙でいっぱいなのでよく見えない。


いくら炎の中で平気でも視界が悪いのは同じだった。




「仕方ねぇ・・・いちかばちか、窓から出るか」




 夜光がいるのは2階、窓から飛び降りても死ぬ可能性は低い。


少なくとも鎧を着ているいまなら、打ちどころを悪くすることはないと、少し高をくくっていた。


夜光は窓を探すため、炎の中を進んでいき、適当な部屋の窓から脱出することにした。




階段から少し進むと部屋を見つけた。


ドアには【第1スタジオ】と書かれていた。


夜光がその部屋に入ろうとした時!!




「きゃぁぁぁ!!!」




 突然、部屋の中から女の悲鳴が聞こえてきた。


思わず、部屋に入るとそこにいたのは……。




「な・・・なんだよこいつ」




 夜光が見たのは空中に浮かんでいる大量の血であった。


よく見ると、血が浮かんでいるというより、血が何かに付着しているようだ。


血のそばには首のない女性が倒れており、何かに付着している血もおそらく女性のものであろう。


状況が飲み込めない夜光の目にうっすらではあるが、炎が照らす光で剣を持った人型が床に写る。


人影は見えるが姿は見えない。それはまるで透明人間のようだ。




 夜光は一瞬茫然としてしまったが、すぐに我に返り、ここから出るために辺りを見渡す。


その時夜光の目に飛び込んできたのは、爆発でできたと思われる大きな穴であった。


大人1人は余裕で通れる大きさで、高さも1フロア下がって低くなっているので、飛び降りても死ぬことはないだろう。


それに不思議な鎧に守られているので、夜光は飛び降りても大丈夫だとどこかで確信していた。




 すぐさま壁に向かって走り出すが、突然強い力で夜光は吹き飛ばされた。




「くっ!!」




 夜光は無意識に身構え、壁から離れる。


鎧のおかげで大したダメージはないが、体には確かに痛みが残っている。




「一体、なんなんだ?!」




 辺りを見渡すが、夜光には何も見えない。


すると今度は胸部に強い痛みを感じた。


火花と共に金属同士がぶつかる音が辺りに響く。




「うわぁぁぁ!!」




 夜光は数メートル後ろに吹き飛ばされ、巨大ながれきに体を叩きつけてしまった。


全身からやけどのような痛みが走るがなんとか起き上がり、急いで瓦礫の影に隠れた。






「(このままじゃやられる!)」


対抗策を考えていると、夜光の目にあるものが飛び込んできた。




「んっ? これって」




夜光が見つけたのは、右腰に備えつけてあったSF映画にでも出てくるかのようなデザインの銃だった。


銃等ゲームセンターのシューティングゲームでしか撃ったことのない夜光だが「ゲームと要領は一緒か」とポジティブに考えた。




 しかし撃てたとして、重い鎧に身を包んで身動きがとりにくい上に相手は見えざる敵。


とても反撃できるとは思えなかったが、ほかに対抗する物がないため、夜光は銃を右足のホルスターから抜く。




「うわっ!!」




 夜光が隠れていた大きな瓦礫が粉々に砕かれた。


再び吹き飛ばされて床にたたきつけられたが、銃は離さず右手に握られていた。




起き上がろうとした夜光の目に写ったのは、わずかにひたたり落ちる血であった。




「(こうなったら!)」




 夜光はイチかバチか渾身の力で起き上がり、わずかに見えた血に向かって銃を乱射した。


すると、銃弾が何かにあったような感覚を感じた。


夜光は乱射を続けながら一気に壁に向かって駆け出し、どうにか外へと脱出した。


鎧のお陰で骨折などはなく、夜光はそのまま全力で逃げた。






 夜光はスマイル局から無我夢中で走ったが、途中で力尽いて倒れた。




「クソッ!! やっぱこんな思い鎧を着てたら、すぐバテちまう!! この鎧どうやって外すんだ!?」




 夜光が鎧を解除しようと、とりあえずマインドブレスレットに手を伸ばした時だった。


「あれっ? なんか・・・頭が・・・ふら・・・つ・・・く・・・」




 夜光はそのまま気を失い、鎧も役目を終えたかのように光と共に消え去った。






「・・・うっ!」






 夜光が目を覚ますとそこはベッドの上だった。


まだ、頭が少し痛むので起きることはできそうになかった。


ぼんやりと辺りを見ると横にはゴウマと誠児が立っていた。




「夜光、気が付いたか?」




 誠児の問いかけに夜光は「なんとかな」と返答しつつ辺りを見渡した。


ここがどこだか知りたい夜光の気持ちを察し、ゴウマが口を開く。




「ここはホームの医療室だ」




「・・・俺、どうなったんだ?」




「君は、スマイル局から少し離れた林で倒れているのを見つけてな?急いでここまで運んできたんだ。大丈夫少し休めば、元気になる」




「・・・それはいいが、まず説明してくれねぇか?色々と・・・」




 ゴウマは静かに頷き、ゆっくりとその口を再び開いた。






 ゴウマは事件後の調査で知ったことを夜光に話した。


まず局内に影の反応をキャッチしたので、局内にいた見えない敵はおそらく影の1人と思われる。局内から見つかった死体の首が斬り落とされた点から、スマイル局付近で起きていた連続殺人の実行犯だと思われる。


火が鎮火した後に付近を調査したが、すでに影は消えていた。


そして夜光が纏った鎧は、影に対抗するために作られた”アスト”と呼ばれる機械。


中でも彼が装着した”闇鬼えんき”は特殊な性能を持つアストだという。


その理由はかつての精神戦争で悪心軍最強と恐れられていた鬼一族。


その鬼一族の中で最も強いと恐れられていた闇鬼。


だが良心軍最強の龍一族の英雄である光龍こうりゅうとの戦闘で負った傷と影との激しい戦いで絶命していまう。


残った闇鬼の遺骨を元に、きな子の機械技術と女神の力によって作られたのが、夜光が装着した鎧だ。


そのため、闇鬼には強力な闇の力が宿っていて、闇神である夜光でしか装着できない。


だがまだ調整中であったため、機能もほとんど安定していない。


その結果、夜光ら異常なほど重く感じたのだ。




「すまなかった。 まさかこれほど早く、君が影に出くわすとは思わなかった。 完全にワシのミスだ」




 頭まで下げて謝罪するゴウマに、夜光はうっとおしそうに「やめろ。 別に謝ってほしい訳じゃない」とゴウマの顔を上げさせた。




「だがこれで、君の力とワシらが倒してほしい相手は理解できたかな・・・」




「あぁ、嫌なほどな」




 夜光はようやく理解した。


マインドブレスレットは護身用の機械ではなく、戦うための力であること。


逃げるのがやっとであった敵をゴウマ達が倒してほしいと願っている事実。




夜光の中で、戦いという非日常的なことに、現実味が出てきてしまった瞬間であった。

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