友の記憶


教職に就いた今でも思い出すことがある。

ましてや忘れたことなど片時もない苦しく悲しい記憶。

忘れたくとも忘れられず、かと言ってシャルーノは忘れたいとは決して願わない。

それは自分のせいで死んでいった友人との記憶。



その日は少し霧がかかり視界の悪い天気だったが、国を抜ける二人にはもってこいの日だった。

「霧が出てなかったら俺ら殺されてっかもな」

ケラケラ笑いながらシャルーノの前を歩く男性。

彼はシャルーノの王立院時代からの友人であり唯一の理解者、卒業後の進路についてお互いに相談なんてしてなかったが切磋琢磨し合った四年の月日が二人の絆を確かなものにし、二人とも王国騎士団へと同時入団を果たした。


「確かにそうだけどあんまり油断してると痛い目見るからな、」

「わーってるって、ほんっと真面目だねぇ」


シャルーノがこう言うのには理由がある。

現時点で、アルヴィラッツ自体は平和そのものだが隣接する国々はそうもいかず、ここ数年緊迫した状態が続いているのだ。

二人が任務を受けて通っているこの道も何が起こるかわからない危険地帯なのである。

たとえ今霧がかかっていて視界が悪いと言ってもそれは隣国の兵が襲ってこないとも限らないのだ。


「けどよ〜、二人だけで任務ってのも入団すぐのあれ以来久しぶりじゃね?」

「そうか?…ぅーん……確かに考えてみればそうかも」

「だよな?もっとシャルーノと組ませろっての〜」

「無事にこの任務を終えたら団長に進言してみるか」

「おぉ?いいねぇ、もちろん一緒にな」

「当たり前。ほらほら前向いて歩いて」

「へいへい」


そんなたわいもない話をしていた時だ。

別れは唐突に訪れた。


霧の中から奇襲をかけてきた隣国の兵たち。

数はざっと5人前後といったところだろうか。

霧に隠れて奥にいる者も合わせれば10人あたりにはなるだろう。

咄嗟の出来事ではあったが二人は騎士だ。

すぐさま反応し、背中併せで陣形をとった。

「まーさかほんとに痛い目見そうじゃ〜ん」

「呑気なこと言ってる場合じゃないよ、」

「わかってるって、……んじゃいっちょ…やるか」

「……うんっ」

息の合った剣さばきで二人は兵に傷を与えていく。

万が一にもアルヴィラッツの兵が殺したともなれば自国にも戦争の火種が飛ぶ恐れがある。

平和な国に戦争は似合わない。

国を守ることがその国の騎士である二人の務め。

だから、二人とも兵を絶対に殺さない。


だが、それがいけなかった。


「___!!!」

シャルーノが気づいたときにはもう遅く、兵の刃が彼の体を切り裂く。

そのシャルーノにも剣が向けられたが、幸い頬に怪我を負うだけで済んだ。


「お、まえは……逃げろ……!」


彼は倒れそうになる足を支えてシャルーノに言い放った。

「そ、そんなこと出来るわけないだろ…!一緒に帰ってもっと二人で任務をっ」

「っるせぇなぁ…俺が逃げろっつったらにげろって、大丈夫。俺は死なねぇよ、国に戻って助けを呼んできてくれ」

「そんな……っ」

「いいから……!俺のが強ぇのはお前が一番知ってんだろ、なぁ…相棒、」

「っっ……必ず…っ戻るっ……!」

シャルーノは彼に背を向け無我夢中で駆け出した。



「そん……な………」

助けを連れて戻ったシャルーノが見たもの。

それは隣国の兵と共に血溜まりに倒れる彼の姿だった。



あいつが死ぬはずない。

だって王立院の時から俺より強かったんだ。

嘘だ。

あれは違う。

あいつじゃない。

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダ_____



混乱に陥り、シャルーノは意識を手放した。



俺のせいだ



「…………!!」

目を覚ましたのは王国騎士団の救護所。

起きたシャルーノを心配していた騎士団の仲間が見に来たが皆ぎょっとした表情をしていた。

「お前、泣いてるぞ」

そう言われて初めて気付いた。

気付いたらもう涙が溢れて止まらなかった。

「俺のっ、せ、で……あいつがっ……俺のせい、だ……俺が、残って、れば…」

子供のように泣きじゃくるシャルーノを皆は見守り励ましの言葉をかけてくれた。



それから一年。

なんとか騎士団でやってこれたものの心の穴と罪悪感は消えずにいた。

「いいんだな?」

「はい」

団長と対面し、シャルーノは騎士団を除団した。

今後のことなんて考えてなかったが、団長からひとつの道を示された。


アルヴィラッツ王立院の教師


母校である王立院の教師陣に欠員が出たらしく、戦闘基礎・応用の担当を任せたいということだった。

もちろんシャルーノの意思に任せるという話だったが一年の休暇の末、アルヴィラッツ王立院の教師に就任した。



大切な唯一の相棒を失った悲しみにいつまでも泣きついている暇はない。

今のシャルーノを見ていれば彼は言うだろう。

「おいおいいつまでメソメソしてんだよ、俺の分も頑張ってくれよ?」

と……。


「……わかってるよ」

目を開けて久しぶりの王立院の門を通る。

「はじめまして、シャルーノ・ベータ・リーシェリスと言います。戦闘基礎・応用をこれから担当します。よろしくね、」


ここからが

前へ進む一歩だ__

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