失われた大陸 〈5〉
朝になった。腕時計の音で目が覚め、カバンから水が入ったボトルを取り出し、顔を洗い、菓子パンと水を沸かした簡素なスープで朝食を済ませ、一行は中心部である大穴へと足を運んだ。
朝になって、互いに挨拶を交わさなかったのは訳がある。
眠っていた一行の隣にマモノが徘徊しているのをフィーリアが最初に発見したためだ。マモノはこちらに気づいていないようだが、明らかに偵察化のように周辺をウロチョロしていた。
仕留めるかどうか検討したが、ベラミがそれを阻止し、リクルも従った。
マモノは必ずしも一体だけではない。
ここはいつどこで出現してもおかしくはない。下手に攻撃して倒しても、もしかしたらもう一体駆けつけてくるかもしれない。そう判断したベラミは的確な指示だった。
リクルたちは気づいていなかったが、マモノの他に少し離れたところに2体ほど待機していた。
彼らは先日倒された大きなマモノが何者かに倒されたことを目撃し、捜索していた。痕跡を負ってリクルたちの近くまで来たものの、見失ってしまう。
嗅覚はそれほど発達していない。
マモノは大きなマモノが垂れ流したわずかな部外者リクルたちから漏れた柔らかい臭いをたどってきたにすぎず、不穏な臭いに充満した密集する建物の中に入ったことで見失ってしまう。
マモノたちは部外者がそこに入っていたのを確認はできなかった。部外者が出てくるまで外で待機し、一体だけがなかで探索することに決まった。
そして、リクルたちがマモノとは別方向へ――大穴に向かったことで遭遇せずに済んだ。
大穴から風が吹き荒れている。巨大な扇風機でもあるのか風がゴウゴウと上げながら吹いていた。
「この先は飛行することは不可能だな」
リクルが小声で言った。ツバサを畳み、服の中へと隠す。
「転移スクロールのみだ。各自、危ないと悟ったら脱出しろ!」
ベラミたちが手を挙げ、リクルが先頭となって進んだ。
奥に進むにつれ、そこが自然でできた穴ではないことを知る。
「――ウソ!」
最初に目撃したのはフィーリアだった。
天井付近につるされた物体を目撃し、そして思わず口からこぼれた。
リクルたちが天井へ目を向けたとき、フィーリアはその場で吐いてしまう。
!!?
天井にローブのようなものにつるされた天然の食糧。一本一本丁寧に布のようなものに巻かれている。
(偵察行ってくる)
ベラミが静かに飛び、吊るされた物体に近づいた。
「っく…!」
死体だった。風で臭いはないが、ベラミの身体で風を遮れば当然臭いが鼻を踏みつけてくる。
気分を悪くしたベラミは一旦距離をとって、観察する。
(巻き付いていた布は魔法文で書かれている)
魔法文――魔法で文字を書く際に用いられる基本中の基本。魔法使いが物に何らかの目的があるとき、書き込むことで魔法と同等の力が発揮される。
これは、魔法スクロールと同じ作用の書き方だった。
なんの魔法なのか読み取ることはできない。
(持っていきたいが、スクロールが足りない)
持ち帰ることは断念し、布を少々破って、カバンにしまい込んだ。何らかの証拠になるかもしれないと。
地上へ戻ると、ベラミは二人に説明した。
『死体!?』
『証拠となる布は一部ちぎってきた。これで少しは証拠となるだろう』
『破いても大丈夫だったのですか?』
『今のところ、作用はなにもない』
三人の話し合いを簡単に済ませ、一行は奥へと足を運ぶ。
すると、人工で作られたものがいくつか出てきた。めちゃくちゃ壊されているがそこは以前何かの目的で使用されていた跡が残されていた。
『証拠だけ持ち帰ってろう』
別れた。別れるのは分が悪いかもしれないが、時間が惜しい。
マモノの気配はしない。今なら大丈夫だろうと周辺をくまなく探り始めた。リクルはシンジを連れて、入り口付近で待機する。
「二人とも、大丈夫だろうか…」
シンジに視線を向ける。彼は一向に口を開くことはない。むしろ、本当に記憶が失っているのか気になる点んがいくつかある。
(この写真…彼とはどういう繋がりが…)
手に入れた写真を持った瞬間、高熱でうなされるかのように倒れたシンジ。この写真に写った人は幼いころのシンジと博士。その博士は行方不明になっているそうだ。
どういう経緯でシンジを捕まえたのかは不明だ。シンジはどこにいたのだろうか。
シンジは何かしらその博士の最後がどうなったのか知っている。けど、記憶がなく、上層部は彼の記憶がほしい、私たちに押し付けて、なにかを知ろうとしているのだろうか。
『――聞いてほしい』
誰かから声が聞こえた。
その声の主が目の前にいるシンジだということが次の言葉で理解した。
『リクル。ぼくの言葉を聞いて』
リクルが声を上げようとしたとき、シンジは止めた。口に指をあて、それ以上何も言わずただ黙って聞けと口封じの魔法をリクルにかけた。
