失われた大陸 〈2〉

 小鳥の声が聞こえない。寂しく、風だけが吹いている。

 かつて人が暮らしていたであろう民家や建物は廃れ、崩れていた。

 人が近寄らなくなって何年たったのだろうか、古き記事を調べても、この地はマモノによって滅んだという記述だけでそれ以上のことはなにも知るされていなかった。


「ここ、本当に人が住んでいたのですか!?」

「数十年前までは、最後の老人と孫が暮らしていたという記述があったが、これをみたら信じられないなー」

 フィーリアとベラミ、リクル、シンジの四人の前でかつて町があったであろう場所にとてつもなく大きく、町を丸々飲み込んでしまった空洞が存在していた。

 強大で巨大なマモノが町を飲み込み、この空洞の先で息をひそめているかもしれないと緊張が走る。

「こんな…こんなものが存在するなんて…私たちはいったいなにを調査しろと…」

 フィーリアがおびえた様子でリクルたちに視線を送る。

 腕を組み、苦い表情を浮かべるベラミが口を開いた。

「この空洞を調べろということかもしれん」

「…かもしれん。だが、憶測だけで判断するわけにもいかない。とりあえず、周辺を探ってみるか」

 リクルは四人一組で行動をするよう提案し、三人は頷いた。

 人がいないこの場所で下手に分散すれば、助け舟どころか迷子になればまず発見できないなど、不備が起きる。それに、マモノによって死ぬかもしれない。犠牲者を出したくない、リクルなりに三人を守れる範囲で身近に起きたかった。

「ねえ、あの灯台って今もついているの?」

 フィーリアがある一点に指をさした。

 大きな建物の上に塔らしき建物がある。小さく光が灯火ているのがわずかだが見えた。

「人がいるなんて、聞いていないが…」

「確かめてみるか」

「いや、今はよそう。先に、この国のおおよそのマップを作成しておきたい」

 カバンから地図を広げて、フィーリアに託した。

「この白紙なに?」

「地図さ」

「地図?」

 疑問を浮かべる。真っ白な紙を見て、地図と言われても地形や道など書いていない。これが、地図なのかとリクルたちに目を向けた。

「この地図は魔法の地図でね。ベラミのお金から出してもらった」

「借りだからな、後で返せよ」

「わかったって。で、この地図はね、この場所をマーキングすると地図に周辺の地形を記録することができるんだ。マーキングが消えても地図は消えない。ある魔法使いに依頼して作らせたものなんだ」

「へー便利ですね」

「すごく便利だよ。なんだって、この地図は消えないし燃えない。つまり、永久保存が効くんだ。失くしても、再発行が可能だし、自宅に保管してある地図にも写すようにしてあるし、この地図をコピーして売れば高く儲かるというウマウマな話で――」

「リクル、脱線しているぞ」

 ベラミにツッコまれ、慌てて元の話に戻る。

「ああ、ごめん。えーとね、この地図で地形を保存できるということで、支援に適しているフィーリアが適任だと思って、お願いしているのです」

「そういうことね、うん、わかった。この地図を持っていればいいのね?」

「マーキングは私たちでやるから、地図の管理は任せたよ」

「わかった」

 マーキングをつけ、地図に書き込んでいく。

 マーキングの大きさは固定で半径20センチ弱ほど描く。魔法言語を用いて書くが、おおよその文字はこう〈周辺の地形を保存せよ〉と長々しくなるが短縮で書けば、そういう意味になる。

 地図を広げ、マーキングが成功したのを確認しながら、次の場所へ移る。

 マーキングをかくことに三キロまで地図に書かれるようになる。

 地図から見れば、親指の爪部分の広さにしか広がっていないのが見て取れる。

「結構広いですね」

「大陸中、八番目に広いと言われているからね。でも、そんなに広くないよ」

「どうしてですか?」

「翼があるだろ。足で歩くより翼で飛ぶことで広く感じなくなるからだよ」

「奥深いですね」

「そうか?」

 ベラミのツッコミにフィーリアが戸惑う。

「それよりも、シンジはいまだに声は発していないようだな」

 気遣うベラミに、リクルが近づく。

 いまだに死んだような目だ。生きているのかさえ分からないほど生気が感じられない。

「記憶を失うってこんな感じなのでしょうか」

「わからない。私たちは記憶消失になったことがないからな」

「そっかー…」

「とういうか、自覚がないんじゃないのか」

 再びベラミにツッコまれる。

 ベラミが言っていることが事実だ。自覚なんてない。記憶を失って初めて失ったことに気づくことなんてないはずだ。周りが分かっても自身が知ることはないし、記憶にないのだから、思い出せるわけでもない。

 シンジはいま、どういう気持ちでいるのだろうか。

「やっぱり、あの灯台を超えないと、行けないみたいですね」

 地図を見る。

 あれから数時間は経過していた。

 足で進めないところは翼で飛行し、足で進めれる場所には翼を休ませて移動していたが、どうやら、あの灯台を乞えない事には、約四分の三の地図を埋めることができないようだ。

