第11話 就労支援
ホームにある地下施設で、影に対抗するための力、アストがそこにあった。
夜光のアスト闇鬼の調整を終え、影との戦いが始まろうとしていた。
そしてセリナは。記憶障害という重荷を背負いながらも、夢を追うために努力していたのであった。
翌朝……。
夜光と誠児は就労支援の訓練を受けるべく、ホームにやって来た。
誠児は一昨日ゴウマに案内された訓練部屋に、夜光と共に向かう……。
「・・・ここだ」
誠児が足を止めたのは、学校の教室のような部屋だった。椅子と机がきれいに並べられていて、前には大きな黒板があった。しかもかなり広い。2、30人なら余裕で入れそうだ。
辺りには、ロッカーや棚などがたくさんあった。
「ずいぶんでけぇ部屋だな」
夜光が部屋の広さに圧倒していると、背後から「なんや、あんたら」と声を掛けられた。
2人が振り返るとそこには、肥満の男が立っていた。
その男はスーツ姿だが、ネクタイはしておらず、シャツのボタンもほとんど外しているラフと言うかだらしない服装をしていた。
夜光は肥満の男を見ながら、「ウサギの次はタヌキかよ」とため息を付く。
「だれがタヌキや!! 初対面の相手に失礼なこと言うな!!」
怒る肥満の男に対し、謝る気はないと言わんばかりにタバコをふかす夜光。
無論そのような失礼な行動を許す訳がない誠児が夜光の頭を力づくで下げさせる。
「友人が失礼なことを言って申し訳ありません。 私は金河 誠児といいます。こっちは時橋 夜光です。今日は就労支援の訓練を受けに来たんです」
それを聞くと、肥満の男はポンッ!と手を叩き「あんたらかっ!」と目を丸くする。
「俺は就労支援のスタッフしてる中田 笑騎(なかた しょうき)や。 あんたらか、親父が言うてた現実世界から来たっちゅうのは」
肥満の男の”親父と言うワードが気になり、夜光が「それって国王のことか?」と尋ねた。
「せや。 親父はホームで国王とかゴウマ様って呼ばれるのがあんま好きやないねん。かと言って呼び捨てなんてでけへんやろ? せやから俺が親父っていうあだ名つけたんや。親父も親近感があるって言ってこのあだ名気に入ってくれたんや。ホームのスタッフはみんな親父って呼んでるで?」
笑騎の返答後、すかさず誠児が「あの、1ついいですか?」と手を上げる。
「なんや? って言うか、別に敬語にならんでもええで? 見た感じ、歳も近いやろうし。フレンドリーに話した方が気楽やわ」
気前よく笑う肥満の男の言葉に甘え、誠児はため口に切り替えて改めて質問に移った。
「わかった。 じゃあ質問なんだけど、さっきから君は関西弁を話しているけど、どうして?」
「そら、俺は大阪出身やからな」
「「!!」」
笑騎は数年前、勤めていた会社からリストラされ、傷心旅行で心李町に訪れたという。
所持金がないため、宿泊施設を利用できず、あちこちウロウロしている時に見つけた繋がりの洞窟で一晩過ごしていると、いつの間にか心界に来てしまったと言う。
そこへ洞窟の異変に気付いてやって来た女神と出会い、心界のことを知った。
ホームには1年ほど前にスタッフとして入り、以後ここで生活している。
ただ、元の世界に未練はないらしく、どちらかといえば心界の方が自分に合っていると言う。
「ところで中田君・・・」
誠児が名前を呼んだ瞬間、笑騎が「あぁぁ、あかんあかん」とおもむろに手を横に振り、発言を一時停止させた。
「ホームではスタッフとか訓練生とか関係なく、親しい間柄になるために、できるだけ下の名前で相手を呼ぶように親父が言うてんねん。上の名前より、下の名前の方が親近感でるやろ?親父の方針でデイケアメンバーもスタッフも家族みたいに仲のええ関係を築いていきたいんやて。
まあ、おかげで俺もここのスタッフと早めに打ち解けることできたし」
「なるほど・・・じゃあ、笑騎でいいのかな?」
「そう呼んでくれた方がええわ。俺も、誠児と夜光って呼ぶわ」
「わかった。改めてよろしく、笑騎」
互いの自己紹介からまもなく、就労支援の訓練生達が次々と入室してきた。
