序章
第1話 始まりは夜桜
春の桜が満開になった春うららかな日の深夜。
日本のとある町【心李町(しんりちょう)】で、2人の男が美しい夜桜を身に来ていた。
男の名前は時橋 夜光(ときはし やこう)。
目付きが悪く、ぼさぼさの黒髪。
服の上からでも確認できる筋肉質な体で、若干老け顔なので、暴力団の若頭ような風貌になっている。
その夜光の横にいる男の名前は金河 誠児(かねかわ せいじ)。
夜光の一番の親友で、精神科医師になる夢を抱いている。
夜光とは対象的に、整った黒い髪とどこか幼い顔立ちで、実年齢より若く見える。
月明りに照らされ、どこか幻想的な桜のトンネルを歩いていく夜光と誠児。
「いてっ!!」
その道中、夜光が足に何かを引っかけ転倒してしまった。
「大丈夫か?」と誠児が声を掛けると、夜光は「なんとか・・・」と返しつつ、地面にぶつけた顔を抑える。
誠児は夜光の足元に落ちていた物を拾う。
「夜光。 お前これに足を引っかけたんだよ」
誠児が持っていたのは折れた木製の看板であった。
かなり古い看板のようで、あちこち腐食している。
「なんの看板だよそれ」
ようやく起き上がった夜光が誠児と共に看板の内容を読む。
200年前の春……。
当時、村であった心李町の村長が家族を連れてこの山に花見をしに来ていた。
村長が息子と遊んでいると、息子が小さな洞窟を見つけ、興味本位でその中に入った瞬間、洞窟内が光を放った。
それが収まると、息子の姿はそこにはなかった。
村の人間全員で、洞窟内や辺りを懸命に捜索するも、とうとう息子は見つからなかった。
一部始終を見ていた村長は、「息子は洞窟に飲み込まれた!」と訴えるが、信じる者はいなかった。
村長は「いずれ息子は帰って来る」と信じていたが、結局息子には会えずに、この世を去った。
村長を哀れんだ村人達は、洞窟のそばに遺体を埋葬したのであった・・・
もちろん2人はこんな妄想じみた話など信じてはいなかった。
・・・まだこの時は。
「洞窟なんてあったか?」
夜光が辺りをよく見渡すと、歩いている時は暗くて気づかなかったが、
看板が落ちていた場所から少し離れた所に崖がそびえ立ち、そこに洞窟かあるのを見つけた。
洞窟のそばには看板が折れた部分と、墓らしき岩も置かれている。
「とりあえず元の場所に戻しておくか。こんなところに落ちていたら誰かが転んでしまうかもしれないから」
「そうだな。 すでにここに犠牲者がいるわけだし・・・」
夜光の皮肉をスルーし、誠児は夜光と共に洞窟に歩み寄る。
洞窟の前まで来ると、誠児は看板を折れた部分の横に置き、礼儀正しく墓に手を合わせた。
「どうみてもただの洞窟だよな・・・」
夜光が洞窟内を面白半分に覗く。
内部は暗くてよく見えないが、石で覆われた壁があるだけで特に気になるところはない。
「夜光。 そろそろ行こう」
誠児にそう言われ、夜光が振り向いたその時、突如洞窟が光り輝く。
「なっなんだ!?」
「夜光!!」
体が洞窟に吸い込まれるような感覚と共に、2人は意識を失ってしまった。
そして、光が収まると同時に2人の姿はそこにはなかった・・・
「・・・うっ!」
意識を取り戻した夜光が目を開けると、そこは薄暗い洞窟の中であった。
洞窟内は広いが、短い洞窟のため入り口から入る月明りでも、うっすらではあるが、洞窟内を確認できる。
夜光ははっきりしない頭を抑えながら「誠児?」と呼びかける。
すると、「・・・夜光?」と言う誠児の返答と共に、少し離れた所で倒れている誠児を発見した。
すぐさま夜光は「大丈夫か?」と誠児に駆け寄ると、誠児は自力で立ち上がり、「なんとかな」と無事を知らせる。
「一体何が起きたんだ・・・」
突然のことに動揺する夜光に、誠児は冷静に「とりあえずここから出よう」と宥めるように返す。
洞窟を出た瞬間、2人は信じられない光景を目にした。
「なっなんだあれ!?」
洞窟を出るとそこは一見、元の夜桜が咲く美しい場所のように見えるが、1つだけおかしなものが目に映った。
「なあ、誠児。 心李町に西洋の城なんてあったか?」
「いっいや。 ないと思う」
2人が目にしたのは、遠くに見える巨大な城であった。
夜のためぼんやりとしか映らないが、間違いなく城が立っていた。
「げっ幻覚か?」
夜光と誠児は幻覚を疑い、頭をぶんぶん振り回してみたが、城は見えたままだ。
