第4話
“鬼装填鎧”。
それは機械都市“東京”にも、神仏古都“京都”にもない類いの威力である。
そしてその威力を身に纏える者はそのどちらにも属さぬ者だけ、それを知るものは彼らを鬼を借る武者、“鬼武者”と呼んだ。
「赤鉄、参る」
脚を包んだ具足がまるで筋肉のように膨らむ。力を溜め込んだそれを解き放つと、コンクリートを踏み砕きながら赤鉄の体が弾丸のように跳んだ。
行く手を阻むのは母体の群れ。落胤を守るべく、その身を盾に差し出すが、雷鳴のような咆哮を挙げる赤鉄が広げた両手。そこに備わる五指に煌めく鋭利な爪を振るい、赤鉄は錐揉みして体ごとそれに突っ込んだ。
母体たちがまるでボウリングのピンのように吹き飛ばされるが、その体は悉くが八つ裂きにされていた。
もう一跳びで落胤へと届く。赤鉄が再び足裏を地面に設置させた時には、もう既に代わりの母体が壁を作ろうとしていた。
「邪魔だ」 赤鉄が血塗れた両手の爪をぬらりぎらつかせながら、獣の声で言う。無論母体が返事をするはずも無し。ならばその時に聞こえた「同感だ」 と言う声は果たして何のものなのか。
母体を鋭い眼光を放つ両目で睨む赤鉄の前で、壁となった母体たちの首が順に落ちていった。首だけでなく体も縦に横にと寸断され、築かれた肉壁は瞬く間に血の飛沫を上げ崩れ去った。
「ザコに構うな、鬼武者」
無論。言うよりも速く、赤鉄の脚は弾み、その体は文字通り切り開かれた落胤への道を駆けた。
それに続きながら撤兵は次々押し寄せる母体を両手にした大小の二刀を以てして斬り伏せて行く。その全身に母体の血を浴びながら、しかし一切の容赦を捨てた撤兵の剣は冴えを増し間合いに入った母体を指先から細切れにして行った。
憐れにも、どれだけの女性が落胤の手により母体と言う穢れた存在に変えられたのだろうか。自らの知らぬうちに、知らぬ所で、今こうして切り伏せ滅亡させている者たちは理不尽で無慈悲な終わりを迎え、その後もその魂に安寧は訪れず、決して救われることの無いものへと墜ちる。
可哀想だ。あまりにも可哀想だ。撤兵の胸を悼みが刺すが、その痛みに立ち止まることも剣が止まることも無かった。彼は既にその心と体を切り離しているのだ。一度無縁衆生と対峙をすれば、心がその哀れな姿をどれだけ悼もうとも体は動き腕は剣を振るい、その刃は敵を斬る。
「――めぇぇつっ」
剥き出しにした牙、顎の内側から轟く咆哮が、対峙した落胤をたじろがせる。撤兵により横槍から解放された赤鉄は、元より落胤にしか眼中に無いだけあり咆哮を追い抜く勢いでそれへと駆け寄って行く。
落胤を股座へと格納している母体は、ブリッジと同じ姿勢からごりごりと音を立てて首を伸ばし迫る赤鉄を白濁した双眼で見詰める。そして関節を外した蛇のように顎を大きく開くと、赤黒い口腔の中にある舌を勢い良く突き出した。
その舌はまるで針のように細く鋭く、石はおろか鉄すらも貫通しうる威力を持っている。それを受けては特別硬さに秀でるわけではない赤鉄の化身具足も無傷では済まない。
故に、赤鉄は舌の穂先が己に到達する直前にて身を翻しそれを躱すと同時にその手で捕まえる。だが舌特有の柔さ、それに纏わり付く粘液は潤滑油となり締め上げようとする赤鉄の手中を滑り腕に絡みつくと、今度は逆に落胤が赤鉄を捕縛した。
赤鉄の右腕に絡みついた落胤が操る母体の赤黒い舌。赤鉄の右手はそれを握り締め、舌は彼の腕を締め付ける。
おい。と言う撤兵の声が赤鉄の耳に届く。ぎりぎりと母体は舌を口腔に巻き取り、赤鉄は徐々にそれに引き寄せられていた。しかしまだ左手が使える。そう赤鉄が左手に拳を握り締めた直後、別の母体の舌がそれを絡め取った。
再び撤兵が声を挙げた。
両腕を拘束され、無防備となった赤鉄に加勢しようとする撤兵であったが、自らに押し寄せる母体への対処にそれも難しい。振り下ろした小太刀が音を立てて受け止められてしまう。不浄が過ぎたかと彼は歯噛みをし、小太刀を鞘に収めると大太刀を両手に持ち替えかる。