(!! 喋れない。沈黙の魔法にかけられたのか…)
指先だけで魔法を唱える。シンジは普通の少年とはまるきり違った。
風がゴウゴウと鳴り響く空洞のなか、怪しげな残骸を廃棄されたこの場所でシンジから思いがけない話を聞かされた。その声は頭の中に響いてくる。脳内伝達(テレパシー)の能力者のようだ。
『黙って聞いていてほしい』
リクルはその場に座り、シンジを見つめた。
『――ぼくは、記憶があるが、直接喋ることも伝えることもできない』
『どういうことだ?』
『ぼくは何らかの魔法にかけられていて、ロックが外れないと声を上げることも伝えることもできない』
シンジは坦々と自身が何者かによって口封じされていることが分かった。シンジは誰かに訴えたかったが、その何者かが近くにいて話すことができなかったようだ。
『その魔法をかけた人はだれなの?』
『わからない。ただ、わかるのはメガネをかけた男性だった。彼は誇らしげに僕を見つめていた』
メガネをかけた男性。上層部でメガネをかけた男性は多い。シンジから言う誇らしげな男性となれば、数はある程度絞れるが、名前も知らない上層部の連中のほうが圧倒的に多く、頭の中では整理できなかった。
『そいつは、ぼくに来いっていた。“真実は闇のなか、君は黙ってさえいればいい。ぼくの魔法は決して逃げられないから”と、男は高笑いを上げて去っていた。あなたと会うまで男は常にそばにいた。ぼくを監視していた』
シンジと会った日、頭の中で記憶を探る。
部屋にいたのは初老の男と幹部とみられる三人の男女。三人ともメガネはかけていなかった。
『特徴を教えてくれ。思い出せそうだ』
シンジは黙った。
なぜ黙ったのかはわからない。ただ次の言葉に衝撃を受けたのは事実だ。
『奴はスパイを雇っている。ベラミという女性を連れていた』
!!!!
ベラミ――仲間じゃないか。
どうして、だってベラミの元仲間はマモノに食われて、同じ部隊に所属した。それが意図として幹部らが監視として付けたのか。ありえない。いや、ありえる。
ただマモノを倒す際に協力しただけで同じチームに配属することはない。
ましてや、元仲間が食われた。嘆き悲しむことなく淡々としていた。
『これは憶測だが、ベラミはずっと私たちを騙していた…!?』
シンジがうなずいた。
シンジがどこまで信じられるのか定かではない。けど、仮にスパイだとしてベラミを考えれば、ベラミはシンジの何かの情報を探り、この場所の秘密を手に入れようとしていた。
シンジが喋れば、シンジを殺すために秘密裏の掃除として雇ったとも考えられる。
後は、リクル自身のスキルの秘密を探ろうとしていたのかもしれない。他者と比べれば時間を止めるなど異常するぎるから。
『それで、君は何を知っている。教えてくれ!』
シンジは再び黙った。そして、答えたとき、シンジの頭部は脳みそを散乱して倒された。その場に倒れるまでまるでスローモーションのように流れていく。それがミニシアターのようで、映像を見ているかのようにただ、見ているだけに過ぎなかった。
ドサと音を立てて、倒れたとき、シンジからの声は聞こえなくなっていた。
「シンジ!」
声が出た。術者が死んだとことで魔法が解かれたようだ。それよりもシンジが殺された?
リクルはシンジに近づき、脈を確認するがすでにない。ましてや、頭部はぐっちゃぐちゃで見るにも耐えられない状態になっていた。
「だれだ!!」
大声で上げた。
シンジを殺した相手は明らかにマモノではない人間が造った道具によるものだった。
「やはり〈脳内伝達(テレパシー)〉は抑えきれなかったか…」
姿を現したのは――ベラミだった。
「ベラミ…? どうして撃った! それに、なんでシンジの能力を知っている…? もしかして――」
その答えに到達としたとき、ベラミは銃口をリクルの頭部に向けた。
「答えると思う? NOだ!」
バキューンと撃った。その瞬間、時を止めるが、弾丸を避ける方法を考えなくてはならない。その場からく事ができないからだ。
時間を停止後、解除した際に元の定位置から離れていれば能力と時間の反動で死ぬかもしれないリスクがあるからだ。
周囲をくまなく探し、物を探る。
が、どれも埋まっていて力技では引っ張り出すことができない。
(クソッ…)
地面に拳をぶつけ、回避する方法が見つからないことを悲願する。弾丸をただ受け止めることしかできない。死を受け入れる事しかできない。
それを考えてしまうと走馬灯のように頭の中に流れ込んでくる始末だ。
(なにかないのか)
目でくまなく探す。少しでも起動が外れるものを。そして、見つけ出した。
時間を解除し、時を動き出す。
銃声の音が鳴り響き、そして銃弾が消えた。
「なに!?」
リクルが倒れることなく音だけで銃弾が消えたのだ。ベラミは銃を構え、リクルに訊いた。
