第2話 心界

 夜桜を見に来ていた時橋夜光と金河誠児。

2人は光輝く洞窟から、【心界】という異世界に来てしまった。

そこで出会ったには、女神を名乗る謎の女と、しゃべるウサギきな子。

女神は心界についての状況を説明するのであった。


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 「あの、どうして俺たちがこの世界に? あと、俺たちが通った洞窟はなんなんです?」


 女神の意味不明な言葉を聞き流しつつ、誠児がきな子から事情を伺う。

しゃべるとはいえ、ウサギ相手に敬意を示す自分の口調に違和感を覚えるものの、

単調そうなきな子が機嫌を損ねて口を閉ざす恐れもあるため、真意を押し殺す誠児。


「あんたらが通ったのは【繋がりの洞窟】っちゅうてな? 無数の異空間を作る聖域……まあ簡単に言えば、あんたらのいた現実世界と心界をつなぐトンネルみたいなもんや」


「トンネル?……あぁ! 千と千尋の神隠しで千尋が通ったトンネルみたいな感じかな?」


「まあそんなところや。 とはいっても、ここには湯婆婆もカオナシもおらけどな」


「よっ……よくご存じですね」


「よう女神様と映画館に行っとるからな。 君の名はとか鬼滅の刃も見に行ったで?」


「そっそうですか……(どうやって映画館に入ったんだ?この2人。 気になるけど、知るのがなんだか怖い……)」


「……んっ? おい待て。 ってことは、お前ら俺達がいた世界に行き来できるってことか?」


 きな子の衝撃的な言葉の中にあったキーワードを、呆気にとられた誠児に代わって夜光が聞き取った。


「そらな。 だてに女神とその遣いを名乗ってはおらへん」


「だったらお前らが俺達を元の世界に送ってくれたらいいだろ?」


「それは無理や」


「なんでだよ?」


「チートじみたウチらはともかく、あんたらには【対なる者】に引っ張られただけ……良くも悪くも、運や」


「【対なる者】?」


「同じ志を持った相いれない2つの存在・・・要するに、”理想の自分”……つまり、お2人が理想とする人物が、この心界にいるということです。

もちろんその方々にとっても、お2人が理想の人物”ということになります。

理由はわかりませんが……何らかのきっかけで、その理想の人物とお2人の心が共鳴し合い、お2人をここに導いたんだと思います」


 長いこときな子に語り手を奪われていた女神が悔し涙を浮かべながらきな子を押しのけ、夜光の問いかけに答えた。


「女神様。 泣いとらんで、そろそろ”アレ”を渡したらどうや?」


「あっ! そうでしたね」


 きな子に諭された女神がポケットから無造作に取り出したのは見たこともない機械だった。

ベルトが付けられているため、腕に付けるものであることは夜光と誠児でも察することができる。


「えっと・・・時橋夜光さんでしたね? あなたはこの世界を守る”闇神(やみがみ)”に選ばれました。そのために、この”マインドブレスレット”を受け取ってください」


「なんだよその”奇妙な機械”・・・」


「奇妙とはなんや! ウチが作った”マインドブレスレット”に文句言う気か!?」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて怒りを表現するきな子。

和やかに見えるが、本人が真剣に怒っていることは2人に伝わっているが、本気で相手にする気はなかった。


「これ、お前が作ったのか?」


「せや。 ウチの作った機械、マインドブレスレットや。

通信機能やらマップ機能やら、それなりに機能があるで? すごいやろ?」


「そんなのスマホの基本機能じゃねぇか……どこがすごいんだよ……」


「電波もwi-fiもないこの世界でスマホが使えるなら、その意見を受け入れたるわ」


「……」


 ドヤ顔で挑発めいた言葉を投げつけるきな子。

でも実際、夜光と誠児が持っているスマホは、この世界に来た時点で画面が光るだけの金属板になり下がっている。


「では夜光さん。 マインドブレスレットを受け取ってください」


「断る。 そんなもんを付ける義理はない」



 女神の差し出す機械を受け取ろうとしない夜光に女神は懇願するかのように膝をつく。


「夜光さんに戦うための力を与えてくれる機械です。 これを使って、この心界を守ってください」


「いや、守れって。 俺は何からこの世界を守る予定なんだ?・・・あと、闇神ってなんだ?

