真相

 リクルたちが去ってから数分後、ベラミ(以降、ラクシーヌ)は腕を抱え、ゆっくりとシンジに歩み寄った。

 真っ赤な水たまりができ、服は赤と黒に染まっていた。シンジを見るなり、ラクシーヌは呟いた。

「…これでいいだろう。なぁ、リーダー」

 それを合図にシンジは起き上がった。

「明暗だったよベラミ――ラクシーヌ」

 ベラミの本名はラクシーヌ。オーギド博士の孫娘であり、そして被検体シンジを生み出した両親の娘。シンジこそ、ラクシーヌにとっての切り札であり復讐への糸口。

「…騙すのも一苦労だったよ」

「可笑しいな。あんなに慣れしたんでいたのに…」

 あの無口で無表情だったシンジとは比較できないほど明るく素直だった。

「俺を銃で撃った感想はどうだった?」

「剣で切断するよりも標準を合わせるのは難しかった。でも、リーダーなら死なないだろ?」

「そうだね、〈死の操術者(マリオネットマスター)〉と呼ばれる俺が簡単に死ぬわけないじゃないか」

 〈死の操術者マリオネットマスター〉。シンジ(リーダー)の異名。死なないことから裏の業界では恐れられている人物。ましてや少年のような可愛げがり、それがとうに二百歳以上とは誰も知らないだろう。

「俺の手土産、よかったかな?」

「ああ、順調だよ。まだ、あいつ(リクル)でさえも気づいていなかったよ」

 天井を見つめ、過去を見つめるかのように見上げた。

「あいつ…? ああ、リクルのことね。リクルの能力はとても興味がある。最高にクールに!」

 まるで子供のように誇らしげに笑った。年齢は年老いた老人なのに、見た目は少年。心は子供とは矛盾だらけだ。

「でも、止めを刺すのは俺の仕事だった。無理にでも殺そうとする動機を伺いたい」

 押し殺すようなオーラが放った。

 肩をすくめ、ラクシーヌは腰が抜けた。殺意はラクシーヌの心を折らせるには十分だった。

 見た目とは裏腹の化け物。死ないだけでなく、目の前にいる存在シンジはマモノよりもはるかに化け物に見えた。

「…ハァ…ハァ…」

 息を吸うだけでも苦労。言葉を発することさえ拒否する圧力。

 リクルはよく、耐えられたものだなと感心する。

「ああ、ごめんね。仲間を傷つけてはだめだったね」

 フッと空気が和らいだ。

 彼が殺意のオーラを止めてくれたようだ。

 でも、それでも彼への脅威が終わったわけではない。心はまだ立ち上がれなかった。

「……ここを離れていい場所へ移動しよう。空気が悪いままだ」

 そう言って、口笛を吹いた。

 奥の方から二体の人間が歩いてきた。

「隠しておいた人形(ドール)だよ」

 シンジを抱きかかえ、ラクシーヌにも抱きかかえる。

 肌は柔らかい。脈はある。血のめぐりを感じる。だけど表情は人形のように無表情だった。

「俺の能力はほれぼれするよね」

 誇らしげに嬉しそうだった。

 シンジの能力は複数ある。そのうち〈自動操縦(オート・マタ)〉は、まだ腐敗していない死体または生きている人に命令を与えることで自らの僕(しもべ)として動かすことができる。

 それがたとえ、洗脳されていると気づかなくても。

「この人たちは…?」

「ああ、この研究上の奥に隔離されていた人工人間(クローン)だよ。おそらく俺のご先祖様かな」

 ご先祖!? オーギド博士が研究していた人工人間クローンの生き残りだろう。シンジをベースに作る前の素体。完成体がシンジであることから考えてなにか問題があって放棄した個体なのだろう。

 彼らは白衣を着ているだけでなかは何も来ていない。下着でさえも。胸の名札から、昔の人工人間に課せられていた名前と偽った番号が書かれていた。

 それにしても今回の探索でリクルと常に一緒だったシンジが奥までいった形跡がなかった。おそらくだが、渡り鳥に捕まる前に、この場所に来てあらかじめ仕組んでいたんだろう。

 そうとしか考えられない。

「それで、これからどうなるのですか」

「どうなるって、なに?」

 その意味を察したのはすぐだった。

「大丈夫だよ。ラクシーヌは処分しないよ。だって、古い仲間だし、それに君の能力は優秀だからね。あの時間を止めるリクルもとても興味があるし、スパイとして潜り込ませたあのエルフの娘も相当気に入っているからね」

 フィーリア。過去の資料から、数十年前に死亡している。

 原因はマモノとの交戦に巻き込まれた市民であり狩人。森で狩をしていた際に渡り鳥と交戦していたマモノによって踏みつぶされるかのように圧死した。

 その体をシンジが〈死霊蘇生術(アンデットレイズ)〉で死者を復活させたのだ。〈死霊蘇生術(アンデットレイズ)〉はたとえ肉体の破損がひどくても死後数分以内なら蘇生ができると言われている。シンジが語っていたあたり、当の昔から隠していた愛人のような関係なのだろう。

 出会ったときからまるで生きているかのような素振りだった。フィーリアも自分が死んでいるなんて気づいている様子もなかった。

 協力者とシンジと手を組んで、フィーリアを渡り鳥に推薦し、リクルの能力をシンジに明かしたことで、計画に脅威がある存在として、この大陸で真相を知ったうえで、始末する予定だった。

 だが、剣は抜けなかった。抜けば、リクルを始末することができたが、シンジが「興味を持った」と言っていた殺さなくて正解だった。もし、殺していたらシンジから何をされるか想像したくはない。

「…フィーリアはあのままでいいのですか」

「うん。問題ないよ。ただね、もし計画に支障を与えたら迷わず殺してもいいよ。関係は当に終わっているから」

「…はい」

 頷くしかない。答えるしかない。

 シンジに従うしかない。なぜなら、わたし(ベラミ)もシンジ(彼)によって蘇生された身。シンジを無視して独断で行動することはできない。支配されて十数年。抗うことができたことは記憶喪失を装っていたあの時だけだった。


 被検体(クローン)によって翼を借り、負傷したラクシーヌとシンジを背負って、どこかの大陸へと非難した。途中で会った渡り鳥を始末しつつ、〈自動操縦(オートマタ)〉で操り、仲間を増やしつつシンジが空気がいいという場所まで飛んでいった。

 この先、リクルとは敵対となるだろう。

 スパイも潜り込ませていることだし、問題はないだろう。

 そう信じて、二人は仲間を増やしながら彼らが知らない大陸へと消えていった。

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