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 時は飛鳥時代、推古天皇36年3月18日早朝。


 隅田川で漁に出ていた二人の兄弟の投網によって偶然一体の観音像が水底から引き上げられた。

 感得した兄弟らによって持ち帰られた御尊像を当時の郷土の文化人は帰依の念深き仏体であるとして奉安する。それまで只の寒村でしかなかった郷土が発展の一途を辿り、出家し僧侶となったその人物と漁師の兄弟ら三人は後に郷土神三社さまとして祀られ、御利益を賜ろうと将軍武家、庶民に至るまで幅広く信仰されるに至った。というのがかの神社の起源なのだ。と仕入れた豆知識を披露してみると、みどりさんは飛鳥時代やら隅田川やら聞いたことのないワードには首を傾げつつ、神妙な顔をして頷いた。


 あたくしもそれを見つけたら

 神様になれるかしら


 よく晴れた週末。三社さまのお膝元、東武スカイツリーラインの終点浅草の街に降り立ったのは12時を少し過ぎた頃だった。

 レンタル着物を着た女の子達、家族連れ、カップル、外国人達がぼくの背中を群れとなって追い抜いていく。


 いいお天気だこと!

 あなたと同じくらい大きな人が

 沢山いるわね

 今日はお祭りでもあるのかしら


 電車に揺られている時から今まで、羽織ったカーディガンの内側、ワイシャツの胸ポケットの中が大層騒がしい。出掛けるにあたり話し声は極力控えめにという約束は守られてはいるが、それでも冷や冷やするくらいの彼女の声は周りの音に程よくかき消され、不自然に片側だけもぞもぞ膨らんだぼくの胸元など誰の目に留まることもない。雑踏や周りの無関心さがこれ程有難いと思った事があるだろうか。



 *



 まずは昼御飯を取るべく横断歩道を渡り、神谷バーを曲がってすぐ目に入った蕎麦処尾張屋の暖簾をくぐった。

 一番隅の座敷に通してもらい、お冷を持ってきたお姉さんにざる蕎麦を注文した。ここでもぼくの胸ポケットが注視される事はなかった。そういえばふと気になることがあってみどりさんに声を掛けた。勿論極小さい声で、尚且つ卓袱台の上に腕を組んで顔を埋めるようにして。


「みどりさんって、食事はいつもどうされてるんですか?食べてるところをいままで見た事ないんですけど」


 みどりさんはぼくの腕の隙間から、蕎麦を音を立てて啜るお客さん達を新種の動物を見るように興味深そうに眺めていた。


 あたくしはあなた方みたいに食べなくても

 生きていけるのよ

 食べても何の栄養にもならないの


 お腹が空くという概念すらないらしい。


「喉が渇いたりもしない?」


 一日に三回は喉が乾くわ

 だから専用の水筒を持っているのよ


 彼女は誇らしげに水筒を掲げてみせた。丁度ひょうたんを少し平たく潰したような、ぽってりと丸く真っ赤な可愛らしい水筒だった。


 けれど今日はうっかりして空のままなの

 お手数だけれど、お水をいれて下さる?


 キャップをくるくる回して外し、その豆粒みたいな水筒をぼくの掌に乗せた。手渡されたぼくは少し周りを見回した後、御行儀が悪いのは承知の上でグラスの中に水筒を沈め、なんとか無事誰にも見られずコポコポと小さな水泡が出なくなるまで水を満たす事に成功した。

 その方法でなければぼくは盛大に水をこぼしてちょっとした注目の的になってしまう。


「全く何か食べれないという訳ではないんですか?」


 ええ、食べようと思えば食べれるわ

 でも基本的に、食べ物には興味ないの

 何が美味しいのか不味いのか

 知らない事だらけね


「何が食べたいのかも思い付かないんですね」


 ここには美味しいものが沢山あるのかしら


「浅草はね、有名なものが沢山あるんです」


 あたくしにも食べれるもの、あるかしら


「折角ですから、探してみましょう」


 みどりさんは嬉しそうに微笑み、受け取った水筒の水を一口飲んだ。顔を上げてその後すぐ、ぼくの卓上に注文したざる蕎麦が来た。



 *

 


 蕎麦湯まで堪能した後、雷門までの道をまっすぐ歩く。巨大な提灯が見えると、みどりさんはわあっ、と歓声を上げた。混雑して騒がしいのでその声に気付く人はいない。

 提灯の下を潜って仲見世通りに連なる出店を眺めながら、人波に沿って歩いていると途端にみどりさんがぼくの胸をぽんぽん叩いた。


 ねえ、あの着物屋を覗いてみたいわ!