俺はそんなRPGのラスボスみたいなもんになった覚えはねぇぞ?」


「あります!!」


 全く信じていない夜光の右手を女神。

その時、初めて夜光は右手の人差し指に黒い指輪がはめられていることに気づいた。

当然だが、夜光には覚えがない。


「なっなんだよ!これ」


「それが闇神の証である”闇神の指輪”です。 そして、闇神に選ばれた以上、あなたはこのマ

インドブレスレットの力を使い、この心界を守る義務があります」


 女神が改めてマインドブレスレットを差し出そうとすると、夜光は「断る!」と闇神の指輪と共に、押し付けてくるマインドブレスレットも押し返した。

いきなり異世界に連れてこられた上に、訳のわからない機械を押し付けて戦えと言われても素直に”はい”と言う人間は少ないだろう。

だが、女神にとっては想定外なようで、あたふたと「どうしてですか!!」、「心界がどうなってもいいんですか!?」などと、また駄々っ子のようにわめき散らす。


 しかし先ほどとは違い、女神はすぐに泣き止むと、「仕方ありませんね・・・」と懐から赤いボタンが付いた小さな箱のような機械であった。


「これはきな子さんお手製の小型爆弾です。 ここで爆発すれば、お二人は死にます」


「「はぁ!?」」


 業を煮やした女神の非常識な行動に、夜光と誠児のすっとんきょうな声がハモった。


「今すぐ選んでください! 闇神になって心界を救うか、この爆弾でイチかバチかの異世界転生にチャレンジするか!」


 もはやただの脅迫となってしまった女神の導き。

爆弾が本物だという確証はないが、現状それを見抜く術は2人にはない。


 誠児はこの場を何とかしてもらおうときな子に目をやるが、きな子は知らん顔でそばにある草を食べて普通のウサギを装う。


「夜光。 とりあえず、付けてやれ。 このままじゃ本当にスイッチを押しかねない」


 誠児にたしなまれた夜光は、女神が手に持つマインドブレスレットをかすめ取り、左腕に付けた。


「これで文句ねぇだろ!」


 夜光がマインドブレスレットを付けたことを確認すると、女神は「あなたならそうすると信じていました」と白々しく手に持っていた爆弾のスイッチを懐に戻した。


※※※


「……なんともわかりやすいことで」

 

 マインドブレスレットにはダイヤルがついており、そこには機能を示す絵が彫られていた。

通信機能は受話器、マップは地図といった、初めて手に知る夜光ですら機能が理解できるデザインになっている。

ボタンもついているが、そこにも丸とバツの彫り物がされている

それから連想されるのは決定とキャンセル以外にほかならない。

だがダイヤルの中で1つ、夜光にも理解できない彫り物があった。


「なあ、この人の形をしたのはなんだ?」


 ダイヤル内の中にある人型の堀りもの。

それだけはどんな機能なのか、夜光も誠児も連想することができなかった。


「それは”エモーション”や」


「エモーション? なんだそれ?」


「……まあ口で説明するより、実際に使った方が早いわ。

でも、今使うのはやめとき。

それはヤバイ時とか、身を守る時とかに使うもんや」


「(防犯装置みたいなものか?)」


 結局エモーションを使うことはなく、マインドブレスレットの話を一旦切った。


※※※


「・・・誠児、どうする?」


「そうだな・・・とりあえず、帰ることができるまで、この世界で暮らすしかないだろ」


 今後のことを誠児と相談し合う夜光。

女神ときな子によると、夜光と誠児が元の世界に戻るためには、対なる者と同調……簡易に言うと、2人で同じことを同じタイミングで強く思い描けば、洞窟は再び繋がるという。