 結界が崩れており、微妙に装置が動いているようで、上空から飛行することができず、その装置が地図の四分の三の位置にあるため、確認することができないのだ。

「あんまり乗り気じゃなかったんだが、仕方がないか、行こう!」

「支援なら任せてください」

「期待しているよ」

 ベラミに背中を叩かれ、ピクっと反応を示すフィーリア。笑みがこぼれるリクルにシンジは無反応だった。

 ゆりかごでシンジを運び、前衛にベラミ、後衛にフィーリアを配置させ、リクルはシンジを連れて中央で移動した。ゆらゆらと揺れるゆりかごに慣れていない様子で、シンジはぎゅっと握り、揺れる度に怯えていて少し、笑ってしまった。

 引っ張っている人が落ちない限り、ゆりかごは落下することも転落することもない。

 シンジに伝えていたのだが、シンジはやっぱりまだ不慣れだった。

「あの灯火……くるぞ!」

 ベラミが叫んだ。

 あの灯火がゆらゆらと光だけが揺れ、動き出した。

 それが徐々にこちらの方へ近づいてくるのが分かった。

「マモノか!?」

「一発で切る。」

 ベラミはさっそくといわんばかりに、強く羽ばたいてまっすぐにマモノへ突進した。

「時間を止める〈空間停止ゼロタイム〉」

 スキルを使って、時間を停止させる。

 近づく灯火の前に大きな魚が現れた。

 ベラミが切りかかる直前に、魚は大きく口を開いていた。その中に、この街のかつての残骸が飲み込まれた形で口の中に散乱していた。

 口の中に飛び込み、中を探し回る。

 なにか見つかるかもしれないと、そして見つけた。

 それは一枚の写真だった。

(どういうことだ!?)

 写っていた写真には、白と黒の髪に染まった少年と白衣を着た科学者のような老人が写っていた。角はすでに腐敗しており、色も落ちている。白黒写真だ。

(ここに写っている少年…シンジに似ている。けど、写真からしてみれば、時間のたち方としてシンジは幼く感じる。これは、一体…)

 他にも探ってみる。

 が、シンジに関する記録が書かれたものは見つからなかった。

 代わりにこの街がまだ活発だった頃の時代の名残の拳銃と魔道書が残されていた。

 魔道書は肝心なページは潰れており、読める場所はほとんど残っていなかった。

(これは復元してもらう。きっと、すごいことが書いてありそうだ)

 持って帰って、地図を作ってもらった魔法使いに復元してもらおうと思った。

 拳銃の方は、少し変わっており、弾薬を詰める場所はなく、代わりに星形のくぼみがあるだけで、そのくぼみが弾を利用するところだと見当つくが、それ以上の情報を得られない。

(さてと、そろそろ倒すか)

 魚の口から外へ出て、魚の眼に向かって拳銃で撃ちこむ。ミスリル製の銃弾だ。お金の大半がこの弾薬を購入するために消えていった。だから、地図を買うためのお金が不足してしまった。

(凶暴で巨大なマモノにはミスリル製が訊くと知ったものの、費用が半端ない)

 大きなため息を吐き、元の場所に戻り、時間を解除した。

 大きなマモノは悲鳴をあげる。

 そして口を閉ざす。なぜなら、一瞬にしてカラフルだった世界が真っ暗闇に覆われたからだ。

 その一瞬を逃さずと、ベラミが切りかかり「一撃必殺〈一閃斬撃(ヒトツメノキリ〉)!」で鞘から剣を抜き、閃光を放った。

 大きな物音をたて、大きな魚は崩れ落ちる。

 胴体が真っ二つに切り落とされ、そして「おまけだ」とベラミはさらに切る。口元から尾まで一直線に切り捨てたのだ。

 大きな魚だったものはそのまま崩れ、赤い血しぶきを上げながら、地面へと落下していった。

「俺達と出会ったのが最後だったな!」

 ベラミは剣を振るい、血を吐き捨てた。

 持ってきていた手拭いで血を拭き、剣を鞘にしまう。

「さすが、すごいなベラミは」

「時間を止めるスキルの方がヤバすぎでしょ」

 互いに褒め、汚しながら、ベラミはリクルたちがいる場所へ戻ってきた。

「さてと、灯台はマモノだった。というか、どこにマモノが潜んでいるのか十分に注意しよう」

「そうだな、どこかの彫刻や壁画ではあるまいし、とつぜん建物がマモノになったら、俺でも対処できるかどうかわからんしな」

 ベラミは手のひらを返した。

「さてと、元灯台を超えて、残りを探索したのち、あの空洞を調べて終わりだな」

 カバンのなかに隠された一枚の写真。

 シンジに確かめるのがいいかもしれない。けど、リクルはそうしなかった。その理由はリクルでもわからない。ただ、わかるのは、シンジの過去の思い出してはいけないなにかを間近で見てしまうのが嫌だったのかもしれない。

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