「お前、何をした!」
リクルは薄笑いを浮かべた。
その瞬間、腕に鈍い感触がした。大きく飛ぶように腕だけが弾かれる。千切れることはなかったが、とっさに腕をつかみ、威力をこらえた。そして、赤い血のりが流れ落ちる。
「コイツ…」
地面に落ちているスクロール。かすかに一部だけ残され後は燃えている紙が落ちていた。風にあおられ丘へと流されていく。
瞬時に悟った。
消えたはずの弾丸は転移スクロールでベラミの背後に移動させたのだ。シンジのスクロールを持ち出していたのを確認した。スクロールはリクルが持っていた。シンジように残していたものだ。
「リクルゥッ!!」
リクルは立ち上がり、カバンから銃を取り出し、銃口を向けた。
「お返しだよ。どうして、こんなことをする――ベラミ!」
「その名を口にするな!!」
びりっと耳に痺れがした。
「その名は俺の嫌いな名前だ。俺はラクシーヌ。オーギド博士の実の孫娘だ!」
信じられない真実を吐いたベラミ――もとい、ラクシーヌ。
「シンジは俺のじいちゃんが生み出した人工人間クローンの最後の個体X-404(シンジ)だ! 聞いてビビったろ、そいつは鼻から人間じゃねぇ。言葉にすることもできないように声帯を壊しているからな」
「声帯をつぶしたのか!? なんてことを…」
「うるせぇ! 俺はシンジの声が嫌いだった。俺の父親の声と一緒だった。父親と母親はじいちゃんと同じ科学と魔法を研究する科学者だった。だが、国の禁忌を侵し、秘密裏に殺され、気づいたじいちゃんに連れられ、北の方へと逃亡した。逃げた先で、数年後にじいちゃんは病気で死に、両親がなぜ殺されたのかを聞かされ、そして真実を知った!」
ベラミは地面にへたり込み、カバンから布切れを取り出し、出血した個所を巻く。
「――そして、俺はスパイとして上層部に近づき、密かに暗殺を企んでいた。だが、シンジという個体が俺の家の地下で発見されたことを期に、俺は上層部の味方だと名乗る人物に引きずりこまれた。俺は、目的を果たせないまま、武装渡り鳥に所属し、シンジが秘密裏に真実を喋らないかどうかを協力者に頼んで監視してもらい、そして、今日の任務後、協力者と一緒に暗殺する目的だった。だが、お前にバレた! だからやった!」
ラクシーヌは悲し気な顔をしていた。
自分の過去を語ると同時に復讐と悲願を合わせたかのような複雑だった。ベラミは少しばかりか復讐から遠ざけていたようだった。
けど、シンジの存在で、明るみが出てしまい、復讐への道へと逆戻りとなった。
「俺は、ここの証拠をすべて消し去る。」
起爆装置を取り出した。
「やめろー! 私は誰にも話さない! だから、一緒に帰ろうよ、あのいつものような明るい場所へ――」
優し気に声をかけるが、ラクシーヌは振り払った。
「もう遅い! 上層部にバレてしまっているだろうし、俺はもう裏切り者だ。だから、ここでの秘密とともに消し去る。さよならだ――」
スイッチを押した。
警告、警告と、音声が鳴り響く、ドドドと地鳴りが伝わる。
地面に膝が付くとき、なにかの音に気付き、顔を上げた。
「なーんてね、俺はひとまず先に帰る。もうお前らのチームじゃないけど、達者でな」
リクルが声を上げた。呼びかけた。
その呼びかけは無駄に終わる。転移スクロールでベラミは帰還した。一瞬、死ぬと悟った。けど、そうじゃなかった。はじめっからこの場所を破壊し、リクルたちを亡き者にしてこの施設の秘密も消し去る予定だったようだ。
「クソ! 最後の最後まで気づけないなんて!」
悔しい気持ちがこみ上げてくる。
シンジを見つめ、合掌しした後、フィーリアを呼びに走って、すぐさま脱出した。
シンジが最後にこう言い残していた言葉が頭に残る。
『マモノの誕生は、ぼくたちが生まれたのが起源』
つまり、マモノはベラミの祖父によって創られた個体。それ以前からあったのかもしれない。研究は引き継がれ、マモノを新たに生み出していたのかもしれない。
あそこにぶら下がれた人の成り果てはクローン。そして、マモノの生きた素体。この研究施設は明るみにならないまま、施設は崩壊し、島は実施中、爆弾によって崩壊した。
この事実知るのはリクルとラクシーヌのみ。その場にいなかったフィーリアは不幸中の幸いか、ラクシーヌが率いたマモノとの戦いで爆発装置を起動させてしまい、崩壊したと、先に脱出したラクシーヌが伝えていた。
ラクシーヌはリクルたちが脱出できることを知っていて、先に報告したようだった。
結局、成果は上げられず、シンジを死なせてしまい、報酬はなし。
野良のまま、フィーリアも降格されてしまい、野良になってしまった。
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