彼らは適当な席に着くと、カバンから参考書やノート、筆記用具といった学用品のような一式をテーブルに乗せ始める。
「俺達も何か所持していた方がよかったのか?」
自分達が手ぶらであることに焦りを感じた夜光が笑騎に尋ねる。
手ぶらであることを問われても、”聞いてない”の一言で責任逃れを図ろうと考えていたが……。
「別にええよ。 2人は文字の練習だけなんやろ? 必要な物がこっちで用意するから、適当な席に座って待っといて」
笑騎は一旦2人から離れて、訓練に必要な物を取りに別室へと姿を消す。
夜行と誠児が空いている席に座って数分待機していると、訓練開始の鐘がホーム中に鳴り響いた。
それと同時に、スーツ姿のスタッフが数名入室し、黒板の前に立った。
その中には笑騎も混じっているが、先ほど見せた陽気な態度とは一転し、真面目な顔付きとなっている。
「みなさん、おはようございます!」
『おはようございます!』
スタッフの1人があいさつの言葉を投げかけると、訓練生全員が大きな声であいさつを返した。
想像以上に大きな声に驚き、夜光と誠児はあいさつを返すことができなかった。
「まず初めに、筆記訓練を行います。 今から白紙の紙と1冊の本を配りますので、
合図を出したら、本に書かれている文章を白紙の紙に転記していってください。
時間は10分とします。 白紙が足りなくなったり、筆記用具がない方はスタッフにお申し付けください」
訓練の概要を説明した後、スタッフ達が白紙の紙と本を各席に配って行った。
配られた紙は大学ノートくらいの大きさだったが、本は長編小説並みに分厚かった。
「(うっ嘘・・・)」
訓練を始める前から夜光の心はすでに折れかけていた。
逃げ出したい衝動に駆られたが、隣にいる誠児が「(逃げるなよ?)」と目で圧力を掛けられたため、腹をくくって訓練を受けることにした。
「手が痛ぇ・・・」
「うっ・・・」
10分間転記を続けた結果、夜光と誠児は利き手に強烈な痛みと熱を感じてしまった。
普段からスマホ等の電子機器をペンの代用として使っていたツケが痛みとして返ってきたようだ。
手の痛みに耐えかねた2人は一旦部屋から退出し、トイレの水道水で濡らしたハンカチで手を冷やすことにした。
「・・・みんなすごい集中力だな」
訓練部屋の外から訓練生達の訓練風景を覗いていた誠児が感心の声を上げる。
文字の転記を終えた後、訓練生達はそれぞれの訓練に切り替えた。
笑騎によれば、今回の訓練内容は【スタッフを講師とした、コミュニケーションについての講義】。
職場での人間関係を左右する重要なコミュニケーションを学ぶ重要な訓練である。
講義のようにスタッフの話を聞いてノートに重要なことをまとめるのが基本スタイルであるが、実際に訓練生同士で1つの議題について会議のように話し合うこともあれば、スタッフの代わりに訓練生自身が、講師として訓練を進行する一風変わったやり方も行うと言う。
「・・・笑騎、聞いてもいいか?」
「なんや?」
「訓練生の何人かが指輪をしているようなんだけど、デザインも色も同じなんだ。心界ではああいう指輪が流行っているのか?」
誠児が疑問に思っていたのは、複数の訓練生がはめている指輪であった。
若者だけでなく、年齢を重ねた高齢者までも同じ指輪をはめているため、流行と思うには少し頭に引っかかるものがあった。
「あぁ。あの指輪のことか。 別にあれはシャレでつけてる訳やないねん」
「というと?」
「あれは”パスリング”ゆうてな?異種族を人間に変えることができる指輪なんや」
「異種族?」
「ファンタジーに出てくるやろ? 妖精とかエルフとか、ドワーフとか」
「えっ? じゃあ、この中にエルフや妖精もいるってことなのか?」
「そうや。 訓練生の大半は人間やけど、ホームに通ってるのは、なにも人間だけやないで? でもな、元々住んどった世界が違う異種族が人間の国にあるホームに通うのはきついからな? パスリングで人間になって通ってもらってるんや」
「そんな指輪。 どうやって手に入れているんだ?」