しかし一振りであれば不浄に冒された刃であっても無縁衆生を切断できるとは言え、数への対処が難しい。撤兵はなるべく複数を纏めて叩き割るように心掛け立ち回りながらもやはり赤鉄への加勢に行けぬままであった。ちらとそんな彼は赤鉄を己の肩越しに覗った。
むっ、と撤兵から怪訝そうな声が出た。赤鉄を見た彼が見たものは、撤兵を見て僅かに頷くような仕草を見せる赤鉄の姿であったのだ。
何をするつもりなのかと見物したくなる気持ちを無視して、押し寄せてくる母体を切り倒して行く撤兵の両腕。そしていまだ拘束されたまま引き寄せられて行く赤鉄の前では、裂けたほとから上体を出して両手にそれぞれ鋭利な針のようなもの――それは母体の内部より引きずり出してきたものであろう肋骨である――を持った落胤がおぎゃあおぎゃあと声を挙げていた。
それはまるで彼を嘲笑うかのような響きで、膨張し飛び出した眼球はぎょろぎょろと左右で違う動きを見せる。
そしてもうすぐ肋骨の切っ先が赤鉄に届く距離になる。それが遂に赤鉄を捉え、突き出されようとした時であった。
轟、と音を立てて光り輝いたのは赤鉄の両目。そこからまるで血管を走る血液のように赤い光が全身を巡り、やがて両腕へと集まって行くと、突如としてそこが音を立てて爆発を起こした。
その衝撃によりずたずたにされた母体の舌からは血が噴き出すもののいまだ千切れるに至らず。無駄な足掻きだったと落胤が嗤い、撤兵は息を飲む。
しかしそれだけで終わりではなかった。赤鉄の腕を縛る舌から焦げ臭さと共に煙が立ち上ぼり始めたのである。そして直後、ぼっと再び閃光が迸ると共に赤鉄の両腕が炎を噴き上げ燃え出した。
――赤鉄鬼。その鬼は炎を噴くと云われる。そしてその鬼が化けたる化身具足“赤鉄”もまたその炎を操ることが出来るのだ。
鋼鉄すら溶解せしめるその炎、瞬く間に母体が舌を炭へと変えると引っ込もうとする残りを舌を赤鉄は今度こそ手中にし捕まえる。その滑りも赤鉄が放つ熱気により瞬く間に乾き、どうしようとも彼の手中から逃れることは叶わない。
そしてそれは力比べに於いてでもある。あまりにも絶対的な力の差を見せ付けては落胤は逃げ出してしまう。故に赤鉄は加減をし、落胤を偽りの勝機で魅せたのだ。
母体の抵抗も虚しく、舌を捕まえた片腕をぐんと引いた赤鉄の怪力により母体は落胤を抱いたまま彼の元へと容易く引き摺られて行く。
落胤の手により、母体の舌が断ち切られた頃には既に、落胤は再び赤鉄の手に顔面を鷲掴みにされていた。
赤鉄は右手に落胤を、空いた左手を交尾する犬かカトンボの様に落胤からぶら下がる母体の股ぐらへと突っ込んでは力任せに落胤をそれから引きずり出した。
力を増すため結合したまま、それを解くことも間に合わなければ落胤は母体の内臓をへその緒の先に引き連れたままその全貌を露わにする。その下半身はまるで芋虫のようで、艶めき鮮血を滴り落とすはらわたを巻き付けたままうねうねとのたうち回っていた。
尾の先の少し下から出たり引っ込んだりを繰り返している鋭利なものは陰茎であろう。落胤はそれを用い女を母体へと変えるのである。
「――憐れな赤子。腹に居りながらも、この世を知らず。無念の内にその命を散らした。咲かぬ蕾の、哀しきことよ」
落胤の最後の抵抗。手にした母体の骨を赤鉄へと突き付けるも、彼が纏う熱はその切っ先を脆い炭へと変えてしまう。
おぞましく泣き続ける落胤を、哀れみの目で目詰めた赤鉄は詩い。そしてそれを、最後の母体を切り伏せた撤兵へと向けて放り投げた。
「成敗――」 赤鉄のその一言。直後鳴るがちんと言う威勢の良い、それは鯉口を叩く音であった。奏でたのは撤兵。彼がその大太刀を鞘へと収め奏でたのであった。
そんな撤兵の足元では、脳天から縦に両断され臓物を溢れさせながらも蠢く落胤が居り。そしてそれは暫くしない内に動くことを止め、ぼろぼろと土へと還って行くのであった。
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