見知った相手同士なら難しくないことかもしれないが、それがどこの誰かもわからない相手であると、その難易度は天文学的に高くなる。

女神でも、対なる者を見つけることはできないという。

今まで夜光と誠児のように、心界に迷い込んできた者は何人かいたらしいが、元の世界に戻った者はいないという。


「ならとりあえず、人のいるところに行くか」


 元の世界に帰ることができないというのに、思った以上に冷静な2人に、女神は首を傾げつつこう言う。


「お二人共、今日は夜も遅いので、ここでお休みしてから、明日の朝、ここから町に出発しましょう。町までは私が案内します」


 任せろと言わんばかりに胸を叩く女神に、「寝るってどこでだよ」と夜光がヤジを飛ばすように尋ねる。


「あそこです!!」


 女神が指さす方向にあったのは、小さな2つのテントであった・・・


 夜光・誠児・女神が就寝した後、きな子は小さな通信機で誰かと連絡を取っていた。


 「・・・せや、異世界から来たわ。 とりあえずこれでどうにか影に対抗できるかもしれんな」


『そうだといいのですが・・・』


 通信機から聞こえてくるのは、5~60代の男性らしき声であった。


「ところで、”アストメンバー”はどうや?」


『適応者は5名いて、全員アストになることを了承してくれました・・・ですが、影との戦闘よりも本人達の意志を尊重したいと思っています」


「相変わらずやな・・・ところで、明日2人を”ディアラット国”に連れて行くつもりやけど、今後の生活とかどないする?」


『そうですね・・・もし本人達が良ければ、【ホーム】のスタッフとして迎え入れたいと思っています』


「そうか。 なら明日の朝、ホームに連れて行くわ」


『わかりました。 お待ちしております』


「ほなな。 ”ゴウマちゃん”」


 きな子は通信を切ると、女神のお腹の上をベッド代わりにして就寝したのであった・・・。



 翌朝……。


「「いってぇぇぇ!!」」


 きな子が夜光と誠児を起こすために、足に噛みつき、2人の異世界2日目の朝は最悪となった。

2人は朝食に女神が持ってきたパンを、きな子は高級フルーツゼリーをそれぞら食べ、町へと繰り出すことになった。


「・・・一体これはなんだ?」


「・・・」


 夜光と誠児の目の前にあるのは、乗用車くらいの大きな荷台。

なんでも女神が2人を気遣って、昨日レンタルしたのだという。

ただし、料金がかなり高額であったため、お小遣いが不足して馬を用意することができなかったようだ。


 昨夜使ったテントを荷台に運びながら「どうやって荷台を引くんですか?」と女神に尋ねる誠児。

なんとなくいやな予感はしていたが、女神から「みんなで力を合わせましょう!」と元気の良い返答を聞いた瞬間、「やっぱり・・・」と頭を抱える誠児。


「ふざけるな!! 訳のわからない異世界に連れて来られて、訳のわからない機械と名前を押し付けられて、あげくに荷台を引け!? お前は俺達をおちょっくってんのか!!」


 ここに来てとうとう怒りが爆発した夜光。

女神の胸倉を掴んで「そんなもん置いていけ!!」と叫び散らす。


「無理ですよ! テントも荷台もみんなレンタルなんですから! 今日返さないと料金が倍になるんです! そんなことになったら私、どこかのお店に売られるかもしれないんですよ!?」


「知るかっ!! そもそもこんな高い荷台を用意するくらいなら、馬をレンタルしろよ!!」


 夜光と誠児に乗馬の経験はない。

だが馬に乗っての移動と、荷台を引いての移動のどちらが速く移動できるか、考えるまでもない。


「あー!! そうだった!!」


自らのアホな行動を後悔する女神であった…‥。



 繋がりの洞窟から出発した3人は、荷台という文字通りの重荷を背負いながら、”ディアラット国”という国へと向かうことになった。

 

 女神ときな子によると……。


 現在の心界は、精神戦争で良心が支配した光の大陸”、悪心が支配した”闇の大陸”、それ以外の感情達が集まってできた”心の大陸”の3つの大陸に分かれている。

夜光と誠児がいるのはその内の闇の大陸で、これから向かうのはその中心ともいえる”ディアラット国”という巨大な王国で、きな子の知り合いが開いている施設、ちょうど人手がほしいと言っていたので、そこで働かせてもらえるように手配したという。


「施設って、どんな施設なんですか?」


 ウサギ相手に敬語を使う誠児に一瞬夜光が細い目をするが、本人は知らん顔でいた。


「ホームっちゅう障害者のための就労支援とデイケアを兼ね備えた施設や」


 夜光が「就労支援?デイケア?」と聞き慣れない言葉に首を傾げていると、誠児がこう解説してきた。


「就労支援って言うのは、簡単に言えば、障害者用の予備校みたいな所さ。 そこで就職に必要なスキルを身に着けて、スタッフと一緒に就職活動を行うんだ。 デイケアは、障害者が集まって、交流を深めるサービスのことだ」


 誠児の説明で、なんとなく施設のイメージが付いた夜光は「俺達、そこで働くのか?」と不安そうに呟く。


「まあ、異世界で働くなんて不安だとは思いますけど、ゴウマさんはとても優しい人なので、パワハラとかそういうのは大丈夫だと思いますよ?」


 額に汗を流しながら、笑顔で夜光を慰める女神。

だが、誠児は首を横に振り、複雑そうな顔でこう言う。


「女神様。 夜光が不安なのは異世界で働くことじゃなくて、働くこと自体に不安を感じているんです」


 女神が「どういうことですか?」と尋ねると、誠児は目線で「お前が話せ」と夜光に告げる。


「・・・俺、まともに働いたことがねぇんだよ」


 突然のニート発言に、女神の頭はクエスチョンに埋め尽くされていった。

夜光が「別に働かない大人なんて珍しくもないだろ?」と半分開き直ると、誠児が「あのな・・・」と呆れる始末。


「じゃあ、今までどうやって生きてきたんですか? 親のスネですか?」


 女神の質問に対し、夜光はダルそうに「付き合っていた女に貢いでもらっていた」と自らヒモ男だと宣告したのだ。

それを聞いた女神は「ヒモなんて最低じゃないですか!?」、「働いてください!」と夜光を真っ当な道に戻そうと大声を上げるが、その言葉は夜光の耳に残ることはなかった。


「口ばっか動かしてないでさっさと歩けや。 ペースが落ちとるで?」


 荷台でクッキーを摘まんでいたきな子が文句を言い始めた。

3人のことは他人事のように、ゴロンと寝そべるきな子にイラつく夜光。


「うるせぇぞ! テメェ1人だけ楽しやがって!!」


「しゃーないやろ? か弱いウサギのウチが荷台なんか引けるかい」


 ウサギであることを盾にして開き直るきな子の態度に怒りが爆発した夜光は、きな子の耳掴み「だったらせめて自分で歩け!!」と前方へと投げた。


「ぎゃぁぁぁ!!」


 数メートルほど前に投げられたきな子は顔から地面に激突した。

「保護団体に訴えたる!!」とわめくきな子を女神が回収してからまもなく、夜光達の目に大きな門が写った。



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