 仲見世通りの本道から少し逸れた所に、着物を着せたマネキンとハンガーラックに雑多に着物を掛けてディスプレイしている小さな着物屋があった。了解の意味を込めてポケットの上を指で軽く叩いた。声をかけられない時の、彼女と決めた合図だ。


 中古の着物を取り扱う店の中は、お香のような古いにおいが充満している。奥に一人お年を召した御主人がいるだけで人気がないのを確認してから、みどりさんはポケットの中から少し身を乗り出した。

 当然着物は全部人間サイズで、みどりさんが着れそうなものはない。

 見てどうする気だろうと思っていると、みどりさんは小さくあっ、と声を上げた。


 あの端切れの所へ連れて行って!


 はぎれ?

 みどりさんの指差す方を見やれば、ラックの中に溢れんばかりに色んな柄の端切れが詰め込まれている。

 全部古くなり過ぎて使い物にならなくなった着物を切ったものだろう。


「これ、ただの布切れですよ」


 ええ、ただの布切れよ

 だから何にでもなれるのよ

 こんなにあるなんて、宝の山だわ!


 興奮冷めやらないみどりさんを、取り敢えず誰か来る気配を感じないのを良いことにその山の中に降ろしてみた。

 水を得た魚、ならぬ端切れを得たみどりさん。

 些か埃っぽいそれに構わず引っ張り出しては広げ、隅に置いてはまた奥へ潜り、引っ張り出しては身体に当て。せっせと冬眠に備えて木の実を蓄えるリスのように。着物屋になぜこういうものが置いてあるのか。後になってそれは着物に合わせる半襟としてまた使えるように、綺麗な柄のものをこうしてある程度の長さに切って売り出しているのだと知ったけれど、そんな事も半襟が何たるかも知らなかったぼくはみどりさんが意気揚々と趣味に合うものを発掘しようと文字通り布の中を引っ掻き回し潜っていく様を、半ば感心しながら見守っていた。

 暫くの発掘作業の後、みどりさんは隅に寄せておいた気になる布の山の前に立ち、恐ろしく真剣な表情で精査し始めた。


「それをどうするんですか?」


 これで新しい着物を拵えるのよ


「まさか御自分で?」


 あたくし、不器用だから

 出来ないわそんなこと

 ちゃんと仕立て屋さんがいるのよ

 ずっとお世話になっている

 腕の良い仕立て屋さん


 みどりさんはいつもビビッドな色地に大きな牡丹の花や矢絣や麻の葉模様のハイカラな着物に、黒いレースや赤い鹿の子絞りの半襟を合わせ、柄に柄をぶつけるように細やかな刺繍の施された帯をお太鼓に締めて着こなしている。街行く着物女子達も真っ青だ。きっと彼女のセンスはとても良い。


 ねえ、あなたはどんなのがお好み?


 対してぼくのセンスはそこまで良くないし、変でなければもう何でもいいというものぐさな男だ。例えば付き合っている彼女と一緒に服屋に行って、服に悩んでねえどっちがいい?と聞かれて、うーん何でもいいよ、と答えてがっかりされるような残念な類の。

 ぼくは少し考えて、上から四枚目くらいのところにあった布を引っ張る。鮮やかな浅黄色に鈴蘭の柄が大胆に散りばめられた、どこかインドの織物を思わせるエキゾチックな端切れ。広げてみどりさんの身体にかざしてみる。


「これとか、異国情緒あるものもお似合いですよ」


 そうよね!

 あたくしこれが一番気に入ったの

 仕立てたらきっと良い着物になるわ!