その上さらに、2人の前を小さな妖精が通り過ぎ、鳥のような羽を持つ大男が頭上を飛び去って行った。
「「・・・」」
自分達の現状を把握しきれない2人は、恐怖や不安を感じることすらできないほど混乱していた。
そんな2人に「お待ちしておりました」と人影が近づいてきた。
2人の前に現れたのは白と黒が混じった巫女っぽいコスプレのような服を着た茶髪のロングヘアー女であった。
見た目は高校生くらいの美少女でなぜか肩にウサギが乗っている。
月明かりに照らされ、少し幻想的なオーラをまとった女がゆっくりと口を開いた。
「ここはあなた方がいた世界とは異なる世界・・・そして私は、この世界に司る女神です」
「「・・・」」
押し黙ったまま、表情を固めている2人に対し、女神を名乗る女は優しくこう言う。
「信じられないという気持ちはわかります。 ですがこの世界は今、危機に晒されています。 どうかこの世界を救ってください」
両手を合わせて祈るような姿勢で懇願する女神に対し、2人は手を横に振ってこう言う。
「「ちょっと何言っているかわからない」」
ハモった2人の言葉に対し、コントのようにズッコケる女神。
「わっわからないって・・・こう言えば大抵の人は『わかった!』とか『ステータス!』とか言ってノリノリで話を聞いてくれるんじゃないんですか!?」
「なんでそうなるんだよ! だいたいアホヅラ下げたコスプレ女が、女神とか名乗っている時点で痛々しいくて見ていられねぇよ!!」
「アホヅラ!? 痛々しい!?」
「おい、夜光! 言い過ぎだ!」
誠児が止めるものの、夜光の容赦ない罵声に女神はショックを受けて膝を付く。
落ち込む女神に、誠児は優しく語り掛ける。
「ごめんね。 俺達ちょっと混乱してて・・・あいつも口は悪いけど、悪い奴じゃないんだ。
君はこの辺りの子? もしそうなら、お父さんかお母さんを呼んできてもらえるかい?」
「だから本当にここは異世界で、私は女神なんですっ!!」
もはや女神というより、駄々を捏ねる子供のように泣きじゃくる女。
「君が女神様になりたいという気持ちはよくわかったよ、でも君もそろそろ家に帰らないと、ご両親も心配しているんじゃないかな?」
大人として正しく接する誠児に、女は誠児の服を掴んでなお訴える
「本当にここは異世界なんですよ! お2人ともさっき、妖精や鳥人とか、異種族を見ましたよね!? ね!?」
「俺達さっき酒を飲んだから、きっと酔っ払ってるんだよ」
「なんですか!? その都合の良い解釈!!」
最初の神秘的な登場がウソのように、目の前にいる女の顔は涙と鼻水で見るに堪えない顔となっている。
「わかったわかった。お前の言葉を信じてやるから、俺達を帰らせてくれ。家で冷えたビールが待ってるんだよ」
夜光は女神の訴えを聞こうともせず、面倒くさそうに大あくびをする始末。
「ビールのために帰らないでくださいよ!っていうか、絶対信じてませんよね!?」
「信じてるよ(色っぽいお姉様系の女神なら・・・)」
夜光はどうやら、女神が好みではないようだ。
女神の言葉を全く信じない夜光と誠児。
泣きわめくしかない女神。
そんな中、ある言葉が3人の鼓膜を揺らした。
「ええ加減にせえ!! 一向に話が進まんやろ!!」
「こっ今度は誰だ!?」
夜光と誠児が辺りを見渡すと、「どこ見てんねん!こっちや!」と2人を誘導する声がした。
その声に従って、2人が目線を移動すると……。
『・・・ウサギ?』
それは女神の肩に乗っているウサギの声であった。
「・・・腹話術?」
誠児がそう呟くと、ウサギは女神の肩を降りてこう叫ぶ。
「腹話術ちゃうわ!」
「話を進めんかいっ!! イライラして思わず叫んでもうたわ!」
長い耳をピンと立て、怒りをあらわにするウサギ。
女神を名乗る女に「しっかりせい!!」と活を入れられ「うぅぅぅ・・・ごめんなさい・・・」
と涙ながらに謝罪する女神の姿に呆れつつ、ウサギは夜光と誠児に視線を向ける。
「すまんな。女神様は痛々しい人なんや、わかったって」
「「・・・」」
軽く頭を下げて謝罪するウサギだが、夜光と誠児は今起きている状況が理解できずに固まってしまった。
「・・・うっうさぎが・・・しゃべった」
固く硬直した口を開き、絞り出すような声で誠児がそう呟くと、ウサギがすっとんきょうな顔でこう言う。
「何驚いてんねん。あんたらがさっき見た連中と比べたらかわいいもんやろ?」