「国に申請書を送って、指輪が必要だと認められたら支給されるようになっとる。
パスリングをはめる理由は色々やけど、共通の理由は、”なんらかの理由で異種族としての生活を送ることが難しくなったから”やな」
「・・・そうか。 住むところがなくて、困っているのは俺達も同じだな」
それから数分後、手の痛みと熱が引いた誠児は気合を入れるために頬を両手で叩く。
「そろそろ手も治ってきたし、せっかくだから俺達も訓練に参加するか。夜光も手の痛みはだいぶ治ってるだろ?」
「いや、全然・・・」
しらを切る夜光だったが、今まで左手で隠していた右手を誠児に捕まれたことで、無駄に終わる。
。
「・・・・バレていたか」
「ダテにお前の親友やってないからな」
観念した夜光は誠児と共に再び部屋の中に入り、特別に講義を受けることになった。
その日の夜……。
この町の中心にある大きな城の王室にゴウマはいた。
そこはゴウマの自室だが、10人は入れるほどの広さに豪華なシャンデリア、シャワーやトイレが完備していて高そうな絵画やツボがいくつか飾られていた。
ゴウマは自室の電話の受話器を取り、電話番号を押す。
『・・・もしもし。 誰や?』
「ゴウマです。先生。こんな遅くにすみません」
『おぉ。ゴウマちゃんか』
電話の相手はきな子だった。
『なんか用か?』
「はい。”あのプログラム”ですが、やはり、彼に任せようと思いまして」
『あぁ、あれか? でも、大丈夫なんか? 素人にそんなん任せて』
「心配していないと言えば嘘になりますね。
でも彼ならアストの”本当の力”を引き出すことができると思うんです」
『そうなんか? まあその辺はゴウマちゃんにまかせるわ』
「はい。 所で・・・私が送った”彼女”のデータは届いたでしょうか?」
『あぁ、それやったら、ちゃんと届いてるで?』
「明日、夜光君のデータも送っておきます」
『わかったわ。 あとはこっちで調整する。 できたら、連絡するわ』
「ありがとうございます」
『じゃあ、ウチ作業に戻るわ。またな、ゴウマちゃん』
「はい。それではまた」
ゴウマは電話を切ると、ふと窓から空を見上げる。
「こうするしかないのか? ワシ達は・・・」
雲1つない住み切った夜空にゴウマは問う。
だが返答など返る訳もなく、月明りだけがゴウアを悲しく照らしていた。
翌日から夜光と誠児の就労訓練は本格的になった。
文字の練習、社会のマナー、職場での言葉遣いと言った基本訓練のほか、夜光の場合は伝票整理、ホームに届いた物品の数が合っているかの確認など主に事務職をメインとした訓練を行っていた。
誠児の場合は訓練以外にも、精神医学の勉強やほかのスタッフの仕事の手伝いなど将来に役立つ経験を積んでいる。
訓練開始から数日が過ぎたある日……。
夜光と誠児はゴウマに施設長室まで呼び出された。
2人は施設長室に来るまでに、お互いに何かしたのかと腹の内を探っていた。
しかし、2人共心当たりはなく、結局、施設長室まで来てしまった。
誠児がドアをノックすると、中から「入りなさい」とゴウマから入室の了承を得て、「失礼します」と言って2人は中に入った。
室内は、相変わらず豪華な造りだった。
ゴウマが座っているりっぱ椅子と机は、いかにもトップの部屋という感じだった。
「突然、呼び出してすまなかったね」
ゴウマの言葉に誠児は礼儀正しく背筋を伸ばして答えた。
「いえ、ところで私たちにご用があると聞きましたが・・・」
誠児がそう尋ねると、ゴウマは「とりあえず掛けなさい」と部屋の中央にあるソファに誘導する。
2人がソファに座ると、ゴウマは向かい側のソファに座り、用件を口に出す。
「実はな? 今回は夜光君に用があるんだ」
いきなり名前を呼ばれ、「俺?」と聞き返す夜光。
「そうだ。 しかし、君1人では不安だろうと思い、誠児君も来てもらった」
夜光はこの瞬間、嫌な予感がした。
ここ最近は、訓練ばかりしているが、夜光は素人とはいえスタッフである。
きっとなにかとんでもない仕事を押し付けるのではと思い、夜光は不安とダルさを感じた。