 みどりさんはいそいそとそれを畳んでまた隅の方に大切に置いた。お買い上げ候補に入れていただけたらしい。

 それからまた端切れの山と睨めっこする事数分、数多確保した中からさらに二枚、白地に赤、緑、黒、紫のカラフルな亀甲柄がきっちり並べられたものと、紺青色の地に目の覚めるように鮮やかな赤の椿柄が大きく浮かぶものを選び抜いた。

 これはどう?あれはどう?としきりに身体に当てて見せるその姿はさながらファッションショーだ。


 さて、満足だわ。お会計しましょ


 端切れは何と一枚50円。出そうと思えばほぼ何のためらいもなく出せる額だがしかし、またぼくは気になることが一つあった。


「みどりさん、お金持ってらっしゃいます?」


 当然ながら小人の通貨では支払う事は出来ない。


 あら!当たり前じゃない


 その瞬間をぼくは見逃したので驚いた。どう出したのか、そして何処にしまい込んでいたのか、みどりさんはしっかり日本円の硬貨100円と50円をぼくに渡してみせたのだ。


 お出掛けする前に、ちゃんと此方のお金に

 換金は済ませてきているのよ


 まじまじと偽金ではないかとそれらを確認したが、どうやら本当に本物の硬貨だ。目と口をまん丸に開けて驚くぼくを置き去りに、あら忘れてたわ!とみどりさんは思い出したように聞いてきた。


 ここ、TAXフリーかしら?



 *

 


 年老いた御主人に、彼女さんへのプレゼントかい?と聞かれたが、ぼくは曖昧な笑顔で返すしかなかった。丁寧に贈り物用に包もうとするのを丁重に辞退し、ビニル袋でそれを受け取りぼくらは店を後にした。

 みどりさんは満足気な顔、ぼくはまた増えた謎に困惑した顔をしながら、仲見世通りを真っ直ぐに進んだ。浅草寺の本堂の前には参拝客の列が出来ている。


 ここに川から出てきた仏様がいるのね


 前に並ぶカップルに変に思われないように、ぼくは電話しているように見せかけるために、スマートフォンを耳に当てた。これも出掛けた時の対策として考えた一つだ。盛大な独り言だと思われなくて済む。


 ここで皆さん何をしていなさるの?

 あすこでガラガラって音がしているわ


「神様にああしてご挨拶してお願い事を聞いて貰うんです。健康でいられますようにとか、もっと勉強の成績が良くなりますようにって」


 そしたら何でも叶えてくださるかしら

 じゃああたくしも何か考えなくては

 あなたは何をお願いするのかしら?


「言ってしまうと効果が無くなるそうですよ」


 じゃあお互い内緒ね!


 御利益を賜るには礼節を持って正しい手順を踏み、お参りしなければならない。お賽銭を入れ、鈴緒を揺らして本坪鈴を鳴らす。深く二礼し二拍手、最後に一礼する。前に並ぶ人達の作法を、みどりさんは食い入るようにみつめていた。


 何だか緊張してきたわ

 間違うと神様に怒られてしまうものね


「なあに、そんな難しい事でもないですよ」


 あたくしあのガラガラを鳴らせないわ!


「ぼくがみどりさんの分も鳴らしてあげますから」


 ぼくらの番が来た。

 みどりさんが身を乗り出してえいやっ、と五円玉を御賽銭箱に投げ入れ、ぼくは本坪鈴をガラガラ鳴らし、丁寧に二礼二拍手、みどりさんは時間をかけてひどく力のこもった合掌をし、また一礼。


「えらく時間をかけてお祈りしてましたね」


 あたくしお願い事

 沢山あり過ぎてしまったの


 本殿の階段を降り、ぼくらはおみくじを引いた。

 筒をからから鳴らして、ぼくに出たのは吉。待ち人は気長に待て、病気は気長に静養せよ、引っ越しは今は控えよ、旅行は慎重に。何事も気長にのんびり構えていれば良しとの事らしい。

 みどりさんは、ぼくが代わりに筒を持つと何の念がけか、何処かの旅先で誰かから教わったおまじないだと言って、筒にヤーーッと掛け声をしながら張り手を食らわせた。何の罪もなく張り手された哀れな筒をぼくはひっくり返した。そしてその念が通じたのか否か、みどりさんは大吉を引き当てた。