ウサギの言う連中とは、先ほど2人が見た妖精や鳥人のことだ。
それと比べたら、話せること以外は至って普通であるウサギの方が可愛げがあるのかもしれない。
「オホン! では改めて・・・ウチはきな子や。女神様をサポートしている秘書みたいなもんや。ちなみにきな子の名前はきな粉みたいな体色と女神様の好物がきな粉もちってとこからきとる」
自己紹介を終えると、きな子はなぜか呆れたように目を細める
「女神様はすんごいえらい方なんやけど、ご覧の通りアホなんや」
「アホって・・・」
ストレートな言い回しに、女神は怒りよりもむなしさが心を支配した。
「えっと・・・俺は金河 誠児と言います。こっちが親友の時橋 夜光」
「・・・」
とりあえず社交辞令として名乗ることにした誠児。
きな子が「よろしゅうな」と握手?を求めてきたので、屈んで握手を交わす。
「ほな女神様。 さっそく本題に入りましょか」
「はっはい! そうですね」
きな子にそう言われ、あわてて涙をぬぐい、少し乱れた服を整える女神。
はたから見て、いったいどちらの立場が上なのかわからなくなる。
その後の女神はこの世界について語ってくれた。
夜光と誠児がいるのは【心界】という異世界。
ここには人間だけでなく、人の持つ感情や想像から生まれたたくさんの異種族が暮らしている。
異種族と言っても、RPGのような魔物や魔王といった危険な生物は存在していない。人間に対する評価はそれぞれだが、ほとんどの種族は人間に危害を加えることはしない。
1000年前……。
人間の”良心”と”悪心”から生まれた者達が、互いを相いれない存在だと思い、戦争を起こした。
時が流れるにつれ、戦争は激しさを増し、犠牲となった兵士や住民が後を絶たなくなっていった。
そこで先代の女神は、心界から魔法の元となる【魔力】を取り上げ、魔法を封じることにした。
ところが、魔法を失ってもなお、彼らは剣や弓等の武器を使って戦争を続行してしまった。
力で戦争を止めることにした先代女神は、奪った魔力を使って、新たな力【影】を生み出した。
影の力はほかの力を寄せ付けないほどの絶対的な力であり、
先代女神はその力を1人の人間に託し、戦争を止めるよう命じた。
ところが、想像以上に強くなってしまった影の力を抑えることができず、その人間は恐ろしい怪物の姿となり、心界中を大暴れし、大勢の命を奪っていった。
影の力によってさらなる犠牲者が出てしまったが、皮肉にも、影という共通の敵が現れたことにより、「争っている場合ではない」と両軍は共同戦線を取ることになった。
心界の住民達が力を合わせて影に挑んだ結果、影の力は弱まり、先代女神が自らの命を糧にして影を封じることに成功した。
しかし魔法を失ったことで心界での生活はしばらく難航したが、わずかに残った魔力が形となった”心石”という魔石を動力源にして乏しい機械文明を発展させることに成功した。。
現在の心界では、その発展した機械の力を使って生活をしている。
そして影討伐後、良心と悪心の両軍は互いの力を認め合い、同盟をを結んだ。
後にこの話は【精神戦争】と呼ばれ、語り継がれてきたのであった。
「・・・ところが1年ほど前、その封印した影の力を手に入れ、心界の住人達を殺し回っていまる人達が現れてしまいました。 心界ではその人達のことを”影”と呼んでいます」
先ほどとは雰囲気が変わり、真剣なまなざしを向けて言葉を発する女神。
横にいるきな子が開いている台本にたびたび目を向けていなければ、少しは女神として見れたことを残念に思う2人。
「おい待て。 さっき俺にこの世界を救えっていったのは、まさか俺にそいつらを退治しろって意味か?」
夜光は見かけ通り、ケンカは強い。
若い頃から腕っぷしに自信があるため、チンピラ程度なら相手にできるが、さすがに殺人鬼を1人で相手にするのは、腰が引ける。
「はい! でも1人で戦えとは言いません。 後々話しますが、夜光さんには一緒に戦ってくれる仲間がいます」
「仲間?」
「そうです! 夜光さんと仲間の方々が力を合わせたら、影なんかに負けませんよ!」
気合いを入れるかのように、拳で空を切る能天気な女神を、2人は呆然と眺めていた。
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