「そんで? 用ってのは?」
ゴウマは机の引き出しから、何枚かの書類を出して言った。
「時橋 夜光君! 君にデイケアプログラム【マインドコミュニケーション】のスタッフに指名する!」
「「・・・」」
一瞬、2人はゴウマの言葉が理解できなかった。
しかし、ハッと我に返った夜光が尋ねた。
「なんだよ!? そのマインドなんとかって!」
「マインドコミュニケーションは、今年作ったデイケアプログラム。
要するに、大勢の人と交流を深めるための集まりだ。 君にはその集まりをまとめるスタッフになってほしいんだ。」
「なんで俺が・・・」
落ち着きのない夜光を誠児が手で静止し、ゴウマに「1ついいですか?」と尋ねる。
ゴウアが「なにかな?」と誠児に視線を向ける。
「夜光はスタッフの経験がありません。 スタッフとしてそのデイケアに参加するのなら、担当しているスタッフのサポートをする形で夜光が参加するということになるのでしょうか?」
ゴウマは机の上で手を組み、少し間を開けてこう返す。
「・・・本来ならそうするのだが、このプログラムはただ交流を深めるためのものではないんだ」
「どういう意味ですか?」
「マインドコミュニケーションは、”表向き”は交流を深めるプログラムだ。
しかし、このプログラムの真の目的は”夜光君とメンバー達の信頼関係を築く”プログラムなんだ」
「信頼関係ねぇ・・・」
興味ないと言わんばかりに、夜光は両手両足をだらしなく伸ばし、天井をぼんやりと見つめる。
ゴウマは夜光の何も態度に何も言わなかったが、誠児は容赦なく夜光の頭を掴んで思い切り目の前の机に顔を叩きつけ、態度を改めろと体で注意した。
思い切り顔を打った夜光は顔を抑えながら、「テメェ! 何しやがる!」と噛みつくも、誠児はゴウマに視線を合わせたまま、ソファに置いてあったクッションで夜光の顔ごと口をふさいだ。
「気にせずどうぞ」
「・・・まあ、この情報は関係者しか知らないが、マインドコミュニケーションのメンバーは全員アストに選ばれた者たちだ」
「・・・アストって地下にあった鎧のことですか?」
「そうだ。 アストは影に対抗できる唯一の鎧だ。そして、アストを装着できるのは君とメンバーたちだけだ。 しかし、ただ装着できるだけではダメなんだ。アストの力を最大まで発揮させるには夜光君とメンバー達の強い信頼関係が必要なんだ。こう言ってはなんだがここ数日、君の様子を見て思ったが、どうやら夜光君はコミュニケーションが苦手なようだ。そんな君のそばに誠児君がいては、君は彼にに頼りすぎてしまうのではないかと思ってな?
だからあえて、誠児君には外れてもらったんだ」
「・・・」
クッションを払いのけた夜光は顔を抑えたまま、不機嫌そうに顔を歪めた。
ただ単に今のことを怒っているのではない。
夜光にとって誠児はなくれはならない大切な親友だ。
どこかしら依存している部分はある。
だが夜光自身は、あまりそのことに触れられたくないようだ。
夜光がゴウマから少し目をそらしてしまったため、誠児が代わりに会話を進める。
「プログラムのメンバーはそのことを知っているのですか?」
ゴウマは少し頭を下げ、小さく「あぁ」とだけ返す。
「ですが、国王様。 スタッフとしての知識も経験もない夜光が1人でプログラムを担当するのは、少し無理があると思うのですが」
「・・・確かにな。 だがな誠児君。 精神医学は勉強で知識を得るが、デイケアスタッフは経験の中で知識を得るのではないかとワシは思うんだ」
「それは・・・」
誠児は言葉に詰まった。
確かに、スタッフの仕事は勉強より経験の方が得られるものが多い職業だ。
誰かに教わるより、自分で経験した方が覚えることが多い。
しかし、不安はある。
そう誠児が悩んでいた時、夜光が口を開いた。
「・・・わかったよ。 やってやるよ、その仕事」
「!!!」
誠児は夜光の意外な言葉に思わず、絶句した。
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