 待ち人は現れる、病気は治る、引っ越しも良し、旅行も良いが西へ行くとなお良し。


 だいきちってなにかしら


「おみくじで一番良い運勢だって意味です」



 *



 仲見世通りの途中から真っ直ぐ別れた道に入り暫く歩くと、オレンジ通りに出る。ぼくの好きな喫茶店がある所だ。

 昭和21年創業、老舗喫茶店アンヂェラス

 人が大勢押し寄せ、案内されるまで少し待たされることもある所だが、今日は運良くすぐ席に通して貰えた。

 クリスチャンだった創始者が、礼拝堂をイメージしてステンドグラスをはめ込んだ窓からは良い光が入ってくる。そしてこの一階から二階にかけての吹き抜けの構造がぼくは好きだ。

 常連だったというかの有名な手塚治虫のサインとアトムの絵がラミネートされて各テーブルに貼られている。豆まきをしている陽気なアトムの笑顔を見ながら、ぼくは梅ダッチコーヒーを注文した。


 すてきな所ね

 穏やかでゆったりしていて

 とても良い匂いがするわ


「そうでしょう、古い喫茶店は趣があってぼくは好きです」


 ねえ、気になるものがあるのだけれど

 あの白くて赤い、可愛いのはなにかしら


 カーディガンに隠れながらそっと、みどりさんが何かを指差した。通路を挟んで隣の席のカップルが仲睦まじくフォークで突いている物体。白くて赤い、ああなるほど。


「あれはショートケーキです」


 しょおとけえき?


「ケーキ生地に甘くて白いクリームを塗って盛り付けて、いちごを乗せた食べ物です」


 美味しいのかしら


「ここのショートケーキはすぐ完売になるくらい有名ですよ。甘いのが苦手なぼくでも食べれる、さっぱりとした甘さで美味しいんです」


 まあ!


 みどりさんは円らな瞳をぱあっと輝かせ、ぼくを振り返った。そして服をくいくい引っ張った。何かを強請るいつもの合図だ。


 ねえ、あたくし

 自前の食器を持っているのよ!


「食器まで持ってらっしゃるんですか!」


 こういう時があるかと思って持ってきたの

 ねえ、難しいかしら


「…本当、準備良いですね」


 梅ダッチコーヒーを持ってきたウエイターに追加で、ショートケーキを注文した。


 みどりさんの小さな食器に大変苦労しながらショートケーキの切れ端を盛り付け、壁際に立て掛けたメニュー表の裏に隠れた彼女に手渡した。


 初めて食べたけれど、とても美味しい!


 ぼくがコーヒーに梅酒を注いでマドラーでかき混ぜている間に、結構な量があったはずのそれをみどりさんは跡形もなく綺麗に完食してしまっていた。

 何処からともなく出てくる小銭といい、非常に良く仕掛けられた手品を見せられている気分だ。


「もう食べたんですか!」


 ねえ、もう少しいただきたいわ


 それからは椀子そば形式で盛っては食べ盛っては食べを繰り返し、何処にその量が入っていくのか苦しい顔一つ伺わせずにこにこと自分の顔より大きいいちごに齧りつく姿に戦々恐々としながら、そして彼女はとうとうショートケーキ一切れ分を完食してしまった。


 ああ美味しかった

 こんなに美味しいものがあったのね

 あたくし、知らなければ損だったわ


「…ご満足いただけて何よりです」


 あっ!あの木の幹を倒したみたいなものも

 美味しそう


「もうさすがにやめましょう!」



 *



 少し重くなった気がするミニブラックホールを胸ポケットに乗せて、ぼくらが店を出る頃には空が夕日に染まり始めていた。

 そろそろ家へ帰ろうと東武線を目指して観光センターの前を歩いていくと、並びにどら焼きの名店が見えてきた。まだ買い求める客が列をなしている。何となしに店先のお菓子を眺め、ぼくはふとそれに目をとめた。


 どうかしたの?


「見つけました、みどりさんにぴったりのもの」


 それを手に取り、ぼくは入り口のお兄さんに声を掛けた。



 *



 ねえ!見て見て!


 ソファで寛ぎ本を読んでいたぼくは、その声に些かびくりと驚きつつそちらを見やった。

 みどりさんは帰ってくるなり少し出掛けてくると言って、壁と本棚の隙間へ入っていってから30分と時間は経っていない。


 これ、拵えてもらったのよ!


 浅黄色に鈴蘭模様のそれには見覚えがある。今日着物屋で時間をかけて選び抜いた端切れだ。なんとしっかり着物に仕立てられ、みどりさんが身にまとっている。


「今日買ったばかりですよ。もう仕立てたんですか!」


 今日は驚いてばかりだ。


 ええ、だって言ったでしょう?

 とっても腕のいい仕立て屋さんなのよ


 腕が良いとスピード感まで一級品なのだろうか。並大抵の職人技ではない。是非お会いしてみたいものだ。

 みどりさんは卓袱台の上でくるりと身を翻し、ちょこちょこ歩いては袖を広げてポーズ。物が多い雑多な卓袱台がファッションショーのランウェイになった。


「とても良くお似合いですよ」


 素直に褒めれば、みどりさんは白い顔をぽっと赤くして身をよじらせた。


 あ、ねえそういえばあなた

 あたくしにぴったりと言って

 何か買われたでしょう?

 そろそろ教えて頂戴な


「ああ、そうでした。これですよ」


 ことんと音を立てて置いたそれは、電球の形をした独特な瓶の中に、色とりどりの金平糖が詰まったものだ。電球の瓶というのも面白いし、みどりさんが食べるにもサイズ感的にとても良いと思ったのだ。


 なんて可愛らしいの!

 これ、あたくしにくださるの?


「初のお出掛け記念に。いいでしょう?」


 まあ!まあ!

 ほんとに、ありがとう!


 こんなに喜んで貰えるなら、買って良かった。


 それからみどりさんは早速瓶の蓋を開け、金平糖に噛り付いた。ぼくのような甘いものが苦手な人間からすれば只々甘ったるいだけの砂糖の塊でしかないそれを大層美味しそうに食べ、仕立て屋さんにもお裾分けしたいわと言って、ティッシュを下敷きにして金平糖を本棚と壁の間の入り口付近に置いた。

 ぼくはその3・4センチくらいの隙間を覗き込んでみたが、そこにあるのは綿ぼこりが一つだけで入り口らしきものは見当たらない。


「ここに仕立て屋さんがいるんですか?」


 ええ、ここの入り口の方が

 狭くて落ち着くんですって


「是非会ってみたいなあ」


 それがね

 彼とても気難しくて恥ずかしがり屋なの

 あたくしも馴染みになるまで

 それはそれは大変だったわ


 翌日の朝

 目覚めて最初に、金平糖の置かれた場所を見てみると金平糖は無くなっており、その代わりに仕立て屋さんの返礼だろうか、この部屋には無かったはずの3センチくらいのキューピー人形が何故かそこに佇んでいた。

 何故キューピー人形。何の思い入れがあるのか。そして何の意味合いが込められているのか。謎が深まるばかりだ。

 しばらくしてみどりさんも起きてきて、キューピー人形を見た途端きゃあきゃあ嬉しそうにそれに抱きついた。


 あたくし、神様を見つけたわ!


 川から出てきた仏様ならぬ壁の隙間からどうやって持ち出されたのか全く謎のキューピー人形。

 鰯の頭も信心からとはこの事だろうか。それからというもの、みどりさんは神様と称したキューピー人形に素っ裸では可哀想と自前の着物を着つけてやり、毎日信心深く金平糖一粒をお供えするようになった。


 あたくしが神様になったら

 あなたもきっとあたくしを

 大切にして頂戴ね



 後日。部屋に遊びにきた母親に着物を着て金平糖を供えられたシュールなキューピー人形を問われて、言い訳に困ったのは、また別の話。



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ぼくの胸ポケットは令嬢の足 溝口 あお @aomizoguchi

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